<小さな命が僕らに教えてくれたこと>
気温も徐々に夏仕様となって参りましたが、日土の里は爽やかな初夏の風に吹かれ『涼しい季節』を感じさせてくれています。関門海峡を抜けて来る大陸由来の北西の風が佐田岬半島に導かれ日土までやって来るのでありましょう。松山や大洲では真夏日となるような上天気の日にも、それから2〜3℃低い気温と山風によって心地良く過ごせている今日この頃です。その風を感じていたのは僕ばかりではなかったよう。朝一の会議室で仕事をしていた時のこと、あの美しいさえずりが再び聞こえて来たのです。「キビタキが来ている!」と朝から出会いに期待してしまった僕。声が聞こえたからと言って必ずしも逢えるものではないのですが、前回の伏線もあってちょっと期待が高まります。一日の保育を終え、バスの添乗から帰って来た時のことでした。幼稚園のジャガイモ畑の方から今一度さえずりが聞こえて来たのです。園庭からそちらの方に目を向ければ、卒園記念樹の早桜が立ち並ぶ杜の方に小鳥の影ひとつ。バス帰りで腰にウエストバッグをつけていた僕はその中から単眼鏡を取り出します。10倍スコープの視野の中に動く鳥を入れるのはなかなか難しいことなのですが、彼のさえずりと梢を動き回る影から見当を付け、やっと視界に捉えることが出来ました。確かにキビタキ。今年も出会うことが出来ました。
預かりの子ども達を連れて再び園庭に戻った僕。でも子ども達は鳥どころではなく、外で遊びたくって大騒ぎ。あまりに彼らの声が高らかに響き渡ったせいでしょうか、かのキビタキ君はいつの間にかいなくなってしまいまして、また遠くから聞こえて来るさえずりを楽しむばかりとなったのでありました。それでもこの丘を吹き抜ける風が故郷の東南アジアの森を感じさせるのでありましょう。彼は近くにいる模様。『目に見えないものを信じなさい』と諭す聖書の御言葉。この目に見、手にすることの出来るものが、私達の一番信じられるもの。でも『目に見えるもの』に依存すればするほど私達の心はバランスを崩してしまいます。であるならば『感じる力』によって『神様が与えてくださる御恵みに感謝し・受け止めること』それこそが、僕らが自らを幸せに出来る最も豊かな才能なのかもしれません。
連休後、上天気が続きまして喜木川の水も八幡神社辺りから枯れるようになって来ました。そんな降水量の少なさも相まって『松岡いでご』も水の少ない状態に。僕も度々覗きに行ったのですが、青藻が茂るばかりで生き物が居る気配が感じられません。そんな時、えりか先生が「オタマジャクシ、捕りに行きたいのですが」と声をかけてくれたのでお付き合いすることにした僕。「いないかもしれないけれど、行くだけ行ってみようか」とばら・たんぽぽの子ども達と幼稚園下の『いでご』(用水路)に向かったのでありました。数日前にも行ったばかりだったので、やはり見た目は同じ状況。水はないものの4月によく降った雨のせいで足元のぬかるんでいる所が多くあり、子ども達が進んで行けるエリアも限定的に。その範囲で水路に目をやると藻の切れ間から見え隠れするのはイモリばかり。「イモリ捕る?」と子ども達に投げかけると「イモリ、いらん!」とそっけない返事。そこで藻をかき分け水面をまさぐるとうごめく影一つ。「いる!」と声を上げた子の指さす先にタモ網を突っ込むと、大量の藻と一緒に何かが捕れました。つまみ上げてみたならばヤゴでした。「へー、こんなところにいるんだ」と思いつつ飼育ケースにヤゴを入れた僕。「これなに?」「ヤゴ」「ヤゴいらん!」と冷たいリアクションの女の子。お目当てのオタマジャクシ以外、全くもって関心がない様子。でも何も捕れなかった時の保険として「ヤゴも取っとこうよ」となだめ了承してもらった僕でありました。
