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2001/1/1(月)

明けまして21世紀おめでとう。0時過ぎて最初に何をしたかと言うと、みいこの撮影であった。新世紀もかわいいみいこをよろしく。

やっぱり正月は華やかでないとと、単純な発想から花を頭に載せられてるみいこ。ちょっとイヤみたい。

「21世紀の夜明け in 吉野川は、こんな感じ(現在紛失のため写真ありません)でした。ひえー、寒かったー。

2001/1/2(火)

見知らぬお客さんが来て、たけちゃんたちと一緒にいろいろ珍しい話を聴いた(絵の話など)。興味深い話がたくさん聴けた。みいこは、たけちゃんと味付けノリで遊んだりした。途中まではキラキラしていたがみいこの好きなメーカーの味付け海苔でないことに気づいてからはだれていた。anchanに「みいこちゃんは綺麗だね」とたくさん誉められていた。私もみいこも久々にたくさん人に会った。

フリスキーが切れている(他のメーカーの在庫はあったがみいこはあまり食べない)というとanchanは親切にも、スーパーに連れて行っててくれた。新鮮なフリスキーにみいこはとても喜んでいた。平和でなかなか充実した一日だった。みいこは伸びている。
と、思ったがさすがみいこ。すぐ復活。夜には暴れていた。
今日伺った話は、公けにしてもいいかどうか許可を貰っていないので、ココには書けない。どうしても気になる人はメールでこっそり教えます。

書けることで印象に残ったのはどんな分野でも極めた人は、やはり常に好奇心を持ちつづけてるなあということ。常に新しくクリエイティブな出会いを求めてやまないという話がなるほどと思った。それは、イチローが大リーグに行ったり、坂本龍一さんがNYに住んだりする意味と同じなんだろう。やっば、凄い人は凄いよなと単純に感心した。

2001/1/3(水)

香川の八栗山というところに初詣に行った。おみくじをひいたら凶だった。4人中3人が凶だった。ショック。「何もせずじっとしていろ」という内容だった。早速帰りのロープーウエイの半券をなくしていた。でも拾ってくれてた人がいて発見された。
anchanも嫁にいくかもしれない。ショックだ。

2001/1/4(木)

今日は家族と初詣。近所の八坂神社、日枝神社、八幡神社をお参りして、ご先祖のお墓参り、それでようやく大麻比古神社へ行き、帰りに霊山寺へ寄る。寺神社マニアな母のせいで1日かがりになる。2ヶ所でおみくじをひき大吉だったので昨日のと合わせて2勝1敗。まずまず。帰りにレストランに寄ると父と母が「(自分の料理を)取った、取ってない」とケンカをしていた。いつももう二度とこの人たちとは絶対どこも行かないと思わさせられる。

みいこはお留守番をしていた。お上品なみいこを見習ってもらいたい。他所の猫が家に侵入して噛まれたりしていないか心配だったが無事だった。よかった。

2001/1/5(金)

みいこをおなかに乗せて寝ていると私の心臓とみいこの心臓が調度同じところにあって、こそばされてるみたいでなかなか眠れなかった。

2001/1/6(土)

グリ妻がみいこと遊びに来て、みいこは喜んでいた。「人懐こいみいこ」「キラキラみいこ」「乱暴ものみいこ」「ぼんやりみいこ」の全形態を披露してサービスしていた。
その後、グリオさんもみいこと初面会を果たした。みいこは二人のことをかなり気に入って車に乗り込んでついて帰ろうとしていた。

2001/1/7(日)

無性にベルに行きたくなって疲れているanchanに無理を言って連れて行ってもらった。ベルにはわけの分からない工作道具だとか、観賞魚だとか、亀とか、木材とか、靴の修理のための道具とかがたくさんある。結局色々みたがみいこのフリスキーを買っただけだった。みいこは食欲旺盛だ。そう言えば、前のフリスキーを買ったのはほんの5日前ではないか。小さなモンプチカリカリだけどもうなくなってるとは、早い。本当にみいこが全部食べたのかな?そう言えば、昨日もグリ妻に「コロコロしている」と言われて可愛がられていた。

その後あちこちの本屋さんなど営業状態を調査し(一部嘘)、MEISSENというコーヒー店でワッフルを食べ、ブレンドコーヒーを飲んだ。コーヒーは薄めだった。私の好みではなかった。私の好みはトアルコトラジャというクセの強いやつだ。昔は部屋でコーヒー缶を開けてスースー匂いを嗅ぐのが趣味だった。あの頃は若かった(回顧)。

2001/1/8(月)

