園庭の石段からみた情景〜園だより7月号より〜 2020.6.19
<天国に響け、カエルの歌!>
 前号にて『幼稚園で飼っているアマガエル』としてご紹介したカエル君。雨の降る日に母屋裏の水槽でもう一匹同じカエルを見つけまして、『二人暮らし』となりました。するとこれまで飼育ケースの中でうんともすんとも言わなかったカエル君が新入り君と一緒に「コロコロコロ」と鳴き出したのです。これまで何十匹もカエルを飼い育てて来た日土幼稚園でありましたが、飼っているカエルが鳴いてくれたのはこれが初めて。嬉しくなって隣のすみれの部屋に持ち込み「カエルが鳴き出したよ」と見せてあげれば、先生も子ども達も大感激。カエルの鳴き声に合わせて「かえるのうたがー」と嬉しそうに歌い出した女の子もありまして、この梅雨の季節の最高のお客さんとなってくれたのでありました。また次にばらさんの部屋に持ってゆけば、ケースにかぶりつきになって覗き込んで来るちびっ子達。無邪気と言うのは怖いもので、なかなか鳴かないカエルに業を煮やして、ケースを持ち上げたりゆすったり。カエル君達にとっては試練のひと時となりました。しかし「学年が二つ違うとこんなにも対応が違うんだな」とカエルを通じて子ども達の経時成長の様を見せてもらったような気がしたものです。静かに『見守る・見つめる・愛おしむ』、そんなことが出来る年長児はさすがだなと。お付き合いの仕方を勉強中のばらさんとカエル君を後にして職員室に戻った僕だったのですが、のちに眞美先生に「しばらくしたらカエルが鳴き出して、そしたら子ども達も歌い出して…」と聞かせてもらい、『カエルの歌』の偉大さを改めて感じたものでした。子ども達に『生きた本物の感動』と『いつもの歌に素敵な深み』を与えてくれたカエル君達、ここでも大活躍でありました。

 あれから子ども達と毎日お世話をして来たのですが、ある日飼育ケースを見つめていた女の子がふとつぶやきました。「目の周り黒くないよ」。自分が出した種の確定に何かすっきりしないものを感じていた僕が虫メガネを持ち出しまして、このカエルを観察していた姿が面白かったのでありましょう。僕からその虫メガネを取り上げて、学者気取りでカエルを見つめ出した女の子。僕が示した図鑑のニホンアマガエルの写真と見比べながらそうつぶやいたのでありました。『裸の王様』のように子どもから言われてみて初めて、自らを省みる必要性を強く感じた僕。「個体差もあるし…」なんて自分に言い訳していたのが一転、あれこれ調べてみる気になったのであります。家に帰り、ネット検索。切り札となったのは鳴き声でありました。
 これまで毎年オタマジャクシから育てていたカエル達。黒いオタマジャクシがカエルになる頃には緑色に変態していたので「これはアマガエル!」と思っていた僕。そしてアマガエルならこれは図鑑や科学絵本で最もポピュラーな『ニホンアマガエル』に違いないとずっと思い込んでおりました。オタマジャクシの頃は鰹節を喜んで食べていたこの子達、カエルになった途端これを食べなくなるのです。カエルになれば基本『生餌』しか食べなくなるのですが、こんなちびちびカエルが食べてくれる生餌などそうそう準備出来るものではありません。しかも飼育ケースの中で飼っていると水面から出る丘を作ってあげても、かなりの確率で溺死する事故が毎年起きてしまいます。なのでカエルになったら早々に幼稚園の庭に放してやることにしておりました。そんな訳で成体になったこのカエルを飼育したのも、飼育ケースの中でカエルの鳴き声を聞いたのも今年が初めてだったのです。で検索したのはユーチューブ。ニホンアマガエルの鳴き声を聞いてみたのですが、文字通りゲロゲロゲロ。『カエルの歌』の歌詞にはぴったりなのですが「こんな声ではなかったなぁ」。そこでもうひとつシュレーゲルアオガエルの声を聞いてみると「コロコロコロ」。そう、二匹で鳴いていたのはこんな声だった。と言うことで幼稚園のカエルはニホンアマガエルではなくシュレーゲルアオガエルであることが判明いたしました。あちらこちらで「ニホンアマガエル!」と連呼していた自分の浅はかさが胸にしみます。でも自然研究者を気取りながらも残念な勘違い君だった僕に対して、あの女の子の洞察力のなんと素晴らしいことでしょう。やはり固定観念で頭が固くなってしまった僕よりも何倍も、物事を素直に真っ直ぐに受け止められる子ども達にとって、『本物の自然』は教材として本当に価高いものなのだと言うことを改めて教わった気がしたものでありました。やはり『生き物を見る』と言うことは難しい。みんなそれぞれ違うから。これは僕ら教師が子ども達を見つめる目にもつながるもので、「あの子はそう言う子」とくくってしまっているところもあるのではないかと、自らを省みるきっかけともなった出来事でありました。と言うことで自慢していた幼稚園のカエル君、アマガエルではなくシュレーゲルアオガエルであったとご報告させていただきます。またのちに新たな事実が更新されるかも知れませんが。

 そんなアオガエル君達ですが、ある日、後から加わったカエル君が死んでしまいました。一生懸命お世話していたつもりだったのですが、残念なことでありました。いつも自分の力と知識のなさを感じます。子ども達と土に埋めお墓を作って「天国で元気に暮らし歌えるように守ってあげてください」と神様にお祈りしました。そう、僕らは本当に無力です。子ども達に自然の素晴らしさを紹介し、いつまでもこの自然と僕らを守ってくださいと神様に祈り、それを信じることしか出来ません。でも過ぎた力を持つようになれば人間は神になったと錯覚します。小さな命一つ救えない僕らが神になどなれない事・なってはいけない事を、自然は自らの命を賭して教えてくれているのです。そんな生きた学びをこれからもこの子達と大切にしてゆきたいと思うのです。神様が与え賜うた自然と愛に満ち溢るこの幼稚園で。


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