Battle Field

 

−1.「願成就の章」−

 

−「01.出会」−

 人々の喧騒も聞こえなくなった時刻。
 街の光も届かない暗闇を月の光だけが照らしている。
 病院の一室から、わずかな明りしかない街を見下ろす1人の青年がいた。
 彼は目を閉じてさらなる暗闇の世界へと自分の意識を誘う。
 光もなく音もない
。感じられるのは窓から入る風の感触のみ。

 『あの時』

 あの時感じた強烈な「恐怖」と「痛み」。
 意識を失い、次に目を覚ました時に見たものは
 座り込んで怯えている少女と血の海に倒れている男。
 そして、残っていたものは
 返り血で真っ赤に染まった自分の身体と
 
この手で人を引き裂いたという感触。

 あの時に確かに感じた自分の中に棲む『もう1人の自分』

 ゆっくりと目を開けて
 星空を見上げながらこれからのことを想う…。

 そんな彼を以前と変わらず月明かりだけが静かに包み込んでいた。

 
 


     ***

 

 都会から遠く離れた地方の街。
 その街の住宅街のさらに一角。
 そんな中、夜も更けどこの家も寝静まっているこの時間に
 明かりの灯っている部屋があった。

 カタカタカタとキーボードを打つ音だけが静かに響いているその部屋の中で
 一人の青年がパソコンに向かっている。

 パソコンの画面には何 行も会話の文章が書き込まれている。
  「チャット」と呼ばれるインターネット回線を使用した文字での会話。
 青年は楽しそうに次々と文字を打ち込んでいく。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 ■ とーや:明日…というか今日もバイトなのにこんな時間まで話し込んじゃった (−−;)
 ■ ラン:そうだね あたしも今日はいろいろと用事があるんだよ
 ■ とーや:ラン姉も用事があるんだ ごめんなさいこんな時間まで
 ■ ラン:いいんだよ とーや君と話すのはすでに日課みたいなものだし 何より楽しいしね (゚∀゚)
 ■ とーや:そう言って頂けると光栄です ('∀`)
 ■ ラン:最近は神隠しとか変な事件が流行っているから気を付けないと
 ■ とーや:そうですね 夜は出歩かないようにします ('∀`

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 青年がチャットの相手のランと知り合ったのはもう1年近く前のことになる。
 フラリと立ち寄ったホームページの掲示板を通して知り合い
 お互いの趣味のことで共感し、チャットをするようになった。

 お互いに直接会ったことはなかったが
 今ではメールのやりとりから携帯での会話もしたりしている。
 身近ではないが大事な友達。

 チャットでの会話も趣味や今日の出来事など他愛のない話で盛り上がる。
 
昼間はバイトをして夜は眠たくなるまでチャットをして寝る。
 社交的とも健康そうとも言えないかもしれないが青年はそれを幸せだと感じていた。

 刺激や変化はいらない、この平穏が…ずっとこの変わらぬ日常が続けばいいと思っていた。

 だがそれは脆くも崩れ去った。

 それは一人の少女との出会いから…

 

     ***

 

「ふあ〜 眠い 眠い…」
 外の寒い気温に比べて店の中は暖房によって暖かい 。
 まだ2月だというのにその暖かさは眠気を誘うには十分なものであった。
「こら!睦月! お客さんの前であくびしない!!」
「わっ す、すいません」
 店先での日常と化している出来事 、先日もチャットを遅くまでしていたのだから眠たくなるなというのが無理ではある。
 店長と思しき年配の男性に怒られている彼の名は「睦月冬弥 (むつき とうや)」 。
 現在21歳のごく普通の一般市民のフリーター、現在は大手のカメラ店に勤めている 。
 年の割に幼く見える顔立ちに小柄な体格、故に最初は少し頼りがいのない感じではあったものの
 勤めはじめてもう1年以上が経過するとさすがにある程度の仕事は出来るようになっていた。
 仕事に慣れてくるにしたがって無くなっていく不安と緊張。
 月日はいつも平和に過ぎていた 。
 

