Battle Field

 

−5.「比翼理の章」−

 

−「04.醜愛」−

 夕方になり冬弥達3人は本格的に警戒体勢に入った。
 由紀と婚約者は同室。そこに冬弥と雪奈が待機。
 伊賀は警備室のモニタで各所を監視している。
 犯人の行動はいつも夜。昼間の時と違い皆に緊張が走る。
 完全に日が暮れて数時間。
 当の本人である由紀は気疲れしたのかウトウトと頭を垂れている。
 冬弥はそれを見て声を掛ける。
「由紀、疲れたろう。寝ていいよ」
「でも……」
「大丈夫。僕達は起きてるから」
「ごめん。ありがとう」
 そう言って由紀は隣に置いてある同伴者用のベットで横になった。

 さらに時間が経ち、丑三つ時。
 魑魅魍魎が跋扈すると言われる時間帯に差し掛かった。
 月明かりだけが照らす薄暗い部屋の中
 椅子に座って一人病室内の警護をしていた冬弥は静かに立ち上がる。
 ベットには昏睡状態の被害者。隣のベットには由紀。
 そのベットの足元のソファには雪奈が仮眠をとっている。
 3人が寝ているのを確認すると音を立てないようにそっと部屋を出た。
 薄暗い廊下を歩き、その先にある階段を上り屋上を目指す。
 この病院の屋上は洗濯物を干す為のスペースとは別に
 患者も立ち入り可能な部分も設けられておりかなりの広さであった。
 そんな屋上には電気室なのかいくつもの塔屋があり
 冬弥はその内一つの前で足を止め声を掛けた。
「出てこいよ。いるんだろう」
 その声に反応して塔屋の上に一つの影が浮かび上がる。
「…………。 な、なんでわかった」
 出てきたのは昨晩襲ってきた和久井だった。
 どうやったのかすでに屋上に進入し、院内へ入る機を窺っていたのだ。
「嫌な気配を辿ってきただけだ」
 驚いた顔をしていた和久井だったが自分に気付いた人物のの顔を見た途端に表情が変わった。
 それは昨晩に必ず殺すと誓った自分を邪魔した男ではないか。
「お、お前……か こ、今度は逃げない……。に、逃がさない」
 目を見開き剥き出しの殺気と憎悪を冬弥に向けた。
 それを見て冬弥も同じく宣言をした。
「こっちだって逃げる気も逃がす気も無い」

 

     ***

 

『魔剣 アンサラー』

 淡い緑色に輝く十字型の剣が和久井の前に浮かび上がる。
 前回と違い剣の数は3本。それを見て冬弥も構えをとる。
 両手に持つ武器は先日の携帯用ナイフとは違い実戦的な物に持ち替えている。
 少し短めの日本刀、一般に小太刀を呼ばれる物だ。
 命を賭けた真剣勝負。その気迫が辺りの空気を張り詰めらせる。
 和久井が腕を振ると同時に3本の剣が冬弥に向かって飛来する。
 冬弥は昨晩と同じくそれは小太刀で受けて弾き飛ばす。
 数ヶ月とはいえ朝から晩まで毎日のように実戦形式で鍛えられ
 覚醒による副産物、運動能力と反射神経の上昇。
 それまで剣術に関してはまったくの素人だった冬弥の腕前はすでに素人ではなくなっていた。
 そして今、自分の意思で守るべき者の為に戦いを挑んでいる。
 その強い決意は実力をいつも以上に引き出していた。
 冬弥は蘭との特訓を思い出しながら視界全体を意識して見ていた。
 飛び交う剣全てが視界に入るようにたくみに移動しながら防御をする。
 宙に浮いているだけあって飛来する剣撃はさほど重くなく
 小太刀で3,4メートルは弾き飛ばすことが可能であった。
 剣が体制を立て直しまた飛来するまでに1,2秒ものタイムラグがあり
 間合いをつめる時間も十分にあった。
 だが、相手の位置は塔屋の上、高低差は3メートル近くもあり
 とてもこの位置関係のままで小太刀の間合いに入れるのは不可能であった。

