Battle Field

 

−5.「比翼理の章」−

 

−「01.友愛」−

 街から離れた住宅街を男が一人歩いていた。
 時間は夜の10時過ぎ、
仕事帰りを思わせるスーツ姿で手にはカバン。
 少し疲れた様子で歩くその青年の前に一つの人影が立ち塞がった。
 そいつは青年の行く手を遮るかのごとく道の真ん中に陣取った。
「お、お前さえ…… い、い、いなくなれば……」
 恨みのこもったかのような低い男の声。
 両腕と肩を垂らしユラリユラリと左右に揺れながら青年に近づいていく。

「な、何を言って……」
 長く垂れた前髪のせいで表情は分からなかったが
 尋常じゃないその雰囲気は青年に危険と感じさせるのには十分なものだった。
 後ずさりする青年に向かって男が言い放つ。
「こ、殺しちゃおう」
 青年の背中を冷たいものが走った瞬間に
 その男の手が淡い緑色の光に包まれる。
「お、お前… なんだそれは や、やめろ!!」
 その悲痛な声は振り上げられた男の手を一瞬たりとも止めることは出来なかった。
「うわああああああっ!!」

 静かっだった住宅街に叫び声が響いた。

 

     ***

 

「「「ただいま〜」」」
「お帰りなさい。今日はちょっと遅かったですね」
 マラソンを終え疲れた顔で帰ってきた冬弥、雪奈、蘭の三人を夕菜が玄関で出迎える。
「まずはシャワーで汗を流してきて下さい。それから夕飯にしましょう」
 この頃には冬弥の基礎体力もそれなりに向上しかなりの距離を走るようになっていた。
 おかげでそれなりに夕方は涼しい季節ではあったが三人ともかなりの汗をかいている。
「それじゃ先に入ってくるね」
「冬弥クンも一緒に入るか?」
「遠慮しておきます」
 いつものように冬弥をからかいながら蘭は雪奈と一緒に洗面室へと入っていく。
 一刻も早くベタつく汗を流したいのだろう。
 リビングでシャワーが空くのを待つ冬弥の目に
 さっきまで作業していたのか電源がついたままのパソコンが映る。
 いつも邪魔をしないようにと覗いたことはなかったが何をしているのかという興味はあった。
「パソコンが気になるんですか?」
 キッチンから戻ってきた夕菜が声を掛けてきた。
 手には氷の入ったコップをスポーツ飲料を持っている。
「いえ、どんなことをしてうるのかなと思って」
「そうですか。いい機会ですから少しだけ説明しておきましょうか」
 コップにスポーツ飲料を注ぎ冬弥に渡すとそのまま夕菜は椅子に座ってパソコンを操作し始めた。
 パソコンには見慣れぬソフトが起動している。どうやら「EGS」専用のソフトのようだ。
 モニターには「解決済事件
」「進行中任務」「能力検索」などいくつかの項目が表示されている。
 そしてその中の「未解決事件」の項目をクリックする。

「現在未解決の事件の一覧です」
 画面にズラリと沢山の事件名が表示される。
「こ、こんなに…」
「あまり確証がないのも含まれていますし、全国での情報ですから。
覚醒者が関係していると本部が確認した後に適切な者が任務を言い渡されます。
一応、志願も出来るようにもなっていますがあまりする人はいませんね」
 説明しながらもマウスを操作し次々にページを変えていく。
「緊急の任務の場合もありますので更新された情報は常に目を通すようにしているんです」
「こんなにあるのに全部見ているんですか?」
「優先的に確認しているのはこの近隣地区だけですよ。別地区の任務が来ることは稀ですし
これらは地域別に閲覧することも可能なんです。例えば……」
 そう言いながら夕菜は慣れた手つきでパソコンを操作すると
 事件発生場所の並びがここから近いものの順番に変更される。
「それでも隣県も含めたもので調査中の事件が数十件はありますね

