Battle Field



−3.「屍山牙の章」−

 

−「教戒」−

 

 教会の入口が封じられた頃、この教会へ向かう一台の車があった
 蘭は指をハンドルをコツコツと叩いている。
 三人の乗った車は帰宅ラッシュに引っかかっててしまい前にも後ろにも進めない状況だった。

「携帯電話は?」
「繋がらない……。やっぱり何かあったのかも」
 夕菜は先ほどから何度も雪奈に携帯を掛けているがまったく反応が無い。
「……」
 全員が焦り、会話も無く車内の空気が酷く重い。
「“イレイザー”任務ってそんなに危険なんですか?」
 状況の重さをいまいち認識しきれていない冬弥が二人に質問をする。
「全ての能力は使いようによっては良くも悪くもなります」
「はい わかります」
「そして、危険度ランクは能力の“対象への効果”“効果の範囲”“第三者への影響”等で判断するのですが
それとは別に一番重要な要素が覚醒者の“人格”です」
「つまりな、覚醒者が“喰われた”状態ちゅうことはそんだけでかなり危険なわけや
破壊や殺人衝動、さらに社会や理性によって押えられてた枷が取り払われとる」
「“イレイザー”の任務対象となっている覚醒者はほとんどが殺人を行うことに躊躇がありません」
「それってつまり……」
「ほぼ100%に近い確立で殺し合いになるという事です」
「説得しても無駄ちゅうこっちゃ。下手に気を緩めるとその瞬間にこっちが殺られるかもしれん。
“殺す覚悟”と“殺される覚悟” イレイザーというのはそういう覚悟を持った人達や」
 冬弥は自分が考えているよりかなり危ない状況だということをようやく理解した。

「あ、後、どれくらい掛かりそうですか?」
「このペースだと約15分ってとこね」

 

※※※

 

「と、閉じ込めれられた……」
「止めなさい、意味のない暴力は何も生みません」
 不安な目をした雪奈とは逆に
 決意を秘めた目に変わった神父は
 強い言葉でジューダスに向かって言い放った
「この行為は俺の欲求だ、それ以外に意味はいらない」
「他者はあなたの欲求を満たす為の贄ではありません、世界全ての人に慈悲の…」
「あはははははは!!!!!!」
 だがその神父の語りは下卑た笑いにかき消される
「な、何が可笑しいのです!?」
 カッとした表情で神父が叫ぶが
 それすら意に介さず下卑た表情のままジューダスが答える
「まったくお前ら聖職者という奴らはどうして揃いも揃って同じような事をいうのかなと思ってな」
 その言葉に二人はピクリと反応する 
「そして、死ぬ時も同じように揃って同じ言葉を言いやがる
“ 助けて”、“助けて”、“助けて” ってな
神では無く、この俺に!!!
もう笑いが止まらないよな 結局そいつらが生き残る方法は
“俺が殺さない”でやることだけなんだぜ
いつもは“神を信じる”とかいってるくせに最後の最後には
“俺に懇願する”んだからな
もし神がいるとしたらまさしく“俺”が神だろ あははははは!!!」
 大声を上げて笑うジューダスに
 雪奈は信じられないものを見るような表情で凍りつく
「く、狂ってる…」
 そして、その一言を発するのがやっとだった
「狂ってるだって? それは何に対してだ? 神の教えか? それとも常識か?
これは俺の欲を満たす為だ 本能に従って生きることの何が悪い!?」
「違う! みんな“護る”という同じ理由で戦ってる
ただ欲望の為に殺してなんかいない! 」
「それは詭弁だ、時代も国も信仰も違えばそれは同じではありえない
秩序も法律も宗教も、所詮“人”が作った物にすぎない おれはそんな物に従う気はない
手前勝手に作った思想で俺を区別するな !!!
 もはやその言葉には一般的な人間の感情は含まれてはおらず
 その目は自分以外の人間を一つの生物の種として語っていた
 “動物と人間”と区別するように
「実際に神が何を禁止したというんだ?」
 その威圧的な雰囲気を出す男の叫びに雪奈は言葉を失う

