みいこは、2001年4月25日に天国に旅立ちました。推定15歳〜18歳。ある日突然家に押しかけてきてから突然いなくなるまで、私が家を出ていた2年間を除いて、私たちはずっと一緒にべったりくっついていました。
時々近所の道でも四国八十八箇所を周るお遍路さんを見かけます。その編み笠には「同行二人」という言葉がかかれています。お遍路さんは一人で歩いてもいつも弘法大師と一緒だということだそうです。
私もこれから一人でも「同行一人一匹」。みいこのように立派な猫格者にはなれませんが、これからもみいこはずっと見守ってくれるはず。そして私が天国に行けたなら、今度は私がみいこのところに押しかけて行こうと思います。
2001年5月7日(月)
絵を描いています。おとといの夜から、みいこの絵を描き始めました。趣味のアクリルの絵で、趣味と言っても何年かに1枚描くだけのぐうたらさなので、進歩しないのだけど、どうしても残しておきたい何かが出てきて描きたくなるときは描かずにはいられない不思議な趣味です。難しいけどね。

それからみいこ、今日、あんたの元恋人らしきにゃんこがうちの塀の上にいたよ。寝てたよ。あれ、あいつかなあ。久し振りに見たよ。みいこに会いに来てるのかもよ。あいつは飼い猫?野良?本当にあいつかなあ。だとしたら結構あいつも長生きだね。他猫の空似かな?私にはみいこ以外の猫はほとんど見分けがつかないからなあ。みいこ殆どの猫とケンカばっかりしてて、みいこが猫と仲良くしてるの見たのは、お隣のシロちゃんと、黄土色の恋人にゃんこ1匹とその間に生まれた2匹の子供たちだけだったから結構懐かしかったよ。そう言えば、あのお猿さんの替わりに貰われてったチャトラン柄の子、今も元気でいるのかなあ。
ついつい独りごとが多くなるよ。今まではみいこと喋ってたから。みいこも時々何か長いこと私に「にゃほにゃほ」喋ってたね。残念ながら何を言ってるのかちっとも分からなかったけど。みいこは少しは私の言うこと分かってたのかなあ。

4月22日の散歩中の写真が出てきたよ。この後、もっとウロウロしたくて逃げ回るみいこを捕まえて無理に抱いて帰ってたら、不満そうにフンて鼻ならして怒ってたねえ。

2001年5月8日(火)
みいこを描いた。みいこゴメン、頑張ったんだけど、みいこの美しさ、かわいさ、気品は私には描ききれないわ。もっとうで磨くから許しておくんなまし。

2001年5月9日(水)

ほら、実物はこんなに可憐。
この後とびかかってガブリがあったとしても。
昨日KIDSさんがCHATにオーストラリアにはペットのDNAを保存するところがある、それで近い将来みいこそのもののにゃんこが生き返ると教えてもらった。DNAが同じ双子でも性格が違うから、みいこそのものの性格は同じにならないと思うし、今はそんなこと考えられないけれど、その話のおかげで初めてみいこの夢を見ることができた。
みいこは真っ白ふわふわ滑らかな白いおなかをみせて寝転んで、私は久し振りにその気持ちいいおなかの感触をめいいっぱい味わえて楽しかった。とても幸せな夢だった。こんな夢を見せてくれた楽しい情報にありがとうと言いたいな。

2001年5月10日(金)

みいこの紙焼き写真を探したらそんなに多くはないけれどいくつか出てきた。特に若いときのがないのが残念。若いとき、実はみいこは脚、鼻周り、耳、しっぽのポイント以外は真っ白に近かった。年を取るにつれてだんだんこげ茶色のマーブルが背中に出てきて、あちこちカラフルになっていったので、「人間は白髪になるけれど猫は反対だ」と家族は信じている。世間の猫もそうなんだろうか(よその猫は年をとっても模様が変わらないように見えるけれど)?

