園庭の石段からみた情景〜園だより7月号より〜 2026.7.3
僕らの『その気スイッチ』
 今年は過ごしやすい梅雨が続いています。梅雨に入ってすぐさま『梅雨の中休み』となりまして、「今年も空梅雨か?」と思っていたらまた梅雨モードの日々が戻って参りました。その涼やかさとほどほどの降雨によって、『梅雨らしい梅雨』を味わうことが出来ています。去年は梅雨が短かったのですが、降れば降ったで梅雨末期のような大雨豪雨となりまして、その怖さを大いに感じたもの。それを想えば今年の『ほどほどの梅雨』は私達にとって『恵みの梅雨』と言えるのかもしれません。
 そんな過ごしやすさがあってでしょうか、今年は幼稚園に棲みついているイソヒヨドリが順調に子育てをしています。事あるごとに「ジェー」とか「ゲゲゲ」と鳴き声が聞こえて来て、その声の先に目をやれば地味なイロドリの若鳥がおり、順当に育って来ているのが分かります。しかしイソヒヨドリは綺麗な声で「ピーポーピー」とさえずる野鳥なのですが、その幼鳥は意外にもハスキーボイスの音痴なんだな…と改めて思ったものでした。そんなある日のこと、「ジェー」だの「ジー」だの言う声が聞こえて来て、窓越しに外を見ると母屋裏の崖の上に雛2羽・親鳥1羽からなる一組の親子が停まっているのが見えました。親鳥は青とえんじ色の鮮やかな装いから雄だと分かります。その親鳥が困ったような顔に見えたのは僕の思い入れでありましょうか。今の時代、人間界でも皆口々に「お父さんは優しい!」でとても良い風潮なのですが、それに反比例して子ども達の甘えと増長が目に余ることも。この父鳥も「ピーポーピー」と綺麗な声で鳴きながら巣立ちを誘っているように聞こえるのですが、雛達は「ジー!ジェー!」言いながらその声に応えようとしてくれません。巣から飛び出し崖の上に停まるところまで来たのですから、もう飛び立つ他はありません。しかし「むーりー!」と言っているように聞こえる雛鳥の声と、そんな我が子を困ったような表情で促し続ける父親と言う構図を見つめながら、思わず笑ってしまう僕。普段は「腹減った!」「早く!」と偉そうにぴーぴー言って来るくせに、自分で引き起こした今の状況には腰が引けて向き合えないのは幼稚園の子ども達と一緒。「自分でなんとかしてごらん!」と言いつつも、いつも最後には救いの手を差し伸べる僕らは「これも良い経験。一回では出来るようにならないだろうけど、繰り返し繰り返しが大事」と自分に言い聞かせながら彼らに想いと奉仕を投げかけているのです。この時は雛達に対してもそんな想いで視線を送っていたのですが、そんな僕に彼らも気付いたよう。「脅かしたら飛ぶかしら?」などとも思ったのですが、強いられてしても彼らのためにならぬと思いしばらく様子を見ることに。視線を外し知らない素振りをしていると、バサバサバサと羽音が聞こえました。振り返ると3羽ともその崖の上から飛び立っていなくなっておりました。彼らもそれなりにプレッシャーを感じ「何とかしなくっちゃ」と思ったよう。最後は雛達の想いによって飛び立つことが出来、自分の危機を自らの力で飛び越えて行ったのでありました。そんな情景に立ち会うことが出来た僕。「彼らに巣立ちの動機付けが出来たのかな…」と思う一方、「でも最後のスイッチは自分で入れるしかないんだよね」と言うことを改めて感じたものでありました。

 この若鳥達と同じようにちょっと甘えんぼののんびり君が一杯いる今年の幼稚園。一学期ももうすぐ終わろうとする頃となりましたが、この子達の成長の足取りが足跡として見えて来た時期となりました。給食の時間をがんばっている子が多くいるのが年中さん。もも組に進級し心身共に幼い歩みをワンステップ上がったステージでがんばり始めた四月の進級から3か月が経ちました。給食も量が増えたり・目標時間を定めてがんばったり、この子達の課題を踏まえながらみんなで一緒にやって来ました。それによって食事に掛かる時間が少なくなったり、減らしていた量を増やして食べられるようになったりと、それぞれ個人レベルの嬉しい成長を見せてくれている子ども達。