園庭の石段からみた情景〜園だより12月号より〜 2010.12.11
<成長の暦>
 師走に入ったというのにいつまでも暖かい日が続き、今年の天候不順はとうとう最後まで帳尻が合わずに終わってしまうかのように思えたもの。それがある晩、日本列島で大風が吹き荒れ、この国を暦どおりの冬に塗り替えてしまいました。ただただいつもの冬に戻っただけだと言うのに、僕らのちっぽけな脳みそはあの生ヌルい『冬もどき』にすっかり洗脳されていたようです。「異常気象ですね」なんて言いながらも、この暖かく過ごしやすい冬のぬるま湯に浸りきってたのでしょう。そこへやってきた冬の寒波がもたらせた、突然のしっぺがえしのような冬の寒さに情けなくも凍えあがっています。天気予報だの気象データーだの、その時々の情報を取り込んで暮らしていても、頭では『例年並みに戻っただけ』だと分かっていても、自然のもたらす急激な変化の前では僕らの『感覚』は全然ついてゆけないものだと改めて思い知らされたものでした。
 昔の人達は二十四節気の暦を上手に生活の中に取り入れ、季節のうつろいをちゃんと自分達のものとしながら暮らしていました。昔でも天候不順、長きに渡る猛暑やいつまでも暖かな冬はあったでしょう。でも目の前のデーターより暦を信用していた彼らは今時分だと「そろそろ小雪(しょうせつ)だな」と雪が降ってもおかしくない頃だと涼しい顔をして言っていたのではないでしょうか。彼らにしてみれば、『暖かな冬』自体がデーターのばらつきで、それは必ず冬の寒さに向かって収束してゆくことを知っていたのです。勿論『暖冬』と言うものもありますが、それだって12月〜2月の平均気温が例年から0.5〜1℃高い状態を暖冬と言うのだとか。今年のように3℃も5℃も高い状態などと言うのは『まだ冬が来ていなかった』だけのことだったのでしょう。彼らはそんな季節を暦で測りながら、ずれた季節と自分達の感覚を補正しながらやがてやってくる冬の寒さへの心構えをしたのでしょう。

 この季節、クリスマス祝会で披露する合奏曲を練習する音が幼稚園中にあふれ、なんとも賑やかな雰囲気をかもし出しています。合奏で子ども達の人気を集めるのはやはり大太鼓・小太鼓・シンバルの『一つもの楽器』。みんな「やりたい!やりたい!」と我先に手をあげて叩くのですが、なかなかちゃんとリズムが取れません。無茶苦茶でも何でも『叩きたい』と言う衝動が先に立つのでしょうか。それに客観性が伴って初めて『リズム打ち』と言うものができるようになるのですが、それが子ども達には難しい。本当のリズムセンスと言うものは伴奏のリズムを聞きながら、それに拍を合わせながら叩けることを言うのですが、それは最初のうちはまずまず誰も出来ません。勿論、先生の編曲したリズム譜を理解しなければ叩きようがないのですが、それを教わった後でもリズムを合わせると言うのはなかなか難しいものなのです。先生の指揮を見ながら合わせられる子はなかなかたいした優等生。普通の子の場合、最初のうちは合っていても段々集中できなくなっていき、ハチャメチャになってゆくのが初見の幼稚園レベルというものです。指導する方は「こっちを見て!」と言いながら必死に指揮を振るのですが、こっちを見てもいなければどうもしようもないもの。「こっちを見て!」の言葉に指揮に目を送る子ども達ですが、彼らの集中力はいつまでどこまで続くものではありません。あっちをきょろきょろこっちでそわそわ、それに加えリズム感はまだありませんから、外したリズムのままで楽器を叩き続けることとなるのです。
