miiko&master's dairy

HP menu

miiko's dairy menu

2001/3/1(木)

  昨日の写真を切り抜いてみた。みいこが画面のこちらを覗いているみたい。
今日はみいこが「(部屋のドアを)開けちくれえ」というのを無視していたら、その後、ずっとぷんぷん怒っていた。
夜から寒くなってきた。
今日は母の誕生日。みいこの生まれた日はいつだろう?タイムマシンに載ってその日に行ってみいこのお母さんと兄弟をみてみたいな。

2001/3/2(金)

ウインクちょしちゃんバージョン。やはり色のイメージがちょっと違う。モニターの調整が必要なのかも。
みいこの寝姿をスケッチした。 クッションを枕に?あご出して寝ている様子があまりにもぐうたらだったので。

2001/3/3(土)〜3/4(日)

いつも一緒に寝ていたみいこ。なのに、弟が部屋にコタツを設置してからはコタツで寝ている。無理にコタツからひっぱり出してつれて来るが、すぐ出て行ってしまう。今まであんなにくっついていたのに。みいこの裏切り者〜。暖かいものが好きなだけだったのかと思うとがっかりだ。「みいこのあほ〜。コタツでじっくりローストされても知らないからな〜」。

2001/3/5(月)

昨日みいことケンカしてから(私が拗ねているだけだけど)、あまりみいこと顔を合わせていなかったが、折れてあげることにした。「みいこおー。こっちへ来ないかい」と呼ぶと隣の部屋からこっちへ来た。おお、日本語わかるんかも?と思って「日本語分かったら、にゃほーんと言え」と呼びかけたが返事はなかった。やはり日本語わからないらしい。でも言葉はわからなくても気持ちは分かるっていうこともある。
私だってみいこを裏切って遠くで暮らしたことがある。コタツにひかれたみいこのことを許してやらなければ。
早速仲直りの散歩にでかけた。畑の中でみいこがいつものようにバリバリと爪研ぎダンスをしているのを見ていたら、突然前から車が来てライトがまぶしく畑を照らした。いかん。頭にバスタオル巻いていた(お風呂からでた所だったため)。しかも泥棒かぶりで。私は見つかってないことを祈りつつ、こそこそ帰った。

2001/3/6(火)

昨日の夜、哀しいこともないのに涙が出た。朝になると頭が痛くて今度は鼻水が出た。喉も痛い。子供の頃から扁桃腺肥大とアレルギー性鼻炎持ちなので鼻炎だと思って鼻にティッシュを詰めて暮らした。ちょうど中国から黄砂が飛んできているとニュースでも聴いたので、そこいらが原因かもと思っていた。
夕方になると母が風邪をひいていることが発覚し、それをうつされている疑いが強くなった。私のも多分風邪だ。昨晩風呂上りに畑を歩いていたのも原因のひとつだろう。母はワインを飲むと治ると主張して無理に飲むようにすすめるので飲んだ。たが、アルコールと薬は一緒に飲んじゃいけないのだ。風邪を長持ちさせるたちなので早めに治したいが薬が飲めなくなってしまった。
関係ないが昔「世界ふしぎ発見」を見ているとエジプトのピラミッドの時代には脳みそは「鼻水のもと」だとだけ考えられていたと言っていた。今、脳が鼻水になっていると思うその感覚がひしひしと分かる。

こんなときもみいこは元気。

2001/3/7(水)

風邪はひどくなる。鼻水、頭痛、胸苦しさ、咳少し。顔も腫れているといわれたが、元々腫れているんじゃないかと思う。病院の薬を飲む。喉は多分ひどく腫れていると思うけれど慣れてきて痛くなくなった(子供の時からなぜだか扁桃腺が腫れていても痛みがなくなっていることがよくある)ので、食欲はたくさんある。でもおかゆが一番おいしく感じる。

夜むくむくと起きてNHKの「そのとき時代が動いた」を見ながらご飯を食べた。大津事件のことをやっていた。歴史が苦手なのだけど面白かった。日本が近代国家として諸外国に認められるためには大事な事件だったらしい。それがわずか100年と少し前のことだということに改めて驚いた。100年前というと100歳以上の人は生きていたのだ(当たり前だけど)。たったそれだけの短い時間に日本は凄く変わったんだなあと妙なところで感心した。これからの100年はどうだろう。

