
−4.「鬼哭蒐啾の章」−
−「鬼火」−
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
どんな事があっても朝はやってくる
日常から非日常へと変わろうともそれは決して変わらない
学校へ出かける雪奈を笑顔で見送る冬弥と蘭
だがその後ろ姿が見えなくなると途端に少し寂しげな表情へと変わる
「雪奈、やっぱり元気ないですね」
「まぁ、無理も無いけどな」
粉塵と爆煙と血の臭い、崩れ破壊された壁や床に家具
あの戦闘で教会は廃墟と化し、まさにそこは戦場の後だった
現場の保存、状況の調査、情報の操作、当事者である雪奈本人の記録作成
雪奈がEGSから再び学校への登校許可を得たのはあれから三日経過してからのことだった
「EGSの覚醒者と言うても、実際はまだたった16歳の女の子やからね」
「そう… なんですよね…」
「……」
「……」
「そこでや! 雪奈ちゃんに元気になってもらう為に一つ妙案があるのや!」
少しの沈黙の後、突然笑顔になって話す蘭に一抹の不安を抱きながらも
冬弥はその意見に耳を傾ける
「妙案… ですか?」
***
「いや〜 この時期に着る服が無くってさ
連日の特訓で持ってた服はほとんどボロボロになっちゃったし」
蘭から妙案を聞いてから次の日曜日
冬弥と雪奈の二人は街に来ていた
(まさか、僕がデートに誘うことになるとは…)
笑顔の裏で冬弥の内心はドキドキであった
当然、今回の件の発案者は蘭である
「あんまりデザインは気にしたことないんだけど…
買い物も一人より二人の方が楽しいし」
「うん、そうだね」
当たり障りの無い会話をしながら服を選ぶ二人
「これなんかどう? カッコよくない?」
「そうだな、これとかどうだろ?」
「いいと思うよ」
自分で服を買ったことが無い男と
男の服を選んだことのない女の子
会話こそ成り立っているが選ぶ服は結局は
当たり障りが無いシンプルなデザインのものばかりだ
“デザインは気にしない”の言葉どおりに
一軒目の店で買い物は終了する
服の為に何件も店を回るようなシャレ気は冬弥にはない
余った時間で帰りがてら店でいろんな物を見て回る
「ありがとね」
何件目かの店で商品を見ている時
不意に雪奈がお礼を言った
「何が?」
「気を使ってくれたんでしょ?」
「え?」
「バレバレだよ 妙にいつもより明るいし、
会話もワザとらしいのも多かったし」
ただの二人での“外出”なら気にもならなかったのだろうが
蘭に“デート”という名目を与えられてしまっただけで
平常心ではいられないのが冬弥の持つ純朴さだ
すでに共同生活までしている雪奈にはその挙動の変化は
分かりやすいものだったのだろう
「子供が気にすることじゃない」
顔をそらした冬弥から照れ隠しに出た言葉は
いつもはしない雪奈を子ども扱いしたものだった
「ぶう〜 冬弥さんは子供との“デート”は楽しくないの?」
「“デート”って… 雪奈は彼氏いないのか?」
わざと頬を膨らませ、拗ねたように振舞う雪奈からの質問を
冬弥は困った顔をしながら質問で返した
「そういう冬弥さんは?」
さらに質問を返される、堂々巡りになりそうなので
冬弥は諦めて質問に答えることにした
「いない いたらそんな簡単に地元を離れたりは…って わかっていてるだろ」
「うん」
冬弥のツッコミは笑顔で返される
「“デート”なんてしたことないよ」
「ボクも今日が初めて」
「え?」
「せっかくだからもっと自然に楽しもうよ ボクは大丈夫だから」
21にもなって一度も…とカミングアウトをしたつもりだった冬弥だったが
それは雪奈にとって大したことではなかったらしい
励ますどころか励まそうとしている自分に気を使われ
相手が思っているよりもずっと大人なんだなと感じた
「そうだな 楽しもうか」
(余計な事は考えない方がいいかも…)
そう考え答えた冬弥の表情はいつもの笑顔と同じだった
「うん」
それに答える雪奈もまたいつもと同じ笑顔に戻っていた
***
「今日は特訓はお休み?」
「うん 定期的に休養日を入れないとな」
めずらしく部屋にいる蘭に
パソコンでいつもの仕事をしながら夕菜が話しかけていた
「今日は日曜日だっけ、二人ともお出かけ?」
「デートだよ」
「デート? いつのまにそんな仲に…」
蘭の答えに夕菜はビックリした反応を見せる
「と言うてもあたしが冬弥クンに雪奈ちゃんを誘えって言うたんだけどな」
その言葉だけで蘭の性格を熟知している夕菜は
雪奈の為という理由を察した
「ところで冬弥クンと雪奈って実際のところどうなの?」
「さっぱり〜」
両手を挙げて少しオーバーなリアクションで蘭が答える
「でも、デートに限らず気晴らしはいいかもね」
「冬弥クンにとってもな いまだに寝ていてうなされる時ががあるしな…」
「……」
「……」
まるで見たことがあるかのような口振りに夕菜が反応した
「蘭ちゃん… また夜中に冬弥クンの部屋に忍び込んだでしょ」
「ギクッ!」
その時、あからさまに“しまった”という顔をする蘭
「その他人の寝顔を見る癖直したら?」
「あははは ネタ集め ネタ集め♪」
趣味で漫画を描いている蘭は常に好奇心旺盛
