
気が付いた時冬弥は真っ暗な闇の中にいた *** 扉を潜った先は外と同じく全方向が真っ暗な闇 「目覚めは大切なものを失う事で行われるの… そして、今… *** 雪奈に馬乗りになった状態で ―――― さぁ… 狩りの時間だ
―――― *** 「あ…う」
−「覚醒」−
「こ、ここは…」
辺りを見回すが全てが真っ暗な闇
その闇の中をいろんな色をしたいくつもの球体がフワフワと漂っているだけだった
上下左右全ての方向が同じ景色
『答えろ…』
そんな中で声が響く
真っ暗な空間すべてに響き渡っているような
頭の中に直接聞こえてくるような不思議な感覚
「な、なんだ?」
慌てる冬弥を気にするでもなく声の主は続けて言う
『答えろ… お前は“力”を欲するか?』
「“力”…?」
力… その言葉に何かを思い出す
今までモヤが掛かっていたかのような状態の頭が急に冴えてくる
そして思い出す この空間に来る直前のことを…
「そうだ… 雪奈が… あいつが危ないんだ…」
『答えろ…』
「うるさい! ここは何処だ!?」
“声”に向かって冬弥は叫んだ
もちろん 何処から誰が話し掛けているのかはまったくわかりはしない
辺りを見回しながら届くともしれない“声”の主に向かって叫ぶ
「今はそんな話をしている暇は無いんだ!! 早くここから出せ!!」
冬弥に余裕はなかった 精神的にも時間的にも
今現在、雪奈が危ない 頭の中はそれだけしか考えられなくなっていた
『落ち着け… ここはお前の精神世界だ…』
「精神世界?」
“声”は焦りまくる冬弥に初めて質問以外の言葉をかける
『精神世界は現実世界とは違う
ここで何時間過ごそうと外では時間は経ちはしない…』
「……」
『時間はある… 落ち着いて答えろ…』
「……」
冬弥は“声”の言う通りに落ち着くことに勤めた 身体の力を抜いて自然体になる
熱くなっていた頭が急速に冷えてくる
雪奈と出会って信じられないことが多く目の前で起こっていた為に
今のような非現実な状況に多少なりとも慣れたのかもしれない
最後にフゥと深く息を吐いた時にはほぼ冷静さを取り戻していた
『“力”が欲しいか…?』
冬弥が落ち着いたのを見計らってか“声”は質問を続けた
「ああ… 今は雪奈を助けるために“力”が欲しい」
『ならば俺の元に来い…』
それを聞いて冬弥は“声”の主の元は歩き出す
視界は以前として暗いまま 右左はおろか上も下も区別がつかない
球体すら無ければ自分が進んでいるのかも眼では確認出来ないだろう
だが不思議と迷いは無かった
何の迷いも焦りも無くただその方向に向かっているという自覚があった
そしていくらも歩かないうちに景色に変化が訪れた
「扉…?」
そこには1枚の両開きの扉があった
不思議な扉だった 鉄のような重々しい感じなのに木のような温かみがあるというのか
全体に覆い尽くすようにある模様 文字のようにも見える
そして何よりも異様だったのは
周りには壁も何もない状態だったこと
つまり真っ暗な景色の中ただ“扉だけ”があったのだ
『入れ…』
“声”はその扉の向こう側から聞こえてきた
冬弥はゆっくりと扉を開けた
−ギイイイィィィ−
大きく重そうな扉は以外なほどあっさりと押し開くことが出来た
そして、冬弥はゆっくりと中に足を踏み入れた
その先には縛られた男がいた、男の左右の手は肩の少し上くらいの位置、
両足は肩幅よりも少し広い状態で鎖によって固定されたいた
まるで闇自体に縛られているかのように見える
暗くて表情はよく見えなかったが
冬弥と同じくらいの小柄な身長、違うのは肩よりも下に伸びている長い髪の毛
全身に漂う雰囲気は異様の一言だった
『一応、初めまして… かな』
俯いていた顔を上げて男はそう言った
「お、お前が僕を呼んでたのか…?」
『ああ 正確にはもう何年も呼びつづけていたがな…
そして先程 やっと俺の声が届いたというだけさ』
「……」
『お前は“力”が欲しいと言ったな…』
「あ、ああ」
会話はすぐに先ほどの質問の内容になった
“男”にとっては待ちに待った“冬弥”との接触、
冬弥にとっては一刻も早く雪奈を助けたいとの焦りが生んだ結果だった
もちろん ここでの時間経過は現実には反映されはしないのだが…
『それは他人の為か… それは何故だ… そいつはお前にとってそれほど大事な奴なのか?』
男の質問に冬弥は一呼吸置いて答える
「雪奈は… 彼女は初めて会った時“僕を守る”って言ってくれた
そして今、彼女は命を賭けてそのことを証明してくれた…
ちゃんと僕を守ってくれた その為に自分が傷つくことも省みずに…」
男は黙ってそれを聞いていた
『……』
「だから… 僕は彼女を助けたい」
『“力”を選る為にお前は代償を払うことになる』
男はさらに冬弥に語りかける
「代償…?」
『そうだ…』
「ど、どんな代償なんだ…?」
『何故そんな事を聞く? 自分が嫌な内容だったらお前はその女を見捨てるのか?』
「……」
自分可愛さの為に雪奈を見捨てる
僅かにそんな選択を選ぼうとした自分に自己嫌悪する冬弥
そして 思い出される言葉…
家族だったり… 友人だったり… 身体の一部だったり…
とにかく自分がとても大切に思ってるもの…」
(力が欲しい… 家族を失うのも、友人を失うのも、そして… 雪奈を失うのもイヤだ
では 何を失う… 何を変わりに差し出す?
