園庭の石段からみた情景〜夏の書き下ろし1〜 2015.9.8
<暇こそ無限の可能性>
 今年の夏は梅雨明けが遅れたそのせいか、例年に比べて比較的過ごしやすい『夏の入り』となりました。でもその散々待たされた鬱憤を「えいやー!」と晴らすかのごとく、梅雨明けと共に暑い暑い夏がやってきたのでありました。各地で真夏日や猛暑に関する記録が連日のように更新されまして、声高に『気象観測史上一番暑い夏』と謳い囃されたものです。そんな日々の中にあって、『屋根の大きな屋敷造り』と言う夏を快適に過ごすための当時の技術の粋を極めた建物であったろうこの日土幼稚園の母屋園舎で、僕はお預かりの子ども達と『物のなかった頃』のような、でも時間だけは一杯あった、昔ながらの『僕らの夏休み』を謳歌したのでありました。

 夏休みの預かり保育は長丁場。特に午後4時までいる子ども達との時間の使い方にあれこれ思案をするものです。一学期には『恐竜ブーム』でひと盛り上がりした僕ら『自由製作チーム』。ダンボールに巨大恐竜を描きまして子ども達が見上げるほどの恐竜達が闊歩する『恐竜ランド』を作って遊びました。でもどんなに大きくても所詮絵は二次元です。コピーや模写が出来るために生産性は高く、それを元にして子ども達と展開する製作課程は比較的容易なものなのですが、『それを手に取って用い遊ぶ』と言う遊びに展開・発展してゆくそのためにはもう一つ魅力が足りません。前回の恐竜製作で唯一『2.5次元』だったプテラノドンは頭の部分だけ展開図を折り上げて立体にした『半3D』だったのですが、これが子ども達の一番人気でした。この翼竜を手にしては羽をバタバタさせてみたり、口を「カオカオ!」言って動かしたり。そんな遊び方が出来るこの立体物は他の『壁画恐竜』よりもやはり秀でていたのでしょう。そんな想いがあってずーっとそんなものが作れないかと色々イメージシミュレーションをしてみたりしていたものでした。
 ある時、子ども達と恐竜の図鑑を眺めていたら、ふと新聞紙がイメージの中に浮かんで来ました。二歩足で直立するティラノザウルスを具現化する一番のネックは『こいつを立たせる』と言うことに尽きるのですが、幸い『こいつら』は恐竜です。二本の足だけでは到底立つことなど出来ないでしょうが、彼らにはそれを支える大きなしっぽがあるのです。早速新聞紙を一枚取り出しましてくるくると丸めながら足の形に成形してゆきます。最近の僕の製作の多様性を支えているのは透明梱包テープです。その成形されたにしてもまだほわほわの新聞紙の塊を、梱包テープでテーピングをしてゆくようにぐるぐる巻きつけ補強します。これが昆虫のようないわゆる『外骨格』を形成するのです。そうして二本の足と大きなしっぽをパーツで作り、それをまた梱包テープで貼り付けながら恐竜の『下半身』を作りました。その思惑が見事に当たり、その『三本足』は確かに直立したのです。そうなればこちらにも勝機は見えてきます。後は段々と上に上にパーツを作っては貼り重ねてゆきまして、とうとう立派なティラノサウルスが出来上がったのでありました。実際の絵よりかなり寸胴で肩幅が広くなってしまったり、足も骨盤の横に取り付いているはずなのが真下に向ってすらっと伸びていて、ちょっと恐竜っぽくないのですが、まあそこはそれ。新聞紙で立体のティラノサウルスが出来たことには変りません。出来不出来はともかく一緒に作ったお預かりの子は、うれしそうにそれを持って帰って行ったのでありました。
