
−3.「屍山血牙の章」−
−「02.凶会」−
「行ってきま〜す」
「「「行ってらっしゃい」」」
元気良く家を出る雪奈を見送る三人
いつもは雪奈と同時に部屋を出る冬弥と蘭だったが
今日は二人とも室内で雪奈を見送る
「あら、今日はゆっくりなのね」
「たまにはね 朝はいつも冬弥クン半寝状態だし」
夕菜の問いに蘭が少々呆れ顔で答える
「すみませんね」
その答えに少々引っかかる冬弥だったが
朝ゆっくり出来るのは嬉しいのであえて余計な事は言わなかった
「まあ もうちょっとだけゆっくりしよう 何か飲む? 麦茶でいい」
「もう麦茶作ってるんですか?」
今の季節は4月、とは言え少々肌寒い日が続いており
時期には少々早いと感じられた
「あたしは毎年ちょっと早めに作ってるの」
「へえ〜 そうなんですか 麦茶が好きな僕は大歓迎ですよ」
とは言え、季節に関係なく麦茶を作っている家庭もないわけではない
冬弥は当然ながら深く考えることなくそれを受け入れた
「はい」
麦茶が注がれたコップを蘭が持ってきたが
何故か冬弥一人の分しか入れてはいないようだ
「いただきます」
二人は飲まないのかな?と思いつつも
渡されたコップを手にとり口に近づけ
ゴクゴク
そのまま飲み始めた
「…?」
「変わった味ですね」
「いろいろこだわっていますからね」
「ふ〜ん」
冬弥はお茶っぽくない味を舌に感じながらも夕菜の説明に納得した
そして、ゴクゴクとさらに飲み始めた
「ふ〜」
「おいしい?」
「え? えっと まぁ」
「飲んでるね」
「飲んでますけど…?」
「よく飲めるね〜 お茶と醤油を混ぜただけなのに」
「ブーーーーーッ!!!」
イキオイよく口から麦茶?が噴出される
室内に描かれる放射線状の液体をいつの間にか持っていたお盆で受け止める蘭
「ゴホッ!ゴホッ!!」
そして激しくむせ返る冬弥
「ちょっと! 何、飲ませてるの!?」
と言いながらも「またか〜」という表情で言う夕菜 どうも常習犯らしい
予想していたのなら教えて欲しかったと冬弥が思ったのは言うまでもない
「いや〜 ちょっとした イ・タ・ズ・ラ♪」
「ゴホッ!! は、半分以上 飲んじゃったよ ゴホッ!」
「う〜ん 見た目どおり鈍いんやね〜」
「と、冬弥さん 大丈夫!?」
夕菜があわててティッシュを数枚渡すが
冬弥の服はすでに吐いた麦茶?でビチョビチョだ
「それとも疑う事を知らないだけかな? 人が良いもんね」
ケラケラと笑う蘭には罪悪感の欠片もないようだ
「へ、変な試し方しないでくださいよ もう〜」
無邪気な顔で蘭に誉められてもちっとも嬉しくない冬弥であった
「そういえば雪奈に警告するの忘れてたわね」
飛び散った麦茶?を拭いている冬弥と蘭に夕菜が話しかける
「簡単になら伝えましたよ」
「で、何て言ってた?」
「“気をつけるようにはする”って」
冬弥がまだ僅かに鼻から麦茶?を出しながら答える、そこには緊張感の欠片も無かった
「まぁ 雪奈ちゃんが居れば逆に被害を防げる可能性もあるし
教会に寄るのも週に3日くらいだし 大丈夫じゃない?」
「そうかもね‥ でも一応今夜私の方かも話しておくわ」
「そうですね お願いします」
だが、危険は足音を立てずにゆっくりと静かに
そして、確実に近づいてきていた
※※※
そして、夕方
いつものように雪奈は教会へと急ぐ
「こんにちわ 神父様」
「こんいちわ 今日も元気ですね」
「それだけが取り柄ですから」
「いえいえ、その取り柄は他の人も幸福にする素晴らしいものですよ 自信を持ってください」
「わ〜 そんなこと言われたのは初めてです」
「そうですか? でも、言われたのは初めてでも皆感じてはいるはずですよ」
そんな会話をしながら教会に入った時
ふと雪奈は先日の冬弥から聞いた「事件」の話を思い出した
「神父様 夜などは気をつけて下さいね」
「何がですか?」
「何か最近、教会が襲われる事件が多いと聞きましたから」
