園庭の石段からみた情景〜園だより10月号より〜 2013.10.20
<飛べ!ジャコカツアゲハ>
 季節は急にその足取りを早めまして、半袖一枚でも「暑い!」と言っていた毎日が厚手のある洋服を重ね着なんかして登園する頃となりました。十月半ばとしてはごく順当な光景なのですが、今までが暑かったところに季節の気まぐれが急展開を見せまして、僕らがついてゆけないだけなのかも知れません。それでも子ども達と一緒に体を動かし出してみたならば、「一枚、もう一枚」と着ているものを次から次へと脱ぎ捨てて、やはり元のTシャツ一枚に戻ってしまうのがおかしなところ。薄着で過ごす山仕事をしている人達を見ていれば分かるのですが、ちゃんと健康的に体を使って働いたならば、今の季節は丁度心地良く感じる季節。この時期の「暑い!寒い!」は頭だけで物事を考えて、体は出来るだけ動かさずに済まそうと言う『頭でっかち』の僕達の悪い癖なのかも知れません。そう、まずは子ども達と一緒に心と体を一杯一杯動かして、この季節の素晴らしさを共に感じてあげてください。

 そう、子ども達はこのうつろいゆく季節を遊びと共に大いに喜んで受け止めてくれています。毎朝、バスの添乗から戻った僕を待ち構えているのは、ばら組男子の虫々君達。「新先生、早くお山に虫取り行こうよ!」と開口一番でプロポーズ。少々用事を片付けたい僕は彼らに毎度おなじみのミッションを伝えます。「カエル君とカニ君のお世話をやって、お茶を飲んで帽子かぶってからお外に集合!」。普段は大人の言う事など聞きもしない子ども達が、我先にと僕のお手伝いに馳せ参じて来てくれます。まずは水槽の水替え清掃、大型スポイトを使っての替えを子ども達と共に行います。水槽の外でポンプを押して空気を抜いてから水槽の水を吸い取るのですが、子どもにはそれがなかなか出来ません。水槽の中にいきなりスポイトを突っ込んで、それからポンプを押すものだから水槽の水が派手に「ブクブクブク…」。そっと吸い取りたい糞も残餌も雲散霧消に散り果ててしまいます。「だから、先に外でポンプを押しといて、それから水の中にさきっぽを入れて手を放すんだよ」とその度ごとにスポイトの使い方をご教示するのですが、「やりたいやりたい!」と言う子ども達のみんながみんな水の中で「ブクブクブク…」。まあこれもお勉強。彼らの頭にピンと来て、上手に操作出来るようになってくれるその時まで、僕もそのセリフをずーっと言い続けることでしょう。子どもは言って分かるものではありません。人に言われた物事を自分の頭の中で再構築、自分自身で実行・実証してみせて初めて自分で理解出来るものなのです。それまで僕ら教師や大人は辛抱強く、そしてこの子達の未来を信じながらじっと待ち続けるべきものなのでしょう。それが幼児教育と言うものなのだから。そんなこの子達の珍プレーを横目で見つめながら、僕も自分のお仕事を済ませまして、さあいよいよお山へ出発です。

 ひとたび山に向かって駆け出すと僕らの声など聞こえなってしまう子ども達を幼稚園へ連れ戻す魔法の言葉が「図鑑で調べよう!」。際限なく昆虫を捕り続け、こちらのお疲れ様など気に掛けることもありはしない子ども達。ただ「もう帰ろうよ」と言っても聴く耳など寸分も持ち合わせておりません。でも「図鑑!」と言うとピピッとこっちを向きまして、意気揚々と山を下る気にもなってくれるのです。これは『自分の獲物の再評価』と言う行動が子ども達には、『採集』と言うミッションよりも魅力的に感じられるためなのではないでしょうか。子ども達にしてみればいくら捕っても毎回お帰りの時には「逃がしてやろう」と言う僕らのパターンを知っている訳で、それならば虫を捕まえることの快感や多くとることへの達成感よりも、自分の中に深く残る満足感を得たいと思うようになって来たのかも知れません。それが図鑑でその種を調べて確定すること。昆虫採集と言う遊びを続けてきた中で、子ども達は昆虫には種類と言う分類があり、同じ種類のものはどれでも同じ形態・生態をしているという事を学んだのです。という事は一杯捕まえたけれど手ぶらで帰ってあれやこれや自慢するより、捕まえた昆虫の種類を確定しておいて家の図鑑などを広げながら「今日これ、モンシロチョウを捕まえたんだよ!」とビジュアル的にプレゼンした方が効果的だと言うことが分かって来てくれたのではないでしょうか。さらに確定した後、僕と一緒にその昆虫のスケッチを描いて塗り絵をしたり、折り紙の切り絵でその虫を作って遊んだりと、そんなお楽しみもあることを覚えまして、「図鑑!図鑑!」と大喜びで言うようになってくれた子ども達でした。
 そんな僕らの図鑑フィーバーの中にありまして、ある男の子が自分の捕まえた黒いアゲハ蝶を調べ、「ジャコカツアゲハだ!」と嬉しそうに言って来ました。「おーそうか!」と僕も「そんな名前の蝶がいるんだな」などと思って聞いておりました。それから事あるごとに「先生、ジャコカツアゲハ書いて!」と言ってくるその子の指し示す図鑑の挿絵を真似ながらアゲハチョウの絵を描いてあげたものでした。そんな僕らのやり取りが何回か繰り返されたある日の事、いつものごとく嬉しそうに「ジャコカツアゲハ描いて」と言う男の子の言葉に、「やっぱり南予だよな、『ジャコカツ』なんて名前がつくってのは」と思ったのですが、次の瞬間「図鑑は全国区、ほんとにジャコカツ?」とよくよく図鑑を覗き込んでみたならばなんとその名は『ジャコウアゲハ』。あっちでもこっちでも「ジャコカツアゲハ!」と嬉しそうにのたまわってた男の子の顔を見つめながら、「ちがうじゃーん!」と大笑いしてしまいました。その日以降、「ジャコウアゲハ!」と正しい名前で呼べるようになった男の子。きっとこの蝶の名前を一生忘れることはないでしょう。そして将来昆虫学者になって新種を見つけたあかつきには、それにきっと『ジャコカツアゲハ』と名付けてくれることでしょう。やってしまった子どもの頃の思い出を永遠の真実となすために。


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