 もも組の合奏練習を見ていた時のこと、シンバル担当の男の子がうれしそうに「じゃーん!」と楽器を鳴らしていました。その子はよそ見どころか出番を待つ間うろうろその辺を歩き回って浮かれ気分のご様相。それを見つけた僕は「これは喝を入れてやらんと」と待ち構えていたのですが、自分のタイミングごとに「じゃーん!」を見事に鳴らして見せるのです。これにはちょっとびっくり、「おぬしなかなかやるな」と感心して見ていました。担任の先生に聞いてみると鳴らすタイミングの指示も出していないのにこのパフォーマンス。つまり彼は自分の感性で鳴らすタイミングを測り鳴らしていたのです。しかも毎回鳴らす場所がバラつくようないいかげんなものではなく、彼の頭の中には楽譜が出来上がっているのです。なかなかどうして、本当にたいしたものです。そんな彼のウィークポイントは時々スカっと打ち外すこと。シンバルはお互いに垂直に打ち当てなければいい音が鳴り響きません。だからそのフォームでタイミングを待っていないといけないのですが、起動が早くすぐに鳴らせる自信がある彼は時々『スカ』を鳴らしてしまうのです。なのでもも組が舞台の上で練習している時、僕はこの子に視線を送り、「じゃーん!」が鳴ったときには「よーし!」の笑顔を、『スカ』の時には眉間にしわを寄せ「だめじゃーん」って顔を送って見せました。その「よーし!」の顔がこの子にはうれしかったようで、むこうも「にこっ!」の笑顔で返して来ます。そんなやりとりを見ていた他のクラスの先生に笑われてしまいましたが、この子にとってはなによりの動機付けになったようで僕もなんだかうれしかったです。やはりこういうところで『できた!』、『それを認めてもらえた』と感じることがこの子達の心を勇気づける力になるのだなと改めて思ったものでした。

 ある日のお片づけの時、すみれの男の子が最後まで残ってあちらこちらの隅々を片付けてくれていました。担任の先生が「この子は褒められるとすごくがんばってくれるんです」と教えてくれたので、「えー、こんなのどこにあったの?先生もわからんかったよ、すごいなあ」とちょっと芝居じみた大げさなリアクションで彼を褒めると、その子は『別にたいしたことないよ』って顔を作りながら、また遠くまでおもちゃがないかと走ってゆきます。「照れてるんですよ」と二人で笑いながら彼の後ろ姿を見つめていたのですが、この子のこんな心の成長をうれしく思ったものでした。『人に認めてもらえる』、『自分がみんなの役に立てる』、これぞ社会性志向の第一歩。この喜びを糧に、自分から動けるようになること貢献したいと願うこと、これぞ三年間の幼稚園時代に課された教育の目指す到達点だと思うのです。
 幼稚園に入るまではお母さんが何でもちゃんとやってくれて、自分が出来ないことへの劣等感など感じたことのなかった子ども達。彼らは幼稚園に入ってきて「さあ、やってごらんなさい」と初めて自分達への課題に直面します。そこで初めての挫折感を味わうのでしょう。出来ないことから「できん!できん!」と逃避するのが園生活最初の情景です。でも段々幼稚園に慣れてくると、自分とたいして変わらない同級生や年上の子ども達がなんでもない顔して、いえ自信に満ち溢れた優越感を帯びた顔でいろんなことをやってのける姿に憧れを感じるようになります。そして『自分も出来るようになりたい』と願いを抱くようになるのです。一人で幼稚園の坂を上がることや、ジャンバーのファスナーを締めること。「できん!できん!」と思っていたことがある日ふと何かの勢いで挑戦してみたら、なんのことない出来ちゃった。それが子ども達の自信となり、親離れの第一歩となるのです。それが丁度今頃、入園半年から一年後の姿。今のばらさんはいろんなことに挑戦し始めています。鉄棒だって跳び箱だって、課題を『できるかできないか、ぎりぎりのところ』に設定した上で、ちょっとだけ身体を支えて補助してあげることから始めます。そんな鉄棒に繰り返し飛びついていることが彼らの筋トレとなり、ちょっとずつ筋力を高めてゆくのです。そうすればもう補助も何もなしにこの子達は自分でくるくる鉄棒を回り始めます。それを見計らいながら足元のマットをちょっとずつ低くして課題の難度を上げてゆくのです。それが更なる筋トレにつながって、この子達は見る見るうちに鉄棒をマスターしていきました。自己実現のためにがんばれるようになる季節、それが年少時代なのです。
