園庭の石段からみた情景〜園だより10月号より〜 2024.10.22
運動会が残して行ってくれたもの
 幼稚園の坂を歩けば金木犀の匂いが漂う季節になりました。そこに聞こえて来るのは「キー、キチキチ」と言うモズの鳴き声。モズは茶色い帽子のスズメ似の野鳥。一年中日土にいる留鳥ですが、秋になると『モズの高鳴き』と言われるこの声で、高らかに秋の到来を野山に告げ知らせるのです。松山・宇和島と比べて常に2・3℃気温の低い日土でありますが、あまりに世間が「暑い暑い」と言うものだから、秋と言う実感が露ぞなかった僕らに向けて、「まだ暑い日もあるけど、もう秋だって分かってる?ぼーっとしてたら、すぐ冬になっちゃうよ」と忠告しているよう。冬に向けてのこの季節、出来る時にそれぞれ準備をしておかなければならない自然を生きる彼らにしてみれば、冬支度を忘れてしまったらそれは死活問題。どんなに暑さが続いてもその時になればきっちり冬はやって来ることを知っている彼らが、「目の前のあれやこれやに惑わされることなく、きちんと自分のするべきことをやるんだよ!」と僕らに教えてくれているそんな声に聞こえたもの。運動会を終えてちょっとほっとしながらも、次なるものに向き合ってゆくために、心と体のベクトルをそちらに向けてゆかないとね・・・と思わされたものでありました。

 のんびり週間に入った子ども達。それぞれ自分の好きな遊びに興じています。久々に開かれた砂場に陣取って、まったり遊んでいるばら・たんぽぽさん。先生達が常に心遣いをしてくれたものの、上の子達の練習で待ち時間が多かったこの子達。「もう中で遊ぶ!」と言いつつも僕らにお付き合いして一緒に過ごしてくれたことにありがとうでした。その間、おんぶしたり笑わせたり…となんとかかんとかなだめながら子守りに励んだ僕でしたが、この子もがんばっていた事を知っているだけに、外でのんびり遊んでいる姿を見つめながらほっとしたものでありました。
 運動会あとの風物詩・『運動会ごっこ』も盛んに行われた連休明け。運動会までの日々を通して自ら体を動かすことの気持ち良さを心と身体一杯に感じた子ども達は、先生達のお膳立てに嬉しそうに馳せ参じて来ます。中でも一番人気は『聖火リレー』。すみれがトーチを持ってトラックを走るあの姿をまばゆく・うらやましく見つめていたのでしょう、もも・ばら・たんぽぽの子ども達。練習など一度もしたことないのに、すみれがやったのと同じようにきっちりやってくれたのには驚かされたものでした。人にあれこれ言われたならへそを曲げ、機嫌を取り戻すのに一苦労の子達もいる中で、自ら見つけた「これたのしい!」「これやりたい!」に対してはこんなにも前向きに取り組めるんだな…とその姿を嬉しく見つめたものでした。

 もう一つの人気種目はリレー。すみれ・ももがやったあのトラックリレーに、たんぽぽさんからすみれまで一緒になって挑みます。「よーい、ドン!」で走り出した子ども達。次々とバトンが渡ってゆくうちに、すみれVSたんぽぽの組合わせとなる所までやって来ました。トラックを半分走った後、突如ショートカットでゴールに向かって駈け出したたんぽぽさんと、それを追いかけて自分もショートカットをしたすみれの子。そんな情景がありました。終わった後、そのすみれの子を呼び止め声をかけた僕。「君は本番もやっているし、あれが駄目なことだって知っているよね。ズルして勝っても駄目だよね」と言うと「わかった」とだけ言ってその場を去った男の子。遊びとは言いながら『反則をしても勝てばいい』と思って欲しくなくて声をかけた僕。そこには現代の結果主義の影が感じられ、そんな不安からかけた言葉でした。「先に反則をしたのはたんぽぽさんだった」「あそこで同じ条件で走ったから勝てたんじゃないか!」、きっと彼の中では数々の反論が湧き上がっていたことでしょう。納得するまで議論を交わすのも学びではありますが、教師と園児・大人と子ども、有利不利の関係性を帯びた状況で論破しても、彼の中に納得の想いは生まれて来ないでしょう。それよりも僕の言葉がいつかこの子に気付きを与えてくれる『一粒の種』になってくれたら・・・と彼の未来に想いを託した僕でした。

 また運動会が残して行ってくれた嬉しい変化を見せてくれた子もありました。それは先生の言葉を聞いているんだかいないんだか、リアクションの薄い男の子。本人的には「さてどうしたものか」と思案しあぐねているところに次の言葉が飛んで来て、「そんなにあれこれ言われても…」とまた熟考に入ってしまうんだろうな…と考察する僕。そう言う僕もそれに近い性分で、いつも家で「返事をしなさい」と叱られています。テンポの速いやり取りが好みの人達からしてみれば「なんですぐに答えないの」と思うのでしょうが、「考えもせずに言葉を発する方が適当じゃない?」なんて思う僕。そうは言ってもそれが少し偏っていることも自覚しているので、彼の動向を日頃から興味深く見つめていた僕でありました。
 そんな彼が運動会までの日々を通して、心も体もちょっとレスポンスが上がったように感じる今日この頃。歯磨きに行ったらまず『思考一時停止』から始まっていた彼が、タオル掛けの所にさっと行ってちゃきちゃき支度をしているではありませんか。また帰りの園バスに向かう際はいつものっそりだったのに、最近は僕に向けて手を伸ばし、先頭を切ってさっさと歩いています。運動会で感じたチャキチャキ動くことの心地良さや、そうする自分を喜んでくれる人達の笑顔と言葉が、彼に覚醒スイッチを入れたのかもしれません。そう言いながら揺り戻しでまたマイペースに戻ってゆくかもしれませんが、こう言う自分の想いや行動を揺さぶる体験はとても大切だと思うのです。行ったり来たりの螺旋階段を登りながらこれからも、この子達はきっと上のステージに向けて歩いて行ってくれると信じている僕なのです。


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