園庭の石段からみた情景〜園だより10月号より〜 2020.10.8
<猪之助、現る>
 今年の夏の終りは「まだやだ!」と愚図る子どものように『暑い残暑のやりたい放題』だったのですが、台風10号が厳しい暑気を払ってくれたかと思いきや、その勢いで例年よりも肌寒い日々となっています。一学期は未知なる『コロナ』に心を砕き、皆さんが手洗いうがい・健康管理をキチンとしてくださったおかげで風邪や流行り病に対しても元気に過ごして来ることが出来ました。また夏休みも『暑い夏』でしたが、そのおかげで子ども達は元気元気。それぞれ自粛生活を守りながら、夏ならではの大冒険の武勇伝を聞かせてくれて嬉しく思ったものでした。こうして『コロナ禍』の中でもみんな元気に過ごして来たのが、ここまで急に冷え込んで来ると『風邪引きさん』もちらほら現れ始めました。涼しさゆえに運動会練習も熱を入れてここまでがんばって来れたのですが、このことからも本当にこの国の季節の巡りは絶妙なバランスの上に成り立っていることに気付かされます。ちょっとの暑い・寒いで簡単に体調を崩してしまう私達。私達のDNAの中にはこの国の四季のリズムがしっかりと刷り込まれているのでしょう。ですから僕らは住み慣れたこの国の自然と四季をもっと大切にし生きてゆかなければならないと思うのです。愛すべきこの国の自然や『なだらかに移ろいゆく四季』が変わり果ててしまうその前に。

 10月に入って最初の週末、居間で書き物仕事をしていた僕の耳に「グワラグワン、バキバキ!」と言う大きな音が聞こえて来ました。夜の9時過ぎだったでありましょうか。右手に懐中電灯、左手にゴルフクラブを握りしめ、音のした我が家下にある芋畑に向かいます。例年サツマイモを植えている畑は地下水脈が通る土地にあり、ここ数年不作が続いた為に今年場所を変えたのですが、そこに何かが闇に乗じてやって来たよう。『獣除け』にトタンのフェンスをぐるっと張り巡らせたその場所に、「猪突猛進!」とぶちかまして来たのでありましょう。僕も面と向かって出くわすと怖いので、高みから見下ろしながら懐中電灯で畑を照らします。すると慌てふためく様子もなく、大きな獣の背中がフェンスをのっそり乗り越えて出てゆくのが見えました。逃げてくれてほっとしたのは僕の方。何にもしていないのですが、頼りない『防衛隊』が『大怪獣』から畑を守った一コマでありました。
 「もっと遅い時間じゃないとだめ?」と思ったのでしょうか。僕が彼の来訪に気付いたのはこの夜だけだったのですが、この『猪之助』の『GO TO EAT』は三日間に渡って続きました。直しても直しても朝になるとどこかしらがへしゃげ、入って来た痕跡が残されているのです。月曜日、さらにフェンスを強化しようと画策していたところ、先生達にその話をしたら「今日、おいもほっちゃいましょう」となって事態が急展開。「運動会リハーサル前日のこんな忙しい時に?」「いつもより一か月早いのに、まだお芋出来ていないんじゃない?」「急に言ってもおじちゃん達の都合もあるし」といつもだったらこんな議論の中なかなか落し所を見出せないのですが、この時ばかりは全員一致で「今日やろう」。これは本当に不思議なことでありました。先生達は「くやしいから」とお芋の方に想いがシフト。久保田さんもその日は用事で子ども達の芋堀りに立ち会えなかったのですが、「それがいい。もう大きくなっているし、早い方がいい」と言ってくださいました。ご自身もハクビシンや猪に毎年作物を盗られている経験から、『いくら知恵を絞りどれだけ対策してみても、最終的には自然の者には敵わない』と言うことを良く良く知ってる畏き翁。子ども達の喜ぶ顔を想いながら今回も快く譲ってくださいました。いつもお世話していただきながら本当に申し訳なく思いつつ、感謝するしかない僕らでありました。
 こうして意気揚々と芋畑に乗り込んだ子ども達。猪之助のこじ開けたトタンがへしゃげめくれ上がっているのを目の前にしてびっくらこ。トタン板は波状にプレスし成形されることにより得られる『加工効果』で、板の正面・また波の垂直方向からの力には強いのですが、波と並行方向の力には弱い構造物。それを知っているかのごとく、商店街のガレージを押し上げるようにトタンをまくり上げているその賢さに驚かされます。また『嗅覚命』の猪之助達。彼がやって来たと言うことは、サツマイモが食べ頃・掘り頃であることを『ミカンの糖度センサー』並みの精度で僕らに教えてくれています。実際子ども達が掘り上げたサツマイモはどれも丸々と大きく太っておいしいお芋に育ってくれておりました。数年前、イノシシの襲来でその年の芋が『一晩で全滅』と言う被害にあったこともありましたが、毎晩訪れながらも自分のおなかを満たす分だけ食べて帰って行ってくれた猪之助君。残されたお芋を子ども達と掘ったらならたっぷりコンテナ2個分の大収穫。「これって自然との共存共栄と言って良いんじゃない?」とそんな風に思ったものでありました。

 自然との向き合い方を改めて僕らに教えてくれたのんびり猪之助。お互いに空腹を満たし秋の恵みの収穫を共に喜ぶと言う素敵な体験を子ども達にさせてくれました。「全部全部俺の物!」と畑を無茶苦茶にしなかった彼は偉かった。猪之助のかじり残したお芋の断面を見つめた子ども達も「イノシシ、すごい!」と彼をリスペクト。こんな程よいローカスの交わりを与えてくださった神様の御心を感じます。交差しなければ知り合えもしなかったお互いの存在。自分達とは違う『異形の者』の存在を感じることにより得られる学びが、この園では大切な教育課程となるような気がするのです。近づき過ぎたら互いに危うい彼らとのソーシャルディスタンス。欲張り・やり過ぎた猪は狩られ『おすそ分け』の猪肉となって日土の食卓に上がり、子連れ猪にちょっかいを出したら僕らもただでは済みません。相手の想いを土足で踏みにじらない『自然と僕らの距離感』は実は大切なものなのかもしれません。


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