(なんとか自分の攻撃が届く範囲に来させないと)
 そう考えて辺りを見回しすが塔屋の上は通常は上がれないようになっている為に
 上るには壁についているタラップを使用するしかない。
 そのまま上ればいい標的である。
 これは使えない。そう考えた時、冬弥の目に写ったのは辺りを照らす照明だった。
 この病院は郊外に建っている為に回りに明かりは全然ない。
 屋上の縁にそって設置されている照明がなければここは完全な闇に包まれることだろう。
(この照明を使えなくすれば!)
 冬弥は照明の下まで移動し飛来する剣を照明に向かって弾き飛ばした。
 カシャァァンと蛍光灯が割れる音が回りに響くと同時に冬弥の廻りだけが闇に包まれた。
「に、逃げる気か!!」
 正確な位置が分からなくなった和久井は闇に向かって剣を手当たり次第に振り回した。
 だが剣はそれ自体が発光している為に冬弥からは丸見え。
 さらに闇雲に動くようになった剣に冬弥が当たるはずもなかった。
「くそっ! くそっ!!」
 何の手ごたえもないことに業を煮やした和久井は一度剣を手元に戻し
 塔屋の上から飛び降りて直接向かってきた。
 それこそ冬弥の思惑通りだった。
 そのまま近づいて来るのを確認すると冬弥も打って出る。
 和久井は冬弥を視認するとすぐさま剣にて攻撃を開始する。
「死ね!!」
 飛来する剣を当然のごとく冬弥は小太刀にて弾き飛ばす。
 弾き飛ばされた剣が戻ってくるまでの僅かなインターバル。
 その瞬間を狙って勢いのそのまま間合いを詰め渾身の力で振り抜く。
 だがそれは僅かに身を引いた和久井に届かず宙を切った。
 今、持っている武器は真剣、振れば肉を切り、突けば肉を穿つ。
 この数ヶ月の実戦形式の特訓で傷つくことへの覚悟はできても
 本物の実戦で相手を傷つける覚悟はまだ完全ではなかった。
 自身すら気付いていないそれが攻撃に移るその瞬間冬弥の動きを鈍らせていたのだ。
 冬弥が剣を弾き飛ばし間合いを詰め攻撃。
 間合いを詰めた冬弥の攻撃を避け体勢を立て直した剣で攻撃。
 攻撃と回避が交互に激しく入替わる。
 決め手に欠けるまま互いの神経だけが削られていった。

 

     ***

 

 精神を削るこの流れに先に根を上げたのは和久井だった。
「な、なんで…… なんで死なないんだ!! お、おまえはああああああっ!!」
 一向に変わらぬ攻防に荒れる感情。
 だがそれは冬弥にとって悪い方向に流れてしまう。
 狂気を含んだ咆哮。同時に和久井の身体中から緑色の霧のようなものが吹き上がる。
 それは目視出来るほどの高密度なオーラであった。
「お…… あ…… う……」
 意味不明な言葉を呟やきながら和久井は本能的にその力を一つの形にまとめようとした。
 垂れ流しだったオーラは少しづつ収束し、色濃く形作りをし始める。
 現れたのはさらに新たな3本の十字の魔剣。
 先程までは和久井の具現化できる剣の本数は最大で3本であった。
 だが冬弥の反撃が和久井の心に宿る憎悪、嫉妬、怨念を増大させ
 それがさらなる力を引き出させる結果に繋がってしまったのだ。
 淡く光る6本の剣の舞。普通なら目を見張るような幻想的な光景。
 だが和久井の絶叫がそんな雰囲気を完全に打ち消した。
 雄叫びとともに魔剣は一斉に冬弥に襲いかかった。
 剣の飛来するスピードは同じ。だがその手数は先ほどまでの2倍。単純な一手の数なら冬弥の3倍。
 別々のタイミングで繰り出される連撃にはもはやインターバルは存在しなかった。 
「くそっ! 多すぎる!」
 完全に受けきれなかった斬撃がじょじょに冬弥の身体に傷を付けていく。
 手、足、体、頬、傷つくたびに動きが鈍りそして新たな傷を増やした。
 冬弥には辺りに飛び散る鮮血が自分のものだと認識する余裕すらない。
 ただこの殺意の乗った刃を止めることで精一杯だった。
 「これはヤバイ!」そんな考えが一瞬頭を過ぎった時だった。
 突然、狂っていたように襲い掛かってきた剣の動きがピタリと止まった。
「俺には…… わ、わかるぞ……」
 余裕からか和久井が突然攻撃を止めて口を開いた。
「お、お前もそう思って…… いるんじゃないのか? あ、あいつが死ねば……ってな」
 ニヤニヤと笑いながら自身に満ちた顔で言った。
 それはまるで冬弥の心を見透かしているといわんばかりに自信に満ちた口調だった。
 そしてその言葉以上に濁った目がハッキリと語っていた「お前もそうなんだろう」と。
「あ、安心しろ…… こ、今度は命が残らないように…… し、しっかりと殺してやる」
 そう言っていやらしく唇の端を上げる和久井を見た時、病室で見た由希の顔が冬弥の頭をよぎった。
 その時、その心を支配していた怒りがその限度を超えた。
 血液が沸騰したかと思うほど熱くなり身体中を駆け巡る。
「ふざけるな!! あいつには絶対手を出させない!!
そしてあの男も僕が守る! お前の好きには……」
 冬弥は強く叫んだ。自分の中のドス黒い欲望に負けないようにと。
「死んでもさせない!!!」
 それを聞いた和久井の顔が先ほどと打って変わって醜く歪む。
「ぎ、偽善者め…… なら、お、お前は…… 死ね!!」
 魔剣の輝きが先ほどより激しく発光する。
「こ、殺してやる…… じ、邪魔をする奴は…… ぜ、全員!!
そ、そうしたら…… あ、あいつは今度こそ…… お、俺のものになるんだ!!!」
 6本の魔剣が同時に冬弥に襲い掛かる。
「ちくしょう!!」
 あきらかに先ほどまでより速く飛来する魔剣。
 1本目、2本目、3本目。
 