夜、たけちゃんとanchanと北海道から帰省中のjonnieちゃんと一緒にご飯を食べた。
みいこは一日中寝ていて起きてこないので、心配になって無理に昼に起こして散歩に行ったが、帰ってきてまた寝ていた。自分から起きてきたのは夜の12時だった。ただ寒いからだけで元気はあるみたい。トイレに行ってないのが不思議。「おねしょ」してないだろうね。ちょっと疑う。
jonnieちゃんのお母さんはみいこが綺麗だと誉めてくれたというので書き留めておこう。

2001/1/9(火)

えべっさん(えびす祭)に出かけた。出かける前にポストを覗いたら、年賀状が2枚届いていた。シルバーキャットクラブのしっぽなさんと、もう一枚は小学三年生の時の友達のウーちゃんからだった。四年生になる前に転校してしまったからもう二〇年も会っていない。ハガキもウーちゃんが小学校の先生になったばかりの頃もらったのが最後だ。内容は久し振りなことと、私がウーちゃんに出した手紙を小学校の子供に見せたということと、また連絡しますということだけだった。なんだかよく分からない。多分小学生の頃の私がウーちゃんにあげた手紙を生徒に見せたよという報告だったのだろう。それとも「また連絡」って何かあったのかな?今の住所はココなんだとか色々考えているうち、何だか分からないけど涙が出そうになった。ウーちゃんのことをこの頃は私はもう全然思い出さなくなっていた。顔だって小学生の頃の顔しか知らない(大人っぽい顔をしていたから今でもあんまり変わっていないかも)。「別れてもずっと友達」という三年生の時の約束はほんのたまにの手紙やりとりで続いていた。ウーちゃんはその後も何回か転校して、その度に新しい住所を教えてくれてた。今回のハガキは5、6年ぶりだと思う。自分には幼馴染はいないと寂しく思っていたけれど、ちゃんといたなあと思い出せて、それだけだけど嬉しかった。
今、小学三年生を見るととても子供のように思えるけど、自分はあの頃から全く成長していないような気がする。

2001/1/10(水)

「ぼー。ハッ!何これドッキリ?」
今日はJonnieちゃんの誕生日だった。一緒にラーメンを食べて、コーヒー店で長話をした。ホワイトコーヒーという、ラム酒が入ったアイスコーヒーを飲んだ。うちでは子供の頃からコーヒーにブランデーの入ったのを飲まされていた。そっちのほうがなれているせいか、おいしく感じるな。
Jonnieちゃんはもうすぐ北海道へ帰ってしまうが、パワフルな人柄に触れ、ぼんやりものの私も少しはヤル気を見せないとと思わされた。
しかしヤル気って何をヤルのだろう。「小人閑居して不善を為す」のと「閑居したまま何もしていない」のとは、どっちがましだろう。と思ったりしているうちにいつものぼんやりに戻ってしまった。

2001/1/11(木)〜2001/1/12(金)

みいこは何やら長々とお喋りをしている。みいこは家の中ではお喋り猫。
1/12の朝少し地震があった。私もみいこも寝たままだった。

2001/1/13(土)〜2001/1/14(日)

みいこの極楽な日々。アンカコタツ(足用)を持っているのは家ではみいこだけ。みんな狙っている。
この寒いのに散歩に行くとなかなか帰ろうとしない。家族には「ボケて寒さが分からなくなっている」と陰口をたたかれていることをみいこは知らない。今日も木登りをしたり猫草を食べて吐いてたりしていた。ちょっとウンチが堅めになっているようだ。
ガマンしているのかもしれない。

2001/1/15(月)〜2001/1/16(火)

みいこと鬼ごっこをした。雪がたくさん降っていた。何だかうまくいかない「GIFアニメ」というのもやってみたりして。失敗作も載せるところが私の恐ろしさ。

アドバイス募集中(大きさ変えたらなんとか見られるようになりました)。

これを見た母は「ほんま、うんこしよう」と言いました。うんこしているところじゃないのに。追いかけっこだって。

追記。みいこの追いかけっこアニメは間違えてけしてしまいました。がーん。幻の作品になってしまった。変わりにみいこの身づくろい写真アニメ。(注意)凄く重いので表示に時間がかかります。これも期間限定で公開。それではココをクリック。

再追記 奇跡的にファイル復活。

2001/1/17(水)

近所の猫が凄く木登りしてた。いつかのみいこのストーカー猫だ。右の木の上の茶色いの。
登ったものの降りられなくなったらしく、四苦八苦していたが、なんとかじわじわと降りてきた。
みいこなら豪快に駆け下りるね。若造だね。