 しばし狂気の支配した教会には沈黙した時間が流れた

「あんたは、“狂ってる”よ」

 沈黙した世界を破ったのは以外にも神父だった
 しかも、“狂”を否定したジューダスにさらに“狂”だと告げることで  
「何だと…」
 少し、イラッとした表情で神父を睨むが
 すぐにその表情は異様な気配に反応して僅かに歪む
「欲だと… そんなことで彼女を殺したのか…」
 俯き気味の神父の表情は雪奈やジューダスからは確認することはできなかったが
 その気配はそのことを問題視させない程にハッキリと教えてくれていた
 神父の発する気配… “怒気”を
「彼女? なんの話だ?」
 ジューダスの心当たりが無さそうな表情を見て
 神父の怒気がさらに強くなる
「6年前… T都のある教会で少女が惨殺された死体で見つかった」
「あん?」
 その普段より低い声で語られる神父の話に
 自然とジューダスと雪奈は耳を傾けてしまった
「両目を抉られ、指を切る落とされた死体は服を剥ぎ取られた状態で
教会の壁に逆十字の形に打ち付けられていた」
「っ!」
 その様子を想像したのか雪奈の体がビクッと震える
「キリストを侮辱するかのように…」
 だが逆に神父の話をニヤリを唇を歪ませ聞き入るジューダス
 それを怒気と憎しみの篭った目で見つめる神父
 今まで見せたことも無いその表情に雪奈は声が出ない  
「思い出した… あの女か…」
 瞳孔を開き、恍惚の表情でジューダスが答えた
「やっぱり… お前が… やったのか…?」
「芸術だったろ? あれは我ながら興奮したぜ」
 神父の問いに挑発するかのような口調で肯定する
「お前の言う“神の愛”なぞと下らぬ御託を最後まで並べてたぜ
最後の瞬間まで命乞いをせずに説教してきたのはあの女だけだった 」
ギリッという歯を噛み鳴らす音がした
 神父の握ったコブシは怒りに震え
 爪が食い込んだのか血が滲み出している
「くっくっく その“神の愛”とやらが今度はお前らを救うと……、いいなぁ!!」
新たに回りに自身の血を撒き散らし
 その言葉を共に変成させた数多の凶器を神父に向けって放ったそれに対して
 神父はジューダスに向かって左手を向ける
 向けられた狂気の篭った殺意を受け止めるかのように

 

 ※※※

 

「危ない!!」
 神父に襲い掛かった凶器は固まっていた雪奈をとっさに動かし
 そして、護る為のグレイプニルを動かした
 だがその時すでに神父の左手には変化が現れていた
 襲い掛かった凶器はその左手から現れたものによって
 すべて叩き落され破片となって辺りに転がった
「何だと?」
 それは1m程はあろうかという鮮血の如き深紅の刃
 深海のような重い雰囲気と、悪魔のような禍々しさを備え
 神父の左手から這い出ている赤い紐状のものと繋がっている
 例えるなら巨大な鎖鎌のようだったが
 自ら鎌首を持ち上げるそれはまさに
 狂気を放つ凶器と例えるに相応しいものだった
「赤い……鎌」
 覚醒者という事実
 そして、神父と名乗る人間からは想像つかないような狂器の出現に
 雪奈はおろかジューダスすら驚愕の表情を浮かべた
「神の愛があろうと無かろうと… おれはお前に殺されはしない」
 その言葉と共に神父から発せられる激しい怒気が殺気へと変化する
 それはまさに聖職者が 悪魔へと変わる瞬間だった
 場は一瞬にして凍りつき、芯から来る何かが雪奈の身体を振るわせた
 その中でジューダスの表情は驚愕のものから歓喜のものへと変わっていく
「ほう、貴様“適合者”だったのか……」
 先ほどまでより強烈な殺気がジューダスからも放たれた
「まるで死神の鎌だな お前、名前は何ていうんだ?」
「名乗る必要は無い お前はここで死ぬ」
「ふん」
 その宣告を鼻で笑った時にジューダスは
 神父の左手の刻印に気がついた
 鎌と繋がっている紐状の部分、それは神父の
 左手のひらにある逆十字型の刻印に繋がっている
「その手の印… 聖跡(スティグマータ)?
なるほど、そこから出る血を武器として戦うってわけか」
「血?」
 その一言で雪奈は深紅色の理由を理解した
 鎌は血の様に赤いのではない、本物の“血”で出来たの鎌なのだ。
「俺と同じ血液の中に使い魔を宿すものか」
 自分の顔の印を触りながらジューダスは嬉しそうに言った。
 神父は殺気を込めた眼でジューダスを睨みながら話し出した
「俺も……、俺も神はいないと思っている 」
 神父の言葉に反応するかのように
 赤い鎌がより禍々しい気を放ち出す。
「だから、お前は神ではなく、俺自身の手でジュデッカに送ってやる!!」
 言葉の発声と共に一気に神父はジューダスとの間合いを詰めにかかった
「それはご苦労さん、そして…さよならだ!!」
 同時にジューダスは又も凶器を変成し始めた

 

※※※

 

