Battle Field

 

−5.「比翼理の章」−

 

−「03.狂愛」−

 冬弥は由紀を連れて喫茶店に入ると手筈通りに窓際の席を選んで座った。
 すると着席と同時にウェイトレスが注文を伺いにやって来た。
 冬弥が無難にコーヒーを頼むと
 「じゃあ、私も」と続いて由紀も同じものを注文した。
 何気にその様子を見てたらこちらに向き直った由紀と目が合ってしまう。
 ドキンとの心臓が激しく跳ねる。先ほどまで考えていたことが頭の中から一瞬にして吹き飛んでしまった。
 何を緊張しているんだ…… 落ち着け。 と自分に言い聞かせる。
 バレないようにと静かに深呼吸をしていると由紀の方が先に口を開いた。
「髪伸ばしたんだね?」
「う、うん まぁね」
 こちらに来て一度もまともに散髪をしていない冬弥の髪は肩より下まで伸びていた。
 今ではそれを後ろに一つに束ねゴムで括っている状態だ。
「女の子みたい」
 そう言って由紀はクスクスと笑う。以前、雪奈を含め何人かに言われた台詞だ。
 それ故にあまりその事について気にならなくなっていたのだが
 今回に限っては今までと同じには感じなかった。胸がチクリを痛んだような気がした。
 他の人に言われても気にならないことが由紀に言われると気になってしまう。
 いつも言われている事じゃないか…… そう思うことが出来なかった。
「よく言われる……」
 冬弥は出来るだけ平静を装い、コップに手をかけ水を一口飲んだ。
「あっ ゴメンね。悪気があったわけじゃないよ」
 不快にしてしまったと思ったのか由紀が慌てて謝る。
「わかってるよ」
 緊張で乾いた喉を潤した後、冬弥は本題へと入ることにした。
「聞いたよ……」
「何が……?」
 本気なのか、ワザとなのか、彼女はそう惚けてみせた。
 いや、分かっているはずだ。“EGS”を名乗って現れた以上、それ以外に理由はない。
 今は元クラスメイトとしての会話を続けたかったのかもしれない。
 それで現在進行形のこの不安な時を少しでも忘れたかったのかもしれない。
 そう思ったが自分は目の前にいる女性を護る為にここに来た。
 これはその為に必要な事。避けて通るわけにはいかない。
 冬弥は言葉を続けた。
「恋人のこと…… そして、ストーカーの被害にあっていることも」
 その言葉に由紀の表情からも先程までの笑顔が消えた。
 まっすぐ見ていた瞳は冬弥から視線を外すかのように下を向いた。
「やっぱり…… 知ってるんだ」
 声も先ほどまでとは違い呟くようなものであった。
「全部じゃないけど君が置かれている立場くらいはね……」
「………」
 由紀は答えない。
「たまたま君の現状を知ってね。それで何か力になれないかと思ってさ……
頼りないと思われるかもしれないけど、とりあえず信頼してよ」
「………」
 由紀はその声に反応は示さなかったが冬弥はかまわずそのまま言葉を続ける。
「君は…… 僕が守る」

 

     ***

 

 そんなやりとりを二階の席から見ている男女が一組。
 正面を向いてはいるが神経は常に下の二人に向けられ
 まったく不審な素振りを見せずに監察している伊賀と
 その向かいの席で注文したコーヒーにも手をつけず
 ジッと二人を直視し続けている雪奈である。
 どうも下の二人をいろんな意味で気にしている様子だ。
 冬弥さんってば、いつもオレンジジュースばっか頼んでたのにカッコつけちゃってコーヒーなんか頼んで。
 砂糖とミルクを入れても苦いから苦手だって言ってたのに。
 少しムッとした表情で雪奈は二人を凝視している。店に入ってからはずっとこんな感じだ。
 おかげでせっかくの伊賀の自然な態度が意味を無くしてしまっていた。
 由希が気付いてはいないのが幸いであると言える。
「心配ですか?」
 と伊賀の突然の問いにビクッと雪奈の身体が反応する。
「心ここにあらずという感じですよ」
「そ、そんなことないですよ!」
 そう言いながらもあたふたする雪奈。
 両手を前で振ってなにか必死である。
「彼女に尾行がないか確認する為にわざわざ別行動しているんです。
そんなにジッと見ていたら犯人に気付かれてしまいますよ」
「は、はい… すみません」
 正論である。これでは先ほどの話し合いも何の意味もない。
 伊賀に諭されてしゅんとなる。
「でもその純情なところは良いと思いますよ」
 真顔でそう付け加えられ恥ずかしさのあまり体温が一瞬で一度くらい上がる。
 ますます俯く雪奈。 一体、今自分の顔はどれくらい赤くなっているのだろう。
 とても顔を上げれる状態じゃないと思いながらもやはり下の二人が気になってしまいチラチラと二人を見てしまう。
 はぁ…… ボクってば何やってんだろ。これは任務なんだよ。取り合えず落ち着こう。
 そう思い雪奈は少し冷えたコーヒーに口を付けた。
 伊賀はそれを確認しつつ意識を再び二人と周囲の人間に集中させた。
 その向かいで雪奈は苦虫を噛み潰した様な顔でコーヒーに砂糖とミルクを足していた。