 それから夏休み前半の僕らの預かり保育は恐竜作りが午後からの課題となりまして、図鑑を見ながら子ども達の言う「これ!」にあれこれ挑戦して行ったものでした。お次は四つ足恐竜のトリケラトプスやステゴサウルス・大きな体のブラキオサウルスなどなどに取り組んでみたのですが、これは四つ足だけあって自立させることが比較的容易。そこまでの僕らの恐竜製作の熟練度とあいまって、かなりそれっぽいものが出来上がって行ったのでありました。子ども達には中に詰める新聞紙をくしゃくしゃやってもらう工程や出来上がったものに模様や色をつけてもらったりするお仕事をお願いしまして、共同制作の『僕らの恐竜達』が次々と完成して行ったのでありました。一体作るのに所要時間は約30分。午後まで残っている子どもが平均二人だといたしまして、彼らと一緒に二体ずつ作って行ったならそれだけで2時間は潰せます。それ以上に預かりの時間はあるのですが、一日の恐竜製作能力はそれがまあまあ精一杯。モチベーション的にも飽きてくるし体の方も段々だるくなって来ることもありまして、それ位のペースで作り上げて行ったのでありました。
 でもでも僕らの製作遊びはそれだけでは終りはいたしません。子ども達はそれらを手に手に『対戦バトル』で遊び始めたのです。これは今時流行りのカードゲームの派生形なのでしょう。それぞれ手持ちの恐竜から対戦相手をエントリーさせて、自分達の考えた得意技や戦闘パターンでつばぜり合いさせて遊ぶのです。それにしてもいつもは画面上でやっている対戦バトルを、自分の手先指先に握り締めた恐竜を縦横無尽に動かしながら、あーだこーだ言っているその姿がなんともうれしそうに見えたものです。この辺がバーチャルゲームと一味違う所なのでしょう。ルール設定や双方のお約束がきちんとされていないバトルゲームでありますので、それぞれの独りよがりのそのためにバトルが成立しないこともしばしばありはするのですが、そこは僕も交通整理を買って出まして『譲って譲られて』を促しながら、互いの想いを満たせる遊びをみんなで作り上げて行ったのです。そんな遊びで一時間程を楽しんだ彼らは、これまた大きなお土産を抱えながら、満足そうに帰って行ったのでありました。

 お盆休みを挟みまして、また久しぶりに預かり当番に出て来た僕。子どものためとは言いながら、前回は恐竜オブジェを作ると言う自己チャレンジを楽しんでいたところもあったのでしょう。また同じものを作るとなると「なんだかなー」という想いもして来ます。それは子ども達も同じだったよう。『新聞紙恐竜製作』に触れると「もう持ってる」とあまり食いついても来ない様子。そんな時、おやつに食べたゼリーのカップをふと眺めながら思いついたのが「魚でも作ろうか」。目の前の水槽の中を泳ぐ鯉が目に入り、「これ作れるんじゃない?」とまた彼らと一緒に作り出したのでありました。なるほど今度は立つ必要がありませんから造形は楽ちんお手のもの。水槽の鯉を見つめながらヒレの位置や形・うろこの模様などなどなど、そこに自分なりの表現を重ねて行った子ども達なのでありました。出来上がった鯉を見つめながら「じゃあ次は?」尋ねれば、「これこれ!」と水辺の生き物の図鑑を持って来ました、男の子。その中からとあるページを開きまして僕に見せてくれたのはザリガニでした。これも恐竜の口を作った時と同じように、リンク部でつながるように二つの部位に分けてハサミを作ったなら、いかにもチョキチョキ出来そうなそんな腕が出来ました。後は海老っぽく造形を重ねて行って、ちょっとロブスターのようなそんなザリガニが出来上がったのでありました。これでまたバトルを始めた子ども達。今度のステージは水の中のようでしたが、これまた『3Dオブジェ』を嬉しそうに抱えながら、あれやこれや言いながら仲良く遊んでいたものでした。
 さてさて僕らの『新聞紙製作アート』は更に発展を遂げてゆきまして、次に彼らは昆虫図鑑を持って来ました。その中の『世界の昆虫』と言うページを開きまして、子ども達に大人気のアトラスオオカブトだとかヘルクレスオオカブトだとかを指さします。たかがカブト・クワガタムシなのでありますが、角の数やら形やらそれぞれに微妙な特徴を持っているそんなものを新聞紙で作ろうと言うのです。「そんなの新聞紙で出来るの?」とちょっと引いてしまっている僕をよそに、早速部品を作り始めた子ども達。「これは角が何本あるから・・・」とこつこつ角を作り始めたのでありました。その本気さに気おされながら、僕も角や大あごの造形を図鑑や彼らの描いた設計図から読み取って、それらの形を再現してゆきました。ちょっとそれっぽく出来ると「どう?」と嬉し顔で承認を求めるまったく大人げのない僕。そんな僕の想いを知ってか知らでか、「おー!すごい似てる!」と大いに賛同してくれる男の子。これで僕のやる気にまた火がつきました。彼の設計図には「この方が強そうだから」と言う『創造の要素』が大いに入っていたのですが、その絵をよくよく見つめながら僕らは彼の創作カブトムシを具現化して行ったのでありました。