体も大きくなり、運動量やそれに伴う代謝も増えたことから、食に関するキャパは上がって来たみたい。ばらの時にはなかった『サッカー教室PLUS』もそれに一役買っているようで、去年はちょっと転んだりボールを盗られたりしては大泣きしていた子達が今学期急にたくましくなったように感じます。加えてそれが給食に結びついて、人一番食べられるようになった子もありました。でも逆にそこで燃え尽きて食べるのが普段より遅くなる子もあるとのこと。何事も一朝一夕に行かないのが子ども達。やはり一人一人へのカスタム対応が必要だと言うことを、改めて教えてくれているこの子達です。
 実祐先生もそんな子達への投げかけと対応を色々思案し日々向き合ってくれています。ある時発見したのが『教師の言葉より友達の声の方が力がある』と言う事実。全般に食事スキルが上がって来ているこの子達なのですが、最後の最後をがんばり切る『決め手』が足りないよう。そんなこの子達なのですが、がんばって食べた時にある女の子がかけてくれた「○○君、すごい!」と言う言葉がひとりの男の子を奮い立たせました。それからその言葉が彼への『キラーワード』となったのです。また別日には他の男の子が「○○君、歯磨き・お着替え一緒にしよう!」と言ってくれて、そのためにがんばって食べられたこともあったそう。そんな彼に対して周りの子達をも巻き込みながら「どうしたら最後のひとがんばりが出来るか」と、毎日違うオプションを試しつつ寄り添ってくれた実祐先生でありました。
 でも人は慣れる生き物です。慣れるからこそ色々な事が大丈夫になってゆき、新たな自分をも受け入れられるようになって行くのですが、モチベーションの上では『慣れる』と言うことは効果やパフォーマンスを低下させてしまうことにもつながります。本来そうしたブーストを使わなくても自然に出来るようになってゆくのが成長なのですが、今はその行けるか行けないかギリギリの境界線の上で行ったり来たりしているこの男の子。また給食案件を突破出来ても今度はそれで燃え尽きてしまい、せっかく食べ終わってもその後の片付けや歯磨きなどしなくてはいけないことに対してエナジーエンプティ。前に進んでゆきません。そんなことが日常となり、また『梅雨前線停滞中』と言った感じのある日のことでした。
 久しぶりに雨が上がり、「明日は早く終わったらお外に出て遊ぼう!」と言う実祐先生の声掛けを前日に聞いていた僕。その日は職場体験実習で来ていた中学生も最終日で、すっかり仲良くなったお兄ちゃん・お姉ちゃんとも一杯遊びたかった子ども達。それはその日各クラスが楽しむことの出来たプールを僕が片付けていた時のことでした。うんていの下に巨大なミミズを見つけた僕。『シーボルトミミズ』と言う最大で体長40cmにもなると言う大ミミズです。彼らは伸びたり縮んだりするので確定は出来ませんが、その個体も優に30cmは超えていたように思います。雨上がりにはたまに見かける大ミミズですが、イモリやカナヘビなら捕まえて子ども達の目の前で「ほら!」「きゃー!」ってやって見せる僕でも、これには触りたいとは思いません。そんな時、母屋に帰って来てももの部屋を覗いたならば、あの男の子が給食を食べ終わったもののそれ以降の片付けでフリーズしている姿に遭遇しました。日土幼稚園には虫好き・生き物好きな子が多くいるのですが、思い出したのはこの子が『極度のミミズ好き』だと言うこと。「なんでミミズ?」と思う所はあるのですが、好きなものはしょうがない。一連の情景と情報が頭の中でピンとつながった僕。わざとに声を大きく張り上げて「大変、お庭に大きなミミズがいる!早く片付けて見に行かないと、日干しになってカラカラミミズになっちゃうよー!」と言うと、本当にスイッチが入った男の子。急に動き出したではありませんか。そんな彼の後ろ姿を見送り、ばら・すみれの子達が外に出て来たタイミングで再び園庭に戻った僕。まず探したのは先程の大ミミズ。ぱっとさっと動くものではありませんが、ミミズだって5分もあればどこかに行ってしまいます。