園庭の石段からみた情景〜園だより4月号より〜 2022.3.31
帰郷2022春
 今年の冬は長く寒く、いつまで続くのかしらと思ったもの。『例年なら2月に咲く川津桜に見送られての卒園式』なんて言うシチュエーションも初めての体験。それならいっそこのまま四季のリズムが後倒しに遅れて、入園式の頃にソメイヨシノが…なんて望みもしたものです。しかし春休みに入って急に暖かな日が続き、「待ってました!」とばかりに草も樹木も花をつけ出したものですから、日土の里はいっぺんに『この世の春』へとその様相を変えました。いつもならちょっとずつ時期をずらして咲く菜の花・桃・桜に加えて『すみれの群生』もあちこちで見かけ、我先にと競い合うような『豪華共演』を果たしておりました。その様はまるでこの春卒園して行ったすみれさん達のよう。びびりで先に一歩を踏み出すこともためらいがちだったこの子達。でも誰かがやって見せたなら・誰かが先に出来るようになったなら、「僕も!」「私も!」と次々にその後を追いかけて、『みんなでおみこしワッショイ状態』でぐんぐん前に向かってその歩みを進めて行けたこの子達。そんな子ども達の残像をこの春の情景の中にひとり感じ佇んでいた僕なのでありました。

 ここ数年、コロナ禍のために幼稚園に『帰郷』して来る子ども達が減って淋しい想いをしていたのですが、この春は大団体さんによる帰郷が与えられました。小学校の卒業式当日、式を終えたばかりの子ども達がお母さんを伴って幼稚園にやって来てくれたのです。日土小・喜須来小に進学し、六年間の学業を修めた子ども達・そしてお母さん達が誘い合わせて日土幼稚園に帰って来てくれました。卒園後も毎週ピアノ教室で顔を合わせていた子もあったのですが、ほとんどが数年ぶりに再会した懐かしい顔ばかり。幼稚園のあの当時と変わらぬ愛らしい笑顔を見せてくれた子もあれば、まだ小学生を終えたばかりと言うのにもう『おじさん予備軍』の貫録を漂わせている男の子達もあって、嬉しい再会の時となりました。今時の6年生は僕らの昔の中学3年生くらいの立派な恰幅。そんな子達がタイヤブランコに『二人乗り』をしようとするものだから、そのアンバランスさに笑ってしまいます。でもエスカレートし続ける彼らの遊びに、ブランコの支柱がたわむように揺れ始め、笑ってばかりもいられません。「ほどほどに!」と制しながら「変わってないねぇ」と思ったものでありました。でも一人一人の顔をじっと覗き込んでみると、この6年の月日の長さも感じます。卒園時にはまだあどけないぽーっとした顔だった男の子、当時のままの可愛らしいパースを保ちながらも目元などはキリリと自らの想いを顕している『イケメン君』に成長しています。学校からいただく月毎の『〇〇小だより』には、彼の陸上記録会等での活躍がいつも記されており本当に嬉しく思ったもの。その天分は十分にあったのでしょうが、それ以上に何でもがんばり物事に取り組んでいた幼稚園時代の彼の姿を思い出しました。口数少なく自己研鑽を重ねていた男の子、出来ても自分をひけらかすことはありませんでした。でも出来ないことがあったなら、じわーっとその目に涙を湛えていたナイーブな感性も覚えています。そんな彼が自分と向き合い、がんばり抜いて数々の結果を残して来たからこそ、その自信が今の彼の顔に表れているんだろうなとそんな風に思ったものでした。
 『子どもを否定しない』、それがキリスト教保育の神髄。神様の御心にいだかれて、先生達にありのままの自分を受け止められて、のびのびと幼稚園時代を過ごして来たからこそ、この子達は『今の自分を肯定出来る子ども』に育って行ってくれたのだと思っています。それがどれだけ出来ていたか、教師の側にいる僕には決して自信はありません。でも事ある毎にこの保育方針をみんなで確認しつつ、自らの保育を確かめ合って来たからこそ、神様は未達な僕らを用いてこの子達に成長の糧を与えてくださったのでしょう。またこの野山を駆け回ることで幼稚園時代に相当の身体能力をつけて行ったと思われるこの子達。彼らの現役時代は毎日朝昼トータルで二時間くらい外で自由に遊ぶ時間がありました。だから小学校に上がってからも少数派でありながら、日土幼稚園の卒園生がリレーや陸上の選手によくよく選ばれて活躍をしていたことを覚えています。またそんな自己達成感の高さを持ちながら、自分を受け入れてくれる社会に対して、『自らを主張すること・人の為に奉仕することの大切さ』を学んで行った日土幼稚園の子ども達は、外に出てからキャプテンやリーダーになる子が多かったのも実に印象的でありました。幼稚園で子ども達に想いを投げかけている時には分からなかったし、目に見える成果として手にすることもなかなかなかったけれど、こうして時を経て子ども達の大きく成長した姿を見つめてみれば、「あれが僕らの種蒔きだったんだな」と感じます。今の時代、すぐに結果を求められ、目の前の小さな不具合への対処に躍起になってしまうところがありますが、大きな時の流れの中で神様に用いられることを信じながら保育を行なってゆくことの大切さを、改めて感じさせてくれた嬉しいひとときとなりました。