 その日は雪が降っていた。
 比較的南国に位置するこの地域では雪は滅多に見られるものではない。
 バイトが終わり冬弥はMDプレイヤーでお気に入りの音楽を聴きつつ
 静かに降る雪を眺めのんびりと独り電車を待っていた。
 この時間帯のこの駅では珍しく自分以外にもう一人電車を待っている人がいたが
 別に気にすることでもなく、数分後にはいつものように到着した電車に乗りこんだ。
「よいしょっと」
 他に乗客のいない車内で適当な椅子に腰掛けた その時
「よいしょっと」
 まったく同じ台詞を言いながらすぐ隣に誰かが座ってきた。
 驚いて顔を向けた先には中学生くらいの女の子が座っている。その子は先程まで一緒に電車を待っていた子だった。
 髪を後ろで纏めたポニーテール、小柄な冬弥よりさらに一回り分くらい小さい体格、
 顔もどこか幼げな感じが残っておりまさに「小振りの女の子」と言う表現がピッタリな感じの子であった。
 少女は冬弥の視線に気付くとこちらを向いてニコッと微笑んだ。
 色素の薄い少女の瞳に自分の姿が写っている。
「えっと…」
 冬弥は予想していなかった事に困惑する。
 それもそのはずこの電車には他の乗客は乗っていない。

 つまりこの少女は車内すべての席が空いているにもかかわらず冬弥の隣に座ったのだ。
 とは言えイキナリ「何で隣に座るの?」と聞けるはずもない。
「あっ いや なんでもないよ」
 と、慌てて平静を装い少女から視線を外した。
 視線を外した先の向かい側の窓には明るい車内が写りこんでいる。

 窓には明るい車内が写りこんでいる

 正面を見据える自分とその隣で同じように正面を向いている少女、今のところ電車内には乗客は二人だけ
 いろんな人が乗ってくる電車でいちいち他人のことを気にしていたらキリがないのだが
 ガラガラの車内で、しかも若い(幼い?)女の子が隣に座っている状況は冬弥には少し重苦しいものであった。
 だからと言ってどうこうする理由も無いので結局はいつものように目を閉じ電車の揺れに身を任せ
 僅かな睡眠時間を求め浅い眠りについた。
「……え ……ねえってば……」
 誰かが自分の肩を揺らしている。
「っ!?」
 ハッと顔を開けて眼を覚ます。どうやらあれからすぐに眠りに落ちてしまっていたようだ
 聞いていたMDは全曲の半分近くまで進んでいた。
 曲の進み具合からみてあれからすでに二十数分が経ったということになる。
「ねえ……」
 隣を見るとさっきの少女が自分の肩に手を置いている。
 肩を揺らしていたのはこの少女だった。
「えっと…… 何……?」
 自分に用がありそうなのは間違いないようなので少し躊躇いがちになりながらも話し掛けてみた。
「駅……」