 

     ***

 

 郊外の病院から二人が市内のマンションに着く頃にはすでに辺りは少し暗くなっていた。
 由紀の安全確保の為にEGSが用意した住まいに移動してもらう為に一度帰宅したことろである。
「ここで待っててくれる?」
 一人暮らしの部屋に異性を入れるのは抵抗があるのだろう。
 由紀の言葉に冬弥は頷いた。
「わかった。生活に必要なものはこっちで用意してるから、当面の着替えだけでいいから」
「了解。すぐ戻るから」
 エントランスからエレベーターに乗る由紀を見送った後
 一息つこうとマンションから外へ出たとたん突然黒い影が横から飛び出してきた。
「なんだ!?」
 すぐさま距離をとって構えをとる。だが、その影を確認すると冬弥はホッとして構えを解いた。
「なんだ猫か……」
 影の正体は黒い猫だった。
「ほ〜れ おいで おいで」
 手の平を上に向けておいでおいでをしてみる。
 黒猫はそれをジーッと見ていたがそれ以上近寄りもせず、踵を返して走り出した。
 「あっ」と思った時には完全にその黒猫は塀の向こうへ行ってしまった。
 その時、猫が消えた塀からわずかな地面を踏む音を冬弥の耳が捉えた。
 それは肉食獣が獲物をの間合いを詰めるかのようにゆっくりと静かに確実に近づいてくる。
 ジャリ と地面を踏む音が一段とハッキリと聞こえたと同時に塀の向こうから一人の男が姿を現した。
 白髪混じりの片近くまで伸ばした長髪。 酷い猫背で細身の長身という体型。
 素肌に黒い袖無しジャケット、アームカバーという服装は
 夜の背景とマッチしてその男を不気味に浮かば上がらせた。
「ま、また 新しい男か……。せっかく僕が別れさせてあげたのに……、
い、いくら寛大な僕でも、ち、ちょっと傷ついたな……」
 薬でもやっているのかと思われるような不気味な言葉のどもり。
 長い前髪から覗く目と話す口調には明らかに狂気の含みを感じさせている。
 初めて覚醒者と対峙した時と同じ、言葉の一つ一つに敵意が篭っている感覚。
「あんたがストーカーか……?
由紀をつけ回すのはやめろ! そして二度と近づくな!!」
 冬弥は相手を睨みつけて叫んだ。
 その怒声に男は一瞬ビクッとなったが冬弥の怒声を超える声で答える。、
「な、何なんだお前は!! なんで僕を知っている!? え、偉そうに命令するなーーっ!!」
ゆ、由紀は、お、俺と一緒になるんだ……。 う、運命なんだ……。邪魔を…… す、するな……」
 理由は大よそ常人には理解できないものではあったが怒っているのは男も同じだった。
「お前も……。 同じ目にあわせてやる」
 見開いた男の目には冬弥はもう憎悪の対象として映っていた。
 冬弥の頭の中に凄惨だった現場の様子がフラッシュバックする。
「ルイス……」
 男がポツリを呟くと ニャーオ と呼び声に答えるかのように
 泣き声と共に男の足元から黒い猫がするりと姿を現した。
「さっきの……猫?」
 冬弥がそう疑問符を浮かべるのとほぼ同時にその黒猫は突然緑色に輝きだした。
「まさか、使い魔!?」
「僕の剣で…… お、お前を殺す」