だったら僕自身を… 僕の中の何かが失われることになろうとも
「力」が得られるのなら… 僕自身はどうなろうと)
「その代償が僕個人に向けてのことなら何でもいい!!
今は“力”が欲しい!!」
『後悔は無いな…?』
最後に男は念を入れる
その声は少し怒気を含んでもいるようだった
だが
「雪奈は命を賭けてくれた… だから… 僕も命を賭けてそれに答える!!」
冬弥の答えは変わらなかった
少し怯えの混じった、そして強い意志のこもった瞳で真っ直ぐに男を見詰めて答えた
『そうか…』
その意志が揺るぎ無いと感じとったのか
男は冬弥に向かって叫んだ
『ならば願え! この俺の“力”が欲しいと!!』
「っ!!」
その声に一瞬 ビクリとする冬弥だったが
すぐに目を閉じて一心に願い始める
『もっとだ… もっと念じろ…』
男はその冬弥の行為を後押しするように言って
「うあああああああっ!!」
冬弥は叫んだ
叫ぶことで意志にさらなる力を入れようと、
自分の願い、想いが強いのだと表現するかのように…
そして、その冬弥の意志は目に見えぬ力をなって男を縛っていた鎖に亀裂を入れる
−バキイィィィン−
その鎖が千切れた瞬間、
男が叫んだ
『くれてやる!! この俺の…“鬼”の力を!!』
セーターの下に着ていたシャツに手をかける三城
「う…」
抵抗できない、そして抵抗してはいけない状態の雪奈は
声を抑えることで可能な限りの抵抗する意志をみせた
「くっくっく」
そんな行動を悟ってか三城の目はさらに怪しく輝く
そして シャツを掴んだ両手に力を入れようとした瞬間
−ドガッ−
激しい衝撃音と共に三城の頭が弾け
その衝撃で数メートル吹っ飛んだ
三城は吹っ飛びながらも片手を地につけて身体をいなして地面に着地する
「くっ だ、誰だ!?」
先ほどまで三城が居た場所には“冬弥”が立っていた
その姿勢は右拳を繰り出した格好のまま止まっている
「お前か… まだ動けたとはな…」
自分を殴りつけたのが冬弥だと知るとわずかに驚きの表情を見せる
全身に打撃を加え“普通の人間”なら痛みで立つことすらできないはずだからだ
「と、冬弥… さん 大丈…夫なの?」
痛みを堪えながら冬弥の名を呼ぶ雪奈
「……」
自分も危うい状況だったというのに他人の心配をしているのだ
だがその声は聞こえていないかのごとく冬弥は無反応だった
そして、ゆっくりとした動作で姿勢を元に戻す冬弥
「ま、まさか…」
「この気配… き、貴様…」
“冬弥”から感じられる気配に驚愕する三城と雪奈
その気配はまぎれもなく“覚醒時”の独特の気配だった
−ドクン、ドクン−
“何か”が孵る時ような音が聞こえたと思った瞬間
冬弥の身体に目に見えるほどの変化が現れていた
引き締まっていく肉体… 凄まじい勢いで背中まで伸びる髪
メキメキと音を立てて研がれたように長く鋭くなっていく爪
そして、真紅に染まる瞳…
「そ、そんな…」
「ば、馬鹿な! か、覚醒しただと! 一体何がきっかけで!?」
その変化の後に居たのは“冬弥”ではなかった
変化した肉体と気配 先ほどまでとはまるで“別人”
「と、冬弥さん?」
“冬弥”にゆっくりと話し掛ける雪奈
あまりに変わった雰囲気の為に雪奈自身、不安になったのだろう
自分の知っている人間なのかどうか そう確かめるかのような話し方だった
「冬弥? ああ… そいつなら今はココだ」
だが、“冬弥”はそう言って
右手の親指で自分の左胸をトントンと指さした
「え…?」
事態が把握できない雪奈
そして、三城がその瞬間をついて布を硬質化させて投げつけた
刃物と化した2枚の布が“冬弥”を襲う
が、
−パシパシッ−
まるで虫を叩くような感じで冬弥はそれを全て片手の指で掴んだ
「なっ!?」
そして、真紅の眼を見開いてゆっくりと
三城に向かって言い放った

三城は怯えていた
自分に向けて放たれる剥き出しの殺気に
いや… “冬弥”の放つ気は
「怒気」というには生ぬるく
「殺気」と言うにはあまりに邪悪な…
それはまさに「鬼気」と呼ぶのに相応しいものであった
「き、貴様、まさか自力で能力を引き出したのか?」
「これから死ぬ奴に話したところで意味はない」
三城の質問に“冬弥”は静かに答える
それを見ていた雪奈は恐ろしくて声が出なかった
その 威圧感に! 殺意に! 鬼気に! 恐怖に!
