
−5.「比翼恋理の章」−
−「05.終愛」−
「また天井だ……」
それが目を覚ました冬弥の第一声。
3ヶ月前、目を覚ました時に一番初めに見たのも天井であった。
「あっ だ、大丈夫ですか?」
だが今度は隣にいた人物が違っていた。
少しオドオドした態度に特徴のある髪を留めている大きな赤いリボン。
先日に被害者の治療に当たっていた治療系覚醒者の姫野桃である。
ベットの隣の棚にはさっきまで使っていたと思われる治療グッズである鍼入れがあった。
「あなたは確か姫野さん…… 僕は……」
その時、ガラッと病室のドアが開いて雪奈と伊賀が入ってきた。
「冬弥さん!?」
雪奈はベッドから起き上がろうとしている冬弥を見つけると
まるでタックルをするかのような勢いで飛び込んできた。
そして両手を力強く振り上げベットを叩くと激しく冬弥に詰め寄った。
「心配したんだよ。なんで勝手に一人で戦ったの!?」
声こそ怒鳴っているもの瞳に涙を貯めて泣きそうな顔をしていた。
そんな雪奈を見て冬弥の心が痛む。
「あなたが起きるまでの如月さんの顔を見せてあげたかったですよ。
あなた、和久井に襲ってほしくてわざわざこの病院に移動しようと言ったのですね」
伊賀の丁寧な言葉からも怒っていることがわかった。
「標的と思われる人間を一箇所に集めてそこを襲ってきたのを叩く。
早期解決を狙ったつもりかもしれませんがそれはとても危険なことです」
「すみません……」
冬弥には返す言葉がなかった。
「ゴメン。雪奈」
ただ深く頭を下げて謝った。
「もう、しないでね」
「わかったよ。姫野さんもありがとう」
「い、いえ、そんな、あたし、 し、心配で……」
そこで冬弥は由紀がいないことに気がつく。
「ところで由紀は?」
「となり部屋の彼のところ。本部の人が精神治療系の覚醒者を派遣してくれたみたいで今治療中」
「ということは治るのか?」
「怪我自体はほとんど完治してるからもう2・3日精神治療すれば目も覚まして退院できるだろうって」
「そうか。よかった」
雪奈の言葉に冬弥は安堵した。
***
翌日。
「由紀、ちょっといい? 話があるんだけど」
病院の廊下を歩いていた由紀は後ろから声を掛けられた。
「冬弥。もう大丈夫なの?」
「治療は受けたから見た目ほど酷くはないよ」
声を掛けたのは冬弥。
まだ顔や腕に巻いている包帯が痛々しい。
だが本人は至って普通の様子で元気よく腕も回してアピールしている。
「冬弥。本当にありがとう。今回のこと」
「もういいよ。お礼は昨日何度も聞いたし」
深々と礼をする由希に冬弥は少し困った顔で答える。
「そうだけど…… それで、話って何?」
襲撃の件が解決し不安も消えたのだろう。
由希の雰囲気が昔のように柔らかいものになっていた。
少し首を傾げて質問するその可愛い仕草に
冬弥の胸がドキリと跳ねる。
「ここじゃあれだから屋上行かない?」
「大事な話?」
「個人的な……だけどね」
EGS御用達の病院だけあって現場検証は先日の内にす終了しているようで
事件があった二日後の今日、すでに屋上は問題なく開放中であった。
郊外にある為に昼間は空気も景色も良く、遠くにある雨雲までハッキリ見える。
「で、大事な話って何?」
「し、正直答えて欲しいんだ。ぼ、僕は…… その……」
言葉がそこで一度途切れる。
心拍数はこれまでに無いほどに上がっている。
伝えようとするのは今まで一度も言ったこともない台詞。
これを伝える為にに任務を受けた。
これを伝える為に逢いに来た。
ずっと昔から自分の中に残っているシコリ。
「由紀に婚約者がいるってことは知ってる。
でも、ずっと言わなかったことを後悔してた」
僅かな沈黙の後
「由希、ずっと前からお前のことが好きだ」
冬弥はハッキリと自分の気持ちを伝えた。
由希はまっすぐ冬弥を見つたまま動かない。
それはとても真剣な表情だった。