というか全ての行動がネタでありネタの元なのだ
先日、冬弥が飲まされた醤油水もこの性格が原因だ
「まったく…」
やれやれという感じでため息をつく夕菜
その時、電子音と共にパソコン画面にデータ受信の表示が現れた
「あら? 何か連絡が来てるみたい」
「何? もしかして任務か?」
その件名は −−鬼火調査−− と表示されていた
***
メインの通りから一つ裏に入ったところにあるは露天通り
そんなに広くない幅の道に所狭しと出店が並んでいる
自分の腕を試したい人や店を持ってない人、小遣い稼ぎをしたい人
簡単な料理に銀細工、路上音楽にパフォーマンス等で賑わうここは
この街の観光名所の一つでもある
ちょうど帰り道ということもあり街の案内がてら雪奈はここを通る事を提案した
「まるでお祭りだな」
目を輝かせて感動している冬弥を見て雪奈も笑顔になっている
「土日限定なんだけどね」
キョロキョロと品物に目を通しながら歩く
その時、一つの商品に冬弥の目が止まった
簡易な机の上にコルクボードを3枚使用し
何セットものアクセサリーを掛けているお店
よほど気になったのか前に向かっていた足は止まり店の方へと向いた
「気になるのでもあるの?」
「いや、別に… ちょっと目に止まっただけ」
冬弥が見ているのはペンダント
革紐の先に雪結晶の銀細工が付けられているものだった
「ちょっと季節外れだね」
「ボクこういうの好きだよ でも、売れ残りかな?」
本来の値段であろう数字の上に赤字で数字が書かれている札がついている
黒字の数字は高いものだったが、赤字の方はそれなり数字であった
冬弥は服を買った店で財布の中身を見た時のことを思い出す
「欲しい?」
手持ちのお金で買えると確信した冬弥は迷わず口にした
「え?」
ずっとその商品に見入っていた雪奈はその言葉にビックリする
「いや、でも、ホラ お金かかかるし」
何故か慌てる雪奈 その頬は心なしかほんのり赤い
「今までと、今日のお礼にと思って それともデザインが気に入らない?」
「いやスキだよ でも…」
「これは働いてた時のお金だから自由に使える分だし、大丈夫だよ」
少し強引に薦めるかのように冬弥は言った
そう言わないと遠慮されることが目にみえていたからだ
「でも、もうこれ付けてるし…」
そう言って服の下のネックレスプレートの上に手を当てる
それはEGSのメンバーが随時身につけることを命じられている物
無機質な四角いプレートに名前や血液型等が彫られている認識票だ
肉体が消滅する覚醒者がその死亡時に唯一残せる証明
冬弥はそれがあまり好きではなかった
蘭や夕菜、他の人たちも含め
高校生である雪奈がどんな人生を歩んでいたのか… と考えさせられる
「いいよ 買おうよ 一緒に付ければいいじゃん すいません これ下さい!」
そう言って冬弥は購入を決意した
雪奈が少しでも首に掛けられる“それ”から悲しみを取除けるようにと…
「はいよ! かわいい彼女だね きっとよく似合うぜお兄さん」
店の人の言葉に真っ赤になって帰路につく雪奈の首には
雪化粧の銀細工が輝いていた
***
「任務…ですか?」
帰り着いた冬弥と雪奈をテーブルに座ったままで
神妙な顔をしていた二人が出迎えた
「うん 詳しく説明するからちょっとこっちに座って」
「はい」
蘭と夕菜の対面に冬弥と雪奈が座る
「件名は“鬼火の調査”」
「鬼火ですか?」
「まぁ 簡単に言うと“墓場に火の玉で出るので原因を探ってくれ”って内容」
「オカルトですか…」
「現在のところ被害は無し、目撃場所は霊園を中心に墓地全般
目撃される場所もまちまちのようです」
「これは“Dランク”に任務やしあんまり対した事はないようなんやけど…」
「何かあるんですか?」
「任務条件が“睦月冬弥を参加させる事”と指令が…」
「な、何で!!」
驚きの声を上げたのは雪奈だった
覚醒者として自由に能力がコントロールできてないことは本部にも通達済み
もし危険があった場合には本人では対処しようがないことがわかっているはずだからである
「本部の意見はこのままだと進展がない可能性が高いからやって」
あの一件以来、冬弥は一度も覚醒することはおろかその兆しすら無かった
蘭と夕菜の継続中任務“能力の把握”、それは一切進展していなかった
危険回避の為の任務である分、対応も迅速さを必要とするという本部の考えだ
「本部の言い分もわかりますが、正直私は賛成しかねます」
「だからこそDランク任務なんやと思うけどな…」
Dランク任務は主に調査主体の任務が多く
アナザーを始め、他の覚醒者との接触や戦闘は無いものばかり
それはわかってはいても3人、特に雪奈は素直に従うのには抵抗があった
「冬弥クンはどう思う?」
「……」
蘭の質問に冬弥はすぐに返事はしなかった
「行かないよね?」
その沈黙に不安を覚えた雪奈は心配そうに隣を見るが
冬弥の目はすでに決意を秘めたものになっていた
「行かせて下さい」
そして、力強く答えた
「冬弥さん!!」
それに驚いた雪奈の声が空しく部屋に響いた
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