うんていのところに行ってみたなら案の定もうそこにはおりません。あの男の子が来た時にミミズがいなければせっかくがんばった彼の努力が報われず、『成功体験』となるはずの物語が露と消えてしまいます。そこで辺りをくまなく探し見渡せば、ちょろんと覗いている尻尾を発見。ホール脇の人工芝の端から覗いていたミミズの端っこです。これが頭だかお尻だか分かりませんが、隠れたがっているものがわざわざ頭だけ外に露出させているはずもありません。これは文字通り『頭隠して尻隠さず』だとどうでもいいことを自分で納得しつつ、人工芝をべりべりとめくりました。するとあの巨大ミミズの全容がそこに現れたのです。居合わせた子が「ミミズ!」と言って手を出そうとするので、「ちょっとまって!これは○○君のミミズだから。○○君にミミズいたよ!って言ってあげて」と言うとその子は母屋に走ってゆきました。数秒も経たずにその子と戻って来た○○君。先程の発見報告から超スピードでお片付けを終えて来たのでしょう。普段ならば絶対ないような速さで外に飛び出して来たところにタイムリーな情報を与えられ、真っすぐ現場に走って来たのでありました。対象物を目にするなり「ミミズ!」と歓喜の声を挙げた男の子。おもむろに両手でミミズを掴みます。見ているこちらが「うわぁ」となる光景ですが、上手にミミズを扱う男の子。本当に手慣れていると言った感じ。そのまま持っているのもあれなので、すぐさま彼の元に飼育ケースが届けられ、無事にその中に納まった大ミミズ君でありました。ケースにミミズを入れた彼に先生達から「手を洗って来て」と言葉が掛かります。そうそう、そこだけきちんとしていれば生き物との触れ合いは大丈夫。そこからは大切な学びとなり得ます。その言葉に従って素直に手を洗いに行った男の子の後ろ姿を見送りつつ、ほっとした教師一同でありました。

手を洗って戻って来た彼が口にしたのは「もってかえる!」。「それはママと相談してね」と伝えペンディングとなった彼の野望だったのですが、どうなったことでしょう。いずれにしても彼の日頃の態度とモチベーションを一変させたこの『大ミミズ効果』は僕らにとって大きな収穫でありました。でもそれは毎回ミミズを用いた意識啓発をすればいいと言うことではなく、この子は『好き』と言うインプット端末を介して自分の中に物事を受け入れたなら、どれだけそのアウトプットが大きくなるかと言うことを知れたこと。促されても励まされても慣れてしまえばまたいつもの『省エネモード』に戻ってしまう彼のゲインを何倍にも跳ね上げる方法が、『どこかに・何かに存在する』と言うことを実証出来たのです。この先また彼との関わりを重ねてゆく中で、それに近い効力を発揮する投げ掛けを発見・開発してゆくと共に、それらに対する依存度を薄めながら『がんばらずともそれが普通に出来るようになってゆく心身の体力作り』を目指してゆくこと、それが大事。これは彼に限ったことでなく、どの子に対してもそう言う『ツボ』のようなものが存在します。それを介しながら投げかけ・関わりを重ねてゆくことこそが、『子ども達一人一人に対するカスタム保育』になってゆくと思うのです。なかなか言った通りにしてくれないし、こちらが思うように成長もしてくれないように見える子ども達。しかし自ら「これ!」と言う自分の『その気スイッチ』を見つけて入れることが出来たなら、それは僕らのどんな画策・思惑によるデザイン設計よりも素晴らしい『自分らしい自分』を作り上げてゆくことにつながってくれるはず。その『恵みの時』が与えられることを祈りながら、僕らはこの子達と一緒に『その気スイッチ』を探し求めてゆきたいと思うのです。それがその子その子にとっての『最強のアイテム』となるはずだから。僕らがまだ知らないだけで神様は、それを子ども達一人一人にお与えになりました。その賜物を僕らは『個性』と呼ぶのです。



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