「えっ?」
「降りないの?」
 少女の言葉に寝過ごした!とはっとする。
『次は上町5丁目〜 上町5丁目〜』
 その時、自分の降りる予定の駅の名が耳に入る。
 窓の外を見回すと間違いなく自宅の近所の風景が流れている。
 慌てて
停車ボタンを押して運転手に降りることを伝える。
「降りなきゃ。 
じゃ、じゃあね」
 冬弥はとりあえず起こしてくれた?目の前の女の子に別れの言葉をかけ電車を降りた。
「ふう〜」
 寝過ごさなかった安心感でホッとする。
 あれ?でもなんであの子は……
「危うく乗り過ごすところだったね」
 頭に疑問が浮かぶのと同時にイキナリ後ろから聞こえた声に冬弥は驚いた。
 慌てて振り向くと さっきの少女が立っている。
「ね♪」
 唖然としている冬弥に少女は無邪気な笑顔を向ける。
 だが、冬弥自身はそれどころではなかった。
 頭の中はこの少女への疑問でいっぱいだったからだ。
 どうして 僕の隣に座ったんだろう?
 どうして 僕を起こしてくれたんだろう?
 どうして 僕が降りる駅を知っていたんだろう?
「えっと なんで僕がこの駅で降りるって知ってたの?」
 とりあえず落ち着いて質問してみた。
「あなた、睦月冬弥さんでしょ♪」
「えっ!?」
 いきなり フルネームで呼ばれて冬弥の頭はますますパニクった。目と口が同時に点になる。
 自分はこの少女のことを全く知らないのに
 向こうは自分のことを知っていたのだから無理もない。
 もし、疑問符を見ることが出来るとしたらきっと今冬弥の頭の上には
 巨大なクエスチョンマークが三つ四つ浮かんでいることだろう。
 だがそれと同時に今までの疑問に確信が持てた。
 ずべての行動が冬弥個人を知っていての行動なら特に不思議ではないからだ。
 「電車内で自分の隣に座ったこと」も
 「自分がいつも降りる駅を知っていたこと」も。
 だが当然新しい疑問も生まれていた。なぜ自分を知っているんだろうと。
 それを知ってか知らずかその少女は
「これから よろしく♪」
 ようやく点となっていた目と口が元に戻りかけている冬弥に向かって右手を差し出して満面の笑顔でそう言った。
「えっ? あっ うん…」
 冬弥が思わず差出しかけた右手を少女はすばやく掴み、強く握り返した。
 なんとも奇妙で一方的な握手が成立した。

 季節は“冬” 昔は“如月”と呼ばれていた時期。
 そして、南国に少し珍しい“雪”が舞い降りていたその日。
 冬弥は1人の少女と出会った。

 

     ***

 

 見知らぬ少女を握手を交わした10分後
 冬弥は自分の部屋にいた。
 自宅に戻ってすぐさま服を着替え、二階へと上がり床に寝そべって天井を眺めている。
 駅で見知らぬ少女と握手を交わして直後
 「じゃ、じゃあ 僕はこれで」 と言って、走ってその場から離れた。
 というより逃げたと言ってもいい… 正直、あまり良い予感はしなかったからだ。
 当たった試しは少ないが冬弥はそんな予感は信じるようにしていた。
 走りながら後ろ髪を引かれる思いもあったが
 
