園庭の石段からみた情景〜園だより11月号より〜 2012.11.24
<日土の冬が僕らに教えてくれること>
 十月まではほの暖かい陽気が続いていたおかげで何の身構えも身支度もせず十一月の入りを迎えたのですが、強い寒気に見舞われあわててストーブに火を入れて凍えた身体を暖めたものでした。幼稚園の暖房にまた火が灯る季節がやってきました。これから三月までの5ヶ月は日土の谷の寒さと付き合いながら過ごしてゆくことになりますが、『付き合いながら』『折り合いをつけながら』は僕らにとって大事な学び。いきなりの寒気には参りましたが、徐々に深まってゆく秋を過ごす中で、僕らは冬に対する備えを整え、心も身体も本格的な冬を迎える準備をしてゆくのです。
 日常の中では『何事をも想いのままに動かしたい』、そして『それが出来る』と思う増長に浸りきっている僕達が、唯一「相手がお天気じゃしょうがないよね」と謙虚になれる相手、それがこの日土の自然や気候です。さすがの子ども達でも幼稚園児としての分別もついてきたなら「遊びたいんだもん!」と雨の中に飛び出しずぶ濡れになって自ら凍えたりはしなくなって来るものです。雨の日には雨の日の、寒い日には寒い日なりの過ごし方を考えながら、その中で自分の欲求を満足させてくれる遊びを探し出しながら、園生活の中に新たな楽しみを見つけ過ごせるようになってゆくのです。大きく奥深い自然を前にして無力である己の小ささを自らの心をもって省みながら、しかしそんな自分に決して絶望することなく知恵や努力によってこの谷の中でつつましく生きてゆく。この思うようにならない日常の中に喜びや希望を感じながら。これからの季節はそんな想いを大事にしながら、その中に学びのメッセージを織り込みながら子ども達とゆっくり過ごして行きたいと思うのです。

 今月に入って雨の日も多かったのですが、そんな日は朝からホールで過ごしたりもしました。お外で遊べない日のホールは運動場の代替スペース。どうしても走り回ったり体を動かして遊ぶ子が多いので、少々寒くともなかなかストーブをつける事が出来ません。走り回っている子ども達は寒いと感じる事はないようですが、それを見守っている僕などは寒さに震えてしまいます。そこでホール遊びを始める時には最初にSDデッキで『ディズニー体操』の音楽をかける事にしています。イントロが流れ出すとどこからともなく子ども達が集まってきてみんなで始める体操ダンス。その子ども達に混じりながら僕も歌を歌い体を動かしなたなら、一曲終わる頃には心も身体も嬉しいほどにホカホカに。どうもこのウォーミングアップのコツは『歌いながら』と言うところにあるようです。歌うことによって自分の声や身体が温まってくるのですが、それを受けて子ども達も一緒に歌い出しダンスのノリも高まってゆくのです。嬉しそうに踊る子どもを見ていると僕の心も『暖かお調子モード』にスイッチオン。子ども達に向けてオーバーリアクションのダンスをしたり歌のデフォルメパフォーマンスをしてみたりと、僕自身がどんどん楽しくなって行ってしまいます。それを感じてか子ども達の方もご機嫌ブースターがパワーオン。終わる頃にはお互いに「はーはー」息をつくほどに寒さも吹き飛んでゆくのでした。それでとりあえず僕の目論見は達成なのですが一度お楽しみモードに灯の入った子ども達はそれでは終わってくれません。「次は○○のダンス!」とリクエストを次に次にと繰り出して、またまたダンス大会へと突入して行くのでした。

