園庭の石段からみた情景〜園だより11月号より〜 2015.11.20
<帰郷W>
 秋深まりゆく十一月、幼稚園の屋根瓦の上ではこの春に北の国へと旅立って行ったジョウビタキが半年ぶりに帰って参りまして、「ヒーヒー」と声高らかに鳴いています。彼らが北へと飛び立って行ったのがついこの間のことのような気がしていたのですが、それから確かに季節は巡りゆき、春を過ごし夏を越えまた冬鳥が冬を越しにやって来るそんな季節となっていたのです。僕らは季節が移りゆくその度ごとに「暑い」だの「寒い」だの言ってはいますが、冷暖房機や衣服等の外部生命維持装置によって常に環境を適温に調整することで同じ所に定住することが出来るのです。しかし自然の中に生きる野鳥達は自分の住み心地の良い気候を追い求めて、冬には極寒となるシベリヤなどから日本へと渡って来て一冬を過ごしてゆくのです。彼らにとって本当の故郷は繁殖を行う北の大地なのでしょうが、こうしてひとときの憩いの季節を過ごしてゆく僕らの日本と言う国も、心情的には『心の故郷』と呼ぶにふさわしい彼らの桃源郷なのではないかとそんな風に思うのです。

 この週は色んな所で大勢の卒園生達と再会を喜び合えた、そんな『帰郷週間』となった一週間でありました。まずは交流会の引率で行って来ました喜須来小学校。そこではこの春卒園して行った一年生が来年度の新入児達のお世話をするべく僕らを迎えてくれまして、楽しいひとときを共に過ごすことが出来ました。「幼稚園の子達のお世話をしっかりしてあげてください」と言われていたであろう彼らは、一生懸命後輩達のことを気遣いながらお世話してくれたものでした。
 一年生達に連れられて校内探検に出かけた時のことです。日土小には度々行ったことのある僕でしたが、喜須来小学校をこうして端から端まで巡り歩いたのは初めてのこと。来入児達以上に各部屋を覗き込んでは「へー」「ふーん」と見聞を深めて喜んでおりました。授業を受けていた各学年の日土幼稚園卒園生も「あー」と懐かしい知った顔に手を振り笑顔を送って来てくれます。「小学生の勉強のおじゃまにならないように静かに見学してください」と言われて出かけて行った来入児御一行だったのですが、引率者が一番その場をざわつかせてしまったそのバツの悪さを感じながらも、いつの間にか大きく小学生らしく成長していた彼らとの再会を嬉しく受け止めていた僕なのでありました。二年生から六年生まで各学年の中に見つけ笑顔を交わした懐かしいうちの卒園生達。彼らの卒園後に進展のあった僕の末遅い結婚やついこの間授かった我が子のことを聞きかじっていたのでしょう。「先生、いま幸せですか?」なんて冷やかしの声をかけて来た高学年の男の子もありました。立派な口をきくようになったその子の顔を見つめながら「幼稚園ではいつも口をとがらせてちゅうちゅう言ってたのに」なんて思いながらも、「あー、これもあのちゅうちゅうの進化系か」などと思い思わず笑ってしまいました。そんなこんなの久方ぶりの再会をこんなにまとめてさせてもらったこと、そしてこの子達の素敵に大きくなった姿をこうして見せてもらったこと、本当に神様に感謝でありました。
 来入児の子ども達と一緒にお昼のお弁当を食べ終えた頃、僕らは校庭に遊びに飛び出してゆきました。こう言う場合、慣れない場に不安を隠せない来入児の子ども達が引率の先生の元に群れて来て、結局仲間内ばかりで遊ぶこととなるのが定石なのですが、僕の周りに集まって来るのはなぜか一年生達ばかり。最初は卒園生の子達が集まり追いかけっこをしながら遊んでいたのですが、段々と面識のない子達がその輪に加わり出しまして、大勢での追いかけっこ合戦となってしまいました。クラスメイトが『タメ口』で嬉しそうに遊んでいる大人(僕のことですが)を見ながら、「このおじさん、ちょっと面白そう」と心の垣根を乗り越えて僕のところにみんなもやって来てくれたのでしょう。そのハイテンションは保育所や他園の来入児達にも伝わって、みんなで校庭で大はしゃぎをしてしまったのでありました。