 迷わず間合いを詰めにかかる神父に
 ジューダスは先ほどまでに発生した瓦礫を操り
 凶弾として神父を撃つ
 それは避けられ、切り落とされても壁や床を穿ち
 破壊された破片がいくつも宙に舞う
「神父様…」
 そして、その声に反応するかのように
 二人の動きはピタリと止まる
 十分な距離を保った状態でジューダスはニヤリを笑う
「見切ったぜ お前のその能力…
固体として具現化しているのは"鎌の部分"だけで
聖痕と繋がっているその"血の鎖"と言えばいいのか… その部分は
液体状のままみたいだな 」
 その言葉にわずかにピクリと神父が反応する
「つまり、その鎖の部分は千切れることはないが
逆に言えば攻撃にも防御にも使えない」
 その指摘は離れた所から見ている雪奈には一目瞭然だった
 鎌の部分は巨大でこそあるが、さすがにあらゆる方向から
 襲っている凶器を全て弾き落とせてはいなかった
 直撃こそないものの避けきれなかった凶器は
 神父の服や身体を容赦なく切り裂いていた
 その為に攻撃回数も限られてしまい、一方のジューダスは無傷
 自分で手を切っているので無傷というのは変だが
 少なくとも神父につけられた傷は一つもなかった
「それがどうした」
 あくまで強気の神父に
 さらに笑みを浮かべてジューダスが叫び答える
「こういうことだよ!!」
 ジューダスが両手を広げた途端に
 神父の全方位を凶器と化した机や椅子が取り囲む
 先ほどまでとは違い杭に加工されたものや先の尖った破片等
 大小合わせるとその数は先ほどとは段違いだ
「これを一人で防げると思うか?」
 あえて"一人"を強調してジューダスが言った
「神父様!」
 さすがに危険だと思った雪奈が神父に近寄ろうとするが
「手を出すな!」
 神父はそれを拒んだ
 それを見てジューダスはニヤリを笑う
 ジューダスの攻撃力と雪奈の防御力が合わされば
 面倒になりかねないと冷静に分析していた
 そこで神父から雪奈の手助けを断らせえる為の挑発だった
 だが、神父が雪奈の手助けを断ったのはまったく別の理由からだった
 自分の"復讐の為の戦い"に誰も割って欲しくないというものあったが
 多対一の戦いの場合、戦闘能力の低い者から狙うのが定石
 参戦させないことで雪奈を標的から外させようとしたのだ
 これは"絶対に勝つ"という自信からくる考えである
 その二つの異なる思惑が結果として同じになった時から
 この教会は神父とジューダスの二人だけの戦場と化した
「串刺しになりな!!」
 その声と共に浮遊していた凶器が一斉に神父に向かって襲い掛かった
 形状も数も込められた殺意も先ほどより遥かに増して
 だが、それは意外な程にあっけなく全て叩き落とされた
 左手に繋がった鎌と、新たに右手から現れたもう一つの鎌によって
「な、何だとっ!!」
 予想外だったのだろう、さすがに驚きを隠せないジューダスと
「み、右手からも…」
 驚きながらも神父の無事に安殿表情を浮かべる雪奈
「聖痕が左手だけだと言った覚えは無い」
 神父はそう冷たく言い放った
「ちいっ!!」
 さすがにこの状態での近接戦闘は危険と判断したのだろう
 バックステップをして先ほどよりも距離をとりつつ
 ジューダスは新たに血を撒き散らした
 それを浴び、凶器と化した机や床材が再び襲い掛かるが
 さきほどより数が少ない為に、神父は右手の鎌だけでそれを斬り落した
 そして、迷い無く間合いを詰めにかかり左手の鎌でジューダスを切りつけた
「ぐっ!!」
 その斬撃は避けきれずに身体を霞め、初めてジューダスは神父の攻撃によって血を流した
 右手の鎌で防御をしつつ、左手の鎌で攻撃をする
 神父は完全に自分の能力を理解し自分の戦闘スタイルを作り上げていた
(こいつ、予想以上に強い!!)
 ジューダスの表情にすでに笑みはなかった
 斬撃を避けつつ、新たに凶器を変成し神父に反撃をするものの
 それは神父を霞めることすらなく全て避けられ、または斬り落とされていった
 激しい攻防を繰り広げながら教会内を飛び交う二つの影
 そして周囲のものが先ほどより激しい勢いで破壊されていく
 その完全な"殺し合い"を目的とした戦闘に、時折飛び散る鮮血
 周囲に血と埃の臭いが纏わりつく
 地獄のような狂った戦場の中で雪奈はその場を一歩も動くことが出来なかった

 

 

 Next Story 「凶戒

 

 

<手前を読む>  <目次に戻る>  <TOPへ戻 る>