 一時の最高気温十度ほどの寒気は通り過ぎてくれましたが、やはり朝の園庭は晴れた日でもほの寒いもの。朝の園バス添乗から戻ってきた僕は荷物を置くと、もも組の子ども達に外遊びを促しながら自らも心に勢いをつけて飛び出します。「縄跳びチャレンジタイム!」と声高に朝一番での縄跳び練習を示唆すれば、子ども達も縄跳びを手に手に後から外に飛び出します。最初は「えー」って顔していた子や「もう終わりでいい?」とちょっとやっては早々に投げ出そうとする子もあったのですが、今では仲間内で「僕は100回跳んだ」、「僕は120回」と切磋琢磨しながらがんばれるようになりました。その数え方にはちょっと問題があるようなのですが、その辺は担任の先生のジャッジに任せることにして、僕はただただ『あおり役』に徹しています。自分を過大評価する男の子に対して、自らはちゃんと正しいルール解釈にのっとりながら男子に対してもその甘さを指摘する女の子達。「一回止まったらまたゼロからなんだから」、「○○君のはちがうよ!」、「もう口ばっかなんだから」、そう言われたりするものだから男子連も段々と自分のカウントを適正化出来るようになって来ました。『女性の声』、それもこの歳にして世論を構成してかかる彼女達の声の力のなんと大きなことでしょう。自浄作用として働いている彼女達の声と、先生の言うことなど聞きもしない彼らがそんなものに屈しているこの構図を面白おかしく見つめていた僕でした。
 いきなり「ふん!」とやって「ブチ!」となるのが少々怖いお年頃、と言うことでストレッチなど準備体操をしながらそんな光景を見つめて笑っている僕ですが、そんな僕の所にすみれさんが「しん先生、縄跳び勝負しよう!」とやって来ます。一度縄跳びの耐久競争を一緒にやったのですが、それに勝った子も負けた子も、『先生と勝負』と言うミッションに魅力を感じてしまったようです。『勝った子が一人あった』と言う所が、「自分もがんばればきっと勝てる」と言うみんなの希望とやる気につながったのかも知れません。僕も「まだまだ子どもなんぞに負けはしない」とそんな気でいますから、その勝負を毎朝買って出ています。「勝負、スタート!」の掛け声で一斉にすみれVS僕の縄跳び対決が始まります。子どもの縄跳びは少々僕には短いので柄の部分の端っこを持ちながら、引っかからないように注意しながら跳んでゆくのですが、20回30回と跳ぶうちに次々と子ども達がリタイアしてゆきます。子どもと同じように跳んでいては面白くないので、子どもの倍の速さで跳んで見せたり早回しで片足ずつフットワークを刻みながら跳んで見せたりと、そんなパフォーマンスを披露してみせれば「すごー」と子ども達から感嘆の声がもれて来ます。そんな僕のお遊びに動じることなく、すみれの縄跳びマスターの男の子は黙々と自分のリズムで回数を重ね、お調子して足を引っかけてしまった僕に毎回勝利するのでありました。それを見届け「××君が勝ったー!」と大喜びの子ども達。「もう一回!もう一回!」と再戦を要求してくるのですが、僕のエネルギーももうここまで。「あとはすみれ対決で勝負だー!」とあおった挙句に遠くにボールを放り投げ、みんなが「わんわん!」と追いかけ縄跳び勝負で盛り上がっている間にホールの段の所で一休み。朝一番に着こんでいたフリースとパーカーを脱ぎ捨てて、熱くなり暖まった身体を冷ますのが日課となっています。それが最近の僕と子ども達の朝のウォーミングアップの風景。そうして寒さに縮こまりそうになる心と身体を暖めて、子ども達との毎日をスタートさせています。そんな僕とのやり取りを受けて、子ども達の縄跳びも段々変化が見られるようになって来ました。みんな通り一遍の二拍子跳びだったのが、片足でケンケンしながら跳んでみたり、面白そうに踊るように跳んだりと、縄跳びでのパフォーマンスに磨きがかかって来た様子。縄跳び遊びもイマジネーション、技術が上がって行ったなら色んな表現をしてみたくなるものなのでしょう。縄跳びの中にも色んな可能性・色んな遊びを見出して、僕らの教えた以上に自らを高める学びをしている子ども達です。

