園庭の石段からみた情景〜園だより6月号より〜 2013.6.19
<続・梅雨の季節の狂想曲>
 「空梅雨だ!なんて暑さだ!」と世間が騒ぐ姿を遠く感じながら過ごしている今年の六月。幼稚園では例年と変わらず毎日全身びしょぬれの水遊びに興じたり、子ども達のために園舎に長期ご逗留いただいている生き物達のお世話をみんなで張り切りやったりしています。梅雨の雨は恵みの雨。雨の多い少ないはありますが、どんな年でも神様から与えられた命の水とその季節を、感謝をもって大事に用いながら過ごしていきたいと思うのです。確かに何より先に不平は口を切って出てくるもの。しかしそれでもこうして生かされていることを、感謝の心を持って受け止められたなら、きっと僕らには前に向かって歩いてゆくための知恵と勇気があふれるように沸き出でて来ることでしょう。暑い季節には暑い季節の、雨の多い季節の中にもそれなりの学びや生き方を、神様はいつも用意してくださっているのだから。

 ひよこクラブの為に幼稚園に集まって来てもらった日土の生き物達、『ひよこ』本番終了後のそのあとも、仲間を増し加えながら子ども達に人生を説くべく教えを給う先生役を担ってくれています。いつもなら「捕った捕った、一杯捕った!」で終わってしまうだんごむし君達。今回は飼育ケースに落ち葉と一緒に入れておいたのですが、二週間程経ったある日、ケースの底をわらわら動く白いゴマ粒達を見付けました。だんごむしの赤ちゃんです。だんごむしのフンよりも小さいツブツブがケースの中を這い回っていたのでした。図鑑では見たことのある『だんご赤ちゃん』でしたが本物を見るのは僕も初めて。「おー動いているよ」と子ども達と一緒にじいーっと覗き込み、大いに盛り上がったものでした。あんな小さな身体の中のどこに『命』が宿り、このダンゴ虫を生かしているのでしょう。子ども達にしてみれば、自分のクレヨンでは絵にも描けないほど小さな小さな体長0.5mm程のダンゴ虫。そんな彼らが動き這い回っている事に驚嘆しています。神様が創られた生命の素晴らしさを感じ感動した一瞬だったのではなかったでしょうか。これまでは『捕っては一日の終わりに逃がしてバイバイ!』を繰り返すごくごく初級編の『自然ふれあい保育』で僕も子ども達も満足していたのですが、今回いろんな事柄のなりゆきから長い期間だんごむし君達と付き合うこととなりました。そしてそのおかげでこんな感動的な実体験をも経験することとなったのです。長年ここで保育を行なっていても、神様が与え見せてくれるものは毎年毎年違います。だからこそ僕らも感動を持って子ども達とこの日土幼稚園と付き合ってゆけるのでしょう。
 また数日後、ケースの中に真っ白いだんごむしの上半身を発見。「え、死骸?共食い?」と目を疑ったのですが、すぐさまピンと思い立ち図鑑をあちらこちらと広げてみれば、「そうそう、これこれ!抜け殻だぁ」。子ども達とそのページに辿り着き、実地の現物と見比べることが出来ました。これにもみんなで大びっくり。確かに図鑑などにはダンゴ虫の脱皮の様子が写真で紹介もされていますが、僕も自分の目で実物を見るのはこれが初めて。またまた調子に乗って「オームの脱け殻だぁ」とはしゃいで見せれば、思わぬところからリアクションが返って来てました。「オームってナウシカに出てくるやつよなぁ」、それはこの間まであだあだやいのやいの言っていた男の子でした。若干3歳、こんな小さな子が『ナウシカ』を知っているとは。宮崎アニメの中でもトトロやポニョなら共感出来る三歳児もあるでしょうが、『風の谷のナウシカ』ともなれば難解で絵面も怖い上級コース。でもその中には自然との関わり方、『人との協和』の尊さと破壊の虚しさが確かに力強く描かれているのです。与えられた環境や境遇を受け入れながら、それでもたくましく生きてゆこうとする風の谷の人々の生き方の美しさ。自国の不幸を他国への抑圧・搾取によって自己満足へと転化することを目論み、自らを更なる不幸と憎しみの螺旋階段の中に陥れてしまう人々の愚かさ。これらは現代に生きる我々の生き方の選択肢を暗示しているものなのですが、そんな映画を見つめ心に留めているこの子とは「何者なのだろう?」とついついその顔をまじまじと見つめてしまいました。でもその顔をじっと見つめているうちに「さすが日土幼稚園を選んでやってきてくれた子だねぇ」とやっぱりなんだかうれしい想いで一杯になってしまったものでした。

 こんな風にあくせく生き物のお世話をしているうちに、気がついてみれば僕の周りには親衛隊がつきまして、どこに行くにも何をするにも誰かが後ろからついてくると言うなんだか嬉しい毎日となっています。「カエルのエサを捕りに行くぞ!」と言えば数人が足取りも軽くミミズ探しに参画し、水槽の水替えをしていればこれまた別のメンバーが周りに集まって来てはお世話の様子をじぃーっと見つめます。「さつまいも畑の草引きに行こう!」と呼びかければすみれからばらさんまで張り切って山への坂道を登り、畑の雑草をぷちぷちやっては誇らしげに草引きをしてくれます。僕にしてみればお世話の動機付けのつもりで毎日ちょっとずつ畑に足を運び草引きの真似事が出来ればいいかと思っていたのですが、10分程して「さあ、もう帰ろう」と言う僕に「まだやるー!」と子ども達。その心意気にはなんだか喜びと希望を感じ、この子達の顔をしげしげ見つめてしまった僕でした。そうです、この子達の想い、侮ることなかれ。みんな生まれは違っても日土に集まって来てくれた自然大好きな日土っ子達。この子達とこんな風に日土の自然と関わりながら毎日を楽しく暮らしていればこそ、自分がここに生かされている意義や意味を感じるのです。子ども達と共に日土の自然に励まされ、自然の生命に感動し、自然の小さき者達より教えを請うべく頭を垂れる。そんな豊かに与えられた人生の学びの時を、この日土の里でそしてこの幼稚園で、僕らはこの子達と一緒に過ごしているのです。


戻る