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2000/12/1(金)

スクープ写真の撮影に成功。キャットアイドルフライデーに載せてもらおう。隠し撮りのため画像が荒くなっています。ではココをクリック。


こっちはとてもよく撮れた。プロマイド用にしよう。

2000/12/2(土)

もうすぐこのHPのアクセスカウンターが2000になろうとしている。1000の時は思い切り自分で踏んだ。今度こそ誰かに踏んでもらいたい。

2000といえば、もうすぐ2000年も終わり。2001年宇宙の旅に旅立つ日も近い。ということで2000、2001アクセスゲットのヒトには、オリジナルみいこちゃんグッズをプレゼントしようかなあと考えている。できればいいなあというところなので、計画倒れになるかも知れない。まだ詳しくは秘密。

2000/12/3(日)

たけちゃんとanchanと3人でラーメンを食べた。『黒田屋』という店に行った。あっさり豚骨スープの店だ。そしてやっぱり今日も「想ひ出みかん」を飲んだのだった。anchanちの猫さんたちの写真をお預かりした。
写真は、ホットカーペーットに寝転んでハワイアンを踊るみいこ。と、見せかけて、攻撃しようとしている所。

2000/12/4(月)

夜、anchanちに2000アクセスゲットのプレゼントの練習作を持って行った。自転車で行くと遠かった。でもいい運動になってなかなか気持ちよかった。星がとても綺麗だった。月も星もいつもよりとても近く見えた。帰ってきて、みいこの夜の散歩に行くと、耐え切れないほど寒いので走って帰ってると、星空にぶつかりそうなくらいだった。

その頃、anchanがアクセス2000をゲットしていたなんて、想像外の出来事だった。

2000/12/5(火)

みいこオリジナルグッズ第1号ができたよ。リクエストに応えて大公開。

2000/12/6(水)

YAHOOオークションに出品したくて仕方なくて、家にある金目のものを探す。でもあんまりない。けど、20世紀も終わることだし、いろいろ整理するきっかけにはなったかな。今世紀中に終わるかどうかは自信ない。買っただけで読んでない本がまた出てきたりして。

写真は冬なのにホラーチックなみいこ。おなかが発光しているようにみえるのは懐中電灯の明かりで照らしているため。
アホな飼い主の行動にみいこも呆れ顔。

2000/12/7(木)

吉野川で夕日を撮ろう!をコンセプトに吉野川にでかけた。ごく近所だ。子供の頃は、毎日のように来て、キャッチボールをしたり、河原で遊んだりしていたけど、大人になるとめったに来なくなった。吉野川は日本で3番目に長い河で別名を四国三郎という。河口に近いうちの当たりでは少なく見積もっても川幅も1kmを超えていると思う。寒かったが、空は綺麗だし心地よかった。東京にいるとき、朝4時ごろ起きて無性に多摩川の土手に行きたくなって歩いて行ったことも思い出した。多分ここの風景と似ているから見たかったのだと思う。
夜は2001番をゲットしたしっぽなさんへのプレゼントを作った。

2000/12/8(金)

歯医者さんに行った。しばらく通わなければならない。
夕方、文化の森に自転車で出かけた。遠いので着くと疲れて、眠くなった。ロビーに座って文化の森の紹介ビデオを見ていた。文化の森には図書館、博物館、美術館などと森がある。森の方はあまり行ったことがないが、長いすべり台も映っていたように思う。今度こっそりすべりに行ってみたい。

夜はみいこと遊んで猫パンチをいただいた。

2000/12/9(土)

昨日のことになるけど、ジョンレノンの没後20年ということで、オノヨーコさんの番組をやってたのを見た。オノヨーコさんのことはあんまり知らなかった。見てある種の衝撃があった。まず、前衛芸術家で、普通のヒトには分からないことばっかりやって、批判されて、それでもやる、これほどまで生き方自体が芸術家そのものの人だということに驚いた。二つ目は、そのように自分というものがあるという意味で我の強い人が、「ジョンという大樹の陰で自分のことが霞んでしまったとしても、とても素晴らしい大樹の下で幸せだった」というような意味のことを言ったこと。私は「愛」というものの不思議さについて考えた。

そして、おとといのことになるけど、みいこの前足に金色の絵の具を取って紙の上を歩いてもらった。手形をもらうためだ。みいこは絵の具を塗られながらイヤンと言ってた。一回目。紙の上にみいこを乗せたけど、うまくいかなかった。でもイヤンというので、それ以上チャレンジするのは諦めた。

今日は、みいこに猫キックをお見舞いされた。

2000/12/10(日)