 年中の頃ともなるとその自己実現への過程の問題がクラス運営や教師の指導にまで波紋を広げるようなことも出てきます。出来るようになった自分をPRしたい子ども達、自然に身についてゆくのが『相対的優位性の主張』です。『礼拝の時間、自分はちゃんと出来るけれど○○ちゃんは出来ない、だから私をほめて若しくはあの子を叱って』、というアルゴリズムに陥りやすいお年頃。『自分だって本当は勝手きままにやりたいけれど、それを我慢してちゃんとやっているのだから』、これは実に心情的にはよくよく分かる言い分です。この子達に限らず、大人の僕らでも言いたくなる言葉だから。これが排他的で利己的である人間の本質なのかも知れません。勿論、設定の場でみんなが出来るようになる為に努力する必要があるのは真理です。でもそれを試みた結果、出来なかった人を否定・非難するのは違うと思うのです。それをこの子達に伝えるのはとても難しいことだけれど。「君ががんばっていることはとても大事なんだよ、でも優しさを持って○○ちゃんのことも今は『いいよ』って言ってあげて」、僕達はそうとしか言うべき言葉を持ちません。ただただクラスみんなの成長を信じながら。自らの感情のジレンマに揉まれながらこの子達はそれを受け入れてくれるようになってゆきます。すみれになるまで少しずつ、色々な不条理を教材としながらも相手を認めることを学んでゆく季節であるのかも知れません。
 そして三年目、年長では更にお互いが互いを補い助け合って、みんなで歩いてゆく時代。それまでは個人レベルで『出来た!出来るようになった!』を糧に頑張っていた子ども達が、一人では決して立ち向かえない大きな課題に向き合います。それがお泊まり保育。そこまでは優等生チームだけがクラスを支えているような状態、実際春頃にはまだまだ中身が年中・年少のようなあだあだ君達がいっぱいいるのが現状なのですが、なのが毎年お泊まり保育を境にクラスの様相がガラッと変わってゆくのです。そう、どんな優等生でも一人ではお泊まり保育に立ち向かう勇気はありません。そんな時、あだあだ君の友情に勇気付けられたり、彼らが思わぬ大活躍を見せたりと、クラス内でよくよく驚くべき化学変化が見られることがあるのです。そんな彼らをみんなが評価し認め合い、クラス内がまとまってゆくのでしょう。それからクラスの結束が強まります。みんなでやれば一人で立ち向かうより大きなことが出来ると知った子ども達。運動会やクリスマスではそれぞれの役目をしっかり果たしながらも、仲間を応援し助け合いながら、みんなでがんばってゆくことに想いを寄せるようになってゆくのです。そのモチベーションが『みんなに認められたい、みんなの役に立ちたい』と言う想いによって支えられているのです。やっとあのお片づけの男の子の話まで戻ってくることができました。

 もっともこの美談?にはちゃんとオチまでついていて、教室に戻った男の子がみんなに言った言葉、「どうしてみんなの分まで片付けんといけんのよ!」とぶち上げたものだから、みんなからもらえるはずだった賛辞の言葉もいただけず、折角のいい話に泥を塗ってしまったとか。おそらく『彼の照れ隠し&お褒めの催促』のつもりで言った言葉がちょっと目測を誤って台無しにしてしまったのでしょう。うん、ちょっと遅れて目覚めた男の子、まだまだ世渡り社交は発展途上のようです。
 こうして二学期もおかげさまで無事に終わろうとしています。あの暑かった夏から凍える冬まで、長い季節をがんばり走ってきた子ども達とお母さん、本当にご苦労様でした。でもこの様に振り返っても幾つも思い出せるこの子達の成長も、もう日常となって忘れちゃっていませんか。長い冬休み、この子達の成長の暦を読み返しながら、一緒に成長の足跡を数え喜んであげてください。ちゃんと評価してあげること、それが子ども達にとって何よりの励みとなるのだから。ではよい冬休みを。


戻る