2001/1/18(木)

いつものようにみいこと近所の畑に散歩に行った。畑の横に雑草地があって私は日ごろからそこで寝転んでみたいと思っていた。でも誰かに見られたら行き倒れだと思われるので我慢していた。けど、誰も見てそうにないので今日ついに欲求に負けて寝転んでしまった。するとどうだろう。今まで冷たく頬に当たっていた風をまったく感じなくなった。草の上は暖かかった。葉っぱをつぶしたように強烈な草の匂いがした。今まで遠くに見えていたビルが地平線の向こうに消えて、突然空がぐんと広がった。みいこの見ている世界はこんなのかなと思った。みいこは「何をしとるん?」という顔できょとんと見ていた。

2001/1/19(金)

みいこのしっぽとみいこの後姿をフューチャリング。
ついでに夕焼けも。




2001/1/20(土)

一日雨。雪じゃないから気温が高いのだろう。

家族とケンカした。夜になるとやっと雨が止んでみいこを外に連れて行ってやることができた。写真のみいこが持っているのは桃太郎。100円ショップで売ってた電灯の紐につけて引っ張りやすくするための物だ。
みいこは手先が器用だ。

2001/1/21(日)

朝、中古で譲ってもらったMACがやってきた。宅急便屋さんが来た途端みいこはは箱の中に入りたがり、空いた途端ダンボールに入っていた。みいこの新しい物好きにはいつも閉口させられている。

スガシカオライブin高松市民会館。正直言って昔夜中のラジオで売れないなんとかという弾き語りの人を真冬でも駅前ライブ生中継に行かせて「下手くそ。やめちまえ」とか罵倒していたを何故か毎週聴いていたので「嫌なやつ」という印象が強く植え付けられていて嫌いだった。
ライブに行くと嫌いではなくなった。声がもっと渋い感じかなと思っていたけれど実際聴くともっと透明感があってやはり歌を歌わせたくなる声だった。どの歌もサビの部分にちゃんと一番聴いていていい感じの声が出るようになっていて気持ちよかった。ギターソロもかっこよかった。もっと長くやってほしいと私なんかは思うけれどあくまで歌がメインなライブだった。「サラリーマンだったんだよなあ。何もなかったら今もサラリーマンしていたんだなあ。でも今サラリーマンの人の中にもきっと色んなことできる人いるんだろうなあ」と考えながら聴いていた。「スガシカオは見た目は芸能人ぽくない普通の人だしぼうっとしていたらスカウトなんかされないだろうし、自分から動いたんだろうなあ。普通っぽいアーティストが最近たくさん増えてきたけれどいいことのような気がするなあ」とかどうでもよいことを考えながら、聴いていた。この日は雪の影響で衣装が東京から来ないのでみんな私服とかスタッフの服とかでかき集めて着ていたそうだ。頭は激しいパーマで茶髪だそうだけれど私は眼鏡を忘れていったので警備員さんしか見えなかった。anchanは「スガシカオは顔なんかみなくていい」とひどいことを言っていた。バンドのドラムには沼澤尚さんがいて驚いた。去年の12月16日〜17日に「KENJI SHOCK」でとっても楽しげにドラムを叩いていた若い人だ。人選が素晴らしい。ちょっとスガシカオを見直した。

(「さん」を付けると変だからスガシカオと呼び捨てですが悪意はないです。)

2001/1/22(月)〜1/23(火)

日記を書いている時点ではアクセス3000を達成。最初の頃からすれば凄いことです。
ありがとうございます。ゆっくりやっていますがこれからも訪れてやってください。

MACにソフトをインストールしたりさせていると、例によってみいこもパソコンラックに乗って来てキーボードを踏み出す。ダメだと言って引き離すと怒る。そしてまたパソコンを触ろうとする。みいこは家に新しいものが来ると必ず触りたがる。車やギター、CDデッキ乗れるものなら何でも乗る。古くなると乗らない。これは猫一般の習性かどうかは私は知らない。とにかく好奇心が旺盛。

2001/1/24(水)〜1/25(木)

家でインターネットができるのは今windows981台しかなく、それで家族が一日中ゲームをしているため、なかなかインターネットも出来ず寂しいので、他のMACなどのパソコンにつなぐべく方法を思案している。経費・対応OSバージョンによる使える機材やソフトの違いだけでも迷うのに、見れば見るほどどんどん新しい方法が出てくるし、混乱している。グッドなアイデアはないかな。