朝起きたら何故か肋骨のあたりが痛い。寝ている間に何が起こったのか。みいこに暴力を奮われたのかもとみいこを疑ったりはしない。でも痛い。なので一日じっとしている。なんだいつもと同じか。

他の猫さんの食生活を見ていると、みんな色々なものを食べている。なのにみいこは色々は食べない。普段はキャットフードと水を食べ、毎日猫草を齧る。キャットフードが切れたときは仕方なく、猫まんまになるが、かつお節と煮干、味付け海苔入りの卵ごはんにして、やっと3口ぐらい食べてくれる。さんまの頭は食べるが、さばは食べない。食わず嫌いが多い。パンも野良猫で来た時には食べたというのに、今は絶対食べない。チーズは食べる。ハムは食べない。生肉は食べない。野菜なんか絶対食べない。食べないものだらけだ。

2000/12/11(月)

みいこは父と遊んでいた。いつもひどい目に合わされているのに、父と遊ぶのが好きだ。面白いのだろう。右手を出してくるくる回している。そして猫パンチ。だが、みいこと父では父の方がおふざけ度が高いので、みいこは、うんざりしてどこかに逃げてしまった。

私の痛いのは、背中に移動してきた。やだな。今週はライブ週間なのに。サロンパスを20枚くらいはった。

汚職事件ニュースがまた流れている。「たまたま見つかったあの人は運が悪い」。みんなやっている。うんざり。

夜YAHOOオークション出品者になりたいばかりに、出品していたいくつかの物が売れた。それが驚き。300円くらいでいいか、と出していた洋物の画集が15500円に。落札者さんによると「MADE IN L.A.(94年発売)」は、アメリカはもちろんのこと、本国フランスのネット書店でも既にSOLD OUTということで入手できずに」ということだ。驚いた。みいこも13億は硬いね。

2000/12/12(火)

みいこの撮影に励む。みいこが味付け海苔をもらうときの面白い顔を狙ったが撮れなかった。動きがすばやすぎるので。
,左は味付け海苔を不気味なまでの目つきで見入るみいこ。このあと手で奪い取った。
下は美しいみいこ様。

2000/12/13(水)

anchanのお誘いで大阪厚生年金会館のBuck-Tickライブを見に行く。まさに見に行く。3列目で見ると、ついつい見入ってしまう人たちだった。

2000/12/14(木)

ヤフーオークションに出品すると、ちょっとしたメールの合間に相手が面白い知識や情報を教えてくれたりすることがあり、金額は少なくても徳した気分になることがあるというもう一つの楽しみ方を見つけた。この前の人にも海外のネット書店で洋書が日本より安く買えることや、なかなか便利なフリーの翻訳サイトを教えてもらった。

私が出しているのはたいてい天野喜孝さんという、イラストレータ関係のものなので、落札者は絵が好きな人が多い。それで自分も興味ありそうな情報を教えてくれる。今日100円で古雑誌を落札してくれた人はNYの天野さんのアトリエでこの前天野さんとお食事をしたばかりとかいう羨ましい人だった。インターネットならではの交流だ。

2000/12/15(金)

風邪をひきかけているようなので葛根湯を飲んで備えた。明日からの旅が楽しみな一方、みいこのことがとても心配だ。元気でいるんだよ。留守にするおわびに顔マッサージをサービスしておいた。

2000/12/16(土)

朝、5時に起きる。日の出を久々に見た。東京へ飛行機で。天気もよく。

気づくと銀座プランタンの前にいた。話題の映画「バトルロワイヤル」の初日とあって人々が行列を作っていた。私はうまいとワイドショーでも取り上げられていたモンブランを3つも買う。特に予定もないのでプランタンの中をウロウロし、服などをたくさん触りまくり少し買った。昼になったのでホテルに向かい、例のモンブランを食べた。勿論一人で3つ食べた。3つも買うんじゃなかった。栗が甘すぎてアンコみたいで私の好みではなかった。ケーキスポンジがなく、生クリームの上に栗のウニョウニョがのっていた。

夕方、根津の「ねんねこ家」さんに行く。靴を脱いで店に入ると奥へ通される。奥へ行くと畳の上のじゅうたんで猫が二匹寝ている。触りまくっても,何の反応もなく寝ている。物凄く触られなれていて、無視されていた。

