園庭の石段からみた情景〜園だより5月号2より〜 2012.5.23
<学びの極意>
 雨上がりのある日、今年も彼らがそろそろ出てくる頃かなと思い、園庭の雨水用マンホールを開けて子ども達と一緒に覗き込んでみました。そう、僕らのお目当てはサワガニです。雨水と一緒に流れ込んでくるのか、この時期固まった量の雨が降ればこの沈殿桶の中にはかなりの確率でサワガニ君が入っています。この日もいましたいました、泥が沈んで透き通った水の桶の底に、丸い縁に沿ってくるくる横歩きをしているカニが数匹。そこまでは「いたぁ!」と盛り上がりいい感じなのですが、引き上げるのにいつも一苦労。目視出来るすぐそこにいるのに捕まえようと水の中に手を入れたなら、すぐに底の泥が舞い上がって見えなくなってしまうのです。でも今年は良いアイテムを見つけました、柄つきのザル。お味噌汁のお味噌を溶く時に使うザルがなぜか砂場遊びの道具の中にありまして、それでカニをすくい上げる作戦に出た僕ら。深さのないこのザル、取り回しは良いのですが、せっかくすくい上げても即座に引き上げないとヘリからカニに逃げられてしまいます。それも勝負は一回勝負。しくじれば濁った泥が再び沈殿するまでじっと待たなくてはなりません。そんなこんなをみんなでわいわいやりながら、朝のひとときで僕らは2匹のサワガニを手に入れたのでした。
 狭い桶の中、一時にそう何匹もカニが入っているはずもないのですが、朝の『カニ捕り』に参加出来なかった子ども達が「かに!かに!」と騒ぐので、午後の自由遊びの時間、「いないでしょ」のパフォーマンスもあってもう一度あのマンホールを開いた僕とその周りに侍る子ども達。「あっ!いた!」。もういないと思っていた桶の中にまだまだうごめくカニ達の姿を見つけたのでした。底に積もった泥はカニの絶好の隠れ家となって、僕らの目さえもくらましていたのです。そうとなれば次に取るべき作戦は『めくらめっぽう捕獲作戦』。見えていた一匹目を捕まえた後、泥が舞い上がり濁りきった水のあちこちに「このへん!」と次々ザルを繰り出します。4〜5回の空振りの後にまずは一匹、こんないいかげんな作戦で本当にカニが捕れてしまいました。そうこうしながら午後の部では全部で4匹もそこからサワガニが捕れたのでした。これには僕もびっくり。この日この中には6匹ものカニが入っていたことになるのです。神様が与えてくださる自然の教材にいつも感謝です。

 午後に捕れた4匹のサワガニはすみれの男の子がお世話すると言うので園にあった古い飼育本と一緒に「これで勉強してね」と手渡したのですが、受け取った男の子は大真面目な顔でそして嬉しそうに「うん、べんきょうする!」と言ってくれました。そう、勉強なんぞ『やらされる』と思うから面白くもなくなるもの。本来勉強とは『自分がやりたいことをするために自分でするもの』のはずなのに。でも彼がこのことから『勉強とはなんぞや』と言うことを学び、『自ら学ぶことの面白さ・素晴らしさ 』を感じてくれたならうれしく思います。今時の『頭でっかちのよもよもガリベン君』タイプではない男の子。どちらかと言えば熱血スポコン主人公のような彼が、生きた教材からこんな生きた学びが出来る人になってくれたなら、本当にうれしいことだと思うのです。
そんな彼らの想いは相当本物だったようで、図鑑にあった飼育ケースのレイアウトを実現しようと、翌日すみれ男子が園庭をあっちにこっちに奔走しておりました。カニの隠れ場として植木鉢なんかも入れまして、カニの遊び場のために大きな木の枝を幼稚園中探して回りました。そうして完成したカニの飼育ケースは飼育本の挿絵そっくり。よくよくここまでやったなと感心してしまいました。また本に『カニはミミズも食べます』と書いてあったのを見つけた子ども達、「みみず!みみず!」と言って畑のおじちゃんのジャガイモ畑までミミズを探しに行っておりました。
 カラカラに乾いた畑より湿った土の方がいるはずだと、彼らを幼稚園の築山に誘ってひげのおじちゃんのお世話しているプランターの裏などを探していた時の事です。腐葉土が盛られていた所をスコップでサクッと掘ってみればミミズと一緒に出てきたのはカブトムシの大きな幼虫。『老齢幼虫』と呼ばれるさなぎの一歩手前にまで大きくなった幼虫です。それを見たすみれのある男の子、「ぼく、カブトのようちゅう、4つもってる!」。日頃ちょっと控えめな彼がカブトムシに関しては自信も経験もありそうな様子。「じゃあきみ、カブト係ね」とその幼虫を入れた飼育ケースを彼に手渡しました。その子はすごくうれしそうな笑顔でケースを受け取ってくれました。また「こんな所にカブトの幼虫が一匹だけいるはずがない」とそのあたりをみんなで掘り返して探してみればあと2匹、カブトの幼虫がころころっと出てきました。また例によってカブトムシの本を探してきた僕はその子に手渡し、「勉強してね」。そこから『カブト班』の活動もこれまたスタートしたのでありました。

 やる気になったすみれ男子、やる気はいいのですがいつも誰かが飼育ケースを持ち出しあっちにフラフラこっちによろよろ。その度に「そーっと置いといてね」と言うのですが、一度上がってしまったモチベーションの中でそれはなかなか出来ない様子。サワガニやカブト君達の身体を心配しながら「神様、無事に大きくしてあげてください」とお祈りしています。でも虫を目の前に「ほら」とやれば逃げ出し泣き出していた年少の頃の彼らの姿を思い出せば「よくぞここまでたくましくなりました」とうれしい思いがしてきます。そう、彼らにはこれからもただの『頭でっかち』ではない、実体験を通して身体と心を大きく伸ばしてゆく素敵な『男子』に成長して行って欲しいと願っています。自分の心と身体と体験で得たものは、いつまでもその心に残るもの。素敵な想いとロマンをその胸に深く深く刻みつけながら。


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