これは母の脚もとで転がっているみいこ。目を隠すような左手の仕草が懐かしく愛らしい。そう言えばよくしていたポーズだなあ。ホームページを作る数年前だと思う。ホットカーペットがあるから季節は冬。手前の水色の小さな毛布はみいこ専用。毛布は今もみいこの夏のベッド用になっていた私の部屋の古いソファの上にかかっている。

2001年5月13日(日)
「みいこの本名を知った日!」朝メールチェックしていると、しっぽなさんからメールが。そこにはしっぽなさんのお友達のアメリカの千絵さんからのメールも含まれていました。私が長い間知らなかったみいこの本当の名前がやっと分かったような気がしてとても嬉しくなりました。それではみいこのかっこいい名前を教えてくれた千絵さんからのメールの部分を紹介させてもらいます。せっかくのかっこいい名前、自慢したくって!!!

この名前はさっそくみいこのお墓の「みいこのお墓」と書いた板にも書き入れさせてもらいました。さすが世界一の美猫、みいこ。しっぽなさん、千絵さん、アメリカ人の旦那様、私にみいこの名前を教えてくれて、そしてみいこを愛してくれて、本当にありがとうございます。

【みいこ・クレージーキルト】

《前置き》
クレージーと聞くとちょっと、は?クレージー?って思われちゃうかもしれないですね。
でもね、まずクレージーという言葉はアメリカでは日本で言うような『頭がおかしい』とかいう意味とはちょっと違うんです。
こちらではその【頭がおかしい】というのはどちらかというと【Mad】という言葉を使います。
では『クレージー』とは?
簡単に言うと『熱狂的!』に近い言葉ですね。
 そして、よく こちらでは『Crazy for 』 で「首ったけ!」とか  『Crazy about』で「夢中よ!」などという言いまわしもあります。
そうそう、昔のマドンナの曲に「I am crazy for you! −あなたに首ったけ!」という題名もありましたね!
大好きを通り越した存在!好きで好きで、人を狂わせてしまうぐらいの存在!
もうそれはmさんにとってみいこちゃんその物ですよね!
でも、みいこちゃんのダッシュする写真や、屋根の上で
風を感じているみいこちゃんの写真はどの人も夢中に
させてしまう何かがありますね!
Everybody is crazy for Miiko! という感じ!

《命名の理由》
私は、みいこちゃんの写真を何枚も何度も見せて頂きました。
そして、うちの旦那さまも一緒にHPに載せていらっしゃるお写真をすべてみせていただきました!
じーっと見つめていて、いつも想うのが、「何て、不思議な三毛ちゃんだろう!」、
「何て、吸い込まれるように見入ってしまうパターンの柄なんだろう!」、
「不思議と見るたびに違う柄のパターンに見えたりするな?」、「これは本当にみい
こちゃんだけが持った特殊な三毛柄だねー」という会話が何度と無く旦那さまと続きました。
そして、旦那さまが「あ、そうそう君の大好きなアート!!!!」というのです。
で、私は「アート??? 私の好きなアート???あー!!」
もうその瞬間、これしかないと決まりました。

『クレージーキルト(Crazy Quilt)』
それは、アメリカの女性達の間に長い間受け継がれて来た生活に密着したアート。
ただのキルトとどう違うのか?
よく見かける普通のパターン化したキルトは幾何学模様のように、決まりきった形を何度も繰り返して縫うものです。
しかし、クレージーキルトとは、手元にある沢山の思い出の詰まった布をパターン化しないで、思いのまま、思い付くまま、想像力を駆使して縫いあげられたキルトです!
それはまさしくアート以外の何物でもありません。
私は不器用で裁縫などうまくないので、自分では作ったことはありませんが、このクレージーキルトを鑑賞するのが大好きです。
それは、ちょうど『みいこちゃん』の変わった三毛柄のように、独特で見るたびに違う柄に見えてしまうようなパターンなんです!見る人を吸い込んでしまうような。
そして、その思い出の詰まった残り生地で縫われた『クレージーキルト』と、mさんとの長いニャン生の思い出が沢山ある『みいこちゃん』ということで比喩的にも選ばせていただきました。

私の言葉のみでは、どうも想像しにくいと思いますので、何十とある『クレージーキルト』のHPのうち私がよく見ているHPを御紹介しますね。
それではアドレスです、

http://www.sewdoll.com/Quilts/CrazyQuilts.htm

その他、Yahooのアメリカ版のSearchで『CrazyQuilt』と検索すると沢山のサイトがみつかりますよ!

