園庭の石段からみた情景~園だより1月号より~ 2025.12.30
追想『聖劇『251212』>
 今年も晦日を迎え、抱えていた仕事もひと段落。すると「何か忘れていることはないか」と思い出すのは、やはりクリスマス本番のこと。「この総括なしには今年も終われないなぁ」とあの時のことをもう一度さらい始めた僕なのです。
 『いよいよ本番』と言う週の始め、潤子先生がコロナに罹患していることが分かりました。それに加えて天使と三番博士が体調不良、『大事を取っての欠席』で迎えたリハーサルとなりました。残ったメンバーで代役を出して行なった聖劇の結果は散々。その上、聖劇を終えた頃から様子がおかしくなったのがマリアさん。歌もセリフもピアニカも張り切ってみんなを引っ張って来てくれた彼女がなんか変な顔をしています。「普段園では弱音を吐かない子なのに…」と心配していると、高熱が計測され早退に。事態は更に混沌の度を増して行ったのでありました。
 
リハーサルでお休みした子達は『大事を取って』と言うことだったので復帰して来ることが望めました。一方、早退した女の子はその症状からインフルエンザの可能性が否めません。確定となれば本番は確実に出られないのでその時の対応として、帰って来た天使ちゃんにマリアさんをお願いすることになりました。でもそうするとマリアと天使が共演する最初の『受胎告知』の幕では天使がいなくなってしまいます。そこでリハで天使を演じてくれた二番博士の男の子の再登板となりました。リハでは『今日だけの代役』と言う軽い気分で臨めた天使役。そうは言いつつここまで練習に集中力を持って参加して来たおかげで、天使の役柄もセリフもきちんと理解し覚えてくれた男の子。前回とは状況が異なる『ドミノ代役』でしたが、この役を改めて引き受けてくれたこの子に救われた想いがしたものでした。
 
アドベント週間初頭、聖劇の練習を始めたその頃は、持ち役の博士もナレーターもセリフが覚えられず自信もなくて、なんとも心もとない感じだったこの男の子。「大丈夫かなぁ…」と思って見つめたものでありました。でもそれはこの子だけの課題ではありませんでした。今年のすみれさんは不器用な子が多く、また人前での自信とパワーも足りない感じ。当初年長として挑む『聖劇』に四苦八苦していたものでした。それをよくよく分かっていた美香先生。「まずはセリフを覚えるところから始めよう」と丁寧に時間をかけて取り組んで来てくれました。『真面目さ』だけは誰にも負けないこの子達。そんな子ども達が先生に導かれ、一生懸命練習を重ねて来たおかげでセリフ回しも徐々に上達してゆきます。しかし「大きな声で」と言われて先にそれを具現化出来るようになったのは、むしろももの子ども達。ちょっと褒められるとその気になって、どんどんそっち方向へと想いを持って行けるポジティブな子達なのです。ももの方がセリフも簡単だし、複数人で一つの役を担うこともあって課題としては易しいものなのですが、何よりも『先生が求めているもの』を感じ取る嗅覚が優れているこの子達。一方のすみれは「大きな声で」と言われても、やれば出来るのに遠慮がちなところからアプローチしてゆくので「まだまだ」「もっと!」の反復練習が必須。でもくじけず重ねて挑戦し、出来るようになったところを褒めてもらってやっと自分のものに体得してゆくような子達なのです。ももはポン!と出来るようになるが故に中だるみも出て来るのですが、すみれの子達は本番に向けてゆっくりじっくり良くなってゆくそんな『ひととなり』の違いを見せてもらいました。そうしてコツコツやって出来るようになって来たすみれの男の子だったのですが、本番でも天使のセリフや所作までも上手にやってくれました。これには本当に驚かされたものです。でも今改めて考えてみると彼がこんなに出来たのは、リハーサルで天使ちゃんがお休みしたところから始まっていたのかもしれません。器用ではない彼が本番ぶっつけで『天使もやって』となったらどうだったでしょう。やはりリハーサルを含めて3日間の時間と練習があったからこそ出来たことだったのではないかと思うのです。天使ちゃんのお休みが『大事を取って』と言うことだった経緯もありまして、「これも神様の御心だったのかな」と今更ながらに思っています。やれば出来る、でも想いがそこまで前に向いて行かないおっとり君の彼に対して『荒療治』とも思える課題がここで与えられ、それに向かって初めて本気以上の本気で物事に挑んだ男の子。本番での二役を見事にやり遂げてこれまでにない達成感を掴んでくれたよう。あれ以来、今までになかった自信と落ち着きを見せてくれています。そのイケイケがちょっと行き過ぎて、お調子が過ぎ先生にたしなめられることもあったようですが。またそれはそれで新たな課題として前に向かって進んで行ってくれたら…と思っています。
 
