園庭の石段からみた情景〜園だより10月号より〜 2019.10.7
<狸のイタズラ返し>
 9月ももうじき終りとなった頃、ようやく『暑さもひと段落』と言った日々が訪れるようになりました。それにしても今年の季節の巡りは相変わらず不順でありまして、例年ならこの時期にはまだ青々と葉っぱをつけ園庭に木陰のオアシスを作ってくれていた桜の木は早々と枯れたはっぱを落としています。かと思えばいつもなら『敬老の日』の頃には花をつけ出す彼岸花が今秋はなかなか姿を現わさず、もうじき10月にもなろうかと言う頃に咲き出して少し遅い秋の訪れを申し訳なさげに告げています。この様に今年の秋は早いのか遅いのか、僕らだけでない自然の者達も困惑しているかのような今日この頃です。

 そんな中、子ども達はと言いますと、『そんなことなどどこ吹く風』と言ったように元気にお外遊び・自然遊びに邁進しているそんな姿を見せてくれています。秋になってまた裏山散歩を再開させた眞美先生と子ども達は、毎日嬉しそうにお土産を手に手に山から下りて来ています。ある時はそれが猫じゃらしであったりまたある時はオオバコであったり、草を摘み摘みの『道草』を心ゆくまで楽しんでいるそんな様子。僕も時々お付き合いをして出かけているのですが、ひと月ほど前には栗の木に生っている青いイガグリを子ども達と収穫して中を開いてみたところ、まだ実が真っ白で食べられるほどにちゃんと出来ていませんでした。その後二週間ほど経った頃にまた栗の木の横を彼女達と通った時のこと、茶色い『イガ』が落ちていたので拾いに行ってみると美味しそうな栗が入っているものと誰かが食べた後で空っぽのものとがありました。そんな栗を虫かごに入れてお土産にしつつも、まだ木についているイガを見上げながら「今度は動物よりも早く拾いに来よう」とみんなで話したものでした。それからまた二週間、先日ふと栗の木を見上げた時のことです。あのいくつも木に付いていたイガグリが一個もなくなっておりました。そればかりか木の根元にも実の入ったイガも入っていないイガも一個も見付けられません。「最近は強い風も吹いていなかったのに…」と思いながら、『栗盗り物語』の犯人に想いを馳せたものでした。3〜4mもある木に登ってまで狙った獲物を手に入れられるのはハクビシンでありましょうか。僕らも熟れて栗の実が落ちて来るのをずっと待っていたのに、それを上回る獣の本能と嗅覚。この間は「人間に盗られた」と彼らも思ったのでありましょう。今回は落ちる直前の、でもちゃんと熟れ頃・食べ頃の栗の実をまんまと持って帰った彼ら。悔しいとか呆れるとかそんな想いを通り越して、ただただ野生の生きる力に感心させられた出来事でありました。

 また今学期に入りまして、なぜか急に『虫々フリーク』になったもも組の子ども達。源氏物語・はたまた宮崎駿の『ナウシカ』に描かれている様な『虫愛ずる姫』へと急成長した女の子達と美香先生を中心に、てんこを手に手に裏山を走り回っています。ただその捉まえられた蝶達を見てみると、どこかしら弱々しく羽も少々擦れくたびれたそんな様相を見せています。例年なら今が元気盛りの蝶達にとっても、今年の残暑は大いに身に堪え早くも秋の終りを迎えたようなそんなたたずまいを見せているのでしょう。そしてそんな蝶の姿に感じ入る所もあるのでしょうか、いつもならお片付けに際の「逃がしてあげよう」と言う声かけに対して「イヤだ!」と言い張る子が必ずあるものなのでありますが、今年はみんな「早く逃がしてあげなくちゃ!」とそんな感じで虫達を逃がしてくれるのです。虫は言葉を発しません。そして言葉で言われたなら逆にムキに・心をかたくなにしてしまうのが我々人間と言うもの。その両者の関わりの中に生まれる、『言葉と強制力によるやらされ』ではない『自らの気付きによる自律性』の発露が、この子達の心を優しく大きく育てて行ってくれることでしょう。しかしそんなちょっと優しくなったような気がする彼女達が、クラスの男の子達には手厳しい言葉を容赦なく浴びせかけている日常にあまり変化が見られないのはどう言う訳でしょう。それはいらぬ言葉を口ばっかの態度でちゃらちゃら発している現代男子に問題があるのかも知れません。であるならば、この虫達のごとく寡黙に真面目に『高倉健のような昭和の日本男児』を体現することの出来る男の子が彼女達のハートをつかむことになるのでしょうか。

 週を明けまして幼稚園に出勤して来た真理先生が大騒ぎ、「トイレのスリッパが無くなっちゃいました!」。その言葉に「スリッパ?どこかで見たな」と思いつつ新館まで歩いてゆくと美香先生が「トイレの向こうにありました」と教えてくれて無事発見。でも僕がその前日見かけた場所とまた違います。この犯人には僕も心当たりがあります。狸。昔は子どものシューズを持って行ったりトイレのスリッパを隠したり、おじいちゃん先生がやっていた昔の清水病院の部屋のカギを持って行って『開かずの部屋』にしてしまった逸話もあるイタズラ放題の狸達がいたものです。それが最近はハクビシンと喧嘩するのかイノシシが恐くて出て来ないのか、あまり悪さもしなくなっておりました。そんな狸達がいるとも知らず、先日お誕生会でお月見団子を子ども達に振舞った真理先生。「なんで僕らにはお団子くれないの?僕らが主役の中秋の名月なのに!」との抗議デモ活動の一環で、真理先生にイタズラを仕掛けたのでありましょう。そんな昔話にあるようなオモシロ話が何気なくそこらで起こっているこの幼稚園の日常に思わず笑ってしまいます。神様はこんな様々な発見や感動やびっくり体験を味わうことの出来る裏山を、僕らの保育の舞台として与えて下さいました。子ども達とこんな感動体験を共に味わいながら、感謝しつつ祈りつつ、いつまでもこの自然を大切に守ってゆきたいと思ったものでありました。


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