今日もみいこの鼻は濡れている。風邪はうつってないらしい。

2001/3/8(木)〜3/11(日)

風邪をひいてかれこれ5日もたつ。「食べる。薬。寝る。食べる。薬。寝る」。食欲だけはなくならない。ずっとみいこは一緒に寝ていた。散歩にも連れて行ってやれないが、一度自分で外に出かけていた。驚いた。こんなことは何年ぶりだろう。後はたいてい一緒に寝ていた。ある日はみいこが首の上に寝ていて苦しくなって目が覚めた。たいていは腕枕させられていた。首を舐められ物凄くざらざらで痛くて食べられそうな気持ちになる。全然役に立たない。でもとてもあったかくてとてもやわらかい。

寝ている間にも沢山掲示板に来てくれている。とても面白い。普段誰も来てくれないから仕方なく書き込んでいるけれど、元々はこんな風に他の人の話が聞きたかったので、嬉しい。

みいこの鼻は相変わらず濡れている。人間の風邪は猫にはうつらないようだ。

2001/3/12(月)

朝起きると声が出なくなっていた。「あ」も出ない。どうなっているんだろう。

2001/3/13(火)

風邪だがどうしても翌日提出しなくてはいけない地味な仕事があり徹夜する。コーヒーにブランデーとミルクを入れて飲み、毛布にくるまる。なぜか(ブランデーのせいか?)ハイで元気で、このまま治るんじゃないかとまで思ったが、不思議なことになんだか時々地震のように地面が揺れている。どうしたんだろうと思いながら朝になり、昼頃までぶっとおしで作業をしていたが、終わってほっとコタツに入って初めてとても寒いことに気づいた。地面が揺れていたと思っていたのは寒さのために自分が震えていたのだった。そんなことに一晩中ずっと気づかなかったのも怖い。あまりに声がでないのでこのままずっと声がでないのではととても不安になる。息の音しか出ない。郵便局で宅急便出すにもお姉さんとなかなか意思疎通できず不便だった。帰りにマスクを買った。

2001/3/14(水)

久々にみいこを散歩に連れて行ってやれた。とても暖かいので驚いた。ワイドショーでは宍戸鍵がほっぺのシリコンだかなんだかの除去手術をしたと言っていた。ほっぺが偽物だとは知らなかったので驚いた。話は飛ぶがミールが22日に落ちてくるが、最近夕方6時過ぎくらいには天気が良い日には東北の空を眺めると目で見えるらしい。声は、まだひどいが、なんとか少しでるようになり安心。早速みいこにかわいいと言ってやった。弟は「ドラえもんみたい」と言うが、実際にはそれよりもっとひどい。

2001/3/15(木)

だらだらする。食欲がとまらない。

2001/3/16(金)

天気がよいのでみいこを干す。
やっと病院に行く。今では母が病院でもらっていた薬を飲んでいたのだった。やはりもっと早く来いと怒られる。けれどしんだいときには病院に行く元気もないから仕方ない。よく年寄りも「どうしたの。長いこと病院で見かけなかったねえ」「ああ体調悪くてこられなかっただよ」とか言っているではないか。
声帯がつぶれているそうだ。うどんなど湯気の出る暖かいものを食べ、マスクを濡らして脱水したのものを鼻にはしないで口にだけして、のどを冷やさないようにして、声を出さなければ一週間くらいで普通治るらしい。声帯がつぶれるとぶよぶよになるらしい。同じ症状の人がいるかもしれないから参考までに詳しく書きとめておく。勿論薬も飲んで苦いネフライザーもしに病院に通わなければいけないので、同じ人はやはり病院に行ったほうがいいかも。
ちなみに声帯がつぶれる風邪というわけでなく、風邪の時に大声出してそうなったらしい。

2001/3/17(土)〜3/18(日)

寝込む。声は回復。

2001/3/19(月)


