園庭の石段からみた情景〜園だより11月号より〜 2018.10.30
<むしのたまわく…の人生訓>
 台風の影響で一日延期となった運動会をやり遂げて、それから残りの毎日は『お楽しみMONTH』となりました十月の幼稚園。子ども達・先生達は毎日何かしら面白いことを思いつき、楽しみと喜びの内にその想いを体現して見せてくれた、そんな日々となりました。でも『では運動会がなければ子ども達はこの秋の季節をもっと自由に遊び得たのか?』と問われれば、それは違うと思うのです。『運動会』と言う設定が与えられ、その課題に取り組む内に自分の未達・友達や先輩のすごさに気付かされ、上を向いて歩いて来たこの一か月。運動会が終わってもう誰も「もっとがんばれ!」と言わないこの状況下にあっても、子ども達は自ら「やりたい!」とリレーごっこで一喜一憂し、他クラスのダンスナンバーで素敵なパフォーマンスを見せてくれています。またもも組さんは縄跳びの一人跳びにも挑戦し始め、この間運動会でやっとすみれが跳べるようになった前跳びを、まだたどたどしい姿ながらも「私も出来る!」とそんな顔でがんばっています。さすが年長と共に暮らしている年中児。志と自己評価の高さは素晴らしいほどに高いこの子達なのでありました。
 そんな中、あれよあれよと言う間に上達してゆく子ども達の姿を見ていると、「やっぱり運動会ってゴールじゃないんだよね」と改めて思わされるのです。子ども達は未知なる挑戦に対しては大きな不安をいだくがゆえに、運動会に向かってゆく過程では度々「できん!」とか「やらん!」って想いにもなってしまいます。でも運動会をやり遂げて『これだけやったらここまで出来た』と言う自分自身の成功実績から、『もうちょっとがんばれば、きっとあそこまで出来るはず』と言うサクセスストーリーを描けるようにもなるのです。またそこに至るまでのがんばりとストーリーを下の子達に対して身を持って体現して見せてくれる年長さんの姿が、後輩達の「私もあれやりたい!」と言う憧れと「私だってあれ出来る!」と言う根拠のない自信とを生み出して、この子達の想いと身体能力を更に更に伸ばして行ってくれているのだと思うのです。行事で押せ押せになってしまいがちなこの季節、でも運動会本番を終えてのこの豊かに過ごす反芻の時こそが、この子達にとっての大きな大きな成長・そして学びの時となるのです。傍から見れば自由気ままに遊んでいるだけの子ども達のように見えるかも知れませんが、そこでは彼らの自己啓発が日々繰り広げられているとても豊かな学びの時となっているのです。

 先月の園だよりで『カニに触れない子ども達』のお話を描いたのですが、この子達の『バイオライフ』にも格段の進化がありまして、あれから毎日のように驚かされています。あの文章を読んでくださったリアクションのようにふとした折に、「カマキリに触れるようになりました」なんて言う言葉をお母さん達からも聞かせていただいて、この子達のたくましい急成長を嬉しく感じさせてもらっています。また子ども達自身もショウリョウバッタやオオカマキリを見つけては、上手に手の甲に乗っけ救い上げて、誇らしげに僕の所に見せに来てくれます。こんな様子を見ていると、ご家庭で『虎の穴』のようなスパルタ特訓があったとも思えませんが、きっと日常の関わり合いの中で想いの投げかけなどはしていただいたのではないかとちょっと嬉しくなってしまいました。たかが虫に触れたところで何の得になるものでもありませんが、しかしこの日土と言う土地で自然と共に生き・共存しつつ暮らしている僕らにとって、この生き物達は命との向き合い方を学ぶためのかけがえのないテキストです。お母さんと一緒に同じ想いをいだきながら、こちらから他の命に手を差し伸べてゆくことは、これから育ちゆくこの子達の価値観や愛の形を形成してゆく上で、大きな大きな学びへと昇華されてゆくはず。これらのやり取り・そしてこんな子ども達の素振りからそのことを皆さんに理解していただけているんだなと嬉しく思いながら、今日も野山に飛び出して『自分の想いのままにならないもの』を相手に、この『自分とは違うもの』とどうしたら共存出来るのか・想いを分かち合うことが出来るかと、子ども達と一緒に大自然から学びを乞うている僕なのです。

 カニは怒れば剪むもの。生き物は興奮させれば驚きかみついて来るものです。でも現代人はその自然の摂理をなかなか受け入れることが出来ません。自分の想い通りにならないものを現代の都市型思考の人々はどうするか?徹底的に排除するのだそうです。解剖学者の養老孟司先生はこう言います。「現代人は全て自分の頭の中で描いたものしか受け入れられない。自然は人の思うがままに行かないから現代人は自然が嫌いなんです。だから草一本生えないように地面全てをアスファルトで覆い尽くすんです」、と言うそんな理論。学者先生の言うことはある仮説に基づく極論ではあるのですが、しかし我々の取ってつけたヘリクツよりもずっと理屈は立っています。そして養老先生はこう語っています。「子どもは自然そのものです。思いのままに行かないのが当たり前なんです」。でもそうであるならば都市型生活の中に住まわされている現代人の我々は、自然を・他人を・そして我が子をも愛せなくなってしまう、そんな人間になる危険性を背負わされているのではないでしょうか。
そんな私達、まずは受け入れ合うことから、赦すことから始めましょう。「そう言うこともあるよね」「こっちがそうしちゃうことだってあるよね」って思いつつ相手を受け入れることが出来たなら、私達はもっとみんな仲良く生きてゆけるのではないでしょうか。イエス様はそのような生き方を我々に示し、実践して下さいました。私達はその御姿に倣って、自然を・生き物を・そして相手を受け入れられることの出来るそんな人になりたいと思うのです。そしてそのことは自然と遊び戯れる中で、感覚的に身に付いて来るもの。カニや虫達が教えてくれる大事な人生訓なのです。


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