夜は、素晴らしいライブに行った。このHPにはライブの感想を書くコーナーもあるけれど、人生に強い影響を与えるようなショッキングなライブだったので日記に書きたい。「KENJI SHOCK」。大村憲司さんという98年に亡くなったギタリストと仕事をともにしてきた仲間のミュージシャンが集まるトリビュートコンサート。デビューの遅い順ということで高野寛さんがトップバッターで「夜の海を走って月を見た」をハミングバード1本で弾き語った。最初から涙が目に浮かんでしまいました。2曲目はアルバム「春がいっぱい」から「Far East Man」。ああ、これ以上、言葉で説明を重ねても意味がないことのように思えてきたので感じたことを中心に。

まず、舞台の上は、、奥のドラムセットが4台、ピアノ、アンプだのギターなどがゴチャゴチャ置かれているだけなのだけれど、それが既にどんなセットよりもかっこいい。次から次へとバトンタッチして登場する出演者はCHAR、矢野顕子、大貫妙子、高橋幸宏、沼澤尚、村上ポンタ秀一、遊佐未森、、渡辺香津美、バカボン鈴木、近藤房之助、浜口茂外也、徳武弘文、小原礼その他(順不同、敬称略)ともう、ハイテクなミュージシャンばかり。一人で歌ったり演奏するシーンもあるけれど、4、5名でのセッションという形が多かった。言わずもがなプロの中のプロ。聴くものの感性や能力、音楽的知識や、理解能力などを、最早必要としない。純粋に素晴らしい音楽の中にいることの幸福に包まれた。私が一体こんな素晴らしい場にいられるようなどんなよいことをしてきたというのだろうかと思った。ここで聴いているのは私なんかでいいの?と思いつつも、身じろぎするのも勿体無くて、息を詰めて、音楽の中にいた。

ミュージシャンとミュージシャンの間のリスペクトや友情や愛の形そのものが、このライブの原動力だったからこそ、お金をいくらかけたとしても決してこのような素晴らしいライブを再現することはできない。その場を包む大村憲司さんの大きな存在をずっと感じていた。変なこというの本当は嫌いだけど、見えるより確かに大村憲司さんの存在を感じた。大村憲司さんの音楽がある限り、大村さんは存在しつづけている。そんなことを思わされるライブでもあった。また「生き方」「生きることを楽しむこと」「厳しく求めるものに向かって努力すること」「人との関わりによって生まれてくる物の楽しさ」そんなこと、誰も言わないし、歌ってさえないけれど、彼らの姿そのものとその音楽からそんなことを感じ、考えもした。

ライブが終わった後、高野さんファンの方と互いにほとんど「はあーっ」としか言えないでずっと渋谷駅まで歩いた。他に何を言っても言葉が足りないのだった。今もこのライブのすばらしさを伝える言葉を知らない自分が残念でならない。夜はいつものようにコンビニのインスタントおかゆ。しかしとても贅沢な気持ちだったので、心持ち贅沢なフグ雑炊にしてみた。

2000/12/17(日)

朝はホテルでパンとコーヒーとスクランブルエッグを食べる。また贅沢をしてしまった。ホテルの部屋は安いので、まずまずだったが食事はとてもおいしい。きっとコックさんの腕はかなりいいはず。ちゃんとしたものを食べてないけれどきっといいコックさんだ。

そして池袋のサンシャインシティーでの天野喜孝展へ。リトグラフの販売もメインであるので、セールスのお兄さんお姉さんがたくさんいる。なかなか行きにくいのでそのような展示会は久々だったが、警戒する心配はなかったようだ。私は今はかなり冷めたファンだと思っていたが、いざ行って見ると全然異常なファンぶり。セールスのお兄さんが営業トークをする隙間もないほど質問を連発し、好き勝手に思い出を語り、最後にはお兄さんにさりげなく去られてしまい、もっと私の話を聞いてくれと寂しく思ったほどだった。普段は喋るの苦手なのに好きなものの前では人格が違う自分が怖いと思った。天野さんご自身が見えられるのは、ライブの開始時間という情報を得て泣く泣く会場を出る。全財産をはたいて、ペンダントまで買ってしまう。もうしばらくは何も買えない。はあ。

ちなみに天野喜孝さんは今はファイナルファンタジーのキャラクターデザインの人とか、グインサーガのイラストレータとしてまだまだ若いファンを増やしているらしくて、グッズ売り場は中高生のファンで盛況で動くのが難しいほどだった。相変わらず若者心をつかんでいるところが凄い。ヤフーオークションの落札者さんで天野さんと仕事をしているという方がメール情報をくれていることもあり、私の中ではまた天野喜孝ブームが来そうになっているかも。