どうですか? ステキでしょ!
まさに私には『みいこちゃん』の美しさは『クレージーキルト』に匹敵するんです!
決まりきっていないが為に、二度と同じ物は作りにくいその柄は、みいこちゃんそのものです。
クレージーキルトもみいこちゃんも、どちらも思い出が詰まった美しいアートですね!

ということで、残り少ない脳細胞をフル回転させて、考えさせていただきました。
私のようなみいこちゃんとは一度もあったことも無い物が、この名前でmさんの思い出に傷を付けないと良いのですが。
一読者として、みいこちゃんにお花の変りにお供えさせてくださいね。

2001年5月14日(月)
みいこ・クレイジーキルトさんの7年前くらいの写真。一番若い写真かも。確かに生命力にあふれている。若さがある。でも。メジャーで遊ぶも、コタツに半分入っているところが凄い。
2001年5月15日(火)

2001年5月16日(水)
「んにゃーっ」と屋根の上で鳴くみいこ。にゃんこが思い切り鳴いた瞬間の写真は、ちょっと珍しいかも知れない。大人猫なのに小さな子猫みたい。「おかあちゃーん」と叫んでるみたい。凶暴そうな歯が赤ちゃん猫でないことを主張している。
時には乱暴ものと言われるみいこだったが、それはすべて私のせいだとも一部で言われている。小さい頃、よく座布団やソファ、フスマの影から指や紐などをそっと出しさっと引くという遊びをしていたためだと言われている。それで狩りもうまくなってしまったのかもしれない。少なくとも布団から脚を出して寝ているとよく夜中にみいこにカブリとやられたのは自業自得かも。
2001年5月23日(水)
母に自転車に載せて捨てられに行くところの子猫を保護して里親さん探しをしている。(里親探しは終了しました。)
子猫たちはみんなかわいいが、家族はみんな「みいこの方がかわいい」と言っている。私もそう思うが子にゃんこ達もかわいい。みいこ並みのたくましさと美しさと賢さを持った立派なにゃんこになってもらいたい。子猫たちの写真ははっちゃんの小部屋に。子猫たちが眠っている毛布はみいこ専用の水色の毛布。何だか子猫がいるととても慌しい。
2001年5月29日(火)
みいこがいなくなって一ヶ月以上たつ。みいこを抱きしめたくて涙が止まらない日もある。子猫たちはみいこではない。子猫たちは一生をともに過す誰かを探して待っている。子猫たちのことを自分のことより大事にしてくれるそんな友達が見つかるよう、みいこも見守ってくれにゃん。

2001年6月10日(日)
子猫たちは里親さんを見つけて、後はタマちゃんのみ。子猫たちのおかげでとても忙しくしていられて、みいこのことで泣く暇もほとんどなかった。
自分のこれからのこともちゃんとしていないのに、猫のことばかりしていた。それで幸せだった。私のできることはほとんどないけれど何かできたような気がした。色んな人のおかげで。にゃんこや他の誰かのためにできることがあることは幸せなことだと思う。
2001年6月14日(木)
タマこと、はっちゃんが昨日から風邪で食欲なし。通院している。本猫は案外元気そうに遊んだりしているが、死んでしまうのではないかと気が気でない。

「ネコのために遺言を書くとすれば(木村晋介著・本の雑誌社)」という以前に買った本が目に付いてぱらぱらと読んだ。タイトルと同じ名前の章が開いた。飼い主が急になくなったときなんかに猫がノラ化しないように「キャットマザー計画」という猫の里親プラグラム実現を目指している「猫第一事務所」という猫愛好家団体があって、そこから著者が依頼されて「愛猫のために遺言を作ろう」という講演会をしたと書いてあった。

