麓屋のカウンターに想いを寄せて〜書き下ろし昔物語〜 2009.5.24
<すばらしい日々2〜続生物部列伝〜> 
 あの夏の語り草となっているのが『多摩川夜釣り』です。あれは確か夏休みだったと思うのですが記憶は定かではありません。またあれから何回か行ったので記憶が交錯しているところがありかもしれませんがその点に関してはお許し下しさい。

 例のIの部屋で夜釣りの準備をした(してもらった)僕らは、夕方暗くなってから自転車を繰り出し荒玉水道を南下していきます。背中の荷物はつり道具の他に釣りの餌、自分達の夜食のカップラーメン、そして卓上コンロ。アウトドア派の生物部員にとって携帯性に優れた小型のEPIと言うキャンプ用コンロがフィールドに出かけるときの必須アイテムでしたが流行とか全く気にしないI、屋外で火がいるときには必ずイワタニ式の卓上コンロを持って来ました。そういう僕もこういうものにはこだわりがなくEPIやシュラフ、テントなど一切持とうもせずにそのたびごとに友達や先輩に借りていたのですが、相当かさばる卓上コンロを担いで持っていくあたり、Iの方が一枚も二枚も上行くつわもの君です。この『卓上コンロ愛好家』のIのキャリアは今もなお続き、すでに何代目かにはなっているでしょうが旅行と称しワンボックスに乗って旅に出るときには必ずこの卓上コンロを車に積んでいます。このワンボックスに寝泊りしながら旅を続けるI、あの頃と変わらない『オレ流』スタイルがうれしくなってしまいます。

 このIの卓上コンロ、いわくつきの代物でそのあと一度事件を起こしたこれも伝説の卓上コンロでした。生物部の春先恒例行事に人呼んで『よるたか』、『夜の高尾山、ムササビ観測会』というものがあったのですが、これは生物部の数少ない定期行事のひとつで顧問の先生引率の下に文字通り『夜の高尾山にムササビを見に行く』と言うものでした。ムササビは夜行性の動物で東京でも高尾山を始め奥多摩方面で見ることの出来る哺乳類です。夜に動き回るということで観測は夜、学校公認の行事なので引率もつくということで羽目を外す者もなく、毎年何事も起きずに無事に終わるはずの行事でした。会自体も「何時何分、何個体を観測」とか観測結果を集計するわけでもなく、「ムササビ見れてよかったねえ」と言った感じの会でレクリエーション的要素が多分に強かったように思います(ちゃんと観測記録していた人もいたのかもしれませんが)。観測ポイントは高尾山の山中にある『薬王院』というお寺の境内とその周辺。ちょうどそこには高尾山のケーブルカー駅があり夜には無人となるその場所が僕らのベースキャンプとなっていました。改札を出たそのあたりはちゃんと屋根までついていて格好の待機場所だったのです。
 ムササビはリスがひとまわり大きくなった程度の大きさで、広い広い杉林の中では見つけることも結構難しいものです。ムササビを驚かさないようにと赤セロファンをかぶせた懐中電灯で居そうな場所を照らし探して歩きます。ポイントは幹に巣穴と思わしき穴が開いている木とその周辺。偶然滑空した後を追いかけるのが一番確立が高いでしょうか。何度目かの探索に出掛け「ムササビ見れた!」、「見れなかった!」で盛り上がる僕達。ベースキャンプに戻り僕らは夜食を取るために食事の準備を始めました。そんなところでの食事と言ったらカロリーメイトかレトルトパックのおこわ飯、そしてカップラーメンです。そのときのメニューが何だったかもはや忘れてしまいましたがお湯を沸かす為にIがあの卓上コンロを取り出して火をつけました。食事の準備をしながら馬鹿話に盛り上がる僕達、その笑い声を切り裂いて突如けたたましい音が鳴り響きました。「ジリリリリ!」、誰もが初め何の音かわからなかったのですがそれがすぐに非常ベルであることがわかりました。でもなぜ?非常事態発生?高尾山は火山活動している山ではないし。え、もしかしたら僕らが非常事態?ケーブルカー駅への夜間の不法侵入?でも改札乗り越えて入り込んでいるわけでもないし。しばらく鳴り続けている音に慣れて来たのかあたりを見まわす余裕も出てきました。すると僕らの頭の上に差し掛かっていた雨よけの屋根の裏面に何か丸いものがついています。その下に目を落とせばIの卓上コンロのお湯が沸き立っていたのです。「こいつか!」、そう、火力の大きなIの卓上コンロは駅の火災報知器を作動させてしまったのです。理由がわかって一安心。「おれらのせいじゃない・・・!?」、でも僕らのせいでした。今更慌ててガスの火を消したところで警報が止まるわけありません。誰がどうやって止めたのか、自然に止まったのかわかりませんが、あの忌まわしいベルの音はその後なんとか止まってくれました。あれだけ鳴っていたベルに警備の人が飛んでくるわけでもなく、鳴るだけ鳴って止まった非常ベル。夜間の山火事には全く無意味だと言うことだけはわかりました。僕らが「やっちゃった」の思いにとらわれるなか平気な顔の当事者I、「なんで俺が悪いんだよ!」と全く悪びれるところがないあたりさすがさすがのつわもの君でした。

 こういうエピソードがあってこそ青春時代の冒険話。今でもなおしっかりと心に焼き付いているゆえんでしょう。その後もムササビ探索に出かけたり夜更かしの馬鹿話で盛り上がっているうちに夜明けを迎えた僕たち。白々としてくる山の空気に眠気を一蹴されながら光を感じる方へ歩いてゆきました。展望台から遥か遠くに望む東京は副都心の高層ビルまで臨めます。そしてその向こうから昇るオレンジ色の太陽が鈍い色を放っていたのを今でも覚えています。そう、地平近くの重い空気に遮られた太陽の光はあんなにも鈍い色であることをあの時僕は知ったのです。
『卓上コンロ』に足をすくわれ最初から脱線してしまった『夜釣り』の話。ちゃんと最後までたどり着くことが出来るのでしょうか。(つづく)


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