雪奈はまだ子供だった。EGSの隊員とはいえ
“喰われた”覚醒者との係りはほとんど無い
それ故に純粋で神父疑うことをしなかった
この会話も神父の身を案じての一言だった
だから、気が付かなかった。
その一言に神父がわずかに怪訝な反応をしたことに
※※※
ガタン! 激しく椅子を揺らしながら画面を見て夕菜は立ち上がった
「何‥ これ‥」
夕菜は今日届いた機関からの情報に目を通していた
EGSのデータバンクは毎日のように更新される
行動部隊にとって情報は命の次に大事であり、
その内容によっては任務の成功率を大幅に左右する
夕菜が見ていたのは本日更新された「連続教会襲撃事件」のページ
その補足部分にはこう書かれいた−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
「△△市 パラケルス教会
2005年11月より神父不在の為、廃墟となった教会に身元不明の人物が
住み着いているという情報があり、先日隊員を派遣
隊員の調査時には不在、証言による人相からすると
身元不明人物は「夜久野 聖」と思われる正規調査員の現地調査は近日中に行う予定」
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
「蘭ちゃん!! 冬弥クン!! 雪奈ちゃんが!!」
夕菜は二人を呼びに部屋を飛び出した
部屋のモニターにはまさに今、雪奈の目の前にいる神父の写真が映っていた
名前:夜久野 聖 Yakuno Hijiri
覚醒タイプ:降魔の法
能力名・能力:不明
危険度:Sランク
※※※
「‥‥ですか?」
「え? 何ですか?」
神父の声が聞き取れず尋ねた時
その表情を見て雪奈は強張った
「何故、その事件の事を知っているんですか?」
雪奈を見る神父の表情はいつもの笑顔ではなかった
「えっと‥」
雪奈は何のことか分からない
だから、神父の表情に対してただ言葉に詰まる
その時
「それは俺も聞きたいね」
教会の奥から別の声が聞こえた
二人がそちらを見ると教壇の前に一人の男が立っていた
左寄りで括った茶髪の長髪、耳に十字架のピアス、Tシャツにズボンというラフな格好に咥え煙草
およそ教会に似つかわしくない容貌のその男はジッと雪奈を見ながら口を開いた
「お前、あいつらの仲間か‥?」
「え? あいつら‥?」
「教会襲撃の事件は隠蔽されているんだよ‥ EGSによってな‥」
“EGS”の名に雪奈がピクリと反応する
“EGS”は一般には公開されていない機関
知っているのは機関のメンバー 政府や警察の上層部のごく少数の人達そして‥ 敵対している組織“Another (アナザー)”の人間のみ
「あ、あなた‥ “アナザー”の‥」
「その名が出るということは“EGS”の人間で間違いなさそうだな 覚醒者か?」
雪奈は男の質問に対して無言で反応しない
質問への返答よりこの状況にどう対処するかで頭を働かせていたからだ
ここには神父もいる 戦闘になるのは避けなければならない、と
「あなたは誰ですか?」
わずかな間の沈黙を破ったのは男に対する神父の質問だった
「誰だ、だと お前こそ誰だ EGSのメンバーか?」
煙草を右手に持ち、煙を吐き出しながら男はさらにそれを質問で返した
「こ、この人は‥」
「まぁいい‥ その服装、お前がここの神父だろ どっちにしても殺すことに変わりはない」
雪奈が言い終わる前に男は淡々と語った、“殺す”という単語を含む言葉すらも
あくまで自然に‥ まるで日常茶飯事の事をするかのような口調で…
その時、周りが激しい殺気の渦に飲み込まれた
「こ、これは‥」
それは神威が現れた時と同じだった
周囲の空気が重くなり纏わり付くような感覚、その殺気に驚愕する雪奈
そして変化していく男の身体
「ざわつくんだよ‥ 俺の中のユダがな‥」
「あ、赤い眼‥」
瞳、そして髪までもが深紅に染まっていった
