Battle Field



−3.「屍山牙の章」−

 

−「凶戒」−

 

「離れろ!!」
 激しい戦闘の最中、激昂したジューダスが叫びながら
 初めて自分の拳を振りかざした
 だがそれを神父は後ろに下がってあっさりとかわす
 そのまま両者はお互いの攻撃が届かない距離まで離れる
 その距離約10m、鎌は届かず、凶器を飛ばしても避けられる距離
 それを確認してジューダスは再びポケットからナイフと取り出す
「まさか、ここまでやるとはな…」
 そう言って左手のひらをさらに深く切り裂いた
 さきほどまでより勢いよく血が溢れ出る
 そして、そのままナイフを左手に持ち替え右手も同じように切り裂いた
「両手を…」
 それを見ていた雪奈は自分の血の気が引いていくのをハッキリと感じた
 目の前にいる人間から流れ出る血の量は
 普通であればとっくに出血多量になっていてもおかしくない程のなのだ
 すでにジューダスの身に着けている服は自身の血で真っ赤に染め上げられている
「いくら俺でも体内で作れる血の量には限界が.ある」
 そう言ってジューダスは流れ出る血を貯めるように拳を握り両手を顔の前でクロスさせた
 握った時のグチュリと嫌な音は雪奈の表情を歪ませる
「 これで終わらせる!!」
 そして、そのまま勢いよく両手を広げ左右の壁に大量の自身の血を浴びせた
 飛び散った血は壁の中に蠢きながら染込み、その形態を変化させる
 メキメキと嫌な音を発しながら両側の壁には無数の巨大な針が生えてきた

「アイアンメイデン!!」

 ジューダスが両手を交差させると同時に
 巨大な剣山と化した壁が左右から襲い掛かった
 それは内側にあった障害物をものともせず
 その巨大な質量で机や椅子を粉砕しながら神父を襲った
 神父に向かって叫ぶ雪奈の声を掻き消し
 周囲の大気をも振るわせる程の衝撃と破壊音が響く
 そして、その襲撃の中心地には巨大な残骸が山となって積み重なっていた
 粉々になった剣山の壁や巻き込んだ机に椅子、それらがどれほどの威力で
 叩きつけられたのかを物語っている
「神父様!! い、今助けます!」
 静かになった教会内に雪奈の声が木霊する
 だが、その呼び掛けに返事はなく
 一欠けらの破片が残骸の山を転がり落ちる音だけが答える
「神父さ…」
 残骸に駆け寄り、再度呼びかけようとした雪奈の体がピクンと反応する
 殺気の込められた波動、ハッキリと感じられるそれは
 押し潰された瓦礫の中から放たれていた
「な、何だと?」
 勝利の笑みを浮かべていたジューダスの表情が一瞬にして変わる

『‥‥‥Bloody pain‥‥‥』

 言葉と共に瓦礫の山に巨大な赤い逆十字型の光が浮かび上がった
 そして凄まじい破壊音と共にその光は瓦礫の山を貫通し
 尚且つ威力を落とさずにそのままその直線上にいたジューダスを捉える
「ぐあっ!!」
 ジューダスが初めて苦痛の声を上げた
 避けきれずにその光に触れてしまった部分の
腕の肉が吹っ飛んだのだ
 その後ろの壁も破壊音と共に逆十字の形に穿たれて破壊される
「事前に気を込めた血でないと変成は出来ないみたいだな」
 崩れ落ちた瓦礫の山から神父が現れる
 服はボロボロになり傷ついてはいたがその態度は変わらない
「くっくっく、まさかあれを破壊するほどの技があるとはな
さすがの俺もこのままだと分が悪い…」
 ジューダスは右腕を押さえながらも笑みを浮かべた
「逃がすと思うか?」
 神父は左手から血鎌を出し、一気に間合いを詰めにかかった
「逃げ切るさ」
 そう言って今度はコンクリートの瓦礫を中心に辺りに血を撒き散らし
 すぐさまそれらを粉末状に変成させる
 教会内は砂嵐が起こったかのように急に視界が悪くなった
「じゃあな」
 ジューダスは素早くポケットからジッポ型のライターを取り出し
 火を付けたままそれを神父の方へ放り投げた
 かまわず間合いを詰めてた神父もそれに反応する
「ふせろ!!」
 神父が振り返り、雪奈へ叫ぶと同時に
 激しい轟音と共に爆発が起こった
 濃度の高い可燃性の高い粉がライターの火と反応したのだ
 その衝撃でステンドグラスは一斉に砕け散り
 周囲の瓦礫が辺り一面に激しく叩き付けられる
「神父様っ!?」
 神父の声に反応してとっさに身を伏せ
 グレイプニルで自分の身を護った雪奈の目に
「くそっ 逃げたか!」
 爆煙の中に佇む神父の姿が映る
 それを見てホッと胸を撫で下ろす

 

     ***

 

