Battle Field

 

−5.「比翼理の章」−

 

−「02.旧愛」−

 街の中心地から少し離れた場所にある病院。
 その為に建物は大きく、敷地も広い。
 建物周りには広い芝生、その緑には沢山の木や花が植えられており
 病院の敷地内で十分に散歩ができる。
「ここは機関御用達の病院の一つなんです
色々と融通が聞きますので被害者の方にはこちらに入院してもらいました 」
 説明を受けながら入り口を抜けエントランスに入ると
 「あっ」と伊賀は声を上げた。
 その視線の先には一人の少女、無効もこちらの存在に気づいたようで
 そのままこちらに歩いてきた。
「い、伊賀さん こ、こんにちわ」
 ペコリと大げさにお辞儀をするその動きに合わせて髪を纏めている大きなリボンが揺れる。
 見た目は冬弥と同じくらい 前髪は短めにカットされ
 他の伸ばした部分はサイドで垂らされ、後ろの部分は一つに纏めている。
 服装はネックトレーナーに少し大きめのオーバーオールの少女。
「こんにちわ いつも大変ですね」
「い、いえ そ、そんな事は…」
 少女は伊賀の話にオドオドと答える。
 だが両手を前で重ねているその姿は嫌がっているようには見えない。
 照れているというか単純に話すのが苦手な様にも見える。
 そんな態度の中チラチラと冬弥と雪奈の方を気にしている。
「あっ あの… そ、そちらの方は…」
「申し遅れました こちらは今回の件の担当となりました…」
 そして、伊賀が冬弥と雪奈に目線を送る。
「えっと 睦月冬弥です」
「如月雪奈です」
 二人が揃って自己紹介をする。
「お二人とも若いですが行動部隊の方です」
「そ、そうなんですか?」
 その驚きの声で、少女が恐縮したのがよくわかる。
 前線隊である行動部隊と聞いたからだろう。
「彼女は『姫野 桃(ひめの もも)』さん EGSの衛生部隊所属の覚醒者です」
 その様子を察して今度は伊賀が少女の紹介を始める。
「衛生部隊?」
 初めて聞く態の名前に冬弥が首を傾げた。
「前線での活動を含む医療専用チームです。実際見てもらった方が早いかもしれません
姫野さん、もしこれから治療なのでしたら私達も見学させてもらってもよろしいですか? 」
「は、はいぃ!」
 珍妙な悲鳴みたいな返事をする。
 その声も冬弥と雪奈がビックリする。
「す、す、すみません あ、あたし人と話すのが苦手で… き、緊張して…」
 その様子を見て必死に二人に謝る姫野。
 視線を合わせることも苦手なのか俯き気味で
 チラチラと上目遣いでしか冬弥達を見ないでいる。
 まっすぐ人の目を見て話す雪奈とは正反対だ。
「いえ、僕もビックリしちゃってゴメンなさい」
「す、すみません い、嫌ですよね こんなの…」
 両肩を落としガックリとして感じで姫野が答える。
 過去にもいろいろとその態度のせいで困ったことがあったのだろう。
「いえ別に、可愛くていいじゃないですか」
 それを察して一瞬言葉の詰まった雪奈より早く
 冬弥はそうあっさりと笑顔で答えた。冬弥は良い意味で単純だった。
「ボクも全然平気だよ」
 続いて雪奈も笑顔で答える。
 雪奈の対人関係を気づくに当たってそれは些細なことでしかない。
 冬弥と同じく雪奈も良い意味で単純だった。
「えっ?」
 その答えは桃にとっては意外なものだったらしく驚いて二人を見る。
 そして目線が合ったのが恥ずかしくなったのか
 真っ赤になってまた俯いてしまった。
「では 病室へ向かいましょうか」
 自己紹介が終わったのを見計らって伊賀がかけた声を合図に
 全員で病室に向かうことになった。  

 

     ***

 