 そんな夏休みを過ごしてきた預かり保育の最終日、僕らは最後の大作に挑むこととなりました。金色風の黄色に彩られ、大きなあごをたくわえたその名も『ナンベイオオキバウスバカミキリ』。同じ甲虫目ではあるのですがこちらはカミキリムシの仲間です。そのあまりに立派な大あごを見て、彼はこのカミキリにひどく執着してしまったようなのです。その子が言うには「これが一番強いんよ」。この虫達が異種目格闘をしていたテレビ番組などを見たと言う訳でもなく、科学的根拠がある訳でもなく、でもそれが彼のインプレッションだったのです。なるほどこの大きくて立派な大あごをもってしてみれば、コーカサスだのヘルクレスだのの大型カブトムシだってやっつけられそうな気がしてきます。そう言えば僕も子どもの頃、「カブトムシとクワガタムシ、どっちが強い?」と聞かれて「クワガタ!」と答える少年でした。相手を挟み攻撃することの出来る『大あご』と言う武器を持ったクワガタに対してカブトムシの一本角は無力のように思えたものです。実際には生き物の世界ではウエイトがものを言いまして、樹液争いの現場でも体が重く力の強いカブトムシがクワガタの腹を下から角ですくい上げて投げ飛ばしてしまうので、カブトの方が強いと言うのが定説です。でも彼にしても昔の僕にしてみても男の子と言うものは、ギミック言うか機構的なアイテムこそが素晴らしいと感じてしまうようでして、似たもの同士の発想に思わず笑ってしまいました。
 さて、そう言う訳でこのカミキリムシ作り出した僕らでしたが、この大あごをダイナミックに表現したいと思って作っていたせいでしょうか、相当大きなあごが出来てしまいました。全体のパースを見ながらその他の部位を作り、全部をつなぎ合わせてみたならば、全長1mの超巨大昆虫が出来上がってしまったのです。その子の背丈ほどもあるカミキリムシにまんざらではない顔でにやけ合った僕らなのでありました。その出来栄えにちょっと下心を出してしまった僕は彼に、「これ、今日置いてってよ。ひよこさん達に見せてあげたいから」と持ちかけます。「えー」って感じのリアクションの彼をなんとか説得いたしまして、その日は置いて行ってもらったのでした。数日後のひよこクラブに登場したこの巨大カミキリは『大きなクワガタ虫』とみなされてはしまったのですが、それに致しましても大人気の内に迎えられ、ひよこちゃん達を大喜びさせてくれたものでした。後で彼に「みんな喜んでたよ」と囁いたなら、「知ってるよ」と涼しい返事。「だってうんていの上から見てたもん」。そうです、自分の大事なカミキリムシの事が気になっていた彼はホールの外からそーっと覗いていたのです。そして小さい子達が喜ぶさまを見て、僕らの自由製作の価値と意義を感じてくれたよう。これまたうれしそうなまんざらでない顔で笑ってくれたのでありました。そう、僕らの暇つぶしの自由製作がこの子達の感性をたおやかに伸ばしてゆくさまを見つめていると、「暇つぶしもまんざらじゃないな」と思えてくるものです。暇な時間こそを如何に過ごすか、そこで子ども達と何を体験し何を成し遂げるのか、それが僕らの課題なのです。暇こそが子ども達の無限大の可能性を育てる時間なのです。自分の想いを具現化する成功体験それこそが、この子達にとってなによりの学びの場となるのだと、僕はそう信じているのです。


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