ほぼ同時に襲ってくる魔剣を弾くことが出来たのはここまでだった。
 4本目、5本目、6本目は直撃こそしなかったものの冬弥の腕と体を深く切り裂いた。
「ぐあああぁっ!!!」
 今までに無い激しい痛みの中、皆の姿が走馬灯のように映し出された。

  −病室のベットに横たわる婚約者の男−

  −その横で悲しむ由紀−

  −それを心配そうに見つめる伊賀−

  −そして−


  −常に自分を心配してくれていた雪奈−




  −ドクンッ!!−

今までで一番激しく心臓の音が高鳴った時
冬弥の意識は闇に沈んだ。

 

     ***

 

「また… 此処か…」
 冬弥は真っ暗な世界にいた。
 自分自身の深層心理の空間。
 以前に来た時と同じで右も左も上も下も何も見えない。
 ただ今回は歩いた先にあったはずの大きな扉がいきなり目の前にそびえ立っている。
『そこにいるな……』
 扉の向こうから声がした。
 冬弥にとっては聞き覚えのある、忘れるはずもない声。
「……神威か」
『2、3ヶ月振りといったところか』
「また自由にしろって言うのか?」
『あの時に俺を縛っていた鎖はもう無い。
今はこの扉が開かれるだけでそちら側に行ける』
「扉を開かなければお前はこちらに来れないってことか」
 この大きな扉を開かなければ神威と入れ替わることはない。
 そう結論づけた冬弥は話しながら後ろにそっと下がった。

『よく考えろ。お前に選択の余地はあるのか?』
 まるでそれを見通したかのように神威は言葉を続けた。
『このまま戻ったところで数分ともたずにお前は死ぬ』
 それを聞いた途端、冬弥の後ろへの歩みが止まる。
『そして、みんな殺される』
「……そ、そんな……」
『お前には死ねない理由、負けられない理由がある。だから無意識とはいえ俺を頼りここに来た。
この結果は自業自得。一人で突っ走って早期解決を望むからこうなる。
その考えは悪くない。だが今はそれを実現する力がお前には無い』
 自業自得と言われても冬弥にも何も言い返せなかった。
 自分と他人の命が掛かっている状況で一人で突っ走ってしまった結果だ。他の誰のせいでもない。

「また殺すのか……?」
 扉に手を掛け、最後に一番気になることを確認する。
『俺は自身が悪と判断した者に容赦はしない』
 神威はハッキリと言葉にはしなかったがそれは肯定したも同然だった。
 わかっていたことだった。
 望む未来はすでに自分ではなく神威に全て委ねられているということに。
 神威がどう答えようと自分はもうこの扉を開くことでしか由紀を護れないと。
 そんな冬弥の心に反応すように重々しく大きな扉はゆっくりと開き始めた。
『忘れるな。奴を殺すのは俺だが、殺そうとしたのはお前も同じだということを』
 神威の言葉が冬弥に胸に響く。
 そして扉は開かれ冬弥と神威の目が合わさる。
『そして、決して忘れるな』