それは自分に直接向けられている訳でない だがその鬼気は
「心臓をつかみ出されそうな感覚」等という
表現をはるかに凌駕していたのだ
「ぐぐぐ… こ、この俺が覚醒したばかりのガキに気圧されるだと…」
認めたくない事実が三城の頭を混乱させる
「そんなこと認めるかーーっ!!」
完全に頭に血が上った三城は
そう叫び両手でコートを左右に広げた
コートは黒い気を発しながら目に見えて硬質化していく
「死ねーーっ!!」
そして そのまま“冬弥”に向かって突進した
「避ければ女が死ぬ!! 受けざるをえんぞ!! くらえ“大鋏”!!」
一気に“冬弥”との間合いを詰め、勢いそのまま左右の手でコートを掴む
「もらったーーーっ!!」
刃と化したコートが左右から巨大な鋏のように“冬弥”を襲う
−ザシュッ−
不気味に肉が切れる音がした
だが それはホンの小さな音でしかなかった
「ば、馬鹿な…」
「確かに大した鋭さではあるが…」
木をも切り倒すほどの三城の“大鋏”の斬撃は“冬弥”に止められていた
コートが左右の手に食い込んだ部分はホンの1cmにもみたない程度
もちろんその傷口からは血が滴り落ちてはいるものの
斬りかかったのは巨大な鋏、それを防いだのは何もつけていない2本の腕
“斬った”のではなく“受け止められた”のである
「この程度じゃ おれは切れんよ…」
そう言って“冬弥”はそのまま硬質化させているコートを掴み
無造作に引きちぎった
「なっ!! ひ、引きちぎっただと!?」
信じられないという表情をして
そのまま“冬弥”と距離をとろうと後ろに飛びのく
だが それは一瞬たりとも成功しなかった
ほぼ同時に“冬弥”が三城との間合いを詰めにかかったからだ
そして、“冬弥”は伸ばした左手で三城の首を掴む
「は、はや…!?」
「死ね」
驚きの声を発する間も与えずに“冬弥”は三城に向かって右手を突き出した
−ズンッ!−
不気味な音がした後に腕は三城の胸にのめり込んでおり、真っ赤に染まった腕の先は背中から突き出ていた
“冬弥”のはなった一撃は三城の胸を貫いていたのだ
「がはぁっ!!」
口から大量の血を吐き出す三城
「ば、馬鹿…な 服を…硬質化させて…いたのに…」
血を吐き出しながら苦しそうな表情をする
「言ったろ… その程度では話しにならないと…」
そんな三城を見ながら“冬弥”は薄ら笑いを浮かべて答る
そして、突き刺さっている右手を抜き、首を掴んでいた左手を離した
その拍子に大量の血が“冬弥”の顔や身体にかかる
だが“冬弥”はそのことに気にも止める様子は微塵も感じられなかった
支えを失った三城の身体は力なく地面に倒れ
すでに生命活動を停止したその肉体からは未だに大量の血が流れ出しおりそれは辺りに小さい赤い水溜りを作った
「と、冬弥さん… い、一体…」
“冬弥”と呼ばれていた男の変貌
そして その“冬弥”が覚醒し三城と呼ばれた男を殺した
その目の前で起こった事実が雪奈には信じられなかった
「俺は“冬弥”じゃねえよ…」
赤い水溜りの中で“冬弥”は振り向いて
「俺の名は…」
血で真っ赤に染まった腕を自分の胸に当てて
「“神威”だ」
そう名乗った
血のように赤い瞳で雪奈を見つめながら…