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<負けてあげない> 11月の訪れを待たずに急に寒くなった今日この頃。あの心地良かった秋の気候とは本当に長く続かないものです。でもその分、身体を動かし走り回るにはいい季節になってきました。運動会を機に『スポーツの秋モード』に入ってきた子ども達、朝から外で駆け回る姿をよく見かけるようになりました。運動会によって運動遊びへの関心を掘り起こし、気温の低下に伴って身体を動かすことの気持ちよさを強く感じるようになる。その結果毎日の遊びを通して自然に身体が鍛えられ、風邪などをひきやすくなるこれからの季節に元気に立ち向かってゆくことが出来る。とこの季節にセッティングされた行事とそれにシンクロした気候の変化のタイミングの妙にただただ感心するばかりです。 昨今、特に子ども達がやる気を見せ始めたのがサッカーです。あの暑い季節には再びお部屋遊びのレゴ小僧に舞い戻っていたすみれ男子がまたグランドに出てくるようになりました。今回はすみれの女の子やこれまでサッカーに参戦する素振りも見せなかったもも組男子まで一緒に交じってサッカーをやっています。運動会という行事を通して子ども達の心に『身体を動かすことの気持ちよさ』、『がんばることへの喜び』が芽生えてきてくれていることを感じてうれしく思っています。『その時限りの運動会』に終わりがちな幼稚園の行事ですが、本来のねらいはこういうところにあるべきものだとこのことをうれしく受け止めています。スポーツお得意男子だけのサッカーだったものが『みんなのサッカー』に昇華し始めたこと、これはとても大事なことです。「ほんのちょっとのがんばりと勇気で自分もスポーツマンになれるんだ、自分にも出来るんだ」という自負がこの秋、子ども達の心を支えているのです。 去年は年長男子を2チームに分けてサッカーをしたのですが、今年のすみれ男子、どうも『ひよる』んです。「僕、しん先生チーム」とか言って強い方に入ろうとする。「こんな軟弱な発想とそれによって得る勝利の喜びはこいつらの為にならん!」なんて心の中で憤慨しながら『大人対子ども』としてすみれ・ももの子ども達を皆同じ敵チームに入れてしまいます。それでも10人はいないのでなんとか相手ができる状態ですが、これが園庭開放の小学生が相手だったら5人でもしんどいところ。たった1、2年の違いですがこの時期の成長の大きさというものは相当なものなのです。 ゲームが始まるとボールを取りに来る子が半分、ゴールを固める子が半分と自然に分かれるのが面白いところ。ボールを取りに来る子はいわゆるフォワード、ボールを取った後は自分でシュートしたいタイプの子。ゴールを守るのは点を取られるのがいやな子。人のシュートを妨げるのに生きがいを感じる子のようです。後者の子、シュートが失敗すると「やい!やーい!」と言ってはやし立てます。自分がセーブして「やったー」とか「よっしゃー」と喜ぶなら分かるのですが「やい!やーい!」とは何事か!そういう子にはぼこぼこに点を入れてぼこぼこにへこませてやっています。こういうところでスポーツマンシップを教えるもの大人の勤め。たかが遊びですががんばっている子は一緒に励まし、増長する子やひねた子には『お灸をすえる』なんて言うのが僕の主義なのです。 ゴール前に3人も4人も子どもが立ったら1mちょっとしかないゴールの間口は全部埋められてしまいます。でも足と手をいっぱいに伸ばしている子ども達、当然甘くなるのが脇の下。ちょっと浮かせてシュートしてやればボールはゴールに吸い込まれてゆきます。目の前の子どもはフェイントでかわし、シュートはゴール隅へナイッシュー!それでシュートを入れまくって10対0なんてスコアーになるわけです。すると今度は例のよもよも君、「一回ぐらい負けてよ!」とか言い出しました。 誰かの話だか本だかで「子どもへのプレゼントは子どもが望むものではなく、親がその子のためになるものを選ぶべきだ」という言葉を聞いたことがあります。確かに子どもが「これが欲しい」と言ったなら、それを与えるのが一番喜ぶことでしょう。でもそれを聞いた時、これは『そこに大人の想いを重ねることこそが大事なんだ』というメッセージだと僕は思いました。そう、だから負けてあげないのです。 自分の思い通りに事が運ばないとすぐ感情を爆発させてしまう子が世の中に多くなってきています。これは普段の日常において『物事が自分の思い通りに動いている』ことの裏返しなのではないでしょうか。普段何を手に入れるのにも苦労せず、努力も必要としない日常が当たり前になっているから、それが否定された時、感情のコントロールが出来なくなってしまうのです。日頃から欲しいものを自分自身ががんばってがんばって手に入れるという体験を積み重ねていなければ、そういうことを学ぶこともないのでしょう。 たかが遊びのサッカーですが、決してわざと負けてあげるようなことはしません。でも相手が勝つまで付き合ってあげることは出来るのです。相手は10人、広いグランドにこちらは一人。何試合もしているうちにこちらが疲れてきてしまいます。僕のシュートをはねかえし、前に転がるボールに向って駆け出す子ども達。へろへろになった僕を抜いたら後はがら空きのゴールが口を開けて待っています。そこまでがんばった子ども達がお片づけの間際になって、『負けてもらった』のではない、自分達の勝ち取った勝利を味わい喜ぶことが出来るのです。そうやって朝に昼に、身体も心も鍛えながら子ども達とサッカーをして遊んでいます。心なしかあのよもよも君の言い訳が少なくなってきたような気がするのは気のせいでしょうか。 |