「ここも大きな街ですから。これでも都心に比べればまだマシな方なんですけどね」
「へ〜」
 そう言って事件に軽く目を通していく冬弥。
「ゆき…?」
 
その時、一つの事件が冬弥の目を止めた。
「どうかしたんですか冬弥さん?」
「いえ、ちょっとこの事件の詳細ってわかりますか?」
「はい、わかりますよ。そういう場合はここをクリックしてパスワードを打ち込むと……
えっと、事件発生場所は……。となりの街ですね。
被害者は『福田 由希』(ふくだ ゆき)さん 21歳 女性。
被害はストーキング行為。今のところ被害者自身はまだ襲われたりとかはされてないみたいですね。
まだ調査中のよですが<Cランク>として登録されています。覚醒者絡みの可能性は低いですね」
「この情報の更新日はわかりますか?」
「ここの日付がそうです。二日前に追加されたばかりの事件みたいですね
調査継続中となっていますからまた更新されるでしょうけど」
「そうですか…」
 少し神妙な顔をする冬弥を気にする夕菜だったが
 この会話は蘭が風呂から上がったことを知らせる声と共に終わりを告げ
 うやむやなまま終わることとなった。
 冬弥の密かな決意は誰にも知られることなく。

 

     ***

 

「行ってくるで〜」
「行ってきます」
 翌日、蘭と夕菜は東京へ出向任務の予定となっていた。
 呼び付けたタクシーに乗り込む二人に一時の別れの言葉を交わす。
「気をつけて行って来てくださいね」
「お気をつけて」
 マンション前で二人を見送りそのまま部屋に戻る冬弥と雪奈。
 ムードメーカーの蘭が居なくなったことで
 冬弥が来てから初めてリビングで静かな時間が流れ出す。
「3日間二人だけか……」
 ソファーでくつろぐ冬弥がポツリをその一言を発したとき
 バチッ!!
 と部屋へ激しい電気音が鳴り響いた。
 その音に驚いた冬弥が振り向くとそこには
 無言でスタンガンのスイッチを入れたまま持っている雪奈がいた。
 バチバチを鳴り響く電気音。それをBGMにニッコリ微笑んでいる。
 初めて「顔で笑っていても心の中では…」という状況を目にする冬弥。
 即座に雪奈が蘭に持たされ変な入れ知恵されたのだと理解する。
 そういう人だというのはこの2ヶ月あまりの生活で十分に知っている。
 だが雪奈は良い意味でも悪い意味でも純粋だ。
 故に本気なのか冗談なのかがわからない。
 とりあえず態度と言葉遣いには十分注意しよう。
 と思う冬弥であった。

 

 

     ***

 

 その日の夕方。
 冬弥は密かな決意を胸にそれを行動に移すことにした。
「ねえ雪奈 このパソコン使っていい?」
 冬弥が指差したパソコンはリビングにあるEGSでの仕事で使っているもの。
「あれ? 自分のは?」
「ちょっと『EGS』のデータを見てみたいな〜と思って」
「う〜ん 見るだけだよ」
 ちょっと悩みつつも自分のEGSメンバーカードを冬弥に渡した。
 保護対象であり正式な構成員ではない冬弥にもちろん自分のカードはない。
「ありがと」
 受け取ったカードを機械に読み込ませ
 『EGS』のデータバンクに入って情報を閲覧を始める。
 カチカチとマウスを操作する音が聞こえ出して10分ほど経った後
 唐突に冬弥が雪奈に告白。
「雪奈… 依頼受けたから」
「うん」
 数秒の沈黙。
「ええええええっ!!!」
 雪奈の絶叫が部屋に響く。
「あははは ゴメンな」
「もう!見るだけって言ったのに」
 笑って謝る冬弥に本気で怒る雪奈。
「えっと… 取り消しは〜と」
 慌てて取り消しをしようとする雪奈だが
 あまり使い慣れていないのかいろんなページを開いては閉じている。
 そうこうしている間に横のプリンタから任務内容のファイルが自動でプリントされている。
「雪奈 ココってどうやって行けばいいの?」
 慌てている雪奈にそのプリントされた地図を見て場所を確認する冬弥。
「……」
 その言葉に冬弥の方へ振り向く雪奈。
 一連の行動で冬弥が自分の意思で任務を受けたことを理解した。
 深いため息と共に雪奈は任務地の場所を検索し始めた。