 もう一人、今度は逆に本番当日に大ピンチを迎えた男の子がありました。前日に羊飼いの子がお休み。「首が痛い」と言う彼にみんな「寝違えたんじゃないの?」と言っておりましたが、これまた『大事を取って』とお休みすることになりました。『どこどこが痛い』と言うフレーズに「体の節々が痛いってあれじゃないの?大丈夫?」と呟いた僕。「インフルエンザで首が痛いって言うのは聞いたことがない」との言葉に「そう…」とその時の話はそれで終わりました。その日は『クリスマスイブ礼拝』の午前保育。松井先生のお話を聞き終えて、残りの時間で『どうしてもやっておきたい代役さんの練習』をすることになりました。もしもの時の羊飼いの代役は、去年年中ながらに羊飼いをやった男の子に一応お願いしてあります。それがちょっぴり不安な男の子。『明日代役決定』の子達の練習を終えた後、「僕もやりたい」と言い出しました。しかし時間の都合もあって「明日は○○君、絶対来るから大丈夫」と諭してその日はそれで終わりにしてしまいました。すると翌日、羊飼い君がお休み。インフルエンザでした。いつもは何かにつけ控え目で自分からなかなか言い出せなかったこの彼が、今回は自分から「羊飼いがやりたい」と言って手を挙げたのです。出席停止、本当に無念だったでありましょう。その想いを受けて代役を担ってくれた一番博士の男の子。色々な事が重なって万全の状態で舞台に上げてあげることが出来なかったことを後ろめたく思いながら、もう彼に託すことしか出来なかった僕らだったのです。
 この文章の執筆中、丁度TVの年末特番でドジャース山本投手の連投がフューチャーされておりました。そこにばかり想いが行ってしまいがちですが、でもあの最終戦の始まりは中三日で二刀流のマウンドに立った大谷選手でした。ここまで死闘を繰り広げ、最後の最後に中三日の二刀流。こちらも万全の状態で迎えた最終戦ではなく、結果としては三回三失点でマウンドを降りた大谷君。でもそんな彼の意気をみんなが感じ同点にまで追いついて、最後はあの『中0日山本投入』での大逆転勝利に結びついたのです。代役羊飼い君も順調なスタート。セリフ回しも突然の代役とは思えないほど朗々と言葉をつないでゆきました。「あ、あれは何だろう?」のセリフでのこと。彼が指差したのは天使が現れるのと反対側の舞台の左手。その姿に「ここまでよくがんばったね」と感無量になってしまった僕でした。
 今年、博士の練習が始まって彼が一番苦労したのは「あの大きな星は何だろう?」と言うセリフでした。その冒頭に「あ!あの…」と必ず『あ!』が入ってしまうのです。これは去年がんばった羊飼いのセリフの名残り。本来3人の羊飼いを年長児が手分けしてやるところを、年中の彼が1人で担ってくれた去年の聖劇。これにも相当苦労しておりました。でもがんばって練習して来たおかげで、素晴らしい羊飼いを演じることが出来ました。不器用だけれど真面目。取り組み始めたら諦めず・へこたれずにやり通せるのが彼の良い所。そうやって人がやる以上に深く厚く自分の中に会得してゆくのです。それが今年まで残っていた男の子。それ故の今年の博士の大苦戦でありました。しかし練習でまた博士の役もきちんと仕上げて来てくれました。今年はちゃんと博士になれたのです。それゆえの代役羊飼いにおける『指差し方向違い』。「そうだよね、博士はあっちを指差すんだもんね」と彼の想いを一人ひしひしと感じながら「よくがんばった!」とそれだけを心の中で呟いていた僕でした。幸いにも彼自身はその『方向違い』に気付かなかったのか、何事もなかったように物語が流れてゆきます。美香先生も「天使はあっちに飛んで行くんだから、いいんだよ」とそんな想いで見守っていたことを後に語って聞かせてくれました。
 がんばったのは彼ら二人だけではありませんでした。仲間達も大奮闘で彼らを盛り立てます。マリアさんが代役となったことを受けて発奮してくれたのがヨセフさん。これまでは『チャキチャキマリアさんのお尻に敷かれて…』ではありませんが『三歩後ろからついてゆくような』の感じでヨセフを演じていたこの男の子。それは致し方ありません。11月入園からひと月も経たずにアドベントに突入し、何も分からず不安だらけの中でやることが一杯押し寄せて来て、「もうこの幼稚園イヤ!」とならないだけでも大成功と言える状況の中で挑んだページェント。しっかり者のマリアさんがそんな彼を想って優しくリードしてくれておりました。そんな彼女の想いにいだかれて、彼も自分のなすべきことが段々分かって来て、その時に起こった『マリア交代』。慣れない代役マリアさんに「今度は僕ががんばる番!」と発奮してくれた彼も、それまでで一番のヨセフを演じてくれたのでありました。
