園庭の石段からみた情景〜6月の書き下ろし4〜 2011.6.21
<かにさんワンダーランド>
 週末からの大雨で自由登園となった週明けの月曜日でしたが、十名の子ども達が幼稚園にやって来てくれました。そのうち七名がばら組と言う高出席率に思わずうれしくなっちゃいました。「子どもがどうしても行きたいと言うので」とのお母さん達の言葉を聞きながら、『この子達が幼稚園を楽しみにしてくれていること』、とそして『お母さんもそれをうれしく受け止めて応援してくれていること』が伝わってきて心から感謝です。そう、僕らにとって子ども達の「ようちえんたのしい!」の言葉は何よりの励み。その言葉を聞きたくて「今日はこの子達に何を投げかけて遊ぼうかな」と嗜好をこらし、年甲斐もなく張りきってしまう僕なのです。

 先週子ども達の熱い視線を一身に浴びたかにさん達、今週も色々良い仕事をしてくれました。水槽の中をカニが壁伝いに横に横にと歩いてゆけば、すぐさま誰かとぶつかります。お互いにはさみを振り上げながら怒った所を子ども達と見つめていると、「あっ、けんか」と誰かがつぶやきました。当のかにさんは別にけんかしようと思っている訳でもないのですが、なんとかすれ違おうと上になったり下になったりおおわらわ。「ぶつかってけんかしたり、踏んづけたりしたらいかんよなぁ」とその子に話しかければ、「うん」と神妙な面持ちで答えます。わからんちんの様に見えてしまうこの子達ですが、こうした『俯瞰』の図で客観的に物事が見られた時には『道徳心』や『正義の心』を僕ら以上に素直に表現してくれるもの。この子達、基本的に心の真ん中は『正義の味方』なのですが、それを取りまく『エゴ』が自分にとっての損得勘定を瞬時にはじき出し、『自己中マインド』全開の無自覚バイキンマンとなってしまうのでしょう。だからこう言う事例を取り上げて一緒に考えてみたり、『良いことをした時』・『がんばった時』には一杯一杯認めて誉めてあげる、そのことがこの子達の『倫理』や『道徳心』を育て伸ばしてゆくのです。
 この日の給食の時、パンを一口食べる毎にそれを僕に見せに来る女の子がありました。「すごい、がんばってる!」の返し言葉に満足してまた席に戻るのですが、彼女は繰り返しやってきます。この子にとってこの『一言』が『パン一口分』をがんばる糧なのです。僕ら大人は一言誉めてもらえたなら『そのことに関して認めてもらえた』と言う自己反芻によって満足感を持続出来るもの。でもこの子達にとってはこのパン一口分。このことを一回一回認めてもらえるからこそ「もう一口、もう一口だけ」とがんばることが出来るのです。僕ら大人が経験値と言うデーターからゴールを予測して走るマラソンランナーだとしたら、この子達は毎回全力のスプリンター。それが『できた!』と言う経験値を積み重ねてゆくことによって心に余裕が生れて来るのです。四月に比べたらいろんなことが出来るようになってきたこの子達、でもまだまだ『ここ一番のがんばり時』には彼女達の発信する『私、がんばってるよね?』の想いに対する僕らの「うん、がんばってるよ!」の言葉が、ともすればくじけそうになるこの子達のがんばりを支えているのです。お家でも何回も何回でも同じことを言ってくる子ども達についつい「はいはい」ってうっちゃりたくなることがあることでしょう。でもこの「すごい!」、「がんばったね!」の言葉がこの子達の想いを育ててくれるのだとしたならば、やっぱりこれは大切な言葉・大切なキャッチボールなのではないかと、僕はそう思うのです。

 見事なまでに晴れ上がったお天気に誘われて、僕らは昼から久々にお外遊びに繰り出しました。梅雨の晴れ間に夏の陽射し、やはり恋しくなるのは水遊び。山のあちこちからは山に降った雨が清水となって湧き出でています。雨上がりムードたっぷりの中、またまた『かにさん探検隊』が結成され「かにさん、かにさん、おらんかにー?」とみんなでカニ探しに出かけました。園庭には山から流れてくる湧水を受けるU字溝があるのですが、その前後に砂止め用の丸樽と蓋をするマンホールが設けてあります。カニを求めてばら組の窓の下の格子状のマンホールを覗いてみれば、流れ込んだ砂の中を走る赤い奇跡があるではありませんか。重いマンホールを持ち上げてみれば、いましたいましたサワガニです。僕らは砂遊びのざる使って楽々サワガニを一匹ゲットしたのでした。
 「ここにいると言うことは」と滑り台下のマンホールに移動して蓋を開け、みんなで穴を覗き込みました。先ほど子ども達が流した水のせいで中が少々濁り、なかなか視界が利きません。濁りが収まり落ち着くまで、「ちょっとじっと見ていて」と子ども達と息をひそめます。濁りが収まった時、みんなから感嘆の声があがりました。「いっぱいいる!」。『取って・濁って・ちょっと待ったら収まって』を繰り返してみれば、そこで大小十匹ものサワガニを捕まえることが出来ました。これには子ども達も大喜び。「うわー!」と声をあげながら、何匹も上がってくるサワガニを眩しそうに見つめておりました。山水の流れ込んでくるこの樽には水と一緒にこの山のサワガニがみんな流されてきたようです。そうは言ってもあれだけの大雨の後だからこその大漁宴。梅雨の終りも、もうそう遠いことではないかもしれません。

 半分すみれさんにおすそ分けしたかにさんでしたが、前の分と合わせてばら組の水槽は七〜八匹のサワガニで賑わい、「かにさん、淋しくないね」と心豊かに感情移入した子ども達が囁きます。クラスはかにさんフィーバーで「かにさんとかにさんがごっつんこ」なんて歌いながらカニになりきって遊んでいます。ちゃんとやろうとするとサワガニの飼育は難しいものですが、僕も勉強しながら試行錯誤を繰り返しながら、今日も子ども達と一緒に水槽を覗き込んでいます。


戻る