夕方、みいこを連れて散歩に近所の八坂神社に行った。

神社の木にはきのこが生えていた。(きのこ写真は紛失)


みいこはフガーッと怒った後、つかまえようとする私をまいてアパートの裏にもぐりこみ、駐車場に逃げ込んだ後、猛烈猫ダッシュで私が呼び止めるのも聴かず、家に帰ってしまった。捨てられると思ったのかもしれない。

2001/3/20(祝)

母「気持ちええん」みいこ「にゅわわ〜」の会話を10回くらい繰り返していた。

2001/3/21(水)

少し元気になったので、デジカメ持って桜の花を撮りに行きました。
ココ(青字)をクリック。
ニュースでミールの通過予定は徳島市南部と…と、言っていた。なんと!!(ここは徳島市)。落ちてくる心配はないが、通過時間は屋内にいるようにとも言っていた。本当に大丈夫なんだろうにい?

2001/3/22(木)

鬼の霍乱で、いつも体力が余って仕方ないような弟が青い顔して寝込んでいたので、しきりと病院へ行くことを勧めて弟は近所の病院へ行った(自分は行かないくせに)。徒歩3分くらいの近くなのに、1時間30分たっても帰ってこないから、家族みんなで「遅い」「どうせ込んでいるのだろう」となどと言っていた。私がみいこを散歩させていると、ピーポービーポーと救急車のサイレンが近づいてくる音がして病院の方で止まった。弟になんかあったんじゃないかと思ってみいこを畑に置いたまま、慌てて家に帰ると誰もいない。走って病院に行く短い間に、いろいろ悪い考えが頭をよぎった。病院へ行くと思ったとおり、父と母が病院の前に居て、しかもまさに救急車が搬送を待った状態で玄関口に止まっていた。しかし意外に父と母は落ち着き払って近所の人と立ち話などしている。結局、それは近所のおじいちゃんが転んで、病院へ運ぶための救急車だったということだ。それも大変だけど、まあ弟が死ぬかも…と青ざめていた私はなーんだと言いながら母と帰った。母が自転車で病院に駆けつけたとき、もう既に父は来ていたらしい。弟は感染性の腸炎で点滴を打っていたため長く時間がかかっただけだった。玄関を開けるとみいこが既に家の中にいて、にゃわわんと話し掛けてきた。みいこも「どうしたんだろう?誰もいない」とか心配してたのかも知れない。
感染性腸炎て何だろうとインターネットで調べると、軽い物はおなかにくる風邪と思われているやつらしい。今流行している感染症第2位にランキングしていた。ちなみに第一位はインフルエンザ。重いものはウイルスによってO157や赤痢になるらしい。弟はまる一日ですっかり治った(普通はエイズでない限りほうっておいても2週間くらいで治るらしい)。家族揃って病院の前まで来ていたことも弟はいまだ知らない。

2001/3/23(金)

散歩していたら、駅前に安売りドラッグストアの店ができているのを発見。オープン価格でとても安い。都会にはよくあるこういうドラッグストアは多分徳島には初進出。100円均一コーナーもなぜかあり、安い物好きな私は楽しく買い物をした。みいこ散歩用の紐も買った。うっしっし。これでちょっと遠くまで連れて行ける日を夢見ている。

2001/3/24(土)

天気よし。中四国九州に地震発生。徳島では震度4。船酔いするような横揺れが長く続いた。1分くらいに感じたが、数十秒だとニュースは言っていた。実際に船に乗っている漁師さんがちょうど着岸しようとしたところだったので、岸にぶつけそうになったと言ってたという話を父が聴いてきた。みいこは全く我関せずで寝ていた。やはりかなりの大物だ。

2001/3/25(日)

朝から振り出した雨が夜まで続いている。河川敷で行われる予定だった「みいこ撮影会」ができなくなった。残念なので、みいこを連れてたけちゃんちまで押しかけた。100円で買ったハーネスをつけられたみいこは、車に乗るとずっとキョロキョロと外を見回し、「んのーお」と変な声で騒いだ。後はたけちゃんがたけちゃん撮影のみいこ写真とレポートをくれる(よね?)ので、お楽しみに(ずる?)。たけちゃん撮影のみいこ写真。

