菊の花

          なかやみちぞう

空には雲、ひとつきり
風が吹く
窓際には菊の花が咲く
陽を浴びて、常の日よりなほ
なほ綺麗に咲いているようだ

僕はそれを眺めて
虚ろだった眼を醒ませる
菊の花は黄色いいろをしている
澄んでいる 午後の光に
なほも なほも…

あー、出来るならば
今を失いたくない
窓際に咲く
黄色い菊の花を眺めている今は
幸福過ぎず、悲しみ過ぎず…

初夏

                   鷹えいじ

僕はいつも考えている
何故初夏に雨が降り続くのか
どこか梅雨空のずっと高いところで
誰かが石油ストーブを焚いているのだろうか

初夏の季節が見えている
青いペンキに塗られた空を
流線形した銀色の恐怖がかすめていき
ラジコン飛行機が人口雨を降らせていく

今朝 少年が配達していった新聞の
疑似日本脳炎の記事を読みながら
私はまったく別のことを思考している

(コップ一杯に注がれた
酸っぱいオレンジジュースを
空一杯にこぼしたら、
空に総人口小数点0.98以下の
都市が生まれた。)

死者の国から

             かんだいさみ

黒い涙の河を渡り
やって来たのは悲しみか

生に燃えたる灯を
濡らして消したは確かに死
ああ
隠しも忘れもできぬから
人は生と死の中を
さまよいながら歩いてく

黒くぬられた希望を抱いて
連れて行くのは魂か

宙へ空へと舞い上がる

肉体だけを切り離し
ああ
くっきりと一本線が描かれて
生と死を色分ける
黒く焼かれた体には
もう何も残らない

あとは自然に帰るのだが
病の奴に食べられた

これは不自然な死であった
ああ 何という姿であろう
生の意味の扉は閉ざされ
堅く堅く閉ざされ
もう開くことはないであろう
地に帰りつくのが
死の意味といったのに
ああ 不自然な死よ
病に食べられた肉体には もはや
地に帰る肉体がないのだ

僕はまだ生きられる

                かんだいさみ

僕はまだ生きられる
どんなに悲しみの中にあっても
どんなにからだ虫喰われても
僕はまだ何かできる
どんなに明日が約束されてなくても
どんなにつまらぬ自分のようでも
希望が
僕はまだ生きられる
それがゆるされた人生だから
それが明日への小さな望みだから
僕はまだ何かしなければならない
ちっぽけな幸福につながれている 今を
あたえられた生活に生きている 今を

僕の心の火は燃えている
大きな大きな炎を作って
真っ赤な真っ赤な血色となって
生きている
生きている
短くなったローソクの最後の魂…
僕はまだ生きられる
過ぎて行く今を
命ゆるされる限り
僕に求めるものがある限り
僕はまだ生きられる
自由に体が動いてくれなくても
「自由に 自由に 自由に…
 体が 体が 体が…」
動いてくれなくても
僕にはたった一つ
虫喰われないところがある
 他人でない
 僕がある
そこには喜怒哀楽がある
そうして僕はペンを走らす
そうして僕は言葉を生かす
「僕は生きているんだ」
知らず知らずの間に虫喰われる体に負けまいと
過ぎて行く今を
短くなったローソクの最後の魂…

