園庭の石段からみた情景〜園だより1月号より〜 2022.1.18
僕らの本能
 おかげさまで秋から冬にかけて長らく行われて来たホール裏の崖補修工事がようやくひと段落つきました。それを受けて久しぶりにホール前のマンホール掃除をしていた冬休みのこと。工事ではコンクリートの掘削やモルタルの吹付などが行われ、そこから流れ出た石灰質の泥がマンホール底にたまっておりました。ここは雨上がりにはカニが捕れる穴場なのですが、この秋は工事による環境悪化の為に全然捕れませんでした。そこでやがて来る春に向けてどぶサライを始めたのですが、さらうシャベルの上に石のようなものが上がって来ました。石灰質の泥に塗られたその物体をよくよく見ると幾重もの部位に分かれています。「なんだろう?」とさらに見つめていると、それは動き出したのです。その正体はツガニ・モクズガニ。幼稚園の下の川で籠を沈めて取っているあの大きなカニです。甲幅7cmはあろうかと言うカニがマンホールに流されて来ていたのでありました。僕も幼稚園の敷地内でこのカニを見たのは初めて。ツガニは川の中にいるものと思っていたのですが、山を渡り歩きこの辺りにも生息していると言うことが今回初めて分かりました。裏山の斜面を削り、ホール裏に側溝を作ってもらった工事に基因して、この大きなカニが僕らの『カニマンホール』に導かれて来たと推測されます。寒さのせいで動きが鈍くなっていたのか、はたまたコンクリート漬けにされて弱ってしまったのか、動きはするもののちょっと心配してしまうほど。水道水は塩素が含まれていて生き物達には良くないので、雨水の溜水で洗ってやれば段々とツガニらしい色かたちを見せてくれるようになりました。ただバケツをゆすってすすいでやったので、目を回したのでありましょう。しばらくじっとしているその姿に、「ダメだったかな?」と一瞬あきらめかけたのでありましたが、また動き出してくれたのでほっと一息。子ども達がやって来る三学期まで数日飼ってみようかとも思ったのですが、コンクリ漬けにされながらもやっと生き延びたこの命。その間に死んでしまってはかわいそうと、卒園記念樹である紅マドンナの木が植えてある土手に放してやりました。しばらくその場にうずくまっていたツガニでしたが、1〜2分眼を離したその隙に姿も形も見えなくなってしまいました。この彼の生きる力・生きようとする想いには大きな感銘を受けたものです。自然に生を受けたものである以上、結果はともあれ自然の中で生き・そして死んで自然に還ってゆきたいと言う想いを強く感じます。神様が与え給うた本能とはなんと素晴らしいものでしょう。それこそがそれぞれに与えらえた生命を活かすもの。子ども達に見せてあげられなかったのは残念でしたが、ツガニがこの山で一杯に増えて、いつでも普通に見られる環境を作ってゆくことこそが、この地で自然を教材として子ども達に大切なことを教えている僕らの使命だとそんな風に思ったものでした。

 長い冬休みが明け、子ども達が元気に幼稚園に帰って来てくれたのですが、新学期早々雨や木枯らしが吹きすさぶ天気が続いたことでみんな少々欲求不満。子ども達にはお外で一杯元気に遊んでもらいたいと常々思っている僕でさえ「今日は仕方がないかな」と思うような天候であっても、「お外でサッカーしたかった!」と言い出すばら組の子ども達。クラスの中には外に出てもすぐに「寒いからもう中に入りたい」と言い出す子もあるのですが、ひとたび体を動かすことの心地良さ・自分の体を使って何かを体現する快感を会得した子ども達の心の成長がなんとも嬉しく感じられたものでした。時より降り注ぐ陽射しが温かいとは言いながら、今は正に二十四節季の『大寒』に差し掛かろうと言うところ、一年で一番寒い時節です。でも外で走り回って遊んだならば、外套を着込んだ身体はすぐに熱くなり、上物を次々と脱ぎ棄てたくなるほどにこの子達の運動能力は高まって参りました。園庭を軽やかに走り回り、ボールをゴールに向かって何度も蹴り続けられるほどに体力がついて来たこの子達。よちよち歩きだった頃は、寒さの中で熱放射と代謝熱の差し引きで放射が勝り、寒さにその身を凍えさせていたこともありました。それが身体能力の向上によって自身の運動量を格段に増やし、それに伴って体内で生成される熱量も増加して、真冬の寒さを吹き飛ばせるようになったと言うことでありましょう。こんな考察をいたしながら、この子達の言葉を嬉しく聞いたものでありました。
 そんな子ども達の言葉をしっかりと受け止めてくれた美香先生。翌日も小春日和とは言えない天候でしたが、「今日は砂場はなしで」と禁じ手を呈した上で子ども達を外遊びに誘ってくれました。外遊びと言えばひたすら砂場に座り込み遊ぶ子が多いこのクラス。そんなこの子達に真冬の外遊びを健康的になさせるためには、自由遊びの中にもこんな課題設定が必要なのです。『砂場無し』と言う条件を提示された子ども達がどうやって遊ぶのだろうと見ていたら、それぞれに体を使って大いに遊び始めるではありませんか。大滑り台を登って降りて、何度もくるくる回って遊ぶ子ども達。はたまた三輪車をかっ飛ばして走り回る子、ジャングルジムにボールを運び込んで中と外で出したり入れたり対戦競技のように遊ぶ子達もあって、あちこちで生まれたこれまでになかった新たな遊びを見させてもらいました。そして所信表明通りサッカーに興じる子もあって、嬉しい程に元気な姿を見せてくれたこの子達。山も含めて広い遊び場に放たれたなら、「なにして遊んだらいいか分からない」なんてその場にうずまり込んでいる子はありません。あのツガニのように自らの本能に導かれ、遊びたい場所・遊びたいものをすぐさま見つけ、心ゆくまで遊んでいます。また運動代謝による体温の上昇が免疫力をも高めてくれて、健康な体作りの『好循環のらせん階段』を今まさに登り始めたこの子達。神様の御心と豊かな自然にいだかれながら、この冬も元気に過ごして欲しいと願っています。


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