1/25夜地震があった。ゴゴゴゴと一秒くらい揺れた。短いけれど震度3で結構大きかった。ほぼ震源地らしい。また揺れるかもと思ってとりあえず玄関が開くのを確かめて、みいこを見にいった。みいこは布団のカバーに引っかかってもがいていた。あんたそんなことではいざというとき逃げられないじゃないかと思った。

2001/1/26(金)

パソコンの説明書などを読んで暮らす。みいこは自分ひとりでトイレに行くよう母に叱られていた。

2001/1/27(土)

前の夜2時に寝る前に目覚ましを5時に合わせておいた。しかしぐずぐずしていて結局ベッドから出られたのは6時だった。7時40分の飛行機に乗るから7時にはうちを出ないといけない。大雨が降っていた。父に「どうして夜のコンサートなのに始発に乗らなあかんのな」と言われたが、それは行きは始発で帰りは最終を予約したからだ。何故そんなのを予約するかというと張りきっているからだ。なぜなら高野ライブだから。だけどいつもいざ起きる時にはなぜそんな時間にしてしまったのかと後悔する。その理由はただ一つ。眠い。眠すぎる。鞄に飛行機のチケットとライブのチケット、財布とパンツだけをなんとか放り込んでみいこの頭をなでてなんとか飛行機に間にあった。(結果、後で、その日始発以外の殆どが雪のせいで欠航していたのだが、それは帰ってから知った。)


飛行機を降りたら「トンネルを抜けるとそこは雪国だった。」という小説が思い浮かんだ。かなりの大雪だ。なんてこったい。さびーなあと飛行場でタイツとハンカチを買った。それから何をしていたのかほとんど記憶にない。初めのうちは雪が嬉しくて無駄に雪の中を歩きまわっていたがそのうち電車が止まるのではないかという危険性があることに思いあたり、なるべくライブ会場の近くでいようと渋谷AXのある渋谷方面へ向かった。

いつも無駄に観光などをして疲れてしまうので今回は疲れないことで時間をつぶすため、bunkamuraで映画を見た。「初恋のゆくえ」とかいうタイトルでよく眠れそうだとよく知らないで入ったら、中国の映画みたいだった。父親が急死して田舎に帰ると母親は大変嘆き悲しんでいる。細かいことを全部はしょると、その父親と母親の恋の物語である。酒井法子っぽい母親の若いとき役の女の子は、町からやってきた若い学校の先生にひと目ぼれする。それがどうしてひと目ぼれするのか分からないような人だったが、もう物凄く好きになってしまっていて女の子が先生が通る道に潜んでいてうっとり見つめていたり、学校の側に立っていたりするその表情がなんとも言えず気持ち悪い。とか、とんでもないことを思いながら見ていたが、結局どうだというと面白かった。とにかく暮らし振りとか文化というのが全く違っていてそんな風習があるのだとか感心することがいっぱい出てきて飽きなかった。死んだ人が家へ帰るときは人が担いで道々死者が道に迷わないように声をかけるとか、学校の校舎を村の男の人たちが建てるとき女の人は近寄ったらダメだからそれぞれの家で作ったのを丼みたいなのに入れてご飯を置いておいたのを男の人は適当にとって食べてまた空の丼を置いておくから、誰が誰のつくったのを食べたかわからないという習慣とか、その他珍しい風習がいっぱいだった。結局、先生の方も女の子を好きで、一時先生が政治犯でつかまって離れ離れになったりしたけれどと村はじめての自由恋愛での結婚に結びついてめでたしめでたし。それで、年老いて先生の方が死んだ後の話に戻る。初恋のゆくえで、死んだ後の話から始まって、葬列で終わるって本当に最後のゆくえを追ってて、普段それからどうなったんだという映画や小説ばかりしかない中、私には納得がいった。それで、死んだ後もまだ夫のことが好きで好きで仕方ないその年老いた母親の様子が平凡だけど幸せな生活を思わせた。映画が終わってトイレに行くと、大勢の女の人がハンカチ片手に泣きながら化粧直しをしていた。ひえー、泣く映画だったのねと思ったけれど、私も確かに少しはその気配は感じた。

見終わってみると、逆に特別男前でもない先生がリアリティーがあってよかったと思った。凄く普通の人の素朴な恋愛ものというのはありそうで日本のドラマにはないなあと感じる映画だった。美男美女過ぎないし、セリフも少ないし、独り言なんかも言わないし、話が作りこみすぎてない所も新鮮だった。

