園庭の石段からみた情景〜園だより11月号より〜 2011.11.20
<帰郷>
  園庭の滑り台の横にある椿の木が大きな種を落とす季節となりました。思えば去年の冬の一番寒い時期に花を咲かせ、夏の盛りに青い実をつけ、今頃になってようやくその殻をはじかせて種を落とす椿の木の、一年掛かりの子育てにちょっと感じ入る今日この頃です。そう、兎角『すぐに花が咲いて実が成って、手を離れて楽になる子育て』が良いように感じるものですが、こうして『共に育つ歩み』は親子共々にお互いを育ててくれるもの。寒い冬につぼみを膨らませ花開かせた椿の花ですが、それからの歩みこそが大切な過程。親木につながりながら暑さ寒さを共に乗り越え、弱った時やヘタった時には親木の力に支えられながら試練をしのぎ、そうしてやっとこの初冬に一つの実を結ぶ事が出来るのです。まさしく『一人で大きくなったような顔』をしている子ども達(僕自身もそうですが)のことを想えば、「この椿から教えを乞いなさい」と言いたくなるもの。この子達だってきっとこれからもお父さん・お母さん達から学ぶ事が沢山あることでしょう。それは教えようとして教えられるものばかりではなく、『反面教師』として子ども達に考えさせることもあるはず。でもその事が『僕ら、大人の側』も変え育てることになるのだからきっときっとお互い様。「大人になって、親になって丸くなった」と言われるのはきっと自分も成長したことの証なのでしょう。「歳をとって気難しくなった」と言われるまでは僕らにもまだまだ『伸び代』があると思いながら、これからも共に育つつもりで子ども達と向き合いたいと思っています。

 今週は幼稚園に職場体験学習で青石中学二年生の男の子がやってきました。この日土幼稚園卒園生の男の子、彼が自らここを実習先に選んでくれた事はとても嬉しいことです。自己紹介文で彼自身が「幼稚園にはとてもお世話になりました」と言っているように、先生達に語らせれば「あの泣き虫だった○○ちゃんが」と彼の思い出を語り、彼もその話を恥ずかしそうに聞いています。でもそんなところにあえて飛び込んでくる彼の真面目さと真っ直ぐな所は昔から変わっておらず、なんかあの頃の彼に再び会えたような気がして本当に嬉しくなってしまいました。
 始めこそ緊張もし、初日担当した年少児クラスのわちゃわちゃさ加減に唖然としていた彼も、日一日と積み重ねた体験の中で自分らしさを出せるようになってゆきました。子ども達の鬼ごっこに付き合って、大きな声を出しながら時間一杯まで園庭を走り回って遊んでくれました。「ブランコおーしーてー」の子ども達のリクエストにいつまでもいつまでも付き合ってあげました。そして預かり保育の場にあっても、一人一人の子ども達に寄り添って、寂しくないようにと一緒に遊んであげてくれました。幼稚園の時、やるせなさと切なさを感じる度に涙していた彼だからこそ、感じてあげられる子ども達の心と想い。そしてそれを一生懸命受け止めてあげようとする彼の姿に、保育者のあるべき姿を見せてもらったような気がしています。

 そんな彼に僕もあえて昔のことは口に出さずにいたのですが、所々で彼の口から遠慮がちにこぼれてくる昔の思い出。「ばらの時の写真は泣いた顔ばっかりだった」、「集合写真も?」、「うん」。僕が彼に出会ったのはもも組の時なので、みんなが話す大泣きで泣いてばかりの彼の姿を知りません。おおよそ十年の時を経て初めて知る彼の告白に、「そうかー」と申し訳ないような気持ちがしてしまいました。
 もも組の時に一度だけ大泣きした彼に、僕がウルトラマンの顔を折り紙で折ってあげたことがありました。それで機嫌を直してくれた彼と仲良くなれたことがうれしくって、僕はことあるたびに『ゴジラ』や『ウルトラマン』の難しい折り紙を解説本を見ながら折ってプレゼントしたものでした。今回、一緒に預かり保育の子のお世話をしている時に彼がぽつりと「僕もしん先生にウルトラマンの折り紙を折ってもらったんだよなぁ」とこぼしたのですが、「そうだねー」なんてさりげなく受けかわしながらも本当は彼が覚えてくれていたことがうれしくてうれしくてたまりませんでした。「もしかしたら彼がここに実習に来てくれたのは僕とのそんな思い出があったから?」なんて勝手に思ったりもしながら。でもあの時かけた僕らのお世話と想いが今こうして実を結んでいること、それだけは確かです。そしてそれがなによりもうれしいことなのです。
 彼がしていた赤い象の名札が目について「これ、幼稚園の時の?」と尋ねると「はい!」と嬉しそうに答えてくれた彼。「お母さんがちゃんと残して置いてくれたんだ」と聞くと「うん」と少し恥ずかしそうにうなづきました。ここにもまた彼の周りの大人の想いが生きています。幼稚園の名札バッジなんて汚れ朽ちてしまうもの。残ったとしても幼稚園を出たら、「もう用がない」とすぐに捨てられてしまうもの。でも彼のお母さんは大事な幼稚園時代の思い出としてちゃんと大切に取っておいてくれたのです。これには僕もちょっと「じーん」と来てしまいました。沢山の涙を流しながら過ごし、晴れの笑顔で旅立って行った我が子の日土幼稚園の思い出を大切に大切にしまっておいてくれた母心と「その幼稚園に実習に行きたい」と想いを告げた息子。そしてそんな彼に大事な思い出の品をそっと手渡し応援してくれたお母さん。なんか『三丁目の夕日』のようなストーリーに日本人の素敵な親子愛を感じ、彼らの為にもこの幼稚園を今日まで続けられてよかったと思ったものでした。
 花が咲いたその後も、親木はそっと我が子を支え実が成るその時までしっかりと寄り添ってあげるべきものなのでしょう。母親しかり、幼稚園しかり。だからどんな形であっても卒園した子ども達が帰って来られるこの場所を、いつまでも残し守ってあげたいと強く強く思った彼の帰郷・幼稚園古里帰りでした。


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