園庭の石段からみた情景〜11月の書き下ろし3〜 2011.11.18
<イノセントワールド>
 ゆっくり足で歩を進めていた今年の秋も急に駆け足となりまして、朝晩と暖房に火を入れたくなるような気候となってきました。春先から半歩ずつ早足だった日土の四季がここに来てようやく帳尻を合わせ、おかげで僕達もクリスマスを迎えるのにふさわしい心持ちを持って『アドベント(待降節)』に入ることが出来そうです。やはり寒すぎず暖かくもない、クリスマスを待ち望む心の火照りで身体がほの暖かさを感じるくらいのこんな寒さが、きっとちょうどいいのでしょう。

 日土に冬の足音を運んで来たのは、北海道からやってきた男の子だったのでしょうか?先週末から一人の男の子が『ばら・たん組』に加わりました。お母さんの里帰りでしばらく日土幼稚園に通うことになったその子は、初めこそ居場所のない心細そそうな顔をしていたのですが、初登園から一週間が過ぎた今週末には、北海道育ちのおおらかな暖かい笑顔で笑ってくれるようになりました。僕の後についてきてはちょっかい出して、振り向いた僕に「にこっ!」と笑いかける男の子。お弁当の時間などにおふざけやおちゃらけを披露してくれるようにもなりました。「おおもりそばです」なんてギャグまで言い放つ、彼はなかなかの頭脳派芸人。馴染んでくれればきっとこの幼稚園が居心地のよい場所となることでしょう。
今週の木曜日、幼稚園の一番近くにある彼のおうちに早速みんなでお散歩に行ってきました。その時も素敵な『アリエッティの庭』のような花壇や鯉の泳ぐ池を誇らしげに、そして嬉しそうにみんなに見せてくれた男の子でした。うん、大丈夫。きっときっと大丈夫。一週間でみんなに追いついた男の子。きっと素敵な日土での日々を楽しんで過ごしてくれることでしょう。そして僕らもそのことを神様に祈りながら、この子のことを見守っていきたいと思います。この冬の雪が解ける頃までの帰郷ですが、みなさんよろしくお願いします。
 そんな彼のことを大喜びで迎え入れてくれた『ばら・たん組』の子ども達、みんなこの子のことを気にかけ、早くもフルネームで覚えた名前を呼んで遊びに誘ってくれています。異年齢混合クラスのせいでしょうか、『どっちが年上・どっちがベテラン』などと言う縦社会意識のないこの子達。困っている子・悲しそうにしている子を見かければ誰からともなく寄ってきて、「かわいそうよねぇ。だいじょうぶ」と声を掛けてあげる、そんなうれしい姿を見せてくれています。その子が特別『おりこうお姉さん』と言う訳でもないのがおもしろいところ。怒ったらパンチは出るは大泣きはするは、相当に相当な彼女達。でもそんな気の良いところはこの子達の本当に素敵な所です。怒らせたら僕らでもなだめるのに一苦労するのですが。それがこの子達の『イノセンス』と言うものなのでしょう。
 
 そんな彼女達の『今週のイノセントワールド』。なんの拍子かきっかけか、今週ばらのある男の子を大いに気に入ってしまった女の子。事あるごとに「○○○がいいの!」と彼のことを名指しで指名していたものでした。彼からしてみれば年下の彼女から呼び捨てにされている切なさや、自分の意見が通らないやるせなさなどきっとあると思うのですが、ひょうひょうとした彼は表に出してあまり気にしない様子。それが彼女のアグレッシブと相まって良いコンビの元となったのかも知れません。
 礼拝の時「はい!椅子に座ってください」と言えば「○○○の隣がいいの!」、お弁当の時にも「○○○がいいの!」と大々的に『恋人宣言』。それはそれでいいのですが、いつも気の向くままの彼女は自分の準備が出来ていない。みんながちゃんと座ってしまった後でぶちあげるので、周りの子達も「いーいーよー」と言いながらも引越しにこれまたわらわら一苦労しています。今日は潤子先生の「今はあなたが遅かったから一緒になれなかったのよ。『お弁当の時には一緒に座ろう』って言って、今度は早く準備しなさいね」の言葉に素直に「うん」と言って引き下がっておりました。これも恋心の力か、はたまたたまたま気まぐれか?でもその日のお弁当の時にはちゃっちゃとやって彼の横をゲット、満足げな表情の女の子でした。さあ、この恋心が彼女を素敵な女の子に成長させてくれるのか、はたまたぶち切れ「やーめた!」と心変わりして元の彼女に戻るのか。この先なかなか楽しみなカップルです。

 でもでも教師や親が「こうしなさい」と言ったところで素直に受け止められない子ども達には、こんな素敵な動機付けが必要なのかも知れません。今まで自分では変えることの出来なかった『自我』を愛する人の為に変えようとする想い、それは確かに何よりも強いモチベーションとなることでしょう。その恋心が冷めてしまえばたちまち消えてしまう『はかない魔法』ではあるのですが、そこで学んだことや心に残ったことはきっとその子を成長させてくれるはず。おませなこの子達は幼児教育の中にもそんな学び方があることを僕らに教えてくれています。
 また別の女の子と一緒に遊んでいた時の事。「××君、好きなんでしょ?」と彼女におもむろに尋ねれば、「すき!かっこいいんだもん」。「△△君は?」、「すき!やさしいから」。「◎◎君は?」、「すき!」。クラス男子の名前を全部あげて尋ねてみたのですが結局全員「すき!」と笑顔で答えてくれた女の子。ブランコを漕ぎながら恥ずかしげに微笑む彼女の笑顔がとても素敵でした。「あれがいや!これがいや!」と足りない物事にダメ出しをするより、その子の良い所をしっかり見つめて受け止めてあげる。幼児教育の大切な要素を抽出して、自ら実践してみせてくれている彼女に心からの敬意を表したものです。『イノセント』が『セオリー』を超えることもあるのです。今週は子ども達から色々なことを教えてもらった一週間となりました。


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