園庭の石段からみた情景〜園だより4月号より〜 2011.4.17
<天の神様の言うとおり>
 時より肌寒さを感じながら過ごしてきた今年の春休みでしたが、週が明けて幼稚園が始まる頃ともなると心地のよい春の風が優しくそよぎ、「入園おめでとう!進級おめでとう!」の桜吹雪を舞い散らせながら子ども達をやさしく迎えてくれました。いよいよ日土幼稚園の新年度がスタートしました。春休みの間も子ども達のことを想いながら『新しい子達』を迎える準備をしてきましたが、始まってみればやっぱり最初はおおわらわ。子ども達の想定外の行動や反応に『対応・再設定』で追われた一週間でした。やはり子どもは自然そのもの。こちらの書いた机上のプログラムや想定通りには動いてはくれません。あまりの『制御不能ぶり』に「お母さん達もこんな時にきっと投げ出したくなったりイライラするのだろうな」とふと思ったりして。自分も子どもを追いかけているさなかに湧いて来た変に客観的な感想に思わず笑ってしまいました。でもきっとそんなもの。「百点満点でなければイヤ、何事もきちんときれいに出来なければ自分がイヤ」、そう言う想いでこれまでの人生を自分なりにがんばってきて、その努力のかいあってそれなりに良い成績も取ってきたであろう今時のお母さん達にとっては、子育てとは人生における最大の難題なのかも知れません。でも子育てはテストの点数を取るようには決していかないもの。見せ掛けだけきれいでちゃんとしていても、自分のプラン通りの百点に出来たとしても、子ども自身の想いがちゃんと育たなければきっと正解にたどり着かないと僕はそう思うのです。この子達が大きくなった時、『人の言う事が聞けるだけのおりこうちゃん』では無気力・創造力未分化の『お人形』になってしまう気がしてしまいます。だからこの時期に子ども達が体験すべきこと、それは『まず自分の思い通りやってみること』、『それに伴うリスクや煩わしさも一緒に体感すること』だと思うのです。

 早速の入園第一週、新しい子ども達の遊ぶ様子を通して一人一人の性格が垣間見えてきました。砂場遊びが大好きな男の子。でも砂遊びのおもちゃを全部砂場の上に広げてからでないと遊び始めらません。まずは僕にお声がかかります。「これ全部運んで!」とコンテナ一杯のおもちゃを運んでくれるように言ってきます。僕は「いる分だけ自分で持っていったら」と声を返しますが納得してくれません。「じゃあバケツに入れて運べる分を運んだら」と持ちかければバケツに車や船を詰め込んで砂場に運び始めました。「よしよし」と思いながら別の子の相手をするためにその場を外した後、再び砂場に戻ってきて目にした光景にびっくり。砂場がおもちゃで埋め尽くされていたのです。あの男の子、何度も何度もコンテナの所に戻って来てはおもちゃを全部運んでしまったのでした。「うーん、根性あるな」と感心してしまいました。でもこういう想い、大切にしてあげたいと思うのです。きっとこの先、この子の大きな力の源になるはずだから。でもこの子には教えるべきこともあるからと、のちのお片づけの時に一足先に部屋に帰ってしまったこの子をもう一度連れて砂場のお片づけに向いました。この子はお方付けが嫌いな様子でもなく、伴われた砂場では最後までお片づけしてくれました。この子もこの全部出した時の満足感とお方付けの煩わしさ、そしてそれに掛かる手間ひま時間を全部自分の中で感じて、段々と自分の中で『どうしても全部!』と言う嗜好に落としどころを見つけて行ってくれることでしょう。それも大事な体験・お勉強です。

 涙の女の子との出会いはそんな外遊びから用事でふと部屋に入った時。潤子先生の膝に抱かれながらも涙していたその子に目がとまりました。そんな時、取り付く島もなく泣き続ける女の子のそばでままごと遊びをしていた男の子が僕の所にお料理をいっぱい運んできてくれました。そこからおままごとのお相手が始まったのですがムシャムシャ食べてみせるリアクションに大喜びの男の子。こちらも段々調子に乗ってきて『おとぼけリアクション』が始まります。コッペパンを鼻に当てて見せたりスプーンで方目をふさいだり。そして「おいしいねえ」と言いながらプリンを頭に乗っけて見せたりするおとぼけに、「ちがう!ちがう!」と大ウケの男の子。ぺしぺしはたいてきたり自分もボケを真似したり。そんな二人のやり取りを見ていた女の子がこっちを見ながら笑ってくれたのでした。意外なところから当たりを引き当てて「おっとこれは!」と感触を得た僕は『ボケ合戦』をその子の前で続けて披露したのでした。するとそれまで泣き通しだった女の子はうれしそうな顔で声を立てて笑ってくれるようになりました。素敵な笑顔で笑う女の子を見て、潤子先生もうれしそう。男の子はそんなこと、何がなんだか分からないけれどこれまたご機嫌に笑っています。そう、笑顔はみんなにうつるんです。お家に帰った女の子がこのことをうれしそうにお母さんにお話してくれたそうです。翌日幼稚園で出会ったお母さんもうれしそうに笑ってくれました。おかげでその日からその女の子とすっかり仲良しになれました。全ては『ままごと男の子』の思わぬナイスアシストのおかげさまさまだったのですけれど。MVPの男の子にありがとうです。

 このように僕達も決して思い通り・計画通りに子ども達を操っている訳ではありません。でもこんなやり取りを通じて子ども達の想いを満たしながら、素敵な園生活の実現へと一歩一歩あゆんで行っているのです。僕らが想像するのとは決して同じストーリーではないけれど。でも僕はそれが当たり前だと思うのです。それを知っているのは神様だけ。全ては神様が僕らに与えてくれた素敵な恵みに通じていると、僕はそう信じています。僕らが考えたこと以上に、きっと素敵な答えを神様は用意してくれているから。そう、全ては「天の神様の言うとおり」だと思うから。


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