まるで相手の決意を受け止める覚悟を決めたように。
「ありがとう……」
とてもとても長く感じられた数秒後
由希は笑顔を見せ、ゆっくりと感謝の言葉を口にした。
「その気持ちはうれしいです。でも私には好きな人がいるの。
私は世界で一番その人が好き。だから…… ゴメンなさい」
言葉の一言一言に出来る限りの意思を込め
深く頭を垂らしハッキリと由希は冬弥に応えた。
冬弥はその答えを聞いてホッとした表情を浮かべると
精一杯の笑顔を見せる。
「ありがとう 答えてくれて」
「これでやっと君を元・同級生の福田由紀として見えるよ」
その顔はとてもスッキリした感じだ。
「えっと全然連絡取り合ってなかったけど。とりあえず友達と言う事でもいいかな?」
心配そうに聞く冬弥に
今度は思いっきりの笑顔で由希は応えた。
「もちろん」
***
雪奈は冬弥の病室にいた。
廊下で由紀が冬弥に声を掛けられる少し前
冬弥を見舞っていた時、突然「大事な用がある」と言われて病室に一人待たされていたのだ。
どこか真剣な表情で言われた為にその時は「わかった」と軽く返事したものの
一人でいると時間が経つにつれて少しづつ不安がこみ上げてきていた。
(まさかまた一人で無茶を? でも昨日の今日だし。でもでも……)
何か独りで悩んでいるのでないか、そう思うと自然に雪奈は走り出した。
走っているのを看護師に注意されながらも病院内を汲まなく探す。
まったく手掛かりも無く一度病室に戻ろうかと思った時
ようやく見知った顔を見つけることができた。
それは屋上から階段を降りてきたばかりの由希だった。
「あの、冬弥さん見ませんでした?」
「えっと如月さんでしたね。冬弥なら屋上にいると思うわよ」
「ありがとうございます」
質問への即答に“何故知っているのか”と少し引っかかったが
軽く会釈をするとすぐさま屋上へと向かって走り出した。
「ねえ」
踊り場まで駆け上がった時、雪奈は由希に呼び止められる。
「頑張ってね。冬弥をよろしくね」
それが雪奈に対して由希が伝えれる言葉だった。
冬弥達が自分達をは違う世界を生きているとこはなんとなく理解していた。
それ故に自分が出来るのは感謝の言葉を伝えることだけだと。
「いや、えっと…… は、はい」
深くいろんな意味が込められた由希の言葉だったが
いきなりで意味もわからずに雪奈はとりあえず笑顔で答えた。
屋上へ出ると冬弥はすぐに見つかった。
フェンスに寄り添いずっと遠くを見ているかのように外を眺めている。
「冬弥さん」
「雪奈か…?」
「うん」
それでも冬弥は振り返ることなくずっと外を向いたままだった。
いつもと違う雰囲気に何かあったと雪奈がすぐに感じ取った。
おそらく由希の二人の間に、ということも。
どちらも言葉を発するこは無く二人の間に静寂の時が流れた。
その間、変わらず吹いていた風は遠くにあった雨雲をこちらへ運び続けていた。
ポツポツと小雨が降り始める。
「冬弥さん 雨が降ってきたよ……」
「そうだな……」
まったく気にするでもなく無機質に答える冬弥。
雨はあっという間に激しさを増して二人を濡らしていく。
「そのままだと風邪引いちゃうよ…」
「そうだな…」
佇む二人に雨は容赦なく降り注ぐ。
しかし、冬弥はただじっと外を眺めている。
冬弥に付き合ってか雪奈も雨を除けるような事はせずそのままだ。
「冬弥さん……。泣いてるの?」
静かに雪奈は冬弥に聞いた。
そして、静かに、ゆっくりと冬弥は雪奈の方へ振り返った。
「まさか」
笑顔で答えた冬弥の頬は濡れていたがのは
それが雨なのか涙なのかは雪奈には分らなかった。
何人も傷ついた事件はこれで終わった。
その日の雨はその悲しみを洗い流すように一日中降り続けた。
Next Story 「第6章 同傷異夢の章」「同傷」
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