園庭の石段からみた情景〜5月の書き下ろし2〜 2011.5.14
<君は歩み出したかたつむり>
 連休明けの一週間、久々の幼稚園で久々登園の子ども達はどんな感じだろうかと気にかけながらのスタートとなった今週でしたが元気にやってきた子ども達にほっとしたものでした。それなりに朝ぐずぐず言ってみるのがみんなのいつもの『お約束』。でも気分が晴れればケラケラ笑い、いたずら仲間と連れ立ってお調子キッズに大変身。それが今この時期のこの子達のリズムなのです。朝のぐずぐずモードしか見ることの出来ないお母さん達には「うちの子はどんなにしてこの半日を幼稚園で過ごしているのだろうか」と心配される方もいらっしゃるでしょう。僕らが言い訳がましい言葉で「だいじょうぶでしたよ」なんて言うよりも、そんな時に一番説得力を持つのはやはり帰ってきた子ども達のご機嫌笑顔でしょう。うれしそうに見せてくれる自然遊びのお土産や、我を忘れて語りつづける『今日の面白かった話』。その笑顔の中には何の演出も脚色もありません。泣き顔から始まって笑顔で終わるノンフィクションドキュメンタリー。これが今のこの子達の園生活なのです。今年度も『一学期T』のDVDがやっとできました。この中に子ども達のこのひと月の『ドキュメント』が記録されているので良かったら図書室で借りて見てみてください。

 雨続きの一週間、まるで梅雨の終わりを思わせるような土砂降りとその合間に訪れるキンキン太陽の強い陽射し。そんなお天気に誘われて元気に動き出したのは水が大好きな生き物達。かたつむりやサワガニが道路の上を這い歩き、水たまりの出来た園庭にはイモリがどこからか這い上がってきました。それを見つけては子ども達の目の前でぶら下げて見せれば『いやー!派』と『触らして!派』が双方入り乱れての大騒ぎ。かわいそうなのはこんな僕に捕まった生き物達。「いやー」と言う子達(おかまちゃん口調でこう叫び逃げ出す男の子もいるのが現代風なのですが)には「よく見てごらん、なんにもしないでしょ、かわいいよ」と諭し、「触らして!」と我先に手を伸ばす子ども達には「乱暴にしないで、優しく触ってあげて」とたしなめる。のんびり雨の中をお散歩していた彼らが子ども達の教材に使われて、不本意ながらも『いい仕事』に一役買ってくれています。だから子ども達のお相手をしてもらった後は、僕が感謝の想いを込めてそっと自然の中に帰しているのです。
 その日僕が見つけたのは一匹の大きなかたつむりでした。雨の中、幼稚園への道の途中に出てきてくれたのはいいのですが、そのままにしておくとたいがい自動車にひかれて潰されてしまいます。『かたつむり救済活動』の一方で彼らにも「幼児教育のボランティアをお願いして」と、お互いにとってなかなかいい関係・持ちつ持たれつの『かたつむり君』達を拾い上げては教室にお連れしています。ばら組の部屋に持ち込めば子ども達とご対面の初対面。「わーきゃー!」歓声が湧き上がります。童謡の通り、出たり引っ込んだりする触角の動きが面白く、かたつむりの触角を指で突こうとする子ども達。かたつむり君には申し訳ないのですが何回かその出たり引っ込んだりをみんなで観察した後で、「あんまりすると可哀想だから、突っつかないでこの殻の所をなでなでしてあげて」と触りたい子ども達にお願いします。子ども達もその言葉に納得し、『殻なでなで』で想いを満足させてくれていました。一通りみんなで触り満足した後、外に逃してやることにしました。もう少し年齢が上がれば飼育ケースに入れて観察をなんてことも出来るようになるのですが、かたつむり君にとってまだ3歳のこの子達はちょっと危険。僕らが見ていない所でケースをがんがん叩いたり水をジャージャー入れてみたり、そんなことで死なせてしまったら折角の『命との触れ合い教育』が台無しです。そこでばら組の水道がある窓の外に置いてある一輪車の上にそっとかたつむりを放してやりました。窓を開けても子どもの手では届かない、でも窓の上からかたつむり君の様子が観察できる、そんな絶妙な場所でした。子ども達にいじられ騒がれびっくりしてしまったかたつむり。しばらくそこにじっとしていたのですがそれを子ども達が見守ります。やがてお片づけとなり子ども達は三々五々その場を後にしたのでした。
 クラスの時間なども終えたしばらく後のこと、窓の外を覗き込んだ男の子が僕の所に駆けてきました。「かたつむりがうんちになった!」。その子に連れられて窓の外の一輪車に目をやるとなるほど、大きな大きなうんちを残してかたつむり君は姿を消していました。自分の殻に閉じこもりそこでじっとしていたかたつむりも大きな糞をしてなんとなく落ち着いたのでしょう。殻の中からそっと出て来てあのゆっくりペースでまた這い出したのでした。回りをよくよく探し見渡してみれば、いましたいました、サッシの窓枠を伝いながら部屋の外壁の高みまで登りつめていたかたつむり君。このかたつむりの姿を見ているとオーバーラップして思い浮かんでくるのは今の子ども達の姿。毎朝幼稚園の生活に飛び込むのに大泣きしたり暴れたり、でも出すもの出してすっきりしちゃったその後は、自分の想いに導かれて一人僕らの予想を越えた高みに一人で登り詰めてうれしそうな笑顔で笑っています。確かに大泣きや大糞はスマートなものではありませんが、言っていればどちらも『行為』ではなく『生理現象』。『子どもと若い女性はよく泣くもの、我慢するより泣いてすっきりした方が早く笑顔になれるもの』、そう思えば子どもの泣き声にイライラすることも無くなるのではないでしょうか。勝手な『おじさん考察』ですみません。

 なんだかんだ言いながら、『五月病』などどこ吹く風。四月の延長でぐずぐず言う分には逆戻りではなくただの成長過程と、そんな心持ちで子ども達を見つめています。そう、この子達はやっと外の世界を這い出したかたつむり。元居た場所を見失わず、そこからの成長を今はしっかりと喜んであげたいと思うのです。


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