昼からは青山劇場に土曜と同じく「KENJI SHOCK」へ。15時から始まる前に時間があったので、近くの青山ブックセンターで写真や絵の本などを眺める。近所のカツカレーの店でカツカレーを食べる。そして近所で一人泣いている子供を迷子かと声をかけるが、お母さんとケンカしてすねているだけだった。ライブの模様は、内緒。高野さんは1曲目は「ベステンダンク」を歌っていた。ライブ後は早くホテルに帰って寝た。疲れていた。

2000/12/18(月)

この日は自分の知っているところばかりしか行かなかった。

渋谷駅から代々木公園へ、さらに初台まで散歩した。代々木公園で陶器市を覗いたり古本屋に寄ったり、なじみの野良猫を探しに行ったり、インターネットカフェに行ったり、本屋さんに行ったり、タワーレコードに行ったレコファンに行ったりまた本屋さんをはしごしたり。

12日から開通している大江戸線を使って麻布十番や六本木まで行った。でも大江戸線は地下深いようでかなり乗り換えが大変で、たくさんエスカレータに乗ったり歩かないといけなかった。不便かも。六本木の青山ブックセンターに行った。麻布へはパンを買いに行った。

東京は物凄く変わるのが早い。知っている街もすぐに知らない町に変わる。覚えているここまでの電車賃はいくらというのまで変わる時がくれば、もうその時は全然知らない街になりそうだと思った。

2000/12/19(火)

久々登場みいこちゃん。

弟にスリッパを乗せられて虐待されている。が、嫌がってはいないようだ。
下は一緒に遊んでいるところ。さんざん噛み付かれて傷だらけになった。

歯はまだまだ丈夫なのを身をもって体験した。

2000/12/20(水)

たけちゃんのお誘いでアスティ徳島で行われたゆずのコンサートへ。ゆずを生で見るのは3回目になる。「キョワアアア。ぎゅああんちゅううわああーん」と、前の人は全身で喜びを表してた。ファンの多くは中高生っぽい。ゆーじんとがんちゃんの自称「目はにごってても平成爽やかフォークデュオ」は、フォークというより随分ロックぽくなった。二人のトークは、ますます間(ま)が洗練されて、緩急取り入れられてそれは見事だった。ゆーじんくんが喋っているときのがんちゃんの合いの手の入れ方の素晴らしさに感動した。私が審査員なら上方漫才新人賞は彼らに一票入れるのにと思いながら。中学生のようなエロトークも含めて。紅白にはゆずでなく19な理由はこれかもなあ。

がんちゃんのお父さんはヒロシ。ヒロシは角刈り。なんだか、忘れそうにない。飛び跳ねながら演奏するゆーじんくんの笑顔はどことなく顔が矢野顕子さんに似ている(私の中ではもの凄い誉め言葉かもしれない)。硬くならず、上から見下ろすでもなく、歌えるところが19よりいいのに。

この8日間に、BUCK-TICK、KENJI SHOCK、ゆずと随分タイプの異なるライブを聴き、見た。テクニックに絞れば差は歴然。でも音楽のあり方は、人間の数と同じだけあるのかも知れないと思った。そして彼らはいつも自分のやり方で輝いている。そこはかわらない。そして自分もそうなりたいと願う。

2000/12/21(木)

風邪をひいてしまった。頭が痛い。一日寝て暮らす。自業自得。

anchan誕生日おめでとう。

2000/12/22(金)

anchanとおとうさんの合同誕生会に参加する。おとうさんはあだ名だそうだ。本当の父やパパではないそうだ。山弦の佐橋さんに似ていると思ったけれど誰も分かってくれなかった。山弦のゆーじん側だというと少し納得してくれた。でもギターは弾けないそうだ。がっかり。その代わり、花花の「さよなら大好きな人」を裏声で歌ってくれた。(山弦を知らない人は、山弦ファンのアビさんちに行け)

風邪と怠け癖が合体して、ますます動くのが億劫になっている。というか寝てばかり。みいこをおなかにのせている。

2000/12/23(土)

早くもクリスマスケーキを食べた。「どうして栗ケーキ?」「クリスマスだから」としょうもないダジャレのやりとりをして寂しく我が家のクリスマスは終わった。

体調がよろしくない。

2000/12/24(日)

父や母は伊勢神宮に出かけ、みいこと取り残されるクリスマス。
体調相変わらずよろしくないので、出かけたくなかったが、カレーを作ろうとしたところ材料が足りず、スーパーへ。しかし何故か自転車に乗り気づくと、駅前の本屋にいた。最近近所の本屋さんがみんなつぶれて本屋さんが遠くなったので、めったに本屋に行けない。

