東京の裏路地からみた情景〜夏休み書き下ろし番外編2〜 2008.8.16
<一人歩記(ひとりあるき) その2> 
 地元歩きの2日目は永福町から浜田山まで。これは泊めてもらっている友人宅から我々の高校への通学路。今回の帰京でも立ち寄った西永福のログハウスバー『麓屋』で聞こえてくるのは豊多摩の話。そんな話で盛り上がった後はやっぱり母校が恋しくなるもの。この日は豊多摩へ向けてふらふら歩き出しました。まずは大宮八幡へ向います。うっそうと茂った杜(もり)の木陰が夏のかんかん照りから救ってくれます。ここそこにある森はみな、人の手が作った森ではあるというものの、そこに安らぎを感じることができるというのは日本人のかわいいところ。こんなの偽りの自然だからと言って山奥に居を移そうとするでもなく、現代には自然など必要ないと緑を排除した鉄筋の檻の中に住もうとすることもなく、わずかな緑を日常の中に感じることによって精神のバランスを保っているのかも知れません。コンクリートに囲まれた会社や学校の建物の中で机に向うことが食べてゆくことの糧となっている都会ではこの小さな自然が人々に安らぎを与えてくれるのです。でもその自然を見ても何も感じない人間が生れてくる時代がやってくるかもしれません。無駄なこと、非効率的なことを排除した社会の中で、言葉では「自然をたいせつにしよう」などと教えてみてもその裏でいつも損得勘定をしている大人の姿を知ってしまった子ども達の心にその言葉がどれだけ響くでしょう。冷房の効いた教室の中でそんな言葉を語ってみても子ども達には暗記問題の答えと同じように聞こえるのではないでしょうか。自然を大切にしたければまず冷房を切り、自然がどれだけの涼を安らぎを与えてくれるのか杜の中で子ども達と向き合い語らってこそ心に響く言葉になるのだと思うのです。ほてった身体を冷やそうというのであればクーラーのがんがん効いた建物の中に飛び込み、疲れたのであればそこでアイスコーヒーなど飲みながら小休止すればよい。物理的に目的を達成するためならこのような効率のよい行動もあるはず。でも僕は杜の木陰でひととき、たたずむことを選びたいのです。杜の木霊の息吹の中にあってこそ、こんなことも頭の中を駆け巡り、そのことを子ども達に伝えたいと思うことができるのでしょう。杜に足を踏み入れた途端そんな想いがそよ風のようにふっと心を揺らし、初っ端から大宮の杜で足止めを食らってしまいました。
 浜田山の商店街に足を踏み入れ、なじみの店を探します。「ここの踏み切りの角のお茶屋さんはまだあった」とか「ここには昔郵便局があったんだよな」なんて思い出しながらレンガがきれいに敷き詰められた目に新しい道の上、歩を進めてゆきます。行きつけの文房具屋『おおいさん』の前で足が止まります。ガレージが下りた店の入り口には貼り紙が。『昨年の暮れをもってお店を閉じました』という内容の貼り紙でした。文字を追いかけながら店主の綴った一文に目がとまりました。「私達はこの仕事を通じて日本の文化の発展のお手伝いができたことを誇りに思います」というくだりにこの店主の生き様を感じ、ここに通った者として僕もこの店を誇りに思いました。小学生が小銭を握り締めて、買ってゆくのはノート一冊、折り紙ひとつつみ。でもそんな僕らをお店のおばさんは親切に一人のお客さんとして向い入れてくれました。勝手知ったる店の中、自分で納得が行くまで商品を探す時にはずーっとじーっと待っていてくれました。たまに授業の入用で自分自身もどんなものか分からないもの、トレーシングペーパーだったかなんだったかもう記憶も定かではありませんが、たどたどしい言葉で「ありますか?」と訊ねると「はいはい」と言って快く奥に探しに行ってくれたおばさんに、「あ、あるんだ」とほっとしたようなうれしいようなそんな思いを感じたこと今でも覚えています。当時はそんなこと思いもしなかったけれどこの貼り紙の文章を読んで、この店主は「このノート一冊、鉛筆一本がこの子達を育て、日本の文化を作ってゆくんだ」という想いに支えられ、僕らに接してくれていたんだと思うと胸が熱くなります。僕がこんな文章を書けるようになったのもあそこで買った原稿用紙のおかげかもしれません。経済活動としては小銭単位のこの商売。でもそれ以上に大切なものを売り、この国の魂を育てているんだという自負、想いを持ち続けてきた文房具屋さん。その志しを僕も受け継ぎたいと思いました。いつか園を閉じることがやってくるかもしれないけれどその時には僕も胸を張って「この幼子達の魂を育み、心も身体も健やかなる人間となるための糧を培ってゆく働きにこの身が用いられたことを誇りに思います」、そんな風に言えるような仕事をこれからも続けてゆきたいとその貼り紙に誓いました。
 こんな風に道草ばかり食いながらやっと豊多摩の校門前にたどり着きました。この校門を抜けて始まる銀杏並木、僕がここで一番気に入っている風景です。昔願書を取りにここに初めて来たとき、やはりこの銀杏並木をくぐりました。その景色がいつまでも心に残り、この学校に入りたいと心から思ったものでした。校舎はことごとく姿を変え、ここが自分の学校なんだろうかと思うほどですがこの並木だけは変わりません。昔は裏門も開放され誰でも通れる道として用いられていたのですが、数年前から警備上の問題からということで裏門が閉鎖され通り抜けできなくなりました。なんとも淋しい時代になったものです。『警備上・・・』なんて貼り紙がしてあるところに学校に用がない人間がふらふら入って行くのも気がひけるのですが、こっちは年に一度の古里歩き。今回は意を決して足を踏み入れ、カメラを構えてシャッターを切りました。思えばここの並木道、ちゃんと写真に撮ったことありませんでした。僕にとってあまりにも当たり前の風景だったから。時より前から歩いてくる学校とは関係なさそうな人々に「もしかして裏門も開いているかも」と期待して行きましたがやはりそこは閉ざされていました。あの人たちはどこからやってきたのでしょうか。遠い過去から歩いてきた『時の旅人』だったのでしょうか。つづく。


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