 一方の女の子達はみんな奇麗になってしまって、顔の印象が大いに変わっていた子もありました。美人姉妹で幼稚園に来てくれた女の子、当時はそれぞれ全く違う顔立ちで、姉妹で似ていると思ったこともなかった彼女。改めてマスクの上から覗くその目元を見ていると、「あれ、お姉ちゃんそっくりになっちゃったね!」と驚かされました。真面目一辺倒のお姉さんに対して天真爛漫な妹、そんなイメージのあった彼女だったのですが、この子もこの6年間の自分磨きの中で、自分との向き合い方について大いに考える時を与えられたのでありましょう。お姉ちゃん譲りのひたむきさがその顔から感じられたものでありました。そんな彼女でありましたが、マスクを外した顔を見つめてみれば、「あ、〇〇ちゃんだ!」と彼女らしい懐かしい笑顔にも再会出来、嬉しく思ったものでありました。『三つ子の魂、百まで』、そんな原初の魂を輝かせ、ありありと見せてくれている幼稚園の子ども達。その時代の子ども達と共に暮らし、更にお互いの魂をも共に磨かせてもらっている僕らは、「なんと幸せな者なのでしょう」と改めて思わされた情景でありました。
 またどうしても思い出せない女の子が一人。どの子もちょっと大人びた表情になっているのですが、なんとか『誰々ちゃんだよね』と正解を出して行けたのに、その子だけはマスクを外した顔を見ても思い出せません。健康感一杯のその笑みに「こんなかわいい子いたっけ?」と『はてなマーク』が頭の中を飛び交います。そしてその10秒後、やっと正解が「チーン!」と頭の中で鳴った僕。「△△ちゃん!」。お姉ちゃんは口数少ない線の細い美人さん(幼稚園当時)、お兄ちゃんは涙もろいけれど昔ながらの日本男児風イケメン君(これも幼稚園当時)、そして当の彼女は三兄弟の中で一番明るく『おめめクリクリ』で可愛らしかった女の子。ちょっと横顔がふっくらしたでしょうか、そんな彼女が益々きれいになって、『これから中学生』って感じのまばゆい笑顔に『思い出のピント』がやっと合った気がした僕でした。