とにかくこの場で別れればもう会うことは無いと思い立ち止まらず走った。
 運動不足の体は短い距離で悲鳴を上げ始めたがそれでも頑張った。
 帰り着いた時はぜえぜえと激しかった呼吸も先ほどようやく落ち着いた。
 同時に気持ち的にも
落ち着きを取り戻した冬弥は
 先ほどの不思議な(どちらかと言うと変わった)少女のことを考えてみた。
「変な子だったな〜 僕の名前も知ってたし… どっかで会ってたのかな〜」
 自分が覚えていないだけかもしれない という可能性もあるが
 正直、まったく他人と思っている人物が自分のことを知っていたという事実には不安が残る。
 そんなひとしきりな疑問を思い浮かべていた時に
 冬弥の頭に浮かんでいたのは一方的な握手を交わした時の少女の笑顔だった。
「でも、かわいい子だったな〜」
 天井を見ながら率直な感想をぽつりと呟いた時
「えへへ〜 照れちゃうよ〜」
 あるはずの無い返事が聞こえた時、冬弥は思わず叫んでいた。
「うわああああああ!!!」
 ガバッと起き上がってドアの方に振り向くと先程の少女が立っている。
「わっ! び、びっくりしたよ〜 急に大声出すんだもん」
「それは こっちのセリフだー!!」
 冬弥は思わずツッコんだ。
「な、何でここに居るんだ!?」
「え? え? だって… これからよろしくって言ったでしょ?」
 そう言えば確かにそんなことを言っていたような気もする……と考える冬弥であったが
 今はそれを思い出している場合ではない。と気付く。
「どうやってここに入った!?」
 まるで「犯人はあなたです」とでも言わんばかりに
 指をさしてオーバーなリアクションで冬弥は少女を問い詰める。
「え? ちゃんと玄関から」
 何を言ってるの?という感じの顔をして当然のように少女は答える。
 冬弥は「は?」 と思わず点となった目で少女を見る。
 そしてよく見ると少女の後ろにはもう一人顔を覗かしている人がいた。それは冬弥の母親だった。
「あっ 冬弥 お客さんだよ かわいい子じゃないか
こんなかわいい子と知り合いだったなんてお母さん少しも知らなかったよ」
「え? あっ いや…」
「えへへ」
 嬉しそうな母親。
 あっけに取られている冬弥。
 かわいいと言われて照れている少女。
 三人がそれぞれ違う表情で違う反応する。
「まあ ゆっくりしていってね」
 そう言い残し母親は すぐ1階に下りていき部屋には冬弥と少女の二人だけが残された。
 息子が知らない人にゆっくりしていけって言うなよ。と心の中でまた冬弥はツッコミを入れたが
 知り合いなんだろうと思っている母親には想像できないことなので仕方無いかと思った。
「と、とりあえず座りなよ…」
 このままの状況ではどうしようもないと考えた冬弥は
 とりあえず少女を自分の正面に座らせた。
 少女は丁寧に正座で座り膝の上に脱いだコートを被せる。
「君、誰? 何で僕の家に来たの?」
 そして当然の疑問を少女にしてみる。
「ボクの名前は雪奈、如月 雪奈 (きさらぎ ゆきな)」
 ニコッと笑って自分の名前を言う少女。
「ボクがここに来たのは 睦月さんに会うためだよ」
「僕に会いに…? 何で?」
「うん 会いに来た理由はね…」
 次に少女の言った答えは予想もしなかったことだった。


「あなたを、助けに来たんだよ」


 静寂が辺りを包んだような気がした。
 それだけ以外な返答だった。
「た、助けに……?」
 搾り出した様な冬弥の言葉に少女はコクリを頷き、一息置いて話し始めた。
「うん もうすぐあなたの周りで「何か」が起こるかもしれないの……」
「何か……って?」
「多分…… とても悲しいこと……」
 そう言った少女の瞳には悲しみと哀れみの色が満ちていた。

 

     ***

 

「何で そんなことがわかんの? キミ占い師?」
 冬弥は自分を尋ねてきた雪奈と名乗る少女を疑いの目で見る。
「ううん… 違うよ〜」
 それに対しフルフルと可愛い仕草で首を振る。
 合わせてポニーテールも左右に揺れる。じっと顔を見るとやっぱり可愛い。
 こちらを見つめる瞳も実に真っ直ぐで嘘や悪戯で言っているとも思えない。
 しかし、あまりにも突拍子もない話である。
 
