園庭の石段からみた情景〜園だより1月号より〜 2011.1.15
<やせ我慢のススメ・その3>
 さあ三学期が始まりました。長かった冬休みを経て、子ども達が元気に幼稚園に帰って来ました。でもやっぱり長い休み明けはなかなか調子が出ないもの。「お母さんと一緒に行く」と幼稚園の坂の下で半年前に逆戻りした子があったり、幼稚園に行く準備が出来ずに叱られ朝から泣きべそになった子があったりと、やっと楽になってきたお母さん達にとってはしんどい三学期のスタートだったかも知れません。でもそれがきっと当たり前。冬休み、生活のリズムが『がんばりモード』から『お休みモード』に入れ替わり、ゆったりゆっくり過ごしていた子ども達にとっていきなりの三学期はサプライズ。「あと何日で幼稚園」と数えられるようになったすみれさん達は「幼稚園に行ったら何しよう、かにしよう」と待ち遠しく指折り数え待っていてくれたかと思いますが、たんぽぽ・ばらさん達は「来週から幼稚園よ」と言われても「ふんふん」と言いながらも「来週っていつのこと?やっぱり冬休みは楽チンでいいよね」と右から左に聞き流していたことでしょう。そんな子達にとっては急激なヒートショックの一週間だったことと思います。さあ、そこで今回のテーマ『やせ我慢』がまた登場です。

 『人は環境に適合する能力に長けた生物である』、だからこそこの変動の大きかった地球の歴史の中で生き抜いてこられたと言うのが通説です。生物のライフサイクルに対して地球の変動はゆったりと、しかしある瞬間において急激に行われて来ました。『平和ボケ』と言う言葉を現代の中でよく耳にすることがあるかと思いますが、それは太古の時代から生物の世界で命取りになってきたキーワードです。『特化した故に汎用性を失ったこと』、それがその種の繁栄に終止符を打ってきました。恐竜もそうでした。安定した環境の中では、進化が効率を求める方向へと進み汎用性を切り捨て退化させる、それ故新たな変化に対応することが出来なくなり突然の環境変化に絶滅してしまったのです。そんな環境の突然の変化が子ども達にとっての休み明け。それまでの3週間、規則や時間に束縛されることなく悠々自適に過ごしてきたこの子達の感性はその環境に順応し、めーいっぱい己の精神を開放していたことでしょう。それはそれで大切なこと。がんばりっぱなしではいつか心の糸が切れてしまうから『休息』と言うものは誰にとっても大切なものなのです。大事なのは環境に適合できること。新しい生活が始まったならいち早くそのリズムに身体を馴染ませることこそ大切なことなのです。
 幼稚園における子ども達の一番の難関はやはり食べること、お弁当・給食のようです。新学期早々、『給食』『サンドイッチ』『お弁当』の魔の3連チャンが子ども達の前に立ちはだかりました。幼稚園の始まった次の日が『ブリ大根&酢の物』、お母さん達のリクエストと相反して「そんな食べたことないもの・・・」と難色を示す子ども達。『用意され出されたものは全部食べるように努めるのが幼児教育』と言う信念に基づき子ども達を促すのですが、「それで食べられたのなら誰も苦労はいたしません」と言うのが子ども達の心の叫び。それでもすみれ組ともなると小学校の給食を見据えて『最後まで』のノルマが設定され、二時間の時間をかけて最後まで食べ終わった女の子もありました。食べた方も食べさせた方もどっちも偉かった。家庭で二時間も食事に時間をかけることなどないだろうに、『食育』と『教育』のために最後まで付き合った先生と、その想いに応えて最後までがんばったこの子に頭の下がる想いです。「こんな子はさっさと残させて、もっと給食を増やしたらいいのに」と思うお母さんもいるかと思いますが、幼稚園としてはその意見を支持できません。幼稚園では教師と園児の関わり、園児同士の関わり全てが教育の教材だと捉えています。がんばった故に出来たことがこの子の励みとなり、「がんばれば出来るんだ」と言う彼女の将来の糧になることでしょう。このがんばっている園児の姿に感じ入り共感し、自分もがんばろうとする子どももあることでしょう。全て効率主義で切り捨てては得られないものもあるのです。特に幼稚園ではそうしてはいけないと思うのです。幼稚園は能力や技術を育て特化する場所ではありません。子ども達一人一人の想いを育て、それ以上のアウトプットを人生の中で出せる子どもを育てる場所なのです。今の時代、きっと保護者の要望を全て取り入れて応える方が商業的には成功するのでしょうが、私達は『子どもを育てている』と言う自負に基づき、最大限の『やせ我慢』を貫き通しているのだと思っています。

 今週の金曜日、お弁当の時間に「辛いからもういらん」と言う子がありました。カレー風味の野菜炒めだったのですがひとたび「辛い」と思った子にどのように促してもなかなか受け入れてもらえるものでもありません。そこで他に残っていたかき揚げを使って『魚釣り大作戦』。「これでおさかな釣りだ!」と言いながらお箸でつまみ、口の前で行ったり来たり。食べられそうで食べれないかき揚げに大きな口を開けて飛びついたその子でしたが、食べられたあげく「あー餌だけ取られちゃった!」と残念がって見せれば勝ち誇った彼女の笑顔が光ります。「今度は取られないぞ」と意気込めばその子も「食べてやる!」と意気込みます。そんなやり取りを2〜3回繰り返した後、見えないようにかき揚げの中にあの野菜炒めを混ぜ込んでみました。「取られないぞ!」と言いながら目の前を行ったり来たりさせれば、「ぱく!」と食いついた女の子。別に辛いも何も言いません。そこで残りの野菜炒めも同様にかき揚げの中に忍ばせてやればとうとう完食、終わった後に「どうだった?」と尋ねれば「おいしかった」とご機嫌笑顔。これも互いに「もういらん」で諦めてしまえばありえなかった『やせ我慢』の末のハッピーエンドだと思っています。


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