「うちの子達のこと、よく見ておいてくださいね」と言われて来ていた僕は、駆け回りながら日土の子達の姿を探し求めます。その子達の方へ逃げて行って「たすけてー」とSOSを送ったならば、その子達も追いかけっこに参戦し僕を援護してくれて、みんなみんなで楽しめたそんな自由時間となりました。その追いかけっこの輪の中に、日土幼稚園に一年だけ来てくれてその後保育所に行くことになった子を見つけた僕。「僕を覚えてるの?」と聞けば「うん!」と答える男の子。逃げる僕の足にすがりついて来たり調子に乗って「かんちょう!」なんてやってみたり、一年半のブランクを全く感じさせないような彼のイノセンスに大きな感銘を受けたものでありました。でも当時の気難しさは全くもって影をひそめ、「立派に大きくなったんだね」と彼の成長に陰ながら喜びを感じさせてもらった僕なのでありました。
 ピンチヒッターで出かけて行った交流会、最初は気後れしていた僕でしたが、教え子の子ども達に救われて何とか代役を果たして帰って来ることが出来ました(引率の先生としてのお役にたったかどうかは分からないのですが)。帰り際に名残惜しそうに何度も「バイバイ!」と手を振ってくれた卒園生達。社交性のない内弁慶の僕に素敵な体験と記憶をプレゼントしてくれた、そんな一日となりました。

 金土日を挟んでの月曜日、今度は青石中学の二人の二年生が職場体験学習と言うことで、幼稚園にやって来てくれました。そのうち一人が卒園生。「人とコミュニケーションを取るのが苦手なので、今回、子ども達や先生と取れるようにがんばりたいです」と言ってやって来てくれた彼女。ほよよんと可愛らしかったあの面立ちがいつの間にか綺麗な女の子になっていまして、最初見た時には「だれ?」って見つめ直してしまったほどでした。アンパンマンが大好きで、アンパンマンになりきって、「しょれー!ゆるしゃないじょー!」と僕に戦いを挑んできたそんなばらちゃんだったのに。そしてちょっと物心がついたすみれの頃には『もじもじちゃんの女の子』になっていた彼女でしたが、そんなところはあまり変わらないように見受けられた再会のファーストインプレッション。『そんな自分を変えるチャレンジをしたい』と言う彼女のハードルの高そうな志願理由に、「いやなものからは泣いて逃げていたあの女の子が」とその想いにおける成長を大いに感じたものでした。
 しかし『想うこと』を『体現すること』のいかに難しいことでしょう。二人の中学生の実習はカチンコチンの緊張の面持ちの中に始まりまして、なかなか子ども達の中に入ってゆくことが出来ません。相手の固さを感じ取った子ども達も「さて、どうしたらいいものか?」と言う感じの当たらず触らずの距離で彼女達を見つめています。そんな状況を打破してくれたのがいつもは無茶苦茶やっては先生に叱られている男の子。何の遠慮もなくお姉ちゃんに「あれして!」「これして!」と手を引き抱きつき引っ張り回しながら、何でも言うことを聞いてもらってご満悦。『我が道をゆく強引男』と『尽くすタイプの女の子』の妙がそこには成立しているような気がして、思わず笑ってしまいました。でもその強引さが彼女達を救ってくれたのですから、彼も良い仕事をしたと言っていいのでしょう。子ども達に喜んでもらえることに喜びを感じ、また子ども達が何を求めているのかをちょっとだけ分かるようになった彼女達。次の日から子ども達に対する態度に変化が見られ始め、最後には自分から声をかけたり子ども達のおしゃべりににこやかな笑顔で受け答えしているそんな姿も見受けられるようになりました。今回、彼女達の『保育に携わる仕事を体験してみたい』『人と上手にコミュニケーションを取れるようになりたい』と言う自己研鑽のためのチャレンジはきっと不完全燃焼で終わってしまったことでしょう。3日間でその極意や醍醐味を味わうには彼女達にとってはあまりにも大きなテーマだったから。でもきっとそれでいい。