 被害者は個室フロアの奥、廊下の突き当たりの部屋にいた。
 部屋に入り、この時初めて被害者の顔を確認する 短髪の整った顔立ちの青年だった。
 ベットに横になっている青年に付けられている器具は栄養剤か何かの点滴のみで
 他に専門的な器具は病室内に一切無かった。
 窓から入る風だけが横たわる青年の髪を優しく揺すっている。
 呼吸も静かで一見するとただ眠っているようにしか見えなかった。
「怪我は問題ない所まで完治したのですが意識がまだ…」
「でも怪我は思ってたよりは軽症みたいですね」
 重症をいう報告を受けていたのでもっと酷い状態を想像していたのだろう。
 雪奈は安堵の声で言った。
「いえ、報告ではかなりの重症だったようです。
手術後は姫野さんに治療して頂いたのでここまで回復できたのです」
「そ、そんなことは…」
 照れているのかまた下を向いてしまった。
 その後、姫野が少し落ち着いたところで治療が開始される。
 布団と外すと男の姿があらわになった。
 見えなかった身体には沢山の包帯が巻かれていた それは腕や足を初め身体中に。
 その傷の範囲からみて執拗に何度も切りつけられたということがわかる。
 間接的に相手の狂気を感じ取り冬弥はわずかに顔をしかめた。
「で、では 治療を開始します」
 そう言って姫野は大きく深呼吸をする。
 目をつぶり手を広げ背中も大きくそらせて息を吸いそしてそれをゆっくりと吐く。
 身体全体を使って何度か息を整えたあと、ゆっくりと目を開く。
 そこには先ほどまでと打って変わって凛とした表情で患者を見つめる姫野の姿があった。
 オドオドした姿は完全に消え去り挙動一つ一つに自信が溢れているようだった。
 そして、持っていたバッグから丸められた布を取り出しベッドの隅に広げる。
 長く広げられた布には細く長い銀色に輝く針が何本も等間隔に刺さっている。
「あれ、針ですか?」
 姫野の雰囲気に少し圧倒されたのか小声で伊賀に話しかける冬弥。
「はい、そうです針を媒体に能力を発動させます。
彼女の能力は自己治癒力の促進。
まず患者の気の流れを読み取り、流れの悪い箇所に針を刺すことから始まります」
 姫野はその長い針を腕、足、体と一本一本丁寧に刺していき
 最終的には10本を超える針が男の身体に刺された。
 「ふう」と姫野が一呼吸置き今度は両手を前に突き出した。
 同時に瞳にも変化が現れる 目の瞳孔は小さく閉じ、瞳から光が消える。
 その手の先には薄桃色をした光玉が現れそれはゆっくりと何かの形成し始める。
 そしてそれは小さな女の子の妖精へと姿を変えた。
 長い髪、羽衣のような服に4枚の長い羽 絵本に載っているようなイメージそのままであった。
 妖精はゆっくりと静かにベットの周りを飛ぶと1本の針に近づきその先に優しく口付けをする。
 精霊から伝わった光は針自身に光を灯らせ
 それがゆっくりゆっくりと男の身体の中へと流れ込んでいった。
 その間も姫野は微動だにすることなく両手を出したまま意識を集中させている。
「すごい集中力ですね」
「はい、彼女はトランスの体現者ですから」
「え? こ、これがトランス…」
 雪奈はトランスと聞いて驚いた表情で姫野を見る。
 一方、聞きなれない言葉に頭を傾げる冬弥。
 まったく会話に付いて行けずまるで部外者のような自分に無力感を感じる。
 その間も精霊は次々と針に光を灯していく。
「相手とまったく同じ波動の気を針を通して送り込み
身体中の気の流れを調整、安定させ自己治癒力を促進させます。それが彼女の治療法です」
 全ての針に光を灯した後、最後にベットの上をクルリと旋回して
 その身から溢れる光を男にふりかけ ゆっくりと精霊は消えていった。
 一呼吸置いて姫野の瞳に光が戻る。
「終わりましたか?」
「は、はい、後はこの光が全部消えたら お、終わりです。
今日の分で傷は問題ないところまで回復するはずですので
あ、あたしの治療はこれで最後になります。
でも、い、意識までは戻らなくて す、すみません」
「いえ、恐らく事件のショックで意識が戻らないのでしょう。
近日中に精神治療の者も派遣してもらえるはずですので大丈夫です」
 申し訳無さそうにしている姫野を慰めるかのように伊賀は優しい口調で話している。
「で、では、あたしは、す、すぐに別の病院に行かないと行けませんので」
「はい、ありがとうございます。お疲れ様でした」
 伊賀の言葉を背に部屋を出て行こうとする姫野に慌てて冬弥も声を掛ける。
「あ、ありがとうございました」
「は、は、はい。し、失礼します」
 姫野はその声に軽く返事をしてそそくさを部屋を出て行ってしまった。
「姫野さん、僕とあんまり顔を合わせてくれなかったけど嫌われたんですかね?」
 礼を言うのが精一杯の時間しか取れなかったことに冬弥は小さくため息を付きながら呟く。
「彼女は人見知りが激しいものですから初対面だと誰にでもあんな感じなんですよ」
「そうなんですか。安心しました」
 冬弥はその言葉に無理やり自分を納得させるのだった。

 

     ***

 

「さて、これからどうしましょう?」
 口を開いたのは雪奈だった。
 その問いに「う〜ん」と唸るだけの冬弥。
 事件の詳細が伊賀の持ってきた資料に二人はすでに目は通している。
 被害者が無事なら少しでも新しい情報を聞けるかと思っていたのだろう。
 今回の姫野の治療で昏睡状態から目覚めるかもとわずかな期待がしていたがそれも空振りに終わった。
 二人とも任務に慣れてない為にこの後のアクションをどうすればいいのかが分からないでいた。
「夕方には福田さんがこちらに来ると思われますのでそれまでこちらで待機。というのはどうですか?」
「そうですね」
 別の案が出せない二人はそれに同意するしかなかった。
「由紀の方は大丈夫なんですよね?」
「はい、念を入れて別の者に監視させております」
「ありがとうございます」
「いえ、それより場所を移しませんか? ここにいつまでもいるわけにはいきませんし