ひとり長靴を履いて行った僕がぬかるみの奥まで足を踏み入れてみたのですが、そこにも何もおりません。「今年はやっぱりまだかなぁ」と思っていると、「いる!」「いる!」と子ども達の声。「今度は何を見つけたの?」と思い振り返ると「オタマジャクシ!」とえりか先生。僕もその現場に駆け付けます。小さい小さい『生まれたて』と言った感じのオタマジャクシが先生の持つ網の中でピチピチやっておりました。そこにオタマが居ることが分かった子ども達。人一倍良い『子どもの目』で探索を続けます。するとあっちにこっちに、水路と並行して引かれている塩ビパイプの影などにも何匹もいるではありませんか。おりはすれどもあまりに小さいオタマなので網でなかなか救えません。やはり藻ごと・泥ごと救い取り、ピチピチやっているところをヤゴとは別の飼育ケースに入れました。そうして捕獲出来たオタマは計6匹。例年と比べ少ないものの、この状況でこれだけ取れたら大収穫。ご満悦で幼稚園まで帰って来た子ども達でありました。
お部屋に帰ってからえりか先生と子ども達の間で色々なやり取りがあった模様。「ヤゴってなに?」と言う子ども達に対して「トンボになるのよ」と答える先生。そんな子ども達の興味啓発の環境整備として、飼育ケースの横にポケット図鑑を置いてくれたり、ケースの蓋にトンボのイラストを貼ってくれたりと、色々考え投げかけてくれたえりか先生。そんな先生の想いを受けて「ヤゴ、トンボにならないかなぁ」と日に日に関心を高めて行った子ども達。中でも「ヤゴ、いらん!」って言っていた女の子が見せた180度回頭の態度に思わず笑ってしまう僕でした。
一方、僕の頭を悩ませていたのはエサ問題。オタマジャクシは市販の『メダカのエサ』や鰹節と言ったものを食べて大きくなってくれるので毎年育成に成功しているのですが、ヤゴのエサは生餌。ボウフラや赤虫と言ったものを確保しなくてはいけません。でもそれらはそういつも都合よく居るモノではありませんで、初日はなんとか『お座敷田んぼ』の水たまりにいたボウフラを運良く捕獲。それを飼育ケースに入れますと、始めのうちは身を潜めていたヤゴ達。「えー、食べないの?食べてくれないと蚊になっちゃうんだけれど…」とばらの部屋に蚊が大発生するのを危惧したもの。でも慣れて来るとボウフラのクネクネに反応し始めた二匹のヤゴ。餌までの距離を詰めてゆき、最後はパクっと下あごで見事捉え食べてくれました。これに希望を持った僕。次の日もエサ探しの水たまり巡りをしたのですが、やはりそうそうボウフラは湧いておりません。そんな時、台所裏に実付き銀杏が水に浸けられている桶を発見。眞一さんが去年の秋、銀杏を取って食べれるようにしてくれたものの残りのよう。そこにボウフラより太い黒い幼虫(おそらくチョウバエの幼虫)が泳いでいるのを発見。それをスポイトで水ごと採取しヤゴにやってみたところ、それにもパクっと跳びついて食べてくれました。「食べたねぇ」と子ども達と見つめたヤゴの捕食。エサのバリエーションも増え、ちょっとほっとした僕でありました。
次の日、ケースを見てみると昨日の幼虫が数匹残っておりました。例によって「食べてくれないとコバエになっちゃうんだけれど…」と言いつつ見ていると今日は微動だにしないヤゴ二匹。ヤゴは死んでおりました。「食べたエサが悪かったのか?」とも思ったのですが、自然の者はそんなヤワではないし、食べたらいけないモノも自分で分かるはず。もう一つ思い当たったのがあの銀杏の水。銀杏は素手で触るとかぶれる程の強アルカリ性だそうで、「その水がエサと一緒に飼育ケースに入ったことで水質が悪化したのでは?」と言う考察に至りました。その中でもコバエの幼虫は元気に活動していたのと、そんなに大量の水ではなかったことから、そのことに思い至らなかった僕。蚊やコバエの生命力の強さに改めて驚かされると共に、自然界の食物連鎖の頂点に君臨するトンボ・そしてその幼虫のヤゴをもってしても、自然環境の微妙なバランスの中で生きていることを改めて知りました。ボウフラは勿論、オタマジャクシや小さな魚をも捕食する最強の幼虫・ヤゴ。しかし『水質汚染』と言う自然破壊によってその命はこんなにも簡単に失われてしまったのです。自然を大切にすること、自然環境を壊さないように常日頃心がけ慎ましく生きてゆくことの大切さを、改めて僕らに教えてくれたヤゴの死でありました。