『“俺の犯した罪” は
“お前が背負う罰” だ』

 

     ***

 

「な、なにっ!?」
 一瞬にして病院を包んだ気配に
 仮眠していた雪奈は飛び起きた。
 同時にモニタ室の伊賀も異変に気付く。
「こ、この殺気…… まさか!」
 辺りを見回すと冬弥がいない。
 予想が確信に変わり雪奈は病室を飛び出した。
 病院を包んでいるこの気配。怒気より激しく、殺気より邪悪な鬼気。
 以前にも感じたことがあるこの気配に3ヶ月前の襲撃された夜のことが脳裏に浮かぶ。


 和久井は目の前で起こったことを理解できなかった。
 自分の邪魔をする男はさきほど自分の攻撃を受け深い傷を負った。
 そして膝を突いた瞬間を狙ってトドメだと思って更なる攻撃を加えたはずだ。
 だがその瞬間、男の髪が括っていたゴムを飛ばす程の勢いで伸び
 先ほどまでとは想像も出来ないほどの素早い動きで全ての剣をかわしたのだ。
 同時に相手を包む雰囲気と周りの空気が重苦しいものに変わっている。
「な、なんだ……」
 和久井は確認するかのように再度魔剣を飛ばす。
 小太刀を持つその男の手が動いたと思った瞬間
 激しい金属音が辺りに響き渡り6本すべての攻撃が弾かれた。
 薄暗がりの中で届く光が男の伸びた前髪の隙間から赤い二つの点を反射させる。
 それが深紅染まった瞳だと理解した時、体内の血が一気に凍りついたような感覚を起こした。

 

     ***

 

『これはいらないな』
 そう言って赤い眼の鬼“神威”は両手の小太刀を手放しその場に落とす。
 そして丸腰状態にも関わらずそのまま神威は和久井の方へと歩を進め始めた。
 無防備に近づいてくる標的にチャンスとばかりに和久井は魔剣を飛ばす。
 『当たる』と思われた瞬間、神威は素早く身体を反転させそれを避けた。
 あまりにも速いその動きは和久井の目を置き去りにしていた。
 勝利を確信しかけていた和久井の表情が一転して畏怖を含んだものへと変わる。
「く、くそおおおおっ!!」
 和久井は無我夢中で攻撃を始めた。
 飛ばし一辺倒だった剣の動きを切り裂く型へ変える等、
 多彩な攻撃を繰り出すが歩を進めながらも神威はそれを全てかわし続けた。
 ゆっくりとだが確実に和久井との距離が縮まっていく。
 その間、互いの距離が縮まるほど神威が放つ激しい鬼気は
 心臓を握り潰すかのような恐怖を和久井に与え続けていた。
 じわじわと自分を締め付ける圧迫感に和久井の心は再び悲鳴を上げる。
「ああああっ!! うあああああああああああっっ!!!」
 屋上に響き渡る絶叫。
 神威を襲っていた6本の魔剣は動きを止めその形を光の玉へと変えた。
 一瞬、それは不規則な動きをしたかと思うと和久井の右手へと集まり
 長さ2メートルを超える一つの巨大な十字型剣へと変化した。

 −− 神剣・フラガラッハ −−

 具現化と同時に溢れた力は大きく大気を揺らす。
 和久井の持つ最大の破壊力を持った攻撃手段だ。
 刃幅も20センチ以上はあるその巨大な神剣を神威に向かって振り下ろした。
「し、死ねーーーーっ!!!」

 

     ***

 