 

     ***

 

「はじめまして EGSでこの事件を担当している伊賀と言います」
 翌日、とあるマンションの近くで一人の男が冬弥と雪奈の前に現れた。
「お久しぶりです 伊賀さん」
「はい 如月さんもお元気そうで何よりです」
 伊賀と名乗った男は長身であきらかに年上にもかかわらず敬語口調。
 それでも穏やかな表情で話す彼の言葉は
 決して嫌味を感じさせない大人な雰囲気をかもし出していた。
「伊賀さんはEGS調査員のトップ3に名が入るほどの人なんだよ」
 雪奈は以前に会ったことがあるらしく、少し自慢げに伊賀を紹介する。
「えっと、本日はありがとうございます」
 外見と雰囲気で少し予想はしていたがそこまで優秀なのかと驚いた冬弥は
 思わず大げさにお辞儀をしながら御礼の言葉を言ってしまう。
「いえいえ、私はあなた達の助けをするのが仕事ですから」
 が、あくまで丁寧な態度のままな伊賀の人柄に冬弥は好感を覚えた。

『EGS・調査部隊』
 事件に覚醒者が関与しているか否かを
 詳細を調査分析し、行動部隊へとつなぐ仕事
 主に非覚醒者の者で構成されている

「さっそくお話を聞かせてもらえますか」
「わかりました」
 伊賀は神妙な顔つきで話始めた。
「被害者は先月からストーカーの被害にあってまして
目の前のマンションがその女性の住まいです。
初めはただのストーカー事件と思われていたのですが
五日前に女性の婚約者が路上で襲われまして…」
「えっ!? 婚約者?」
「はい」
「そ、それも同一犯の仕業なんですか?」
 冬弥は婚約者という単語に異様に反応する。
 対して雪奈は襲撃があったということに驚いた。

 身体的被害者が出るようなことは少ないと思っていた事件だけにその驚きは大きい

「まだ確信的な証拠はありませんので情報公開はしてはいませんが恐らく……。
ただ現場に不可思議な部分が多くありまして……」
「不可思議?」
「はい、現場には刀キズのようなものが沢山残されていたのですが
その凶器もそれを持った人間も目撃されていないんです」
「刀キズですか…」
「はい、それが周囲の道縁の壁にも無数残ってまして異様な状態でした。
あれほどまわりに傷をつけるには相当な時間を要すると思われます。
何らかのトリックを使ったのかもしくは…」
「覚醒者の能力…」
 覚醒者、その言葉が発せられた途端、三人の顔つきが変わる。
「それはまだ分かってないんですね」
「はい、申し訳ありません」
 伊賀は申し訳なさそうな表情で頭を下げる。
「いえ、そんな顔しないで下さい それでストーカーしてるっていう人の目星は…?」
「はい、それは何とか分かりました
『和久井 蓮』(わくい れん) 22歳、男性です。
被害者との直接的な接点はありません。恐らくはどこかで被害者を見かけたのではと思われます」
「なるほど…」
「警察では傷害事件との関係性も確認することが出来ず
現場の状況を踏まえて先日警察より『EGS』に正式に委託され…… あっ 本人が出てきましたね」
 伊賀の目線の先を追うとマンションの入口から一人の女性が出てきたところだった。
 肩より上の短めの髪、身長は雪奈と同じくらい。

 小さなバッグだけに手に下げトレーナーにジーンズというラフな服装だ
 三人はすぐさま物陰に身を隠して様子を伺う。
「被害者の女性を確認。だけどいいのかな、こんな事して……
ボクは見習いだし冬弥さんは隊員でもないのに……」
 色々と思うことがあるのだろう雪奈が心配そうに声をあげる。
「悪いね 言いたいこともわかるけどこっちにも事情があってね」
 逆に冬弥の方は妙に落ち着いていた。
 任務を行うこと自体には迷いはないようだ。
「事情?」
 雪奈の聞いたか聞いてないかのタイミングで冬弥はフラリと出て行く。
「あっ 冬弥さん?」
 雪奈の呼び止めに振り向きもせず後ろから女性に近づきそのまま声をかける。

