ミニ四国八十八ケ所
母神山ミニ四国八十八ケ所の案内看板
かんぽの宿観音寺に入って行く道沿い

- 母神山ミニ四国霊場は文久三年(1863)頃地元原町大通寺、池の尻町心光院、粟井町大円坊木之郷町東円寺の創案に依り地元有志乃信者が連立し以後近郷近在の人々の家内安全農作物の豊作を祈って現在に至る、一周五キロ歩いて二時間のコース。
一番の霊山寺お地蔵さん

観音寺町八幡町興昌寺山四国八十八ケ所霊場看板
興昌寺境内より

- 興昌寺山四国八十八ケ所霊場:四国八十八ヶ所霊場360余里(約1450キロ)の旅路は熱烈な信仰心と忍耐強い身体と健康が必要であり、貧しい庶民は人生の苦しみやなやみを霊場巡拝により解決しようと願ってもそれは容易にできることでなかった。そこで熱心な大師信者が浄財を出し労力をささげあって自分の信仰の場として、また、苦しみなやむ人々のために聖地観音寺興昌寺山にミニ四国八十八ケ所霊場がつくられた。本尊石仏の最古のものは明和二年(1765年)、新しいものは明治二年(1870年)の第四十三番がある。
みとよのミニ四国八十八ヶ所