「青春の架け橋」より  詩人たちが残した珠玉な言葉

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鷹えいじ

朝の冷たい大気の中で
私ははじめて私の存在に気がつく
うつらうつら 朝のもに佇み
失われていく朝の陽の悲しみを知る

朝 私は奇妙な階段を夢見る
天は呼ぶ 私をソプラノで
私はそれには答えず
朝の風景の中を美しく昇っていく

死と親しく付き合っていたら
次第に心は重くなって
朝がくる度に死んだ祖父に似てくる

私は朝の清潔さの中で
夜明けの行方について思いをめぐらす
哲学者のように 女性のように 

心に

     柳瀬一郎

草があり
身体があり

いつまでも
何かをしようと

余韻は
失わずに
耳に
残り続ける

心に叫び
心に叫び

真ん中の
言葉はみつからぬ

間の抜けた今
今は今だけで
後も先もない

7月の季節

                  鷹えいじ

太陽がうごめいている空に
誰も訪ねていかない 7月がいる
僕は待っていた
蝉がいない
他人が幸福を忘れ物していった7月を

白い雲の向こうに
誰も昇っていかない 7月がいる
僕は生きている
少年が溺死した
他人が不幸の種子を捨てていった7月を

太陽がじりじり照りつけて
クリーム色した大地をいじめている
僕はこんな7月の季節がとても好きだ

カッコウがやかましく鳴き続け
ライトブルー色した空を苦しめている
僕はこんな7月の下を一人で駆けていった

きれいな花のように

          あすかすずらん

きれいな花のように
いい子ぶって 生きるよりも
花だんの外にはえている
雑草の方が
 いいのかも知れない

きれいな花のように
人にみつめられて 生きるよりも
無視された
雑草の方が
 いいのかも知れない

きれいな花のように
艶やかに 生きるよりも
生きるだけが 精一杯の
雑草のように
 生きてみたい


雪と、星の様に

          なかやみちぞう

しんしんと降る雪よりも
尚更淡いこの身体
微かに光れる星よりも
尚更かすかに生きずける

ゆくえ知らざる雪の様に
あてなくこの世さまよえば
生きる喜びをさえ知らずして
二〇歳となりてはや死せる

微かに光れる星の様に
かすかに かすかに生きずけば
からだ安らうひまはなく
疲れつかれて息をひく

赤とんぼの空には

           かんだいさみ

消えてしまった夕焼けは
空のほのかな恋ごころ
何故か まっ赤な夢を見て
飛ぶは悲しき赤とんぼ
幼い頃にも同じように
あわれな姿を見たものの
秋を装うこの風に
過ぎた昨日
が涙と変わる

枯れ葉の秋はまた来たが
苦しまぎれの心の傷は
誰がわかってくれるのか
空に流れるちぎれ雲
ただようあたりの夕暮れに
一人淋しく明日想う
ああー、僕は飛べない赤とんぼ 

苦悩する人間達

                  
まこと

闇はまたやってくる
爽快な朝であっても
猥褻な昼であっても
憂鬱な空であっても
不変な海であっても
時が続く限り
闇は終わりまたやってくる

街灯の下を歩くと
足音が響いていた
辺りは車も通らず
冷たいアスファルトが佇んでいる
かすかな風の音が
はっきりと耳に残り
人間の日常を忘れたように
風景だけが存在した

ガラス窓の向こうでは
休むことなく意味のない言葉が飛び交っていた
微力な太陽を頼りに
時間が消えてしまうことを祈っていた
生命が感じられない人々に
自分を映し出し
世のしがらみから目を背けながら
後悔を捨て眠りへと旅立った

どんな場所にも
どんな時代にも
どんな運命にも
それぞれの闇が訪れて
何もできないままくり返していく
無作為に人生は流れて
闇はまたやってくる
逃れようのない現実として

ありふれた世界の中で

               まこと

海に転がっている貝殻は
積み重ねた歴史の現実だ
小さな森の枯れ葉は
名もなく生きて死んだ古代人だ

海の大きさに踊らされ
貝殻に耳を当てた
木々の爽快感に酔い
枯れ葉をかき集めた

見えない天使がささやいた
「母には戻れませんでした」
か弱き妖精は飛び回っていた
「外を知らないだけです」

何のために存在するのか
小さな世界でも問い続けられている

嘘つきは元気もの

         ちゃうちゃうけん

ぼくは嘔吐感をこらえながら
河を眺めていた
「どうして そんな」

同じふりして 違ってる
目の錯覚 ぼくが生きてるのも
嘘みたい
きみも永遠じゃない

きみのその視線
ぼくは思わず
マネキンになる

僕は四六時中 嘘をつく
身も心もゼーゼー言ってる
けど
やっぱり 嘘をつく

みんな みんな
嘘つきだ!

「嫌いなものも
  食べないとだめ
 面倒くさいものも
  しないとだめ」
と 気付いたときには
根がはえていた

この部屋の
乱雑な音の隙間に
ぽっかりと穴があいてら
悲しすぎて 笑ってしまう

ぼくは
水道の水をつかもうとしてた

あかね色の季節

                    刹那

あかね色の空は心を揺らし
夏から秋へと移り変わろうとする季節を
悲しげに映し出す
少し肌寒い風が
細い腕に絡みつくように
北から南へと吹き抜け
寂しさだけが身体を包む
ゆっくりと流れる海は
眩いほどキラキラと輝き
水面すれすれを泳ぐ魚の群れは
何かを伝えるように
何度も何度もジャンプをくり返し
太陽の光を浴びる

胸の奥を締めつけるように
秋の風が吹き
心の奥底をくすぐるように
魚達が飛び跳ねる
この季節になるとほんの小さな事も
心を揺るがし
当たり前の出来事さえも
胸の奥を締めつけてゆく

時はもうすぐ冷たい風の吹く季節へと移り
この切なさもいつかは忘れてしまうだろう
あのあかね色の空と共に

ぽじしょん

                  柳瀬一郎

自分を見つめなおそうとするとき
自分を取りもどそうとするとき

こころの画用紙には
青空のスケッチがうつされていました
こころのキャンパスには
海岸の全貌がえがかれていました
青空は
笑わせるような顔つきで踊り始めました
海岸は
興味深そうな表情で視線を凝らしました
私は怒りをこめて
青空に小石を投げました
私は大声をあげて
海岸にばかやろうと言いました

青空は こんな場所に案内しました
海岸は こんな状況に招待しました