050101

「オッス、久しぶり」
 その言葉に女性はクルリと振り向く。少し幼げな顔立ちで年齢より幼く見えた。
 冬弥を見て少し驚いた顔をしたがその後すぐに笑顔へと変わった。
「久しぶり……だね」
 その一連のやり取りに終始驚いていたのが
 今だ物陰から様子を伺っている雪奈と伊賀の二人だった。
「ど、どういう事…?」
「知り合いだった……ということでしょうか」
 驚いている二人を余所に冬弥は再び声をかける。

「髪、切ったんだね…」
「もう何年も前からこの髪型にしてるよ」
「そうなんだ。よく似合ってるよ。それに綺麗になってるからビックリしたよ」
「ありがと。とーやの方はあんまり変わってないね。すぐにわかったよ」
「酷いな〜。これでもだいぶ背は伸びたんだけどな」
「そうだね。昔は私よりも小さかったもんね。これくらいだったかな?」
 と言って右手を少し上げて横に振る。
「確かに低かったけど当時もそんな差は無かっただろ。8年振りくらいかな?」
「小学校を卒業してからだから9年くらいじゃない?それより今日はどうして?」
「ちょっと長くなりそうなんだけど時間ある?」
「う〜ん。ゴメンこれからちょっと用事があって」
 少し考える素振りを見せたが申し訳なさそうにそう答え
 時間を気にしてチラチラ時計を見る。
 外出しようとしたところに声を掛けられたのだから無理もない。
「そっか……急にゴメンね。気をつけて行ってきてね」
「うん、今度ゆっくり話そうね」
 ストーカーで気が滅入っている時にイキナリの訪問
 無理しても不信感を募らせる結果にしかならないと
 冬弥も深追いをせずにあっさりと引き下がり
 小走りで掛けていく後ろ姿を見送った。

 


     ***

 


「知り合いだったの?」
 戻ってきた冬弥に開口一番雪奈が質問する。
「小学校の時のクラスメイト」
「だから勝手に依頼受けたの?」
「うん、まぁ……ゴメン」
 そう言って申し訳なさそうにする冬弥。
 興味本位が理由じゃないことには安堵する雪奈だったが
 そういう理由があるだけに怒るに怒れなくなり複雑な心境になっていた。
「仲よかったの?下の名前で呼ばれてたもんね」
「小学校だからな。当時はそれが普通だったよ」
「それで、これからどうされますか?」
 会話の間をぬって伊賀が口を開く。
 そこでハッとなる二人、特にこれからのことは考えてなかったのだろう。
 そのまま口を閉ざし難しい表情になる。
「そうですね……どうしましょうか……一度由希とはゆっくり話しをしてみたいんですけど」
「それだったら福田さんにはすでに警察から
『EGS』の話はされてるはずだからそう言えばよかったのに……」
「そ、そういえば……そうだった。緊張して忘れてた」
「緊張……?」
 クラスメイトに会うのに緊張?そこに微妙に引っかかる雪奈。
「この時間だと彼女はバイトですね。その帰りに婚約者の病院に立ち寄るのがこの数日の行動パターンですね。
ストーカーも昼間には姿を見せたことがないそうなので今の時間帯は危険はないと思われます」
 それを聞いて考えこんでいた冬弥が一つの案を出す。
「それじゃ その病院へ行きましょう 被害者の状態も気になりますし、
見舞いの後だと時間もとってもらえる可能性も高そうですしね」
「わかりました ではさっそく車を用意してきますので少しお待ちください」
 そして冬弥と雪奈は伊賀の運転する車に乗り病院へと向かった。

 

 

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