「助けに来た?」「何かが起こります?」
 いくらなんでも「はい、そうですか」と簡単に鵜呑みにするほどは単純ではない。
 難しい顔をして悩む冬弥だったが雪奈はそのまま話を続けた。
「単刀直入に言うとあなたは能力者として覚醒するの」
「能力者?」
 また理解を超えるの単語が出てきた。なんだそれは。
「うん 普通の人には無い力なんだけど…… 睦月さんは今、能力の覚醒時期に入ってるの」
 普通の人には無い力? 覚醒時期?
 まるで小説かゲームの中で出て来るような単語が次々と出てくる。
 疲れてるのかな? 冬弥の頭の中はますます混乱していった。
「とにかく、それって本当に僕の事? 間違いなんじゃないの?」
 能力だか覚醒だかはとりあえず置いといて
 実際に「人違いでした」なんて結果だったら笑い話にもならない。
 あいにくそんな単語が出てくる宗教には関わっていないし知り合いもいない。
 当然、そんな不可思議な能力があるなんて信じてもいない。
「そんな事ないよ。覚醒間近の人は独特の気配があるから近くにいるとすぐにわかるんだよ。
今、こうやって睦月さんと話しててその気配がハッキリと感じられるもん」
 理由は自分には理解しがたいものではあったがどうやら人違いでもないらしい。
 だが、やはりどことなく信じがたいというか化かされているよう冬弥は感じていた。
 頭の中では昔話に出てくるような狸と狐が飛び跳ねている。
「それに僕のことはどこで知ったの? 僕の名前知ってたよね?」
「ボク達はいろいろとそんな能力がある人を集めてるんだよ。
それで各地にいっぱいいる情報提供者から睦月さんっていう人が覚醒時期に入ったって聞いたの」
 一種の宗教勧誘か?とも思って取れるお話である。
 「不幸が起こります。あなたには特別な素質があります。ぜひ入会を」 陳腐な決まり文句みたいである。
 思わず話を聴いてしまった冬弥だったがあいにく宗教関連に興味は無い。
 が、何故か分らないが少女の言葉に惹かれるものがあった。
 頭でも理屈でも理解しがたいこの状況だというのに…… まさに「心の奥底で」
「で? それで何でキミみたいな子が来るわけ? 普通は大人の人が来るものでしょ」
 それ故に嘘だと一概に言いにくい心中ではあったが信じるにはそれなりの理由が必要である。
 相手が可愛い子だからと言ってもそれは変わらない。冬弥は真面目だった。
 当然ながら半信半疑で口から出る言葉は疑問ばかりである。
 「宗教勧誘」っぽい話の内容な上に相手は中学生くらいの女の子。
 やはり素直に信じろという方が無理な状況であった。
「時と場合によるんだよ。直接接触する人は能力者じゃないといけないし。
そんなに大人数いるわけじゃないから…… 今回は緊急の応援なの」
 少女は必死に今回は特別な場合だったと強調する。
 質問にはすべて即答。それがさらにこの現実的でない話をギリギリ繋ぎ止めている。
 何とか真偽をハッキリさせる必要はないものかと冬弥は頭を捻る。
 そこで一つ閃いた。
「じゃあ、君は能力者なの? 何かできるわけ?」
 冬弥の口調はいつのまにか少し問い詰める形になっていた。
「うん そうだよ」
 だが少女はその質問にもあっさりと答える 「自分は能力者だ」と……
「じゃあ、見せてよ。その君の能力ってやつを…… 何か出来るんでしょ?」
 会話の流れから当然の要求を言ってみる冬弥。これでチェックメイトだ。