「大丈夫ですか?」
 ジューダスが逃亡したのを確認した後に
 神父が雪奈に話しかけた
「はい、何とか… ありがとうございました」
 あまりの惨場にそう答えるのがやっとだった
「神父様…じゃなかったんですか?」
 少しの沈黙の後、雪奈が口を開いた
「すみません、騙すつもりじゃなかったのですが私は正式な神父ではありません」
「復讐の為…ですか?」
「はい、事件は表に出ることはなく情報は皆無
 こうやって網を張る以外に方法がなかった 」
「……」
「教会を好んで襲う… 調べてわかったのはそれだけでした」
 そう言って少し寂しげな目をする神父
「ふ、復讐は…」
「わかってますよ… 憎しみからは何も生まれないと…
そして、彼女も復讐なんてきっと望んでないだろうということも…」
 寂しげな表情のまま神父は答えた
「きっと… 復讐することで救われるのは私自身なんです」
「神父様…」
 故人に対して復讐は意味はない、
 意味を求めているのは残された人
 まがいなりにも聖職者をしていたからだろうか
 その理屈は神父自身も気付いていた
「この力は、あの時護れなかった私の獲た“復讐の牙”
私の時間はあの時に止まったまま進みはしない
あの過去を乗り越えないと私は前へは進めないんです」
 理屈ではわかっていても止められない事もある
 左手で握りこぶしを作って
「……」
「その為に… 俺はあいつを殺す」
 瞬間的に殺意の篭った眼をした神父に
 雪奈の身体はビクッとする

「雪奈ーーっ!!」

「冬弥さん!?」
 教会の扉の向こうで雪奈を呼ぶ声がした
 ジューダスに頑丈に天板を打ち付けられていた為
 さきほどの爆発でも扉としての機能は失われていなかった
「仲間ですか?」
「あっ はい」
 そう答えた雪奈を見る神父の目はいつもの穏やかなものに戻っていた
 そして、優しげに少し微笑むとそのまま踵を返した
「あっ!!」
「EGSに係るつもりは無いのでこれで失礼させて頂きます」
 そう答える神父にフルフルと首を横に振る雪奈
「?? なんですか?」
「あの… 名前を…」
  そう言った雪奈に神父は一呼吸置いて答える

「聖… 夜久野 聖(やくの ひじり)」

 

     ***

 

 教会からいくらか離れた場所
 人目につかない建物の裏側で暗闇に紛れ
 息を殺している男が一人
 先ほどの惨劇の張本人であるジューダスだ
「気を練り込んだ血液の超高速噴射か… 至近距離からだと腕が吹っ飛ぶところだった…」
 そういって右手押えていた左手を離す
 傷口は骨まで見えそうなほど肉が千切れているにも係らず
 すでにそこからは血は一滴も流れ出てはいなかった
「事前に俺が来ることがわかるわけが無い
教会ばかりを狙っていたからな さすがに網を張られたか…
さすがに“公認”とはいえ調子に乗りすぎたかな 」
 俯き肩をブルブルを震わす
「だが、今日はイイ日だ 本当にイイ日だ… 面白い奴に会えた…」
 歓喜の震えだった
「だが、次は殺す、必ず殺す…」
 ジューダスは楽しんでいた、殺すべき人間、殺されるべき人間がいることに
 恐怖と憎悪は狂喜へと変わり、“狂”は“凶”となっていく

 

     ***

 

「つまり、神父は夜久野聖、でジューダスはまた別の人間やったってわけやな」
 神父が去ったすぐ後に雪奈は冬弥達3人と合流することができた
 雪奈を発見すると強張った3人の表情は安堵のものへと変わる
 すぐさま夕菜は、事後処理として機関に連絡をし
 その後、雪奈が落ち着いた所で今回の件のあらましを聞いていた
「危険度Sランクって書いてあったからビックリしたよ ジューダスがこの人なのかと思って…
と言ってもジューダスも実際居たんだから危なかった事に変わりは無いんだけど…

「その神父… 夜久野さんは特に悪い人ではなさそうですね」
「でも危険度S級って…」
「多分、EGSは夜久野さんとジューダスを同一視してんじゃないかしら」
「正体不明だった訳やからな… 念のため危険視していただけなのかもしれんな」
 雪奈の疑問に夕菜と蘭が一つの仮説を立てる
「そう… ですよね」
「ほら、でもこれで雪奈がちゃんと説明すればその人も危険視されなくなるよ」
 少し暗い表情をする雪奈を冬弥が明るい声で元気付ける
「でも他に人が居なかったのは幸いでしたね」
「そうやな 前例を見るとその場にいた者には見境がなかったみたいやけど」
「もともとあまり人が来なかったみたいです」
「でしょうね」
 理由を知っているかのような口振りの夕菜
「どういうことですか?」
「この教会の周りには“BF”効果が出てるわ」
「“BF (ビーエフ)”?」
 聞いたことあるような無いような言葉に首を傾げる冬弥
「“Battle Field”(バトルフィールド)のことで
各所に用意されている覚醒者同士の戦闘開放区域のことです」
「そ、そんなものが…」
「そこは一般の人には認知されない空間になっているのですが
ここのは少し術が荒いみたいです さすがに今回のことは少しは騒ぎなると思います」
 教会に人がいない、ほとんど誰も訪れない
 今回の戦闘でに大きな騒ぎにならない
 すべて、復讐の場として神父に… いや夜久野聖によって準備されていたのだ
 だがそれは術が荒かったせいで一般人も含め何人かには認識されることとなった
 それが発見された原因でもあり、情報が遅れた原因でもあった
 感受能力の高い夕菜はここに来てすぐにこの空間の正体を捉えていたが
 術の存在までもは覚醒者とて簡単にわかる物ではない
「覚醒者… BF… 神父さんもジューダスも“こちら側の人間”… また会う時があるかもしれませんね」
「はい… そうですね…」
 夕菜の言葉に雪奈は力なく答えた
 雪奈の言った戦う理由… 護るための戦い、復讐は何かを護るための戦いではない…
 だが、神父の顔を見てそれを止めるようにはとても言えなかった
 そして、自分にはジューダスの狂気を止めることはできなかった
 この戦いは雪奈の胸に大きな穴を作り、その身を震わせた

 

 

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