園庭の石段からみた情景〜7月の書き下ろし1〜 2011.7.2
<泳ぎ出したばら金魚>
 いよいよ七月に入りました。子ども達とがんばってやってきた一学期も残すところあとわずか。この間に出来たこと出来なかったことを振り返りながらあともう少しがんばろうと、気を引き締めている今日この頃です。うまく行かなくて残念に思っているのは『赤ちゃんガニ子育てプロジェクト』(そんなことかい!)。最初に捕まえてきた豆粒・米粒の赤ちゃんガニは一週間経たずして大きい雄蟹にやられてしまいました。後に調べたところ、サワガニの子蟹は別の水槽で飼わないといけない事が判明。勉強不足でかわいそうなことをしました。またその数日後、雌蟹がお腹に卵を抱いているのを発見。子ども達と喜びあいながら前の経験の反省からこの雌蟹を別の水槽に移し様子を伺っていたのですが、この雌蟹のお腹がその日の夕方にはぺっちゃんこになっていました。このカニがしきりにお腹を触りながらハサミを口に運ぶ仕草を見せていたのですが、「どうやら自分で食べちゃった」みたいです。これもあとから調べたのですが、そういうこともあるらしいとのこと。環境が急激に変わったり、そこが子育てに適さない場所だと母蟹が感じた時、育児を放棄して卵を捨てたり自分で食べてしまったりすることがあるのだとか。図鑑にはそのような記載はなかったのですが、インターネットで調べたところ自分の体験談の紹介と言う形でそのような事例が何件か報告されていました。またその関連記事の中で赤ちゃんガニが繁殖期を迎える大人蟹になるまでには四年の歳月がかかるとの記述を発見。つい先日子ども達と約束した「赤ちゃんカニが大人になるまでお世話しようね!」の言葉はその時点で不可能だった事が判明(子ども達の方が先に卒園してしまいますから)。生き物を教材に扱うことの難しさ、『裏を取ること』の重要性を改めて感じさせられた『赤ちゃんカニ子育てプロジェクト』の失敗談でした。でもこのお話、違った形で子ども達の心に波紋を投げかけてくれました。「たまご、たべられちゃったんだよ」と言うと大いに憤慨して見せた男の子。「このかに、わるい!」と憤る彼に「いけないよね、たまごかわいそうだね。でも君もお友達にバン!ってやるよねえ。お友達泣いちゃうよね。かわいそうだよねえ」と変則式三段論法でその子に問えば「んー・・・」と何か心の琴線に響くものがあった様子。かにちゃんBABY達、亡くなりながらもこの子の心に何かを残して行ってくれました。

 『趣味?』とは高じると段々とスソノを広めてゆくもの。ちょっとサワガニ水槽のお世話が楽しくなってくると隣の金魚水槽も気になるようになってきて、壊れかけのエアーポンプがかわいそうに思えてきました。金魚のお世話は全てひげのおじちゃん任せだったのですが、新しいポンプを買ってきて取り付けてやりました。このエアーポンプ、エアレーションと言ってぶくぶくを出しながら強力な水流を作り出すことが出来る優れもの。今まで流れのない平和な水の中で暮らしていた金魚達にとってちょっと刺激的な環境になったようです。この二匹の金魚達、何を思ったかこのエアレーションの吹き出し口に向かって泳ぎ出したのです。今まで漂うように生きてきた彼らが生まれて初めて?流れを感じ、それに向かって泳ぎだしたのです。吹き出し口から遠く離れれば今まで通り漂う暮らしも出来るというのに。でもきっとそれが彼らの本能と言うものなのでしょう。
 この金魚を見ていて思い浮かんできたのはこの一学期の子ども達のこと。それまでお母さんの腕の中で『漂う暮らし』に身を委ねていたこの子達が、初めて自分に向かって流れてくる『集団生活』を体験しました。最初はその流れに戸惑い、それまでの日常では感じたことのなかったストレスやプレッシャーに驚き涙した子達もありました。しかしその流れに向かって気持ち良さそうに泳いでいる同級生の姿に勇気づけられ、泳いでみれば『およげちゃった自分』に拍子抜け。自分を誇らしく思ったり、みんなで「やっちゃおうねー!」と励ましあいながら、一人また一人と皆でこの『クラス』と言う流れの中を気持ち良さそうに泳ぎ出した一学期でした。
 『ストレス』と言うと負のイメージばかりが取り沙汰されますが、そもそもstressとは物理学における『応力』を意味し、単位面積当たりに受ける力を数値で表したもの。これは一般的には断面積が増えればそれに比例して受けられる力も増えると言う関数なのです。一方この概念をもって人について語ってみれば、『人間の心と体は鍛えればこの断面積が増え、受けられる負荷も増える』と言えるのが僕の持論。筋トレをすればその部分の筋肉の断面積が増えて力が強くなるのと同じように。それまでわがまま放題・無負荷状態だった子ども達の心にかかる負荷やプレッシャーは彼らの心を鍛え少しずつ成長させてゆくのです。最初は想いが満たされないことに対する苛立ちや不安から爆発したり涙する子ども達もありますが、その適度な負荷が子ども達の心を強くしてゆくのです。『心の断面積が増えることとは、心を広く持ち、色んなことを自分の中に受け止められるようになる心の成長である』と表現したなら、『ストレス』の意味合いもまた違ってくるのではないでしょうか。
 流れに向かって泳ぎ出した金魚は急に体が大きく成長し始めたように感じられ、またばら組の子ども達も皆いつの間にか自信に満ちた良い表情で笑ってくれるようになりました。大事なのは負荷の設定・トレーニングプラン。いきなり過負荷をかけると壊れてしまう子ども達の心をゆっくりゆっくり少しずつ、子ども達の表情をよくよく見つめながら「がんばれ!」と励ましてゆきたいと思っています。時々負荷を抜くのも大事な要素。加工業の世界にも『焼きなまし』と言って、『熱くなった材料をゆっくり冷ましてより粘り強いものに仕上げるテクニック』があるのですが、幼稚園でがんばってきた子ども達をお家ではいっぱい褒めて抱きしめてあげてください。がんばった後の甘えにはきっとそんな効果があるはずだから。


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