 ここでそれを見ることになれば冬弥は信じざるをえない状況におちいる。相手が断る理由はない。
 冬弥は難癖つけて断るならもうこの話は信じないぞと目で訴える。
 少女はそれを分っているのか一瞬悲しげな表情を見せる。
 だが次の瞬間には笑顔に戻り「いいよ 見ててね」 と、あっさり答えた。
 冬弥はその予想外答えに思わずキョトンとした顔になる。
「能力に覚醒した人に共通するのは自分の精神を具現化した
“使い魔”と呼ばれるものを呼び出すことができるの」
 そう言いながら少女は胸の前に両手を出して何かを念じるような態度とる。
 冬弥は嘘だろ……という態度を取りながらもじっとその動作を見つめた。
「そして これがボクの使い魔…」
 一瞬の閃光と共にイキナリ冬弥の目の前に生き物が飛び出してきた。
 合わせて冬弥の目も飛び出しそうだった。
「名は“琥珀”」
 現れたその生き物は今まで見たこともない姿をしていた。
 冬弥は必死に頭の中の動物図鑑と照らし合わせるが明確な動物が出てこない。
 短めだがフサフサしていそうな毛に包まれ少し長めの胴に短い手足。
 白の毛色に異様に太い耳と長く大きい尻尾。キツネでもリスでもない。
 何より目を引いたのは額に輝く黄色い宝石。そんなものを付けた生き物がいる訳がない。
 その生き物は静かに床に下りた後、タタタッっと身軽に少女の肩に上っていった。
 キュ〜ンと小さく泣きながら少女の頬に自分の頬を擦り付けている。
「どう?」
 頬に擦り寄っているその生き物(琥珀)の頭を撫でながら少女は微笑む。
 琥珀は頭を撫でられながら気持ちよさそうにしている。
「うわっ ムチャクチャ可愛い……」
 それを見て思わず素直な感想を述べる。
 その感想に「えっ?」 と少女は少し意外そうな表情をみせた。
「さ、触ってもいいの?」
 冬弥の方は少年のように目を輝かせて琥珀に見ながら少女に尋ねる。
「う、うん、いいよ。噛み付いたりはしないから。多分だけどね」
「多分なのか…」
 多少の不安を持ちつつも好奇心には勝てず
 そっと手を伸ばし少女の肩に乗っている琥珀の頭を撫でてみる。
 その毛並みの感触や体温、間違いなく生きている。人形でもロボットでもない。
 すごいと思いつつもとりあえず噛み付かれなかったことに安堵した。
 そんな至福の表情で琥珀に触れる冬弥を見て少女は心底驚いた顔をしていた。
「すごいね。使い魔……なんだっけ?」
 肩に乗っている琥珀を触っているので冬弥の顔は先ほどまでより全然近い位置にある。
 そのまま話しかけられた為、至近距離で目が合ってしまった。ドキンと少女の心臓が跳ねる。
「えっ、うん。能力者は自分の使い魔を通して能力を使うの」
 少女は思わず目を逸らして答える。向こうを向いてはいるが垂れた髪の隙間から見える耳が少し赤みを増している。
 そんな態度にまったく気が付きもせず冬弥は別の事を考えていた。
 使い魔うんぬんは別にしてイキナリ目の前で未知なる生き物を出現させられると先ほどまでの話を疑うことは出来なかった。
 だが冬弥が不思議に感じたのはそのことだけではなかった。
 それは目の前で非現実的なことが起こったのにあまり動じない自分だ。
 今までとは違う世界への入り口に立っているというのに
 その辺りについては不思議なくらいに落ち着いていた。
「何かできるの? この…琥珀だっけ?」
 冬弥の質問はまだ続いた。
 だがその向けられる視線には先ほどまでの疑いの色は無く、単純な好奇心の色しかなかった。
「うん」
 