それはまるで毛先からジワジワをまるで侵食していくかの様に
この状況の中、神父はそれを目を背けることなくジッと見つめていた
「“Children Of Judas”‥」
「えっ!? 」
神父がポツリと呟いたその言葉に反応して雪奈は視線を男に向けた
「ま、まさか‥ あなたがジューダス‥?」
雪奈の質問に初めて男は答えた
「“EGS”の連中はそう呼んでるな」
その回答には絶望の色が混じっていた
※※※
男の要容貌は先ほどとは変わっていた
髪と眼は深紅に染まり
髪を掻き揚げているせいでよく見えるその顔には
左側に大きな白い逆十字の印が現れている
男は吸っていた煙草を指で弾き捨て
ズボンのポケットから折りたたみ式のナイフを取り出した
一般的にバタフライナイフと呼ばれている物だ
ナイフが出た事で警戒している二人をまるで気にせず
右手に持ったそのナイフの刃を自分の左掌へ当てた
「っ!!」
声を出さずにビクッと雪奈が震えたのは肉を切る鈍い音がした後のことだった
ポタポタと滴り落ちる鮮血が床に赤い点を描いていく
ジューダスは自分の左手を切ったのだ
痛みを感じていないのか唇の端を歪めた表情はそのままに。
そして、そのまま手を振り下ろす。
傷から飛び散った血が今度は机に赤い点を描く
「じ、自分の手を‥」
驚く雪菜達がその理由を理解したのはそのすぐ後のことだった
バキバキバキ!!
木が折れる音がしたかと思うと
分厚い机の天板が上向きにへし折れ
幾つかの千切れた部分が空中を漂っている
さらにそれは見えない力で加工されるかのように削れ別の形状を成していく。
ジューダスの能力が発現した瞬間だった「魔血錬金術! 我が血を受けし物は全て我が眷属」
血が飛び散った木の部分が加工されて杭の様な形状を象った。
それは標準を合わせるかのように
ゆっくりと雪奈と神父の方へ尖った先端を向ける。
さらにジューダスからの発せられる殺気が一段と激しくなった
「琥珀!!」
本能が危険信号を発した うるさい位の警報音が頭の中で鳴り響く
雪奈は躊躇わず使い魔を呼び出す
そして、男が手首を軽く振るのと同時に漂っていた杭が一斉に
雪奈と神父を目掛けて飛んできた
「グレイプニル!!」
それが飛来するより一瞬早く雪奈は能力を発動させた。
銀色に輝く鎖が雪奈と神父の周りを飛び交い
向かってくる杭を全て弾き飛ばした。
カランカランと杭が床に落ちる音が教会内に鳴り響く。
「やはり覚醒者か‥」
ジューダスは攻撃が防がれた事も、能力に対しても驚きもしなかった
「如月さん‥ これは‥」
自身の目の前を漂う鎖に
ジューダスとは対照的に驚いた様子の神父
「す、すいません 訳は後で話します! 今はここから‥」
「逃がすと思ってるのか?」
ジューダスは新たに机に向かって自身の血を浴びせる。
血は侵食するかのように黒滲み広がりながら内へと溶け込み
ジューダスの意思によって机は別の形に加工されていく。
今度は作られた杭を10本、そして机の天板を2枚を操った。
「大事な獲物だ 逃がしはしない」
またもそれらを操り雪奈達の方へ飛ばした
「くっ」
だがそれらは身構える雪奈と神父の上を素通りし入口へと向かって飛んで行った
ガコォォンという轟音と共に扉に天板が入口を押えるようにぶつかる
そして、その天板を今度は多数の杭が打ち付ける
杭はコンクリートの壁や分厚い扉を物ともせず深々とめり込み
扉の機能を完全に失わせた
(攻撃力の低いグレイプニルでは突破は難しい、それに杭を抜く間に攻撃されたら‥)
慌てて雪奈は辺りを見回すが他に逃げ道はなさそうだった。
左右にある窓は殆どがハメ殺し式で高い場所にあり
出入り口陽の扉もあとは教壇横にあるものしかない。
だが、その教壇の前にはジューダスが不敵な笑みのまま立っている。
逃げ道は完全に断たれていた。
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