園庭の石段からみた情景〜園だより10月号より〜 2016.10.28
<運動会の置き土産>
 今年の秋はなかなかに気難しいようであります。明け方突如として舞い降りて来た冷気に「これは風邪ひきそう」と思って目が覚めることもしばしば。それを受けて何枚も重ね着をして幼稚園にやって来たならば、昼間は日影を探して回るような夏の陽射しに苛まれ、汗をかきつつ脱ぎ着をしています。でもでもきっと子ども達にはこの気候がなんとも心地良いのでしょう。行事続きの合間の平日、「お散歩に行きたい」と先生に甘え顔でおねだりしたり、お昼時に「お外で食べたい!」とおとなりのクラスを誘ってはピクニック気分を大いに満喫しています。先生達も行事の後のお絵描きや次に向けての準備をしたいところではあるのですが、そんな子ども達の想いを受け止め応えてくれるので、先生達との友好関係も上々でご機嫌気分の子ども達。そんなゆるーい日常のたたずみの中、『ここまでがんばって来た自分』に対する満足感を大いに味わい反芻している子ども達なのでありました。

 幼稚園や学校における運動会・発表会などの『行事ごと』の目標は、個人個人の課題設定とそれを受けての『未知なる自分へのチャレンジ』に対するモチベーションの啓発です。『がんばっている自分を、誰かがちゃんと見てくれる場』と言うものは本当に心の糧となるものです。日頃、事有る毎に議論を挑んでみるものの決して口では勝てないお母さん達が、その時ばかりはちゃんと自分のがんばりを受け止め賞賛してくれると言う『大いなる成功体験』が子ども達の次の努力へのモチベーションとなるのです。普段は話し言葉の少ないなんともゆるーいこの僕が、幼稚園の合同礼拝や子育て講座・ひよこクラブなどではギアが上がり饒舌になれるその訳は、『ここではみんなが僕の言葉を聞いてくれる』と言う安心感があってこそ。僕が紡ぐつたない言葉の端々から、「それは違う!」と一つ一つひっくり返されてしまうならば、きっとまた無口な僕に逆戻りしてしまうことでしょう。それを論破する気力も根性もない僕を支えてくれているのは日土幼稚園のお母さん・先生・子ども達の優しさなのです。だから僕はこの幼稚園が大好きで、この幼稚園のためにみんなの想いを満たすために、一生懸命働きたいと願うことが出来るのだと思うのです。まるで子どものような僕ですが、逆に言えばそうして『受け止められること』によって子ども達が自らの想いとモチベーションを生き生きとしたものに昇華出来ると言うことを知っているのは、きっとそんな僕だからこそ。この『その気とやる気』こそが生命線の僕と子ども達をこれからも優しく見守ってください。
 そんな子ども達の想いですが、行事が一つ終わればその後の想いの持ち方にその子毎の個性が表れて見えるから、なんとも面白く思えて来ます。運動会に至るまでの過程において『跳び箱のコツ』を掴んだすみれ女子。跳べるようになってみたり跳べなくなってしまったり、紆余曲折もあったのですが『がんばれば出来る自分』に対する自信をしっかり掴んでくれたよう。運動会が終わってから「6段跳びたい!」と先生に申し出て挑戦を繰り返したその結果、見事に6段が跳べる様になりました。これに大いに喜び合ったまあや先生とすみれ女子。なんか『学園モノの感動ドラマ』のようでして、素敵な情景を一緒に見せてもらった僕らも思わずほっこりしてしまいました。でもこの『成功物語』の舞台が運動会本番でなかったところにこの子達にとっての大きな学びがあったと思うのです。勿論本番で最高段が成功すると言う出来過ぎたストーリーがあったなら、指導をして来た僕ら教師や『我が子の成功』を大舞台で見ることが出来た親としての虚栄心は大いに満たされるものとなったのかもしれません。でもそれが園の備品における『最高段』と言うことで、それ以上の挑戦や努力には決してつながらなかったと思うのです。出来ていた5段跳びが本番直前で出来なくなって、あれこれあがいてがんばって、本番で再び成功させたと言う喜びは、最初から苦もなく6段を跳べたと言うストーリーよりもはるかに重みと価値のある成功体験になったと思うのです。しかもそれには夢の続きが待っている。5段を跳べるようになったことが『次は6段!』と言う想いを彼女達に芽生えさせ、それに対する努力も惜しむことなくチャレンジさせるものとなりました。今度は『お客さんが見ていてくれるから』と言う不純な動機は一切そこにはありません。ただただ『ここまでがんばれるようになった自分』を信じて『もう一段上の未知なる自分への本気チャレンジ』を自らの想いをもってやり遂げて見せてくれた彼女達なのです。これは本当に偉かった。この自分自身の想いに基づく自己課題設定とそれをやり抜いた精神力は、今後この子達の人生において大きな糧となってゆくことでしょう。『私はがんばればできるんだから』と。何事に対しても自ら立ち向ってゆけるそんな素敵な人になって行ってくれることと思います。

