園庭の石段からみた情景〜園だより1月号より〜 2014.1.24
<僕らの一万歩のマーチ>
 新しい年が明けました。明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。冬休みの間、身体を動かす機会が極端に減った状況の中で『お正月三昧』の日々を過ごしていたところテキメンに身体がなまりまして、体重もトントンと増えまして、「これはどうしたものでしょう」と考えていたのですが、とりあえずどれだけ身体を使っているかを把握するために万歩計を身に付けながら活動することを始めてみました。基本的に『データ取り』の類が好きな僕。一日を終えて身体が心地よい疲労感を感じるようになるのが8千歩位、ちょっと体がしまった気になれるのが1万歩を超えた日、1万3千歩ともなるとちょっとくたーっと燃え尽きた感じにもなる、などと言うことが分って来ました。ちなみに休日に何も意識しないで過ごすと2千歩足らずと言うていたらく。これでは身体もなまるはずです。
 幼稚園で普通に過ごしていると大体5千歩程度のものなのですが、そこから1万に持ち上げるには結構動かないとなかなか稼ぐことが出来ません。砂場で子ども達と遊んだり園庭で彼らの遊びに目を配っているだけでは意外とそんな程度のもの。そこで子ども達と一緒にサッカーをしたり鬼ごっこをしたりと、足を動かすことに意識を置きながら活動をしたならば一挙に千や2千のオーダーで歩数が伸びるのです。体重の増減に関しては食べる要因の方が大きいようで、ダイエットに関して今のところ効果は現れていないのですが、嬉しいことに食事前にはちゃんとお腹がすいてくれたりいつも以上に美味しいお酒が飲めたりと、体調面で嬉しい変化の兆しを感じ始めているところ。僕ら頭でっかちの人間は意識して体を使うことが大切なのだという事を、身をもって感じている年の初めです。

 そんな自分の都合と言うか勝手な動機付けで、活動のパターンが変わってきた僕のことを子ども達は敏感に感じ取り、いろんな子が寄って来てくれるようになりました。それまではちびっこ相手に野球をやりながら「ほら、取ってこーい!」なんて省エネモードで遊んでいたのですが、それでは歩数が稼げないと分かると自分でカキーンと打って子ども達と一緒にボールを追いかけながらあちっこっちに走り回る自走モードに切り替えました。そんな僕を見て子ども達、「今年の新先生は走ってる!面白い!」と思ったかどうだか分かりませんが、「凍り鬼しよう」だとか「『攻撃中』やろう」とか色んな子が色んな遊びに誘ってくれるようになりました。誘われても「しんどいし」なんて歳相応にうだうだ言っていた去年とは打って変わって僕も乗ってゆくものだから子ども達も大喜び。どっちが遊んでもらっているのか付き合ってもらっているのか分かりませんが、僕らの共生関係はこんな風に素敵に回っているところです。
 僕がその気になれば、まだまだステップワークやフェイントなどを駆使して子ども達のタッチをかいくぐり、牛若丸のようにあっちにこっちに八艘跳び。ウルトラマンのように3分間しかもたないのはご愛嬌ですが、ばら・もも相手ではまずまず捕まることはありません。そこにすみれも加わって『新先生包囲網』が徐々に狭められてゆき、最後は僕の「あはは、まいった!」でジ・エンド。鬼に捕まり観念するのでありました。でも凍り鬼はまだまだ続きます。一息ついたら鬼の頭越しに長い手を伸ばし、「タッチタッチ!」とリスタートを試みます。僕が動き出せば厄介な事を知っているので鬼の子ども達が二人三人とぴったり僕の足にくっついて、なかなか逃走出来ません。すみれ組ともなると照れも恥じらいもあるのでしょうか、それとも『おっさんギャグ』が既に飽きられてしまったのか、普段はこんな風にじゃれついてくることもないのですが、『凍り鬼・ハイ』のすみれさん達が幼子の様に身体ごとまとわりついて来たりして、『大きく成長してそっけない顔をしていた我が子に、もう一度関わってもらってちょっと嬉しいお父さん』の様な疑似体験させてもらっています。うん、こう言うのって大人にとっても嬉しい関わり合いなんですね。ちょっとしんどさもありますがお父さんお母さん達にしてみても、『身体を張って子ども達と遊ぶ甲斐』ってきっとあるはず。子ども達の目の輝きがきっと変わってくるはずだから。それに自分の健康の為にもなるともなれば一石二鳥で万万歳。子どもとは常に自分の成長のきっかけやがんばる糧となってくれるものなのです。

 またこうして一緒に走っていると彼らの足腰が日一日と強くなってゆくのを感じます。「疲れた!」と言ってすぐに座り込んでいた男の子がいつまでもどこまでも追いかけて来たり、走り出せば三歩目には「どったん!ばったん!」と転んでいた女の子もいつのまにか転ばすに園庭を自由に走り回れるようにもなりました。何より驚かされるのは、午後の自由遊びの最後の最後までこの子達が鬼ごっこをしながら走り回っているその姿。僕などはとうにエンプティーとなりましてとぼとぼと歩き回っているその横を、颯爽とかけぬけてゆくばらさんの姿を見つめたなら、自分のこの一歩が子ども達のたくましい一歩を育てる為にちゃんと用いられたのだと、ちょっと嬉しくなってしまいます。僕らはやがて老い衰えてゆく存在ですが、それまでに神様から与えられたこの身体を惜しみなく使い、この子達が自身の心と身体を育てる糧となれたなら、ここでこうして生きていることを神様に「よし」と言ってもらえるものとして自己肯定することも出来ると思うのです。その一歩一歩はつたない歩みなのかも知れないけれど、毎日一万歩のマーチを子ども達と共に積み重ねてゆけば、それはきっとこの子達の明日に花を咲かせるものとなってくれることでしょう。そしてそれは僕ら自身の心に素敵な花を咲かせてくれることでしょう。


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