2001/3/26(月)

昨日みいこは一緒に寝てくれなかった。昨日の様ざまな虐待が、みいこの私に対する信用を失わせてしまったのか…。雨に打たれても元気いっぱいなので心配は無用です。

2001/3/27(火)

「かわい」というラーメン屋でラーメンを食べる。むむ。これは。噂の徳島ラーメン。みそだか醤油だかとんこつだか、どれでもない不思議な味わい。みんな卵入りを頼んでいる。そう徳島ラーメンと言えば生卵。
徳島ラーメンの宣伝はさておき、濃い味が多い徳島ラーメンだが、ここのは薄かった。本当珍しい。日曜は休みなのでなかなか食べるチャンスに巡りあわなかったが、やっと食べることができた。

2001/3/27(水)

かわいの隣のうどん屋に入る。今日はうどんのPR…。うどんと言えば、さぬきうどんだが、さぬきうどんはコシが命。

2001/3/28(木)

今日はモスバーガーに。かきあげ丼を無理やりライスバーガーの形にしたような新製品に挑戦する。久々にきたらいろいろ新製品がでている。そういえば、南総里見八犬伝を書いた滝沢馬琴は、毎日ことこまかく食べた物や、天気の模様を書き留める記録魔だったそうだといつか本で読んだ。里見八犬伝てどこが面白いのかよく考えるとわからないんだけど、とても面白いんだよね。どこが面白いんだろう。やっぱり、妖艶無比な悪女玉虫の魅力かな?ヤッターマンも悪役が魅力的だったよね。何の話だっけ?

みいこは、悪者たちにいじめられた日曜の思い出を忘れ始めているようだ。

2001/3/29(金)

自分は食べてばかりなのに、ふとみいこをだっこするとイケナイ。軽くなっている。いいごはん買ってこないと。今は安売りしてたキャットフードシニア用なのだ。定番のフリスキーモンプチシーフードミックスを明日買いに行こう。

2001/3/30(土)

「一週間前にセットした目覚まし時計事件」。一週間ほど前、朝5時に起きて作業をしようと思い目覚ましをセットした。しかし私が起きたのは8時で結局目覚ましの音を聴くことはなかった。ただ、「目覚ましがならなかった」と文句を言う私に対し、、母は「そう言えばうるさく鳴っていた」と言うので、目覚ましは鳴って鳴って疲れて自然に止まったのだろう。しかしその目覚まし音を私は今日はじめて聴いた。なっちゃんのジュースで当たったオレンジ色の目覚まし時計だ。サイズは小さいが、音はとてもうるさい。このうるさいのは多分一週間前から、毎朝5時から30分くらい鳴り続けていたのだろう。やっと私に気づかれることになった。私は目覚ましに気づいたが、止めるのにベッドから起きださなければならない位置に置いていたから、しばらく寝たふりをしていた。

そうしたら、なんと一緒に寝ていたみいこが、起きだして布団から出たり入ったりしているではないか。いかにもうるさいというように「にゅー」とか鳴いてご機嫌斜めだ。そこでやっと私は目覚ましを止めに行く決意を固め、それを止めた。しかしみいこは既にぷんぷんで、部屋を出て行ってしまった。思うにこの一週間朝目覚めるとなぜかみいこがいなかった。そしてそう言えば、父は「みいこは最近賢くなった。朝トイレに行きたいと言って来るようになった」と言っていた。これらの原因がすべて朝5時の目覚ましにあると考えるとすべては符合する。みいこは目覚ましがうるさくて眠れなかったんだろう。そうして、父のところへ避難したのだ。しかし、そんなみいこにも目覚ましにも1週間も気づいてやれず気の毒なことをした。どんなうるさいところでも眠ることができ、子供の時から一旦寝たら何をしても起きないと言われていたが、流石に一週間もこんなうるさい目覚ましに気づかないとはあまりにひどいのでは…と自分のことながらアキレ、驚いた朝でした。

2001年の日記 2月を見る

2001年の日記 1月を見る

HP menu

miiko's dairy menu