 またマリアと二役をやることになった天使ちゃんは、朗々と独唱アリアを歌い上げました。今年の天使さん、キーが低くて高い声がしんどそうだったので、練習初頭に「キーを下げたら」と潤子先生に短三度音を下げてもらいました。「楽譜なしでも伴奏出来る潤子先生だから…」と思い気軽に提案した僕だったのですが、代役を担うことになった眞美先生は大変なことに。突然聖劇伴奏を弾くこととなったその上に、『楽譜なし移調』もあって相当大変だったみたい。練習ではとても苦労されておりました。当初は昔録音した音源でやることも提案した僕でしたが、「弾いてみます」と言って挑戦してくれた眞美先生。本番ではきちんとこの伴奏を弾きあげて、子ども達をしっかりと支えてくれたのでありました。みんな「こんなの出来ません」「大変だった!」などとは一言も言わずに、出られなくなった人達の分をサポートしてくれて本当に感謝。僕は蔭のMVPは眞美先生だったと思っています。
 そんな天使が飛び去った後、舞台中央に出て来た羊飼いの独唱が始まります。そこで杖を後ろに置いて来てしまった男の子。そのことに気付くと何事もなかったように取りに立ち戻り、最後の歌もしっかりと歌いあげてくれました。そんな彼の落ち着きと責任感が伝わって来る演技にこれまた感動。その横で無邪気に客席に向かって手を振る羊ちゃんの姿との対比が印象的。「年少は喜んで舞台に上がれれば万々歳。年長になると色んなものを背負いながらも、自らの想いをもって舞台に立つことが出来るようになるんだね…」と彼の成長をまばゆく見つめた僕でありました。

なんとかやり遂げた『羊飼いの幕』の後、『博士の幕』が続きます。ここで彼の「あ!」が再発。練習では押し込めて出なくなっていたあの一言が、直前に演じた羊飼いのセリフに引っ張られてまた出て来てしまったのです。それに気付いた男の子。再度言い直しますがやはり冒頭に「あ!」が入ってしまいます。それでも続けて「あの大きな星はなんだろう?」まで言い終え事なきを得ます。こんな彼の姿から二役をやることの難しさを一層感じたもの。キャパとしては努力と粘りで受け入れられるようになったこの二役。しかし改めて考えてみれば「似たようなセリフ・状況が彼に大いなる混乱をもたらせてしまったのだな…」と思ったもの。それは『役決めの最初に僕らが気付いてあげられたなら、こんな状況でも彼はもう少し楽に出来たのでは』と言う反省でもありました。この羊飼いと一番博士、セリフがちょっと似ています。「あ!あれはなんだろう!」と「あの大きな星はなんだろう?」。また何かを指差す仕草があるもの羊飼いと一番博士の共通点。最初にこんな状況になるとは思うはずもないのですが、「彼が二番博士・三番博士だったらちょっとは違っていたのかな…」と思ったものでした。それでもなんとか博士の幕もやり遂げたこの子達。本当によくよくがんばりました。
 それで一安心していた僕。最後の幕が始まります。羊飼いとして登場する一番博士の男の子。ここでも朗々と独唱を歌い上げ、代役マリアさんの横に控えます。そこにさささ…と出て来た最初の博士。そつなく『献げ物』の歌を独唱し黄金をお献げしたのですが、そのまま幕まで下がってゆきました。そう、よくよく考えたら羊飼いと一番博士、この幕では出番がかぶっているのです。そんなこと全然頭に入っていなかった僕。その点先生達はさすがです。そうしなければ聖劇がつながらないのですが、それでも段取りを考え代役の代役を整えて、子ども達に指導してくれていた周到さ。そしてそれをさらっとやってのける『代役の代役』の三番博士。プレッシャーに弱いところが玉にキズですが、やるとなったら自分事としてしっかり受け止めきっちりやってのけるこの子も真面目君。あまりのそつなさに、この子が一番博士をやって幕間に戻るまでその非常事態に気付きませんでした。そして続く二番博士、彼も天使の代役を担った上での二役目。そのことを感じさせない凛々しい素振りで博士を演じてくれました。そして再び戻って来た三番博士。そうして全ての役をみんなみんなでフォローし合い、最後の大団円の讃美歌と相成りました。そこで歌われたのは『飼い葉おけにすやすやと』。すみれ2人がいない中、その淋しさを埋めるように子ども達の大きな声がホール一杯に響き渡ったのでありました。