 階段から屋上へと続く扉が バタン と激しい音と共に開け放たれ
 雪奈が飛び出してきた。
「冬弥さん!!」
 その目に映ったのは和久井が神威に向かって巨大な剣を振り下ろす瞬間。
「ダメーーーっ!!!」
 それは殺そうとする和久井に対してなのか、
 それとも“これから起こす神威の行動”に対してなのかはわからない。
 ただ無意識に雪奈はそう叫んだ。
 だがその制止の声は二人に届くことはなく無常にも剣は振り下ろされた。
 その瞬間を狙って神威は恐ろしいことに地を蹴り前へと飛んだ。
 巨大な刃が自身の身体を切り裂く寸前
 そのまま深く踏み込んだ右足を軸に目にも止まらぬ速さで身体を回転させる。
 その遠心力が生み出した動きは剣が宙を斬ると同時に和久井の背後をとるという行動を可能にした。
『馬鹿め。6本でも当たらないのに1本で当たるわけないだろう』
 和久井がその声を聞いた瞬間、自身に胸に衝撃が走る。
 視線を下げると赤く染まった右手が自分の左胸から飛び出しているのが見えた。
「何だ? これは?」
 そう言おうとした和久井の口から出たのは声ではなく真っ赤な鮮血。
 胸を貫かれたのだと理解すると同時に和久井の意識はそこで途切れた。
 神威が腕を引き抜くと活動を停止した肉体はグシャリと地面に崩れ落ち
 同時にその体は淡い緑色の輝き出しした。
 やがて体が完全に光に包まれるとその輝きは消滅する。
 そこには緑色に輝くエレメントだけが残っていた。

 雪奈が屋上に上がってきてホンの数十秒後に事であった。
 そのあまりの濃密な出来事にビデオの停止ボタンを押したかのように
 雪奈はまったく動くことが出来なかった。
 ようやく動くことが出来た
時には全てが終わったあとであった。
「冬弥さん……じゃないね」
 そう言って神威を睨みつけた。
 ゆっくりとこちらへ振り向くその姿は
背中ほどまで伸びた髪に深紅の瞳。
 目付きは鋭く、身に纏う空気は全ていつもの冬弥とは掛け離れたものであった。
「何で…… 何で殺したの!!」
『あれの精神はもう壊れている。生かしておく理由がない』
 雪奈の問い詰めに平然と答える。
『現在、能力を封じる手段はない。故に狂った者は死ぬまでその力で人を襲い続ける。
そんな狂った異常者を殺してでも止めるのがEGSという組織なんだろう?』
 それは正論であった。EGSという組織はその為に存在している。
 いくつかの条件が整っている場合、国との密約により超法規的に殺人罪適応除外となるのがそれだ。
 とは言え必ずしも殺す必要性は無い。
 このターゲットの生死に関する問題は
 EGSのメンバー内でも意見が“抹殺派”と“拘束派”に二分されていた。
 雪奈は“拘束派”であるが故に相手を殺す神威に反発する。
「精神異常だって今はなくても元に戻せる手段ができるかもしれない!!
死んじゃったら何もかも終わりじゃない!!」
『死に相当する罪を犯した者を生かした奴はそいつが再犯した場合、共犯したも同じだ。
俺はそんなクズどもの罪を背負う気はない』
「そんなことわからないでしょ。そんな不確定なことで未来を奪うの!?」
『現在はその治療法がない。それだけで理由は十分だ』
「そんなの間違ってる!!」
 雪奈の悲痛な叫びが屋上にこだまする。

 そんな目に涙を湛え自分の行動に反発する雪奈を神威はじっと見ていた。
 そして理解する。
 雪奈は神威ではなくその後ろにいる冬弥を見ていることに。
 純粋さ故にまた冬弥が悩み苦しむだろうと思っているのだ。
 だが、雪奈は知らない。
 以前とは違うことを。
 神威だけで無く“冬弥も殺意を持っていた“ことを。
 深層心理の扉の前で冬弥が言った最後の言葉が神威の頭をよぎった。

  −−そっちこそ忘れるな。もし他の者に手を出したら−−

  −−僕はお前を許さない−−

  面倒臭そうに大きく息を吐いてから神威は雪奈に言った。 
『返してやるよ』
 言葉の終わりと共に身体が大きく体勢を崩す。
「え? ちょ、ちょっと…」
 雪奈はあわてて床に倒れそうになるのを抱きとめる。
 顔を覗きこんだ時には髪はいつもの長さに戻り
 すでに突き刺すような気配も無くなっていた。
 そこにはいつもの冬弥がいた。
「冬弥さん!!」
 覚めると同時に薄れる意識の中
 冬弥が見た雪奈の顔には涙が溢れていた。
(また、泣かしちゃったな……)


  ……その日、僕は……


  ……初めて自分の意思で人を殺した……

 

 

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