園庭の石段からみた情景〜園だより4月号より〜 2009.4.18
<メイちゃんの大冒険>
 入園式・始業式から2週間が過ぎました。子ども達にとっては進級の喜びをかみしめながら毎朝幼稚園の坂道を勇んで登った2週間だったのではないでしょうか。また逆に新しい生活のリズムにどことなく居心地の悪さを感じながら過ごした子ども達もあったようで、今週末はあちらこちらで春の嵐が吹き荒れていました。そういう僕も新しい生活にぼーっとしてしまって、クラスの時間など子ども達が園庭からいなくなると、「あれ、この時間て僕は前何をしていたんだろう」と一人立ち尽くしてしまったりもしています。ふと思いついて草刈や日曜大工などをやりながら新しい居場所を探しているような毎日です。
 子ども達にとってもそれは同じ。たった1年5ヶ月前に戻れない僕がこんな状態ですから、新しい未知なる生活にぽんと飛び込んできた子ども達にとってはなおさらのこと。初めは勢いもやる気も後押ししてがんばっていた園生活も、身体と心の疲れがたまってきた今頃が黄色信号。大人は涼しい顔して「今年は順調で」なんて言いますが、子ども達にとってはその年がぶっつけ本番の初体験。微妙に揺れる子ども達の心をしっかり見つめ、受け止めてあげないとと思わされた一週間でした。

 ばら組の○○ちゃん。明るくゆかいな女の子ですが、入園2週目にして早くもお姉ちゃんや先生と手をつないで幼稚園に上がってくるようになりました。ひよこクラブなどで幼稚園慣れしていることで心ならず僕等も先を急いたのでしょうか。『行ける行ける』と僕も彼女も喜びながら橋のところでお母さんに「行ってきます!」と張り切り手を振って、一緒に坂道を歩いて登園していました。
 そんな○○ちゃんがある日、僕のお迎えの時間を過ぎてお母さんと一緒に上がって来ました。「ママがいい!」と泣き叫ぶ○○ちゃんですがさすがベテランお母さん。ちゃんと子どもを信じ、幼稚園を信じて彼女を預けて帰ってくれました。さあそこから先生達の腕比べの始まりです。一人一人入れ替わり立ち代り彼女にアプローチするのですが剣もほろろ。なかなか口達者な○○ちゃん。見事な『そもさん、せっぱ』の禅問答で納得してくれません。僕も満を持しての挑戦をしましたが取り付く島もありませんでした。こういうときは間をおいてと次の先生にバトンタッチして様子をうかがっていました。
 もうじきお片づけともなろう頃にもう一度彼女の元にアプローチ。門の前で「歩いてかえるー!」という○○ちゃんに、「じゃあ歩いて帰ろうか」と持ちかけました。園のことを先生達にお願いして○○ちゃんと手をつないで坂を下りてゆきました。「車もないし、道も分からないよ」と言うと「わたしがわかるから大丈夫」と言い張る彼女。橋を渡ったところで「どっち?」と聞くと「こっち」と駐車場の方に歩き出します。「こっち?」、反対の方に歩き出す○○ちゃんに連れられて駐車場へ歩いて行きました。駐車場の前で道路を渡り、「それから?」と尋ねると「こっち」と川の下手の方を指差します。毎日車で登園している彼女にとってまずは駐車場がスタートラインなのです。これは面白い発見でした。もと来た道を○○ちゃんに手を引かれ歩きだしたのですが車道なので、「こっちをあるこうよ」と反対側にある歩道を指差すと、「ちがう!こっちなの!」と頑として車道を歩こうとする彼女。車で走ればそう、こっちの道です。どっちを行っても同じこととは大人の発想。彼女は飽くまでも自分の知っている帰り道を突き進みます。「まだ?」と尋ねる僕に「もうすぐだから、すぐだから」と答える彼女。車ではわずか5分、すぐの道なんですね。だから歩こうと言う気にもなりました。橋一本歩いても先は延々見えません。「まだ歩くの?」と言う僕に「歩くの!」と女の子。口を真一文字に結んで自分の足でしっかり歩いてゆきました。
 この子の横顔を見ていると、とうもろこしを抱えてお母さんの病院まで歩いて行こうとした『隣のトトロのメイちゃん』を思い出します。そう、ちょうどメイちゃんもこの子くらいの年頃だったでしょうか。お母さんに会いたい一心で、歩いてゆけばお母さんに会えると信じて遥かなる道を歩いてゆきます。でも道半ばで疲れて座り込んでしまいます。次の橋まで行ったところで「もう疲れたよ、帰ろうよ」と言うと○○ちゃんはまた泣き出しましたが、抱き上げるとその腕の中でおとなしくなってしまいました。彼女も疲れたのでしょう。散々泣いてその上にずっと歩いてきたのだから。「お母さんが迎えに来るまでお昼寝してなさい」と言うと胸に顔を埋め、ぎゅっと抱きついて来ました。こうして彼女を抱いたまま話をしながら二人で幼稚園まで帰って来ました。
 幼稚園では二人でしばらく入り口の所で座って話をしていました。「もうじきお母さん来るからね」、なんて話しながら過ごしているうちに彼女の笑顔も戻ってきました。あのひょうきんなお茶目な笑い顔を見せてくれたのです。お母さんのお迎えに少々ローテンションの○○ちゃん。みんなの前で『やってしまった』恥じらいを感じていたのでしょうか。お家に帰ってからはお母さんに「もう泣かんよ!」ときっぱり言っていたそうです。何か分からない苛立ちにしっかり泣いて、「歩いてかえる!」をできるとこまでやってみて、自分の感情や感性に初めてちゃんと向き合った○○ちゃん。しっかりすっきり納得できたのでしょう。

 そうそうきっとそれでいい。どの子もちゃんとこうやって自分と対話しながら馴染んでゆけばいいのです。『自分が納得すること』、それがなにより大事。僕はこの子にとってトトロやネコバスになれたのでしょうか。○○ちゃん、お家で「先生大好き!」って言ってくれたそうです。僕も今年の自分の居場所を見つけたようです。


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