ヤゴが死んでいることをえりか先生に伝えると、とても残念そうな顔をしておりました。子ども達も動かなくなったヤゴの水槽を覗き込みます。「さて、これからどうしたものか?」「ヤゴの死骸を埋めてやらないと」と思う一方、「また下のいでごでヤゴを捕って来て、もう一度この子達と飼育をやり直そうか?」と色々考えをめぐらした僕。その時は『お片付けの時間』になってしまい、『お帰り』もしなくてはいけないので、その場を離れいつものルーティーンに戻って行った子ども達。僕もまた「これからのことは定時後に…」と思い、お片付けの方に馳せ参じたのでありました。子ども達のお片付けもひと段落着いて、ホールで木曜礼拝の準備をしていた時のこと、えりか先生がクラスの子ども達と園庭に出て来るのが見えました。桜の木の下に集まって何かしています。あの死んだヤゴを埋めてくれていたのです。子ども達といくつか言葉を交わしながらやり取りをしていたえりか先生。ヤゴとのお別れを子ども達としてくれたのでしょう。『お帰り時』でもう時間もないのにこうして丁重にヤゴを葬り、きちんと子ども達に命の儚さ・大切さを教えてくれた先生に感謝でした。子ども達も去り際にお墓に向けてそれぞれ言葉を残しながら、お部屋に入って行ったのでありました。
翌日、自由遊びの時にあのヤゴのお墓に足を運んだ女の子。『埋めておしまい』ではなく、まだあのヤゴ達に想いをつなげてくれていたみたい。「トンボになるの、見たかったなぁ」とつぶやき踵を返し、自分の遊びに駆け出してゆきました。その姿を見ながら、「えりか先生とこの子達、きっと良いお別れをすることが出来たんだな…」と思ったもの。今の時代、命への想いがどんどん希薄になってゆく時流を感じます。喜んで集めた昆虫も死んでしまったら捨てて終わり。「だって死んだら気持ち悪いもん」、それが人間の本音かもしれません。生きているから・動いているから自分の想いを満たしてくれる虫達も、死んでしまえばもういらない。壊れたおもちゃはいらないのです。そう、「自分にとって価値が無くなったものはもう必要ない」と言うのがドライな現代感覚なのでしょう。でもそれでは単に命を遊びに用いているだけ。生命へのリスペクトがありません。商業ベースで生き物が取引されるこの時代、子ども達が物も命も同じように扱うようになるのは、生まれて来たこの時代の影響がきっとあるはず。だからこそ教育の中で自然や命を扱うことはとても大切なことであり、その命との・時には死別も含めた小さな生命達との関わりが、この子達に命の儚さと大切さを教えてくれる学びの場となるのです。そのためには我々教師・そして大人の関わり方が何より重要。「また買ってあげるから」と淋しさに暮れる子どもを慰めるより、その死を一緒に受け止め悲しみを共有してあげることの方が『伝わるもの』が多くあるはず。そんなことを感じたえりか先生と子ども達の関わり、そしてそれを受けてのこの子の呟きでありました。
自らの経験を介さず得た情報は、単なる知識として自分の中に蓄積してゆきます。そしてその情報は時と共に自分の中で沈殿してしまうのです。その時の感動・興奮・慙愧の想いを伴う体験こそが、その情報を自らの知恵や行動原理に昇華して『豊かな人間』を育ててゆくのです。今回のこの子達の体験、それは僕の愚かな過失によって生じた出来事から派生したものなのですが、僕の子ども達への陳謝や取り繕いの想いを遥かに超えて神様は、この出来事をこの子達のかけがえのない体験・そして成長へと昇華してくださいました。神様の御心に、そして自らの献身によって僕の失態を救ってくれたえりか先生に、心より感謝です。
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