最近、飼い主を突然失った2にゃんこが里親さんを探しているのに出会ったばかり。こんな時こんな本が目に入ったのも何かのシンクロニシティのような気がする。本は2年ほど前に発行されたものだけどまだ「猫第一事務所」は存在するのだろうか?と検索してみたがよく分からなかった。
たいていの猫はみいこのように飼い主より先に死んでしまう。タマちゃんも死ぬのではないかと思うと怖い。でも一方で飼い主が先に死んでしまえば、扱いやすい元飼い猫は業者などに捕まえられて動物実験用に一匹何万で売られていくことも多いのだとか。飼い主がいるのでさえ、捕まえられて売られることもあり、買う方も扱いやすいから承知で買ってるのだそうだ。ひどい。

2001年6月15日(金)
はっちゃんがごはんを食べてくれる。とりあえずほっ。はっちゃんの風邪のことを調べようと、CAT Q&AというHPの病気のページを見て、次についペットロスというページも見ていたら、掲示板の書き込みの中に偶然、昨日日記に書いてた猫第一事務所の南里さんのホームページアドレスがあった。なんと!!またまたシンクロニシティーか?!キャットシッターの南里さんは保護者が入院や死亡の際取り残された猫を守るシステム「猫の森」の実現に向けて施設の土地取得の段階まで行っているらしい。おおおっ。
うちには保護猫はっちゃんしかいないが、旅行の間はっちゃんを家族に任せるのは不安だ。すぐ外に出そうとするし、下手するとお母さん猫に帰そうと言い出す。こんな中、月末旅に出ようとしているがはっちゃんを置いていって大丈夫だろうか。こんなキャットシッターさんが近くにいたらなあと思う。
2001年6月30日(土)〜7月2日(月)
6/30と7/1東京に高野寛さんのライブを見に行ってました。7/2の夜に帰ってきました。6/30はJASのバースデー割引だったのでスチュワーデスさんが「今日お誕生日とお伺いしました」と言って手書きのカードと、飛行機のプラモデルと、お菓子の詰め合わせの小さなのをくれました。もらったものはあまり嬉しいものはなかったけど美人なスチュワーデスさんだったのが嬉しかった。バースデー割引は誕生日から15日使えてどこまで行っても1万円なので誕生日がまだな人は狙い目だ。しかも同乗者の1名も1万円。JASの広告のようになってきた。

さて。前日から東京に来ていた、たけちゃんと恵比寿駅で待ち合わせて、まずサイケデリズムに行った。たけちゃんと私は解散したも同然とは言え、お座敷ギター部のリーダーと部長だ。サイケデリズムはプロ(高野さんも)も通うギターショップ。一人で入る勇気がなかったがたけちゃんと一緒ならと思って…でも一緒でもやっぱり場違いか…見学させていただいて早々に恵比寿ガーデンプレイスへ移動した。そこで麦酒記念館でビールを飲み昼間からいい気分になってしまい、そのまま「西郷山公園」へ。雨であいにくのお天気でした。思えば恥ずかしいルートなので、軽く流す。そしてそのままホテルにチェックイン。さんざん道に迷いながらライブ会場の赤坂グラフィティに。ライブの内容は勿論素晴らしいものでした。これもここでは略。それからイタリア料理店で生ハムとサラダのピザと、エビとホタテのパイつづみとプリンを食べました。うまかったです。また詳細は略。
翌朝はスターバックスでたけちゃんとご飯を食べ、たけちゃんとお別れして渋谷のバーゲンで靴を買って、さて、ペットの健やかなシニアライフのためにとかいう講演を聴きに行こうとしていたところ、気づくと天野喜孝さんの奥さんのやっている「金魚姫」という所に行く電車に間違えて乗っていて、講演会場まで行く自信も時間もなくなって「金魚姫」に行きました。金魚姫もサイケデリズムと同じで、用もないのにふらりと入るには緊張するところでしたが、お茶も出してもらえたし、「天野さんの奥様かあ」とか「原画かあ」とか思いながら結構いました。天野さんの絵をモチーフにした陶器とか、ジュエリーとか、着物とかがありました。その中で比較的お手ごろな銀のカエルの指輪を買いました。天野さんのデザインではありませんが人気があるそうです。途中でワンコがテテテと店の中に入ってきて、それを追いかけて髪の長いきれいな少女が入ってきました。あ、飛奈ちゃんだと思いました。私が天野喜孝さんの熱狂的?ファンだった頃、生まれた天野さんの娘さん。ただミーハー的に見て見たかったから嬉しかったです。そして夜また高野さんのライブに行きました。アゴヒゲ確認しました。ライブは当然とてもよかったです。また略。
次の日は、とても暑い日でした。どこに行ったか思い出せません。代々木公園には行ったの覚えてますが、後は記憶喪失。どこにも行ってないと思いますが、本当思い出せません。熱でやられたのかも。…。ああそうそう。映画を見ていました。スピルバーグ監督の「A.I.」。人間そっくりな少年型ロボット君のデイビットは、愛とか希望とかを持った最初のロボット。(人間の)ママに愛されたいのに…という話。故キューブリック監督の構想というこの映画は哀しいアンデルセン童話を読んだような気がしました。