今の自分では全然歯が立たなかったことがらや、そんな自分でも何かが出来たと言う手応えを、感じる場となってくれたならきっとそれでいいのだから。ここから全てが始まるのです。自分に足りなかったスキルをこれからどうやって手に入れてゆくかを考えてみたり、子ども達に投げかけ「これ、イケるかも」と感じた自分らしさや得意なものをどう伸ばして行ったらいいのかを模索しつつ自分の未来について考えてゆけたなら、これは体験学習としての立派なアウトプットになるのだと思うのです。最後に僕らに見せてくれた、彼女達の目の輝きが「これからこの子達はきっとやってくれるだろう」と言う期待を嬉しい想いと共に感じさせてくれました。幼稚園の頃から決して器用であったり要領が良かった訳ではなかった女の子と、彼女が選んでここに連れて来てくれたお友達。『お互いに似たところのあるが故に気の合う仲良しのおふたりさん』であると言うことはちょっと見ただけでも分かります。だからこそ二人でここで得た体験を礎にして、励まし合いながら支え合いながらがんばって行ってくれるであろうと、また8年後くらいの彼女達の未来の姿を今から想像してしまうのです。学校を出た二十歳過ぎの素敵なお姉さんになっているはずの彼女達。まだまだ駆け出しでありながら、毎日思うようにならない子ども達を相手にしつつ、そんな子達の想いを優しく受け止め受け入れてあげられる彼女達のお得意な『受動的コミュニケーション術』で大人気の先生になってくれていたらいいななどと妄想してしまいます。でもそれが僕らの目指している『キリスト教保育』を体現している最も素敵な保育のスタイルなのかも知れません。決して一斉指導なんかは得意でなく、仕事の要領も良くなくて毎日四苦八苦しているかもしれないけれど、子ども達からしてみれば一番素敵な先生になる素質と可能性を一杯に秘めているのが彼女達なのかも知れないと、ふとそんな風に思った僕なのでした。

 今回の体験学習にはおまけがありまして、八西TVで実習を行った男の子二人が取材と言うことで幼稚園にもやって来てくれました。それがやはりその年回りの日土幼稚園の卒園生。明るく爽やかに受け答えしインタビューをしていた男の子と、実直にしっかりとカメラを構え一生懸命撮影をしていた男の子。それぞれに幼稚園の頃の性格と身の振る舞いがそのまま素敵に大きくなっていて、そんな姿を僕らに見せるためにここに帰って来てくれたようで、これまた嬉しくなってしまいました。あっという間にやって来て、さっと帰って行った彼らでしたが、そこで交わした一言二言と、そして懐かしいでもちょっと大人びた彼らの素敵な笑い顔が、この八年間を真っ直ぐに育って来てくれたことを言わずもがな僕らに告げ知らせてくれているような気がして、嬉しい想いに満たされたそんな再会でありました。僕の関わった日土幼稚園の中で一番人数の多かったあの年回り。転園して行った子達も含めて色んな子ども達がここに通い、色んな小学校へ巣立って行った年でした。そんなあの子達がこの年に何人も自分達の育った幼稚園を覚えて帰って来てくれたこと、一学期に別の中学の体験学習で帰って来てくれたあの二人も同じ同級生だったのですが、それは僕にとって本当に嬉しく大きな手応えを感じさせてくれるものとなりました。これもきっと神様からのご褒美プレゼント。段々と園児が減りこの地で幼稚園を続けてゆくことが厳しくなって来ているこの時代、色んなことで心くじけそうになってしまう僕らに、僕らが守ってきた『一人一人の子どものことを大事に思うキリスト教保育』それこそが、確かに未来をつむぎつないでゆく大切な業であると言うそのことを、神様がここでもう一度指し示し励ましてくださっているのだとそう思うのです。今の在園児の子ども達も巣立った後、自分の想いを持って「またここに帰って来たい」と思い願ってくれるような、そんな保育を僕らは続けてゆきたいと思っています。それが神様の御旨にかなうことをただただ信じ祈りながら。


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