園庭の石段からみた情景〜園だより4月号より〜 2023.4.20
輪舞(ロンド)
 足早に先に先にと進みゆく季節の後ろ姿を見つめながら過ごした今年の春休み。入園式の準備をする頃には桜がすっかり散ってしまいました。門前の掃き掃除をしていたある日のこと、『風が舞う姿』を目撃してしまった僕。それば地面に落ちた桜の花びらが風に飛ばされるさまでした。でもただただ吹き飛ばされてしまったのではなく、渦を巻きながら空へと舞い上がる情景だったのです。病院の坂からクランク状に折れ曲がり辿り着く幼稚園の門への独特の地形がつむじ風を作り出すのでしょうか。冬の北風から夏の心地良いそよ風まで、この場所で風に吹かれたことは幾度となくありました。でもその流れを可視化して見せてもらったのは初めての体験で、ちょっと感動。風は僕らには見えません。でも満開の花の盛りを終え、地面にちりばめられた花びらによって「ああ、風ってこんなふうに流れているんだ」と感じることが出来たのです。同様に子ども達の想いも僕らの目には見えません。でもその行動や『まだ使いこなせていない言語の行間』から、「きっとこんなに感じているんだろうな」と察することは出来るはず。それは『理解する』と言った仰々しい解釈ではなく、的外れなこともあるけれど「この子に寄り添って想いを受け止めてあげられますように」と言う祈りによって生み出される考察。この子達の所作の中にある規則性から、成長の足跡と言うべき『風の踊り舞ったその軌跡』をトレースしてゆきたいと思うのです。成長とはこの日見たつむじ風のように、一進一退を繰り返しながらそれでも時間軸方向に前へと進んでゆく螺旋階段のようなもの。その輪舞(ロンド)の軌跡を探しながら、子ども達を見つめてゆきたいと願っています。

 新年度が始まって二週間、先生も子ども達も徐々に新生活に慣れて来た様子。今年もばら・ももの複合クラスを持つことになった美香先生。今回新たに持つことになったばらさんに対してその間合いの取り方を画策中。去年半年、隣のクラスにいたたんぽぽさんを近くで感じていたはずですが、その一人一人と向き合う『担任』となるためには、ゼロからの人間関係の構築が必要です。その子の好きなもの・モチベーションの上がるものをひとつひとつ投げかけ確かめてゆきながら、ゆっくりと歩み出しています。先日、今年初めて上げたこいのぼりが何とも嬉しかったこの子達。竿無しで『めざし』のように横一列にぶら下げられた幼稚園のこいのぼり。だらりと尾を垂れ下がらせているこいのぼりに『手が届きそうで届かない』そんな状況の中、精一杯手を伸ばしジャンプを試みるのですがなかなかに届きません。それでもキャッキャ言いながらこいのぼりに跳びつこうとする女子二人と、頭上の尻尾をじぃっと見つめる男の子。それぞれの振る舞いからそのひととなりが見えて来ます。もともとおしゃまで茶目っ気たっぷりの彼女達なのですが、自分の体を使って何かを成し遂げることをこんなにも喜ぶ姿は、これまであまり見たことがありませんでした。それがこいのぼりに跳びつきはしゃぐ姿を見ていると、「なんか変わった?」と彼女達の変化を感じたもの。教室からトイレに行く際、エントランスをドドドと走って「こりゃ!」とたしなめられる姿を見かけたことはあったのですが、外遊びでは砂場にどっかと座り込んでの砂遊びや、トースターやカセットコンロを前にしてのおままごとが定番だった彼女達。そんなこの子達が体を一杯に使ってこんなふうに遊んでいる…と感慨深く見つめた情景でありました。
 そんな女子に交じってこいのぼりチャレンジに勤しんでいた男の子。運動力も考える力も良いセンスを持っているのですが、『不安過ぎる心』が玉に瑕。プライベートでもよくよく知っている美香先生のクラスであるはずなのに、「これが出来なかったらどうしよう」と思っただけで涙が溢れ出て来てしまうナイーブさは兄ちゃん譲り。実際にやってみたなら難なく出来てしまう彼なので、『成功体験』がなによりの特効薬になるはずと、その涙に付き合い・不安な心に寄り添いながら、献身的にサポートしていた先生の姿が印象的でした。時より吹き寄せる風にたなびくこいのぼりの尾びれを、先生に抱き上げられたその手に掴み笑顔をこぼした男の子。こうしてひとつひとつ新生活の小さな不安達を、嬉しい体験の積み重ねによって塗りつぶして行ってくれたらいいなと祈り願っています。
 そんなこの子達が今年初めて挑んだサッカー教室。最初の追いかけっこから始まって、ばらさん同士ペアになって挑んだキャッチボールにキックパス、そして足を使った『ボール取り』まで、すみれ・ももさんと同じミッションを難なくこなしてゆくではありませんか。これにはびっくり。最初ならではの張り切りエモーションもあったでしょうが、60分間体を動かし続けることが出来たのでありました。最後の試合では年上の子達の動きの速さについてゆけず、先生に手を引かれながらの参戦となりましたが、それでもおしまいまでついて来れたその体力に驚かされたもの。『砂場でじっと』だったあの子達が…と思うと感無量です。

 こんな日常生活の端々で早くも進化の姿を見せてくれている子ども達。新入り君も先生達にかまってもらいながら、その関わりの中で上手に甘え人間関係と新生活の様式を受け入れてくれるようになって来ています。普段の生活ではなんら変わりないように見えるこの子達の姿。でもこうして課題に取り組む姿を取り上げ見つめてみたならば、その成長の足跡が浮かび上がって来ます。花びらによって風がその姿を浮き立たせ、僕らに見せてくれたように。いっときは逆戻りに見えることもありますが、そこから上に向かって昇ってゆくこの子達の成長の螺旋階段。それを『軌跡』として捉えたならば、後退さえも上にあがるための助走だったのだと思えて来るのです。神様が備えてくださった必要不可欠のロンドのステップなのであると。


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