2001年7月3日(火)
ごく最近インターネットで「美穂の旅」という所に登録した。登録すると自分の分身が旅に出て、旅先から手紙を書いてくれるというやつ。私の分身のmiikochanは今京都観光をしているとメールをくれた。みいこから手紙をもらうようで一瞬楽しい。虚しいがしばらくは続けてみようと思う。
2001年7月4日(水)
つい先日、みいこの絵を描くのに勉強になるか、もしくは一層プロに綺麗な絵を描いてもらおうかと猫の肖像画を探してインターネットをさ迷っていたところ、とっても綺麗なにゃんこの絵に出会いました。その名も「猫の肖像画館」という葛西の隠居さんのホームページでした。にゃんこの肖像画を書くプロのサイトはたくさんありますが、どれも今ひとつ気にいらなかった中、葛西の隠居さまの絵はひと目見てとても美しく、みいこにゃを描いて貰いたいと思いました。よく見るとなんと500番ごとのキリ番ゲット者はにゃんこの絵を描いてもらえると描いてある!私はそれを狙う宣言を早速掲示板に書き込みました。そしたらば、なんとみいこの絵を描いてくれるというお返事をいただきました。わーい!
それで今日、いよいよみいこの絵ができたとお知らせをもらいました。写真と少しの私の説明からだけで、みいこを書き上げていただきました。わーい、わーい!っと言った気持ちです。葛西の隠居様のホームページにも勿論紹介して下さっています。こんな綺麗な絵にしてもらってみいこにゃも喜んでいるはず。みいこの果報者度は死んでからもますますアップしているようです。それでは、みいこファンの皆様もごゆっくりご堪能ください。うっとり。なお、絵のモデルに使用していただいた写真は「たけちゃん」撮影のものです。

2001年9月3日(月)
みいこ日本画バージョンの制作途中。5/8日記アクリル絵の具バージョンと同じポーズ日本画場バージョン。どこが日本画か分からないが、使っている絵の具は日本画用のものだし膠も少しは混ぜているし和紙を使っている。でも技法は日本画教室中退なため滅茶苦茶。これからもどうなるか自信がないからとりあえず格好がついたとこで一度発表。まるっきり変わっていくかも…。

やっぱりみいこに会いたくて仕方ない。

2001年9月15日(土)
日本画はまだ進んでないが、お絵かきソフト「イラストレータ」の練習中なので、これでみいこを描く。写真で輪郭を適当トレースしたあと直す方法で挑戦。この方法だとやはりリアルタッチになるのにゃ。
みいこちゃんこっちでは戦争が起こりそうです。みいこの住んでいるところではどうですか?