 光はやがて2つに分かれ、十字架のような剣の形状となり
 憎悪と殺意を乗せ、対象である冬弥の方へその切っ先を向けた。
 男が上げた手を振り下ろすのと同時に2本の剣が矢の様に飛んだ。
 キィンと高い金属音が当たりに響く。
 使い魔と認識した瞬間から冬弥すでに迎撃体勢に入っていた。
 パーカーのその下、背中に帯刀していた2本の短剣。
 一瞬の動作でそれを両手に構え飛来する剣を弾き飛ばしたのだ。
「なにっ!!」
 相手が武器を持っていたことか、己の武器が防がれたことか
 驚愕の表情で男の動きが止まる。
 冬弥の持つ刃渡り数十センチの短剣とも言える武器での二刀流は
 リーチこそ無いが、小回りが利き防御力が高い。
 そして、毎日のように行われた実戦形式の特訓で出来た戦うことへの覚悟。
 二刀流と覚悟。それを武器にまだ二度目の実戦にも関わらず冬弥は
 冷静に相手の出方を伺いつつ能力の分析を開始していた。
 それが冬弥に習った戦闘スタイルであり、今回の作戦でもあった。
 先ほど放たれた二本の剣は男の正面に戻り浮遊している。
「邪魔する……なら…… も、もう殺すしかないね……」
 言葉と共にまたも切っ先が冬弥へ向きを変えたその時
 風を切る音と共に男の背後から高速で鎖が飛び出した。
 一瞬にしてその鎖は男を囲み捕縛するかのような動きを見せるが
 わずかに早く反応した男はギリギリでそれをかわした。
「冬弥さん!!」
 鎖は雪奈の具現した『戒めの鎖』−グレイプニイル−だった。
 冬弥達と距離をとっていた雪奈と伊賀の二人が相手の背後から姿を現す。
 そのまま挟み撃ちの状態で雪奈は鎖を手元に戻し再度捕縛を試みようと身構えた。
 男はそれを動かず目を見開いたまま見ていたが
 やがて表情が怒りを含めたものに変わり、口惜しそうに口を開く。
「じ、邪魔をして… お、お前ら ゆ、許さない!」
 男は冬弥の方へ向き直りまたも2本の剣を飛ばした。
 冬弥も先ほど同じく両の短剣で弾き飛ばす。
 すかさず間合いを詰めようと地を踏む足に力を込めた瞬間。
「冬弥さん!! 上!!」
 声に反応し頭上を見上げると弾き飛ばしたのとは別の剣がこちらへ飛来していた。
 だが雪奈声で一瞬早く反応できた冬弥は横に飛び跳ね何とかその不意打ちをかわした。
 二人が頭上から襲ってきた3本目の剣に気を捕らわれたその瞬間を狙って
 男は走り出していた。そしてそのまま境界の壁を飛び跳ね夜の闇に姿を消す。
「お、お前ら こ、殺す!! 死ね!! 死ね!! 死ね!! 死ねええええ!!」
 暗闇からは少しづつ遠ざかっていく男の叫び声だけが聞こえていた。
 やがて声が聞こえなくなり肩を下ろす冬弥と雪奈。
 感じられたのは今までのような“殺意”ではなく
 ねっとりと絡みつくような“狂気”だけが残っていた。
 やがてその狂気が薄れ元の空気に戻りようやく伊賀が口を開いた。
「大丈夫ですか? 二人とも。今のは一体……」
「襲撃の犯人です。しかも覚醒者でした」
「とにかくさきほどの騒ぎで住民が出てくるかもしれません。
まずはとり急ぎ福田さんと合流して場所を移しましょう」

 

     ***

 