 久しぶりに幼稚園にやって来た子達に対して、「ヤギがいるんだよ!」と常連さんが教えてくれます。ヤギ達も丸二年在園しているのですが、初対面の子も多かったよう。「それなら行かなくっちゃ!」とヤギ牧場への坂道を登り始めた子ども達。土手には菜の花が咲き乱れ、桃の花も花道のように子ども達のゆく道を飾っています。あの頃はテケテケ歩いていた幼子だったこの子達が、大きな歩幅で上り坂を駆け上がるようにたくましい足取りで登ってゆきます。なかなかに追いつけない自分の足が、この子達の成長と月日の長さを感じさせます。ゆく道すがら、「ヤギにはこれがないと!」と根っ子ごと引っこ抜いた菜の花を手に取って、『ヤギ牧場』の前で佇んでいる子ども達にちぎり渡してあげた僕。柵越しのヤギに恐る恐る差し出せば、むさぼるように食べ尽くすその姿に驚きの声を上げていた子ども達でありました。
 そんな丘の上の僕らに園庭にいるお母さん達から声がかかります。「みんなで写真撮るから降りて来て!」。でもその声に聴き従う子は誰もおりません。その声の仲立ちをして、僕が「降りておいでって言ってるよ!」と声をかけても誰もその場を離れません。昔はびびりぞろいで先生の声が響き渡れば、『右向け右』でしゃんとしていたこの子達だったのになぁ…と思いつつも、「僕の言うことは聞いてくれなかったけれど…」なんて思い返したりもして。でもその分、とびっきりの笑顔を僕に見せてくれていたこの子達のことを、懐かしく思い出していた僕でありました。まあ、「行っておいで」と言われて上がって来たのに、すぐさま「帰って来て!」ではこの子達も「はいはい」と言う訳にはいかないでしょう。大人には大人の事情があるように、子どもには子どもの想いがあるのです。そうは言ってもヤギとのふれあいの時を短めに切り上げてくれて、子ども達は幼稚園への坂道を駆け下りて行ったのでありました。自分の想いが全て満たされ満足し切るまでカタクナになって、相手を受け入れられないような子もあったのに…。今のこの子達はそんな自分と折り合いをつけながら、でも自分の想いもちゃんと満たし肯定しながら、社会の中で自らを対応させることが出来るようになったんだなと嬉しく見つめた情景でありました。でも転んでもただでは起き上がらないのがこの子達。『行きがけの駄賃』として山上の滑り台から次々と滑り降りてゆく男の子達にお母さんの悲鳴が響きます。「まあ、入学式は新しい制服で行くんだから…」と思いつつ彼らを見つめてみれば、皆同じズボンをはいているように見える気がします。「あれ、もしかして中学校の制服?」とお母さんに尋ねたなら「そうです。だから卒業式も男の子は楽だったんですけれど…」。「それじゃあ、ちょっと自制しなけりゃまずいよね…」と思いつつ、「ほどほどに!」と彼らに声をかけた僕なのでありました。4月に迎える『ピカピカの入学式』のはずが、この子達だけはすでによれよれの『ダメージド・スラックス』になっているんじゃないの?なんて思いもしたもの。お母さんのお小言にふてくされる彼らの姿が目に浮かびます。元気がなにより、でもでもみんな、『ほどほどに』ね。

 そんなこんなで嬉しオカシイ再会の時を与えられた僕ら。懐かしの幼稚園のあちらこちらで写真を撮っている女の子達とお母さん。旅立ちの時・区切りの時にはそんな心持ちになるのが『女子』と言うもので、その喜びの記憶や記録を糧に『新たな生活』へ挑んでゆこうとするのでしょう。一方の男子は僕も記憶があるのですが、こう言う場では舞い上がっちゃってこんな風になっちゃうのでありましょう。女の子達の目もありの、仲間同士で親の前にいることの照れくささもありので、普段以上にはしゃいだりじゃれ合ったりしてしまうもののよう。「もう帰ろう」と遊具を片付け、みんながお帰りを促しているその中で、また新たな遊具を引っ張り出して来たりボールを友達に投げつけじゃれついてみたり…。そんな男子を女の子とお母さん達が「まったく…」って感じの同じ冷ややかな目で見つめている、そんな情景でありました。「そんなに幼稚園で遊びたかったら、いつでもここに来て遊んで行ったらいいのに」と思ったものですが、いえいえ、今日はこの子達にとって特別な日。だからこそこんなバカ騒ぎをやらかして、明日から中学生になるべく自己研鑽に励んでゆくのだろうと感慨深く見つめたものです。これが買い被りか・はたまた男同士の共感なのか、また再会した時に確かめられることを楽しみにしています。来てからずっと恥ずかし気にお母さんの陰に隠れていた一人の女の子が、最後に微笑みながら黙って手を振ってくれました。想いの表し方は人それぞれ、子ども達の想いもそれぞれ。そんなことを改めて思わされた、この日この子達の嬉しい『帰郷』でありました。みんな、小学校卒業おめでとう。がんばれ中学生!また遊びに来てね。


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