園庭の石段からみた情景〜1月の書き下ろし3〜 2012.1.28
<『てぶくろ』が僕らに教えてくれること>
 今週は幼稚園にも雪が降り、子ども達も大喜び。犬のように園庭を『庭かけまわる』とそんな形容が似つかわしく、みんなで口をぽかんと開けたまま空を見つめ走り回っていた子ども達でした。サッカーに興じていた男の子達もひとたび木枯らしが吹いたなら、見事な程に舞い散る雪の花びらを一斉に見上げ『現実の世界からさようなら』。さっきまでみんなに追いかけ回されてアイドル気分だったサッカーボールは突然誰にも相手にしてもらえなくなり、園庭を縦断したあと寂しそうに紫陽花の古株の根元に消えてゆきました。

 今週の『ばら・たん組』、春の音楽会に向けていよいよ動き始めました。今回僕らのクラスがやろうと言うのがウクライナ地方の民話が題材となっている『てぶくろ』と言うお話です。このクラスが単独で劇をやろうと言うのですから相当な挑戦ではあるのですが、「大変だからやりません」ではこれからの人生の中で色んなものに挑戦していこうと言う子ども達に偉そうな顔して「がんばれ!」なんて言えません。『発表会はあくまでも子ども達の成長のための教材である』と言う信念の元、『自分達の出来る所まで』を目指してがんばって行こうと思っています。その過程において子ども達、未知なる自分に挑戦しながら成長して行ってくれるはず。入園以来一歩一歩新たな自分と向き合いながら成長を見せて来てくれたこの子達、確かにあの頃より実力はついて来ました。しかしそれは気分よくがんばれているがゆえ。心がくじけたりちょっとでも不安が横切ったなら、「おかあさん!」となってしまうことでしょう。そこからもう一歩ふんばって頑張れるようになるのがここからのこの子達の成長の伸び代になるのです。
 今はまだ『劇遊び』の段階で、毎回「ねずみやるひと?」「はーい」とやりたい役をやりながら劇の進行を学んで行っているところです。そのゆるさもあるのですが、最後まで「どの役もやりたくない」とストライキを決め込む子が何人もあって、その子達をその気にさせる所から始めている次第。まずは劇中の登場歌をみんなで作るところから始めてみました。マルチトラックレコーダーに伴奏を仕込んだものを準備して子ども達に「カラオケやるひとー?」と呼びかけます。見慣れないレバーがいっぱい並んだ機械とそれにつながったマイクを目にした子ども達、いそいそとみんな集まって来ます。本来ならこっちがお願いするお仕事ですから低姿勢で迎えなければいけないのですが、子どものやる気はこの低金利時代の中にあって相当額の利子を生み出します。調子にのって僕も「朝の準備が出来た人からねー!」などとこれ見よがしに言うものだから、それまでそこいらに放りっぱなしにしていたシール帳にシールを貼り、鞄掛けにかばんをさっと掛けに走り、僕の膝元に戻ってくる男の子達。「やればできるんじゃん」と調子のいい彼らを笑いながら迎え入れ、ご褒美とばかりにマイクを手渡しました。お調子君の彼らですが、いざマイクを手に持たされると恥じらいからか「・・・」。これが今の彼らの実力です。きっと劇の本番もこんなもの。それがすみれ組くらいにもなると虚栄心と責任感をその身一杯に背負いながら、『がんばりぬく』ことが出来るようになるのです。そこに至るまで色々な経験と努力と挫折があり、その一つ一つが彼らを育てて来てくれることでしょう。この『ばら・たん』君達にとってはこれがそのはじめの一歩。結果はどうであれ、そこから逃げたらすみれ組はありません。だからこそ『気分よくがんばれるお膳立て』が今のこの子達にはきっとまだまだ必要なのです。
 そんなこの子達も横で一緒に歌を口ずさんでやりながら『カラオケ』をやらしてあげたなら、段々と調子に乗って来て大きな声も出るようになってゆきます。ICレコーダーですから録り直しは容易、何度でも可能です。そんな気楽さからか「もういっかい!」と自分達の納得するまでテイクを繰り返していた子ども達でした。『出来ないことは何度でも練習したらいい』と言うこともこんな所でお勉強。最高のテイクが録れた時には「うまいじゃーん」と一緒に喜んであげたなら、嬉しそうに笑って応えた子ども達でした。また『やりたいけれどみんなのことも考えて』と順番でマイクを回すこともちゃんとお約束で出来ました。マルチトラックなので後から重ねてミキシングしてやれば、みんなの声が入った素敵な歌が出来上がり。『音源作り』と言う一つの作業の中で学べることはこんなにも沢山あるのです。全ては子ども達の『やりたい』と言う想いの上で成り立っているからこそ。子ども達と一緒に準備することの意味深さを毎回発表会は僕らに教えてくれるのです。きれいに出来上がった既製品を与えるよりも、自分達の汗や匂いの感じられる教材作りは、ただの作業を『カリキュラム』に昇華してくれるのだと、僕はいつもそう思うのです。

 そんな導入を取り入れながら、子ども達の興味をそそりながら、みんなで僕らの『てぶくろ』に取り組んでいます。狭いてぶくろの中に動物達が身を寄せ合って暮らします、と言うお話を今のこの子達がやったなら、「せまい!」「おした!」「ふんだ!」ともみくちゃくちゃの大騒ぎ。それが本番までにちゃんとお行儀よく座っていられること、集中力を持って自分の出番を待てるようになること、お客さんの前でもしっかり立ってセリフが言えること、とそこまで持って行こうと言うのです。この子達がもひとつ張り切り、「やってやろう!」と意気に思える仕掛け・投げかけがもう二つ三つ必要でしょう。それを探しながら劇を作り上げてゆくのも僕ら教師、そしてお母さん達のお楽しみです。どんな言葉がこの子達をその気にさせるか、どんな励ましをこの子達は意気に感じるか、それが見つけられたなら子ども達とのコミュニケーションが、もひとつうまくゆくようになるのではないでしょうか。


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