何だか、映画のところで長くなって肝心の高野寛さんプロデュースライブに辿り着かない。高野ライブのある渋谷AXはできたての新しいところで、無論知らないから早めに現地へ向かった。雪でなかなか歩くことができない上、建物は見えるのに入り口が見つからず、遭難するかと思った。が同じように遭難しかかっている人たちがいて、着いていくと入り口に辿り着いた。「渋谷の雪の中で行きだおれ」ている人にならなくて済んだ。
ライブはVIEWSICで生放送されていたため、テレビカメラがいた。疲れていたし、前でウロウロされるのは気が散った。ても高野さんが出てくると、そんなのもは全て忘れていた。やはりこの人は凄い人だと思った。で、とても笑ったし、あつくなった。。19、20歳のころにやっていたことや作った曲をやるといって「I・O・N」や「SMILE」など切れメの曲をやってくれた。新しい曲も聴けた。カバーもあった。英語の歌詞なのとボーカルマイクが聴きにくくて歌詞が分からなかったのが心残り。パーマ、グラサンで、ふらふらヨロヨロと踊る高野さんはとても異様で、面白かった。もうすぐマリリンマンソンになれそうなくらいだった(本当になると困る)。夜の海を走って月を見たとスターティングオーバーをアンコールでみんなで歌った。あ。リトルクリーチャーズの鈴木正人さんもいた。
高野さんの若い友達のクラムボンやアドバンテーシー、櫛引彩香さん、スムースエースもよかったが、比較的タイプが似すぎていた気がした。雰囲気が似ている。高野さんの好きなタイプの音楽だからだろうか。クラムボンを見るのはそう言えば3回目だ。ひたすらいい人そうだったミトくんが何だか迫力のある人になっていて驚いた。見かけのヒゲのせいかもしれないが音もそんな感じ。でも最後にみんなでステージの先端で挨拶するとき高野さんに「緊張するもんですね」と言っていた。スムースエースのボーカルの子が何だか応援してあげたくなる雰囲気のする女の子だった。
渋谷AXというところは、ステージが広いこともあるのか前過ぎると音がパートごとにバラバラに聞こえる。ボーカルが聴こえない。スピーカーより前に行くのは音的にはよくないかも知れない。
なんだかまとまらないけれど、楽しかった。長時間のスタンディングは体力的にはきつかったけれど、心的にはとても幸せでした。

どこかに今度は同世代の浜崎貴司くんやBOOMのミヤともやりたいと書いていた。私は細野晴臣さんや忌野清志郎さんらの先輩方とのバージョンも見てみたい。高野さんは本当にミュージシャン仲間が多い人なので、私は高野さんライブのおかげで随分たくさんの素晴らしいミュージシャンを生で見聴きさせてもらった。でも本当は3時間たっぷり高野寛を聴ける場所も作ってもらいたい。(日記だか何だか分からなくなってきた。読んでくれている人いたらごめんなさい。じゃ。)

ライブが終わると、雪は止んでいた。

2001/1/28(日)

朝起きると、チェックアウト10分前で、慌てて着替えてチェックアウト。その後、anchanに頼まれた古本を探しに神保町に行くが、本屋はほとんど休みで本は見つからなかった。神保町の駅の側の中華料理屋で麻婆豆腐セット1000円を食べる。麻婆豆腐は温まる冬の料理特集で雑誌にも載ったと入り口に貼ってあった。スープとご飯と卵とほうれん草の料理がついてきた。このスープがとてもおいしかった。メインの麻婆豆腐は小さな土鍋に入っててとても熱い。そしてコショウと小さく刻んだ生唐辛子がうんとこさ入っていた。おいしいが辛い。熱い。食べていると汗はかくわ、鼻はたれてくるは凄かった。でも東京はもの凄く高くてうまい店と安くてまずい店の2種類しかないと思っていたけれど、安くておいしかった。今度近くに行く機会があれば2200円の昼のコースというのにもチャレンジしたいものだ。
その後は、また渋谷まで行き百貨店のバーゲンを眺めたが眺めるだけで終わり、レコード屋さんに行くとバーゲンをしていたので、マリリンマンソンのビデオなどやスーパー・ギター・トリビュートという1996年4月16日の日清パワーステーションで行われたイベントのライブアルバムを買い、そして飛行機に乗ってうちに帰った。飛行機のパイロットはドナルドさんだった。
空港を出るとまた大雨が振り出した。

2001/1/29(月)〜2001/1/31(水)


手ぬぐいをほおかぶりすれば、ほらこんなにお洒落。あなたも夜のおでかけにいかが?

オリエンタルな日本手ぬぐいをエキゾチックかつ上品に着こなすスーパーモデルにゃんこ。

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