園庭の石段からみた情景〜3月の書き下ろし2〜 2012.3.8
<春の足音>
 3月に入りましたが、雨の多い毎日が続いています。例年ですとこの時期にはお散歩だのお外でのお弁当だの、里山の春を謳歌するような園外保育も行われるものなのですが、今年はどうもそんな『田舎幼稚園』らしさが発揮出来ずにいます。しかしそんな天候の中でも季節は着実に一歩ずつ歩を進めているよう。幼稚園の門の前の卒園記念樹・川津桜も、ばら組の前の白梅も、数輪がようやく咲き始めたのを見つけたのは二月の初めだったのですが、それがゆっくりゆっくりではありますが一輪また一輪と花を増やしてゆき、今ようやく満開の見頃を迎えようとしています。これに加え築山の奥にある梅の木がここ数日の暖かさに誘われていきなりの満開に咲きほころんでいる姿を見つけ、大いに驚かされたものでした。いつも遠目に視界に入っていた梅の木だったのですが、前見たときには咲き始めの花もつぼみにさえも気がつきませんでした。それが白い花が満開になった途端に、同じ遠目から見ても「あ、咲いてる!」と分かるのですから、僕らのモノ認識は『色』と言う要素にいかに大きく影響されるかと言うことが分かります。そう、子ども達の成長もきっと同じ。日々、『ひとひら、ひとひら』の成長を見ている時には僕らもなかなか気づいてあげられないものですが、それが同じトーンの色で塗り重ねられて行ったなら、その『色』によってある日突然彼らの成長を認識することが出来るのかもしれません。ある子どものひとつの変化に気づいた時、同じ視点で他の物事に対しても見直してみれば「あれ、ここも変わった?」と思い当たる事柄が二つ三つ出てくるはず。それをみんな重ねつなぎ合わせてみれば、その『変化』が確かに『成長』と呼べるベクトルを持つものであると言う確信に行きつくことがきっときっとあるはずです。

 音楽会が終わっても懇談会やらなんやらでバタバタと忙しく過ごしていたのですが、今週の終り頃、『ばら・たん組』でもやっと時間が出来まして、例によって潤子先生が突然に言い出しまして、劇『てぶくろ』の絵を描くことになりました。これまでもクラスの時間に何回か『お絵描き』に挑戦もしてきたのですが、3歳児にとってはなかなか手ごわいのがこの『お絵描き』。まずほとんど『絵』にはなりません。節分・音楽会のお面で『塗り絵』から始め挑戦してきた子ども達でしたが、塗り絵ですら下地の造形線をものともせず塗りたくり、何の絵なんだか分からない出来栄えの作品を披露してくれておりました。僕らでもそうですが『絵』の何が難しいかと言うと『抽象化』。世の中にある全て形あるものを絵で描こうとする時、僕らは線によってその形状を抽象化し、シンボル化・キャラクター化しています。その線や線によって形づくられたシンボルやキャラクターと言う共通信号によって、「これはウサギ!」と相手に伝えることが可能になるのです。そう、例えばウサギで言えば長い耳、飛び出た前歯、丸く愛らしい瞳、ぴんと張った髭、などが『ウサギ』と言う動物を抽象化・キャラクター化しています。よってその条件を満たしている、もしくは含んでいる絵を見たなら、誰でも「これはウサギ!」と分かるのです。僕ら大人は経験値から自分の中にその特徴をインプットしているので、「ウサギを描いてみろ」と言われたなら上手い下手はありますがそんな特徴を絵の中に描き込んで作画するはず。でもその抽象化が子どもにはなかなか難しいのです。
 そんな子ども達にどうしたら絵を描かせることが出来るかと考えた時、一番の方法として思いつくのはやはり模写でしょう。文字でも絵でもそうですが『真似て描く』ことが何よりのトレーニングとなるのです。3次元のものを抽象化して2次元の絵に描くよりも、すでに抽象化された絵を真似て描くことによって、その動物の特徴をより的確に理解し掴むことが出来るのです。『てぶくろ』のお面を描いてちょっとは絵がうまくなった気になっている僕が言うのですから、きっとそう言うものなのでしょう。その模写も難しい子ども達にとってこの『塗り絵』が一つのトレーニングとなったのかも知れません。目や顔のパーツを描き込みながら色を塗って行った僕らの塗り絵は、子ども達にその動物の特徴を印象付けて行ったのでしょう。隣に座って手を取りながら何枚も顔を描き塗り絵を塗って遊んだことによって、きっとこの子達は自分の中でその動物をキャラクター化して行ったのです。

 今回、子ども達の描いた『てぶくろ』の絵を見て驚いたのは、いつの間にかこの子達が抽象化した絵を描けるようになっていたことでした。カエルは目玉をポコンを飛び出させて緑で縁取り、ウサギは耳をしゅっと上に長く描いておめめは可愛いくりくりに。ちゃんとカエルにウサギに見えるではありませんか。キャラクター化されているではありませんか。『抽象化』がちょっと分って来た子ども達、あの『てぶくろ』だって茶色の二股グローブに描いていました。それを見つけた時には「うんうん、確かにてぶくろだぁ」と嬉しく見入ってしまいました。この子達、本当に「いつのまに!」です。たいしたものです。今回の塗り絵はそこまで狙ったものではありませんでしたが、劇の背景に貼っても貼っても余るほどみんなで何枚も何枚も描いているうちに、みんなのお絵描きの腕も上達して行ったのでしょう。これは嬉しいサプライズ。実にうれしくなってしまって、みんなの絵を繁々と眺めて周ってしまいました。するとここにそこにあちこちに、ちゃんと『抽象化』された子ども達の絵が顔を覗かせ、素敵な『てぶくろ』の思い出をキラキラと輝かせているではありませんか。みんなすごい。
 寒い季節をじっと忍び乗り越えてみれば、春はもうそこまでやって来ています。こうした春の気配を感じながら子ども達を見つめてみれば、きっともっと嬉しい成長が一杯見つかることでしょう。素敵な春の足音が静かに聞こえてくるでしょう。


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