 また下のクラスの子ども達もそれぞれの課題を掲げながら、もうひとつ上の自分を目指してがんばってます。『とりロック』であれほど盛り上がったもも組さん。でも今のこの子達、特にまた女子なのですが、彼女達がすみれのダンス曲御執心。すみれさんがかっこよくフープを回していたあのダンスパフォーマンスがどうにも忘れられないようでして、「お次は私達の番!」と言わんばかりに嬉しそうに踊っています。それがまたもうひとつ下のばら・たんぽぽさんにも伝播しまして、彼女達も幼児体型のお腹を一杯に突き出して腰をふりふりやっているからなんとも可愛いじゃありませんか。『憧れが原動力になる』と言うモチベーションはどうやら女子の方に強く現われるもののようです。
 最初はこのダンスがやりたくって「すみれの曲かけて!」とおねだりしていたこの子達だったのですが、段々とお目当てがダンスからフープ回しに移行して来たようでして、ダンス曲が終わって次の曲に移っても今度はそれに合わせてフープを回し出しました。『BGMさえ流れて来たならなんでもござれ』って感じの彼女達に思わず笑ってしまいました。そこから火がついた彼女達の『フリースタイル・フープブーム』。『何回まわせたか』を目標にがんばっている子がいたかと思いきや、「私は2個!」「私は3個!」と『何個のフープを回すことが出来たか』に課題を置く子もありまして、見ている僕らを飽きさせることがありません。それに負けじとすみれ女子も参戦して来て『フープの6個回しに挑戦』なんて子までも現われたりと、子ども達の愉快なパフォーマンス大会がエスカレートして行ったのでありました。