「襲撃が由紀に近しい人間を対象にしていると予想し
共に行動することで冬弥が囮となり、犯人の注意を引いたところで
さらに後方で監視する雪奈と伊賀が不意打ちで捕らえる」
 というのが今回冬弥達が行った作戦であった。
 だが捕縛は失敗し警戒していることを相手に知られてしまった。
 そうなれば向こうは警戒して襲撃をやめるか、少なくとも慎重な行動に移すのであろうが
 相手の異常な言動や行動はそれらを否定するには十分なものだった。
 最悪、また婚約者が襲われる可能性もあるという冬弥の考えで
 犯人が姿を消した後、すぐさま由紀を合流し4人は病院に移動していた。
 警護する者を一ヶ所に集めることで対応し易くするためだ。
 その病室のベットでは雪が突っ伏して泣いていた。
「な、何で……、私が一体何をしたっていうのよ……
この人が一体何をしたっていうのよ……」
 被害者である由紀達に落ち度は無い。
 狂った覚醒者に出会ってしまった悪いめぐり合わせ。 
 すすり泣く由紀の後ろでは冬弥が黙ってそれを見ていた。
 一見静かに見えるが震える握りこぶしが冬弥の怒りを表している。
 雪奈も掛ける声も見つからず冬弥の隣に佇んでいた。
 そこへ調査を終えた伊賀が帰ってきた。
 静かに病室のドアを開けて冬弥と雪奈の二人を部屋の外へと差し招く。
「以前、犯人の行方はつかめてません。自宅にも戻ってはいないようです」
「そうですか……」
「ですが先刻の接触で犯人はわかりました。名前は『和久井 隆史』(わくい たかし)。25歳。
『ストーカー』『傷害』の前科がありましたからすぐ確認できました。
しかし資料の写真と様子が大きく違うことから恐らく使い魔に心を喰われ精神崩壊寸前と思われます。
元々、素行は悪かったようですし能力を使うことに躊躇はないと思われます。それでも大丈夫ですか?」
 相手が覚醒者と確認できた時点で前回同様に任務は危険なBランクとなっていた。
 実戦経験が少ない二人を心配しての伊賀の言葉だった。
「もちろん大丈夫です」
「はい。大丈夫です。ボクが必ずみんなを守ります」
「わかりました。私も出来る限りのことをさせて頂きます」
 迷いの無い二人の答えに伊賀も笑顔で答える。

 

     ***

 

「冬弥さん」
 翌日、食堂でテーブルを挟んで冬弥に雪奈が真面目な顔で話かけていた。
「なんでそんなに必死になるの? 初めからちゃんと他の人にまかせておけばよかったんじゃないの?」
 任務での"負け"は"死"という形で襲ってくる事も多い。
 それがわかってて尚、任務を実行しようとする冬弥に
 何か特別な理由があるのかもしれないと雪奈が思うのは至極当然のことだった。
「いくらクラスメイトだからって卒業してからは全然会ってなかったんでしょ?」
「まあね。中学からは別々だったし」
 視線は雪奈ではなく昼食のエビフライ定食へ向けたまま答える冬弥。
 雪奈は一呼吸おいて自分で立てた予想を口にする。
「もしかして……、好きなの?」
 最後の方の声はかなり小さい。
 なぜそんなことを聞いたのか雪奈自身もよくわからなかった。
 息を呑んで冬弥の答えを待つ。
「うん」
 ハッキリと肯定された瞬間、胸にチクリと小さな痛みが走ったような気がした。
「好きなものは最後に食べる派なんだ。だからエビフライはあげないぞ」
「エビ……フライ?」
 意味がわからず目をパチクリさせる雪奈。
 視線を下げると皿の上に綺麗に残った一本のエビフライが映る。
「いや、食べ物の話じゃなくて……」
 勇気を出して聞いた質問だっただけに二回目はとても聞きづらく言葉を無くす雪奈。
「一日でも早く解決させたかったんだ。
自分が危険だからってあいつをそのままにしておけない」
 視線を落として冬弥は自分が任務を受けた理由を述べた。
 雪奈が聞きたいのは冬弥が“それ”を思う理由であったが
 とりあえずそれ以上は聞かないことにした。

 一度話しをそこで区切り、
伊賀に頼んでいた件を報告することにした。
「一応本部に連絡し増援をお願いしたけどこの近くのエリアの人は全員
別の任務中らしくて早くても2、3日は掛かるって……
伊賀さんには大丈夫って言っちゃったけどやっぱり不安はあるから……」
 そう言って恐る恐る冬弥を見る雪奈。
 今回の任務に冬弥が私情が挟んでいるのは確実だっただけに
 任務の達成率を上げる為とはいえ勝手な増員は気分を害するのではと考えたのだ。
「僕もその方がいいと思う」」
 だが、そんな事を気にしても無い様子で
 最後のエビフライを食べ終え冬弥は席を立った。
「じゃあ、僕は先に戻るよ」
 まだ食事を続けている雪奈を横目にポツリを呟いた。
「でも、多分間に合わないだろうけどね」

 

 

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