 『あれがちがう』『これが出来ていない』、僕らはすぐに足りないもの・未達に対して意識を向けてしまいます。そうやって次に次に良いものを生み出そうとするのが人類の性。その累積によって私達はここまでの繁栄を手にして来ました。しかし今年のクリスマスを振り返って思ったこと、それは与えられたものに対する感謝です。一つ間違えばプログラムとしてのクリスマスは延期・中止になった可能性もありました。しかしどんな時にも・どんな時代にも、毎年クリスマスはやって来ます。それは二千年昔のあの聖夜、イエス様がお生まれになって私達に与えられたと言う事実がそこにあったから。それをお祝いするのがクリスマス。そのことを感謝するのがクリスマス礼拝であり、その想いを顕すのが聖劇なのです。『今はこんなご時世だから今年はクリスマスはありません』とそんな年はありません。こんな時代に生きる私達のためにこそイエス様は与えられたのだから。だから聖劇は幼き者の象徴であるマリアによって幕が開かれ、「苦しい生活の中から救ってください」と祈り願う羊飼いにその喜びが真っ先に告げ知らされ、そのことを学と徳のある博士達が肯定し拝みにゆくのです。それらの姿は現代の私達を顕しているもの。私達は一人一人、置かれた状況や立場は違います。しかしそれぞれ今なすべきこと・今自分に出来ることを精一杯やることで、生き・生かされている存在です。そしてこの想いと命を次の世代につなげてゆく使命を神様から与えられているのです。そのことを教えてくれた今年の子ども達。突然代役を言い渡された子達は『受胎告知』を天使から受けたマリアのように、「どうして私が?でもそれが今の私に出来ることなのであれば、精一杯がんばります」との想いで受けてくれたのでありましょう。またやっとのことで自分の役が出来るようになった子も、そこに更に課された課題に「もう無理!」「出来ない!」と思ったかもしれません。でもお休みになった子達のことを想いつつ、ここまで出来るようになった自分に感謝して、更なる自らの可能性を信じがんばってくれたのです。それは休んだ子の代役を受けてくれた子だけではありません。代役の代役を担った子、そして代役の子達を支えようとがんばってくれた子も含めて残ったみんなが、今出来る限りのことを精一杯やって今の自分を顕してくれた聖劇だったと思うのです。今年の『本番聖劇』、僕がこれまで携わって来た聖劇の中で一番のものだったと思います。それは『出来・不出来』ではなく、与えられたこの状況において自分はどう向き合うか・取り組んでゆけるのかと言うことを、全身全霊をもって顕してくれた聖劇だったと思うから。神様の与えられた御心に真正面から向き合って、自分の出来る限りをお献げ出来た今年のページェント。僕は言うばかりでそれをしたのは子ども達であり、先生達なのでありますが。これらすべてのこと、心より感謝です。

 『再演』についても書こうと思っていたのですが、僕もここで完全燃焼。貸出DVD2025日土幼稚クリスマス3』に当日の映像が記録されているので、まずはそちらをご覧ください。少し触れると、帰って来たすみれ2名は「こんどこそ!」の想いがあったのでしょう。自分達の最高の演技を魅せてくれました。そして本来の自分の役に専念出来たすみれ・そしてばらももの子達も、出来としてこれまでで一番のものを見せてくれました。『7人でやらないうちはまだ終わりじゃない』と言うすみれとしての連帯感と下の子達の練度があの再演を素晴らしいものにしてくれました。直前の練習では『終わったほっと感』や切れた集中力により、「下の子はもう仕方ないよね」と言う姿もありました。「こちらがお願いしてもう一度やらせてもらっているのでその分は差し引いてあげないと…」と思っていたのですが、『再演本番』ではそこから立ち直って見せてくれたももばらの子ども達。『お休みした子のために』と言うすみれの想いが乗り移り、この子達にもそんな想いを思い起こさせてくれたのだと思います。わちゃわちゃ賑やかで個性の強い子が集まっている今の日土幼稚園。でもみんながみんなのことを想い合ったその時は、きちんとその心を顕せることを証明してくれた、こちらも素敵な『聖劇再演』だったと思っています



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