2002年2月5日(火)
たまたまこのホームページに来てくれたMiさんが、みいこの絵を見てインスパイアされて、自分も絵をまた勉強することにしたとメールをくれた。
私もまたMiさんの文に元気をもらった。
勢いにのってパソコンでたくさん絵を描く練習をした。たくさんたくさん描くうちに、上手に描くことが大事なのでなくて、自分が描きたいことがあるということが大切だということを感じた。
私が死んだらみいこといろんなところへ行って一緒に遊ぶ。これは夢であって同時に必ず実現する未来。幸せな夢。
2002年2月23日(土)
少し暖かくなってきました。梅の花を見てもみいこと写真を撮った日のことを思い出します。
みいこも知っていると思うけど、うちには今はっちゃんという猫がいます。あの茶色のモコモコした子です。どうしてなんだろうと思うくらいみいことは何もかも違っています。猫は個性がないという人が前にいましたが、それは嘘ですね。
みいこに似てるところを無理にあげるとすれば「鼻が黒いところ」「うちの事務所で昼間事務員の仕事をしているところ」「風呂がきらいなところ」ぐらいです。後はことごとく正反対です。
みいこはいつも私と一緒にくっついて寝てたのに、はっちゃんは絶対一緒にねません。無理に布団にひっぱりこむと「うーっ」と怒り、階段を降りて行ってしまいます。そもそもみいこに怒られたことなんかほとんどなくって、しっぽを踏んだときギャーッて足に噛み付いたくらいだったのに、はっちゃんは気に入らないときはすぐ怒る怒りんぼです。どうしてでしょうねえ。それに、みいこはほとんどの猫が嫌いで猫を見るとケンカばかりしていたのに、はっちゃんは猫が大好きで、知らない猫でも追いかけていってます。相手の猫がつっけんどんにしててもやっぱり猫が好きらしいです。あれはなんなんでしょう。注意してやってください。
他にも「小食」「ときどき鳥やねずみなど狩りをして食べる」「人が食べているものはほしがらない。さんまの頭と、味付けノリは大好き」「家を出るときは戸をあけられないのに帰ってくるときは自分で勝手にあけて入ってくる」「家好き」「さむがりでコタツをだせという」「人間好きの猫嫌い」「だっことナデナデいつでも歓迎」みいこに対し、はっちゃんは「大食らい」「鳥は捕れない。昆虫を見つけては食べる」「「家を出るのは自分で戸を開けて出ていくのに自分で帰ってこられない」「外好き」「コタツにいれると怒って出てくる」「人間ぼちぼち猫大好き」「ナデナデとだっこは自分のしてほしいときだけにしろと主張」「人が食べているものはかき氷でさえもほしがり食べる」など、とことん違うのです。
ただはっちゃんも一度車にはねられてからは、自転車で出かけるとき前もみないでおいかけてきていた危ない走り方もなくなったし、交通量の多い道路のほうへいくこともなくなって車に注意するようになって、ちょっと安心しています。頭はいい子なはずだと思うんですが、あまりに無邪気すぎる面があって世間の猫や、車や危険なことへの注意がまったくなかったんですが、このごろは少し臆病になって用心することも覚えたようです。賢くなるということは臆病になるということのようです。

そういえばみいこはケンカずきだけどホントはそれも臆病だったからだということも知っています。みいこは私の家に来る前に、いろいろ辛い目にあって、だから会ったときからとても賢い子だったんですか。とにかくはっちゃんもだんだんと賢くはなっています。
はっちゃんは家族みんなに愛されています。みいこには私以外の家族は時々ひどかったけれど、はっちゃんはなぜだかみんなに愛されています。なぜだかはよくわかりませんが小さいときから家にいたかららしいです。みいこがいたときはみいこのことを「へちゃもくれ」と呼んでいた弟も、すぐたたいたりしてた母も、みんなみいこの絵を見て暮らすことを望んでいます。本当はみんな大好きでした。
みいこの絵の前でみいこにはっちゃんのことをお願いしたり、ただ呼びかけたりしていますが、自分の絵であるけれどみいこの分身だと思えます。
寝るときにみいこのフガフガよろこぶ音が聞こえなかったり、すべすべした毛がなかったりすることは今でも辛く感じます。
はっちゃんのフワフワ、モコモコした柔らかい毛もとても気持ちよいけれど、みいこのすべすべした丈夫なビロードのような手触りもとても気持ちよかったです。
はっちゃんのこともとてもかわいいけれど、みいこと出会っていなくなるまでの時間はとても長くて、そして私の一番多感な時期だったので、みいこが特別な存在であることは変えることができません。
みいこは奇跡でした。

みいこすまないけれど、家族とはっちゃんのことをこれからも守ってやってください。

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