 伊賀の提案でやってきたのは病院の敷地内にあつ別棟の喫茶店。
 ここは木造2階建てで大きな吹き抜けがあり、多くの見舞い客が来店している。

 4人掛けのテーブルに着いた3人は今後の予定を計画し始める。
「まず、福田さんと接触するのは彼女の見舞いが終わってからの方がいいと思うのですが」
「そうですね。いろいろと思うこともあるでしょうし、病室に大人数で押しかけるのも失礼ですから」
「それから……」
 そうやって話し合い今後の三人の行動を計画、確認していく。
 と言っても 任務に不慣れな冬弥と雪奈の二人だ。意見のほとんどは伊賀が提案したもので
 二人はそれに相槌を打つだけ。互いの意見交換すらほとんどさせず
 話し合いはある意味スムーズに行われた。
 最終的に決定した内容は単純だった。
 由紀との接触は顔見知りである冬弥一人。
 見舞いが終了したのを確認して接触しこの喫茶店へ誘導し話しをする。
 席は2階から確認しやすい窓際の席へ。その時、雪奈と伊賀は2階にて待機。
 その後、冬弥は由紀の護衛を開始。雪奈と伊賀は別行動にて二人を尾行する。というものだった。
 話し合いが終わった後はひたすら由紀がこの病院に来るのを待った。
 それから3時間経ったころ機械的な音が聞こえてきた。
 伊賀の携帯電話がメールの着信を告げたのだ。三人の顔が同時に真剣なものになる。
 メールを確認し冬弥と雪奈の二人に内容を告げる。
「尾行をお願いしていた者から連絡がありました。そろそろこちらに到着するそうです」
「そうですか。ありがとうございます」
 そう言った冬弥の顔には緊張の色が見て取れた。
 時刻は午後4時、少しづつ危険な夜の時刻になろうとしていた。

 

     ***

 

 3人は今度は場所を病院の待合広場に移し由紀の到着を待った。
 少しして伊賀が入り口から入ってきた由紀の姿を視界の端に捉える。
 「睦月さん」とすばやく冬弥を促す。
 冬弥は自分に言い聞かせるように よしっ! とポーズを取り立ち上がる。
「ちょっと待って冬弥さん。これを持って行って」
 雪奈は出て行こうとする冬弥の腕を掴んで一冊の手帳を渡した。
 それはパスポート程の大きさの薄い手帳。
 黒い皮製のカバーにはEGSの金属製ロゴが豪華に貼り付けられいる。
「EGS機関員の証の手帳。身分証明書みたいなものかな。
多分、警察からすでに福田さんには説明がいってると思うから
これを見せれば大体はすぐ理解してくれると思うよ」
「なるほど、助かるよ雪奈 ありがとう」
「中の証明写真はボクが写ってるから中は見せないよう気をつけてね」
「それでは手筈通りに犯人確保のチャンスを伺う為、私達はお二人を尾行する形をとります。お気をつけて」
「わかりました」

 

     ***

 

「お見舞いは終わった?」
 見舞いを終え、病院のエントランスを抜けた所でイキナリ後ろから声を掛けられて由紀は驚いた。
 振り向くとそこには今朝方に偶然再会した旧友が立っているではないか。
「とーや!?」
「今度は時間ある?」
 確かに今朝方は仕事があったので時間が無いと悪いと思いながらも断ったが
 またの機会になどという約束はしていない。何よりこの病院は街から離れている。
 そんな条件で一日に二度も会ったことが偶然とはとても思えない。
 今回の事件で少なからず疑心暗鬼になっていた由紀は旧友とはいえすぐに信用はしなかった。
「付けてきたの?」
 思わず少し険しい表情で睨み付けてしまったが冬弥は気にしたような様子は見せなかった。 
「そういうわけじゃないよ 警察から聞いてない?」
 そう言ってその旧友はポケットから手帳を一つ取り出してこちらに向けてきた。
 その手帳には見慣れぬ大きなマークが入っている。
 見覚えがあるものだった。確か警察での事情徴収を終えた後に
 担当していた刑事が教えれくれた何かの匿名機関のロゴマークだ。
「そのマーク… まさかとーやが警察の人が言ってた専門の担当者?」
「そういうこと。いろいろあってね僕が君の担当」
 そう言って冬弥は手帳をすぐにしまった。
 冬弥自身の行動に由紀は少しは疑うべきだったのかもしれないが
 顔見知りということが幸いしそれを追求することなく自然に警戒を解いていた。
「とりあえず場所を移そうか」
 そんな冬弥の意見を由希は受け入れた。そのまま場所を喫茶店に移す。
 その後を雪奈と伊賀が離れてこっそりと追っていた。

 

 

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