 さあさあ、この子達の『スポーツの秋モード』はまだまだそれからも続きます。もも組さんが運動会プレゼントでもらった縄跳びの導入として、ある日の自由遊びの中で長縄跳びに挑戦してみた僕と子ども達。突然やって跳べるものでもないのですが、その気にさせる秘策といたしまして、縄を回す方が徹底的に相手に合わせる『カスタム回し』でみんなを跳ばしてあげました。子どもの跳び方をじっと見ながら、足が空中に浮いている間に素早く縄を通過させるのです。その子達のリズムの取り方『ひと跳び・ひと跳び』に合わせながら縄を回してあげたなら、跳べなかった子ども達も5回とか10回とか軽々と跳んで見せてくれます。それはそうです、跳べるように回してあげているのだから。しかしそれが故に回す縄の速度が足元を通過する時だけ早くなってしまうのがこのカスタマイズの難点です。子ども達の足が宙に浮いているわずかな時間の間に縄を通過させてしまわなければならないのでそうなってしまうのです。子ども達はただただ同じテンポで『トントン・トントン』と跳んでくれていたらいいのですが、そのスピードに「回す速度が速くなった」と錯覚してしまうよう。子ども達のトントンの二拍子跳びがいつの間にか『トン・トン・トン・トン』の一拍子跳びになってテンポが更に高速化してゆくのです。それに対応しようと回す方ももっと速さを上げるものだから、最後には競技縄跳びのダブルダッチのように通常の3倍もの速さで跳ぶことになってしまうのでありました。それで自滅してしまう子の多いこと。どんどん上がってゆくスピードにびびってリズムを崩してゆく子が多いのはすみれさん。自分に自信がないせいか、自分の中に確固たる理論を持てない故か、最後にはえらいギクシャクした跳び方になってしまい僕もそれに対応出来なくなってしまうのでありました。そんな中、体感的に『この速さでずっと跳んでいればいいんだ』と言うことを感じ理解出来たのはもも組の子ども達の方でありまして、面白いようにトントントントン跳び続けて20回30回と記録を伸ばして行ったのでありました。これにはちょっとびっくりさせられた僕。考える前に身体が動くタイプのももさん達。この運動の中における規則性をイチ早く感じ取って自分のものとすることが出来たのかもしれません。そのことがよっぽど嬉しかったのでしょう。「おんなじ速さで跳んでいればいいんだよ!」と友達に得意げに教えてあげていた男の子。大きな身体のその故にリズムやテンポのある運動をあまり得意としていないその彼が、跳べた自分に大いに自信を持ってくれまして、何度も何度もやって来ては「また跳ぶ!」と挑戦してくれたのでありました。しかし直感的に感じたコツであったが故でしょうか。数日おいて、も一度挑戦した時には3回とか5回とかそんな低調なスコアーに。それが彼のやる気を削いでゆき、縄跳びから遠ざかって行ったその男の子。やはり『鉄は熱いうちに打て』と言うのは鉄則なのでしょう。導入は上手く行ったのに、そこからもう一歩先に行けなかった僕と彼。でも今度はどんな導入で彼を『やる気』に食いつかせるか、あれこれ面白そうなものを探しながら次なる作戦の草案を立てている僕なのでありました。
 逆に成績を徐々に上げて来たのは真面目なももの女の子。最初は数回しか跳べなかった彼女でしたが、その子のすごいところは絶対諦めないと言うところ。みんなが飽きて来て、段々と縄跳びから遠ざかってゆくような段になってもその子はひたすら僕に食いついて来て、とうとう40回と言う大記録を打ち立てて見せてくれたのです。やはり真面目さに勝るものはありません。これまでもその『ひたむきさ』のおかげで色んなことを体得して来たその女の子なのですが、またもう一つ自分に自信をつける得意技を手に入れることとなったのです。そんな彼女、お次は自分の縄跳びを引っ張り出して来て、今度は一人縄跳びに挑戦中。これまた1回2回のところから始まった彼女の『縄跳び修業』だったのですが、あきらめない彼女はこちらもまた順調に数を増やして行っているところです。
 そんな彼女に感化されてか、すみれ女子も縄跳びに熱が入って来た様子。そのすみれ・ももの『がんばり女子』の姿を横目に見ながら僕らの視線を感じると「凍り鬼しよう!」と仲間を集めその場からすーっと遠ざかってゆくすみれ男子。いかにも分かりやすい『現実逃避』のその姿に、「この子達のその気を引き出すものは何かいな?」と探りを入れつつ、こちらもまた作戦を考えつつあるところの僕なのです。

 「やれ!」って言われてやるのもやらせるのもイヤな僕。この子達の気持ちは自分のことのようによくよく分かるその故に、『この子達のモチベーションを上げる成功体験と賛辞の栄誉』の種を探しつつ、深まりゆく秋の日々を過ごしている今日この頃。これは僕らがどんなに考え企画立案してみても、必ずやその通りになるものではありません。でもその種を探しながら子ども達に向って種まきしなければ、勝手に芽が出るものでもありません。種を撒き、お世話をしつつ手入れして、そのつたない行いが神様に用いられることを祈り信じるだけの存在の僕達は、その実りを見つけた時には子ども達と共に心から喜んであげる、そんな大人であり教師でありたいと願っています。それが子ども達そして僕らの何よりの心の糧になるのだから。


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