口調や雰囲気からそのことを感じ取った少女は先ほどよりも可愛い笑顔で答えることができた。
「そうか〜 すごいな。ところで僕にも琥珀みたいな生き物が出せるの?」
「それはわかんないよ 人によって能力はそれぞれ違うから出て来る使い魔の姿もそれぞれなの。
見えない使い魔を使役する場合もあるしね。ボクの場合はこの子が出てきたってだけなんだ」
「う〜む でも可能性はあるわけだ」
 正直、琥珀はかなり可愛かった。
 こういう使い魔を出せて、しかも何かの能力が自分にもあるかもしれないと思い冬弥の顔は自然とほころんだ。
「でもね……」
 思わず顔が綻んでしまっている冬弥に少女は真剣な表情で話し掛けてきた…
 それと同時に琥珀はゆっくりと姿を消した。
「…?」
 そして それからの少女の言葉は冬弥を不安にさせるのに十分な内容だった。
「ボクはあなたの能力の覚醒を止めるために来たの」
「えっ!? ど、どうして……?」
 能力の覚醒を止める? 何故? 素質があるのに?
 先程までと違い自分にも能力があったらと思っているのに?
 

 

     ***

 

 あまりに真剣な少女の表情……
 そして、冬弥の頭に先ほどの言葉が思い出される……

 『うん もうすぐあなたの周りで「何か」が起こるかもしれないの……』
 『何か……って?』
 『多分…… とても悲しいこと……』

「それは、さっき言った僕の周りに起ころうとしている「何か」に関係があるの?」
 少女はコクリと真剣な表情のまま静かに首を縦に振る。
能力覚醒は『失う』ことで得られるの……
それは人によって様々だけど、とにかく自分がとても大切に思ってるもの…」
「僕の……大切な……もの?」
「能力の覚醒…… それは本人の深い悲しみと絶望が生む奇跡の一つなんだよ」
 悲しみと絶望が生む奇跡。
 何か矛盾したような言葉だが何故かそれは冬弥の心に響いた。
 物を買うのにお金がいるように、何かを得る為には何かを代償にしなければならない。
 その法則は「常識の外れた力」であっても例外ではないのでろう。少女は言葉を続ける。
「近いうちに睦月さんはそういう出来事に出会う可能性があるの。だから、ボクはそれを止めたいの」
「だから助けに来たって言ったの? でもさっきは能力者を集めてるって言わなかった?」
「うん、基本はそうなの。でも、自分と同じ思いはさせたくないから……」
「と言うことは…… 君も何か……?」
 自分の体験を思い出したのか、少女は俯いたまま静かに首を縦に振る。
「ご、ごめん……」
 冬弥はとっさに謝ってしまっていた。
 それほどまでに一瞬だけ見せた少女の表情は暗かったのだ。
 初めて会った時の笑顔の記憶がまだハッキリしているからこそ、その表情の変化が大きく感じられた。
「あっ うん いいんだよ。ごめんね」
 少女の方も冬弥が気にしたと思ったのかすぐに謝る。
 少しはにかんだ笑顔を見せた後、真剣な表情に戻って話の続きを始めた。
「今、能力が覚醒しようとしている気配がある……ってことは
近いうちに睦月さんの身に「何か」が起こるってことなんだよ」
「殆ど予知だな…… それって絶対起こるの?」
「ううん 絶対じゃないんだけど、可能性は高いよ……」
「そ、そうなのか で、キミがこれから僕に起こるかもしれない不幸を阻止してくれる……と」
「うん そういうことかな」
「ふむふむ、不幸を振り払うと言うことは同時に能力の覚醒を阻止するということか」
「迷惑じゃなければだけど……」
 追い出されたり信じてくれないかもと危惧しているのだろう。
 少し不安げな表情で彼女は言う。
 しばし沈黙の時間が流れる。
「えっと…… 睦月さん?」
 心配そうにこちらの顔色を伺う少女に
 冬弥は自分の方から手を差し出してハッキリと答えた。
「じゃ よろしくお願いするよ如月さん。僕も不幸はイヤだしね」
 少女がさきほど一瞬だけ見せた暗い表情。
 あれほどの顔をするということかなりのことが自分の身に起こったのだろう。
 だからこそ少女はここに来た。他の人を自分と同じにさせない為に。
 そんな少女を冬弥は信じてみることにした。
「ありがとう。それと雪奈でいいよ。睦月さん」
 彼女はパッと明るくなった表情で差し出した手を両手で握り返してくれた。
「僕も冬弥でいいよ」
 そして、握手を交わしたまま雪奈が聞いてきた。
「で、ボクはどこに寝たらいいの?」
「は…? 寝る?」
「だって、ボク宿無しだもん♪」
「笑顔で言うセリフじゃないよ…… それ……」
 イキナリ問題は山済みだった…… 色んな意味で。
 早くも結論を早まったかな……と少し後悔しはじめる冬弥であった。

 

 

 Next Story 「襲撃

 

 

<目次に戻る>  <神無月TOPへ戻 る>