 幼稚園で毎年この季節に行なってきたマラソンも、今月半ばにしてやっとスタートしました。今年はみんな外で元気に遊んでいるので、『みんなでマラソンを』とせずとも身体は動かせているかなと思っていたのですが、ばらの男の子のつぶやき「さむいからもうお外で遊ばん」で先生の心に火がついて大炎上。「あーあ、△△君のせいで始まっちゃった」と笑ったものでした。でもこのマラソン、子ども達は僕らが思う以上に楽しいようで、毎日毎日「今日は?マラソンは?」と催促してきます。マラソンとなると音楽が流れる前から一か所に集まりスタートの時を待つ子ども達。自然にアウトコースの子が前に前に膨らんで、さながら本物のトラック競技のスタート風景のよう。音楽のファンファーレと共に先頭グループの子ども達が走り出します。それを追いかけてばら・たんぽぽの子達もよちよちした足取りでスタートです。運動会では「なんではしらんといけんの?」って顔をして走っていた子達も遅い足取りではありますが、着実に前を向いて意志を持って前に向かって走れるようになりました。これが運動会の季節の成果なのか、このマラソンを先に持って来ていたらまた違っていたのかそれは誰にも分かりませんが、全てのことの積み重ねがこの目の前のうれしい光景を作り出しているのです。「来年は組も一つ上がるし、颯爽とした走りを見せてくれるかな」と遥か遠くの運動会を想いながらこの子達のお尻を追いかけ園庭を走っています。きっと来年になったら来年の課題で四苦八苦しているのかもしれませんが、そうしてひとつずつ出来ない自分を乗り越えながらこの子達は未来に向けて成長し続けているのです。ちょっと引いてそんな長い目で見つめてみれば、僕らの方にもきっと心のゆとりが生まれて来ます。なんにせよこの子達は長い人生をまだ走り始めたばかりなのだから。
 一方トップグループの子ども達にとっては、マラソンの中にある他人と『競う』と言う要素が彼らの心を奮い立たせるようです。マラソンは同じトラックを何周も走るものですから、勝敗を語るなら『周回数をそろえて最終的にどちらが早かったか』をジャッジするべきもの。でも子ども達にとっては違うのです。マラソンの後半でちょっとピッチの落ちた僕を見つけ「ここぞとばかり」に追い抜いて、「僕、先生抜かした!先生に勝った!」と得意顔。それまでに二周も三周も追い越されていたとしてもそれは全くの反故。でもそれが「次もがんばって走ろうと言うモチベーションとなるのであれば」、と思い「すごいじゃん!」と笑ってあげる僕なのです。

 いずれにしても寒い季節には身体を動かして体の中から暖を取るのが一番です。寒さに屈し、暖房の前で丸くなってお菓子などを食べていることを思えば、どれだけ健康的に過ごせることでしょう。身体を動かし暖を取り、自らに挑戦することで身体能力の向上を図りもし、風邪を引きやすいこんな季節には免疫力も高まって、カロリー消費でダイエット、そして暖房費の節約と色んなメリットが盛り沢山。それを子どもと一緒にしたならコミュニケーションも深まって、良いこと尽くしの親子一緒の外遊び。外から帰って一緒に手洗いうがいをしたならば、風邪防止の習慣付けにも役立ちます。子どもは大人の言うことなど聞かぬもの。でも大人がやって見せることには興味を示し、勝手に目標や課題を自ら定め、追いつき追い越すことで自己研鑽してゆくのです。そう、子どもは自然そのものです。「相手が子どもじゃしょうがないよね」と謙虚な想いで受け止めて、『自然開発で根こそぎ全部やりかえる』ように言い聞かせるのではなく、この自然の特徴をよくよく捉え『どのように促したらよりよく伸ばして行けるだろう』そう考えて向き合うべきものではないかと思うのです。子どもは投げかけられた大人のメッセージや想いを柔軟に敏感に受け止めます。だからいつも直球ばかりでなく、仕掛けや遊びを盛り込んだ『ホームランボールの誘い球』が有効に。全部自分の思った通りのストライクを狙うのではなく、どこに行くのか分からないけれどそれを糧に子ども達ががんばり自分の想いで自分自身を伸ばしてゆけるような球を投げてやることが肝要。僕はいつもそう思いながらこの子達に自分を投げかけています。結果は『神のみぞ知る』と神の御心にゆだねながら。きっと神様は全ての事を備えてくださっているはずだから。


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