私のお気に入りの「朝日ソノラマ」という出版社がある。ここから出ている漫画「インドな日々」(作者:流水りんこ氏)という漫画がふと目に止まり立ち読んだ。面白かったので、ほとんど立ち読んでから買って帰った。テレビで「情熱大陸」に出ている坂本龍一さんの話を聞きながら続きを読んだ。「日本はぬるい」という坂本さんはアフリカに行くのが一番の処方箋だと薦めていた。しかしインドもアフリカに劣るまい。

そう言えば昨日の夜、高野寛さんが昔NHKで司会していた「ソリトンSIDE−B」という番組の本があるのだけど、ペラッと久々にめくって読んでいたら坂本龍一さんがゲストの会の時のところで、坂本さんと高野さんが「情報の禁欲主義」という話をしていた。クリエイトのためには足りない感じが必要ならしい。インターネットもやり過ぎに気をつけないといけないと自戒。

2000/12/25(月)

一日熟睡していた。頭も痛い。呼吸も苦しい。
みいこは元気はつらつで、私の枕元にたち、一緒に暴れようぜの顔をする。最高にかわいい顔だ。でも寝てくれ。

2000/12/26(火)

いくらか体調がましになったので、久々にみいこの写真を撮ろうとしたら、デジカメの電池の充電器がない。母に聴くと「燃えないごみに捨てたかも」と言う。まだごみ袋はうちの前にあると言うので一人哀しく寒空の下でごみ袋2袋分をあさる。が、ない。臭い中、がっかりしていると「何しよん。もう見つけたよ」と言う母。早く言ってくれ。充電後。寒いと言って嫌がるみいこをコタツから無理に引っ張り出して写真をとった。さてパソコンに取り込もうとすると、今度はパソコンの具合が悪くなっていて、画像を取り込めない。泣。

2000/12/27(水)

2000/12/28(木)

デジカメもなんとか復調。大好きな味付け海苔でおびき寄せ、みいこの撮影。味付け海苔を見るといつものぼんやり顔がキラキラ顔になるのが面白いのでつい遊んでしまう。見せたままあげないと手ではたきおとそうとする。これは素早すぎて撮影できない。右のみいこの視線の先にはあこがれの「味付け海苔様」がいる。

2000/12/29(金)

みいこは今日一日中寝込んでいた。たいてい寝ているけれどいつも必ず起きてくる夕方のご飯の時間に起きてこなかったので、私のベッドで寝ているみいこを起こしに行った。こんな時「死んでいるかも」とちょっと不安になる。まず「みいこ」と声をかける。「にゃ」と返事があった。とりあえず生きているようだ。安心。やっと布団をめくる。鼻を触る。乾いている。風邪ひいているのか。ご飯をやると食べたのでとりあえず安心する。昨日写真撮りすぎて疲れたのかもしれないので、今日はモデルの仕事はお休み。昨日の写真から、みいこ様の寝姿を公開。
下のは空を飛んでいるみたい。そんな夢をみているのかも。

2000/12/30(土)

かつて「鼻歌をBGMにしたい」と志した。鼻歌で作曲できるソフトも見つけた。しかしそれは有料であった。しかし今日発見したテキスト音楽「サクラ」は、ドーレーミーなどとカタカナで書くだけで曲作りができるという音楽音痴向きなフリーソフト。しかも真面目に取り組めばかなり色んなワザもできるという。私は真面目に取り組まなかったが、長年の念願であった鼻歌のメロディを書きとめることが出来た。本当は歌詞もある。「猫砂を買いに行こう。マチバンにマチバンに(後繰り返し)」である。つまり猫のうんち用の砂のための曲である。出来たら一緒に口ずさもう。しかし忙しい時期に何をしているんだか。では、たそがれていみいこ写真をクリック。とても短いから聞き逃さないように。懲りずにもう一個聴きたいチャレンジャーさんは→「21世紀の夜明け」っぽいのもクリック。滅茶苦茶いいかげんでも曲らしくできる簡単ソフトなのでみなさんも是非お試しあれ。

2000/12/31(日)

やっと大掃除に取り掛かる。みいこは普段入れない押入れに入れるので喜んでいる。最後には、天井裏までドタドタ歩いた。途中から大掃除は無理だと小掃除で諦めた。やっぱり普段からもっときちんとしなきゃダメね。第一モノが多すぎる。あまりのゴミの多さにあ然として、21世紀は生活自体をもっとシンプルにしていく方向に進んでいくのが流れになるのではとぼんやり思った。

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